忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第187話 帰り道 前半

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「ふぁ~~ぁ……てんぱぁ……あれ?」

 誰もいないベッドで遅く目が覚める玄太。いつもなら先に起きて、てんぱいの寝顔を眺めるのが日課なのに、今日は隣にいるはずの凛々しい寝顔がない。足元ではクータンが、腹を上下させながらすやすや眠っている。その寝顔を見て、起こさないようにそっとベッドを抜けた。

「おはようございま~~す!」

 眠い目をこすりながら廊下に出た瞬間、にぎやかな声が耳に飛び込んでくる。朝にしては、やけに騒がしい。そっとリビングを覗いた玄太は、思わず瞬きをした。

「あ、玄太さんおはよう!」
「おはよう、玄太!」

 農場のみんながくれるおはようの向こうに、きっちりした正装に身を包んだリオックさんの姿が目に飛び込んだ。なんか、目を真っ赤にして泣きはらしてる。

「ううう……復興のためとはいえ、天貴殿としばしのお別れとはぁぁぁ」

 目の前では、てんぱいが困ったように苦笑いしている。その横では、農場のみんながいつも通り朝ごはんの支度をしていた。どうやら、王国の復興が本格的に始まるらしい。そのために、リオックさんは一度城へ戻ることになったようだ。

「おお、玄太よ!」

 リオックさんが、泣き顔のまま手を上げる。

「復興の目処が立ち次第、必ず戻る!それまで天貴殿のこと頼んだぞ!目を離さぬようにな!」
「いや、俺は子供か!」

 てんぱいが即座に突っ込む。その横で、俺は口の端をゆるめた。言われなくても、常に張り付いてますけど。それにこれ、正直ちょっとラッキーじゃね?なんて思ったりして。

「リオックさ~ん!安心してゆ~~っくり、復興してきてくださいね~!」

 そう言うと、リオックさんは目を潤ませて大きくうなずいた。

「うむ!任されたぞ!天貴殿もみなも、待っておいてくれ!」

(いや、別に待ってはいないんだけど……)

 みんなでリオックさんを見送り、馬車が見えなくなるまで手を振った。朝の農場に、ようやくいつもの空気が戻ってきた。というより、騒がしさが一段落した感じだ。

 誰かが深く息を吐いて、誰かが「さて」と小さく呟く。自然とみんなの身体が仕事の方へ向く。壊れかけた柵を見て、少し荒れた畑を見て、今日やることを頭の中で並べてる。
 折角リオックさんもいなくなった事だし、たまにはてんぱいと遊びに行きたいなぁなんて頭をよぎったけど、いま農場はそれどころじゃなかったりする。

「まぁ、仕方ない……かぁ……」
「あ、玄太さん!」

 小さくため息を吐いた玄太に、アリスさんが声をかけてきた。手には帳面。いつもの、段取りを考えてる顔だ。

「今日はね、天貴と一緒に買い出しに行ってほしいの」
「ええ!?いや、俺は今から柵の修理で……」

 突然のミッションに、木槌を手にやる気満々のてんぱいは少し拍子抜けだ。

「ええ。調味料と、あと生活用品も。農場の在庫がだいぶ減ってるのよ」

 言われてみれば確かにそうだ。この数日、世界だの神だの言ってる間に、ちゃんとした補充なんてしてなかったはずだ。収穫物ならお手の物でも、砂糖や油、香辛料みたいな「買わなきゃ手に入らないもの」は、気づけばすっかり後回しになっていた。

「でもアリス。どこも物資は足りないんじゃねえか?」
「そういやそうっすね。コショウとか砂糖とか、取り合いで高騰してそうっす」

 俺とてんぱいが顔を見合わせた、その時だった。

「その点は、心配いらん」

 低い声で割り込んできたのは、腕を組んだラクターだった。朝の光を背に、いつも通りの無骨な立ち姿。

「帝国側が、今かなり必死でな」
「必死?」

 ラクター隊長の話では、向こうの事情は思っていた以上に切迫しているらしい。神の器に手を出した件は単なる暴走や一部の判断ミスでは済まされず、帝国内では「国家として越えてはいけない一線を越えた」と受け取られているという。責任の所在を巡って貴族派と軍部が対立し、下手をすれば内乱に発展しかねない空気だ。
 だからこそ、帝国は周辺国に対して露骨なほど分かりやすい行動を取っている。人材の提供、港湾の優先開放、国境付近での物資の支援――要するに、外に向けて頭を下げ続けるしかない。今の帝国は、そういう段階にあるらしい。

「街の国境付近じゃ物資を山ほど放出してる。ほぼバザー状態だ」
「……なんか、神だ何だが終わったら急に現実的な話になってきたっすね」

 玄太がそう言うと、アリスが肩をすくめた。

「って事で、天貴と玄太さん!帝国の支援バザー行ってきてね!アルカノアの”美味しい”は、あなた達にかかってるわよ!」

 その一言に、場の空気がぴしっと締まった……気がした。いや、というより胃袋の危機が宣告された感じだ。

「おいおい。飯の味が無くなるなんて、冗談じゃねえぞ……」
「っすよね。おれ、味の薄いスープとか……おかわり出来ないっすよ」

 この農場の飯は労働の後のご褒美で、日常の支えで、なにより――幸せそのものだ。それを守るミッションなら世界の危機の次の……次、くらいに大事だろ。

「つまり、失敗は許されないってことだな?アリス」
「ええ、ふたりには悪いけどもう一度守ってもらうわよ?この農場」

 そう言ってアリスが胸を張ると、てんぱいが小さく笑った。よし。世界は救ったし、次はふたりでここのメシを救う番だ。

「んじゃ、行くか!玄太」
「はい!!てんぱい!!!!」

 今日は朝からなんかツイてる~なんて思ってたけど、ふたりの背中ではみんなが親指立ててクスクス笑ってた。そうとも知らず元気にいってきますをして、ミッション開始。農場の門を出た瞬間、もう気分が違う。青空が高い。風が気持ちいい。そしてなにより、今日はてんぱいの笑顔をひとり占め。

 ――はい、勝ち。

「玄太、なんでそんなに元気なんだ?」
「いや、ほら、任務っすから!デートじゃなくて買い出しだから!」

 意味不明なことを口走りながら、青いツナギの背中に歩幅を合わせる。合わせているつもりなのに、気づけば半歩だけ前に出てしまう。慌てて速度を落とすと、今度はてんぱいが少しだけ歩調を緩めた。
 そうして並んだまま、街行きの乗合い馬車に乗り込む。揺れ始めた瞬間から、胸の奥がそわそわして落ち着かない。街が見えてきたあたりで、空気が一気に変わった。

「うっわぁ!バザー、すっごい人!ねえ見て!出店がいっぱぁぁぁぃ」
「おう!思ったより賑わってんな!」

 香ばしい匂いの中、色々な屋台が並ぶ。荷車が行き交い、呼び込みの声が重なって、世界が急ににぎやかになる。世界が滅亡しかけてたなんて、微塵も感じられない。

「てんぱい!あれ見てください!なんか丸いの焼いてます!」
「団子だろ」

「丸くて串刺さってる!」
「団子だって」

「うまそう!」
「分かった、後でな」

 後でって言われた瞬間、玄太の胸の中で花火が上がる。後で一緒に食べる約束なんて、このワクワクが引き延ばされるって事だから。てんぱいってば、分かってるんだから。

「あれ、どんな味っすかね!」
「ん~、甘いんじゃねえか?……ってか顔ちけえし」

 近いってかほぼ頬づり状態。注意されても、屋台からいい匂いがするたびに理由をつけては体を寄せる。だってここ異世界だし、知ってる人もいない。誰に見られても、そもそも恥ずかしいって感覚がどっか行ってる。

「ってか、まずは買い出しだろ!?おやつは後で買ってやるから!」
「……はぁい」

「おい玄太!そっち危ねえぞ、こっち歩け」
「……うぃっす」

 てんぱいの無意識の彼氏ムーブに、玄太の理性は今日も軽く踏み潰される。本人は絶対そんなつもりじゃない。ただの世話焼きで、ただの保護者気分で、ただの天然。

 ――それが一番タチが悪い。
 
 買い出しだろうが、任務だろうが関係ない。これはてんぱいがどう思おうが、恋人同士のデートに他ならない。……ああもうほんと、最高かよ。

「店員さん、砂糖をくれ!」
「てんぱい、それ塩っす!」

「……あ?ああ、なるほど。紛らわしいな」
「はい。言う通りっす」

 指さしてる先、どう見ても白い岩塩の山。しかも店先にでっかく《塩》って書いてある。でも、てんぱいは悪くない。勘違いさせた店が悪いし。

「お、ばあちゃん!その胡椒はいくらだ?」
「はぇ?うちは漢方屋じゃ」

 てんぱいは真顔で黒い粉を指してるけど、棚の後ろに薬草がびっしりだ。周りの店員さんがクスクス笑ってる。まったく。この人が世界の命運握ってたとか、誰が信じないっしょ。

「あ、胡椒はこっちにありそっすね!ほら、スパイス屋って!」
「お、おう。……ったく、もっとでっかくコショーって書けよ……なぁ?」

 ぶつぶつ言い訳しながら袋を受け取るてんぱい。その横顔がなんとなく必死で、どうしようもなく愛おしい。あーもう。今てんぱいがこの世で一番かわいいって、自覚して?

 でもまあ――だからこそ、俺は隣にいるんだけどさ。

 歩きながら、何度もてんぱいの顔を盗み見る。真面目な顔。たまに笑う。物音で振り向いたり、眉をしかめたり。
 
「……玄太」
「はい?」

「楽しそうだな」
「バレました?」

「いや、ずっと笑ってるし」
「だって、今日は――」

 言いかけて、やめた。デートって言ったら、否定されそうだし。

「……買い出し日和っすから!」

 *****

「なあ玄太ぁ……その、歩いて帰ろうか?」
「はい!!それ名案っす!」

 即答OKだった。疲れるからイヤがるかなと思ったけど、たまにはいいよな?今日の玄太、ずっと笑ってたし、その笑顔をもう少し見ていたかったんだ。そんな理由、恥ずかしくて言えないけどさ。

「ほらっ」

 二本買っただんごを一本を玄太に渡す。受け取った瞬間、嬉しそうに頬が緩むのが分かりやすすぎて、それがなんか可愛すぎて。思わずニヤケる顔を逸らした。

「うまっ!でも、こうして歩く帰り道、なんか吉田の商店街を思い出しますね!」
「ほんとそれ。チャリンコはねえけどな」

 街を抜けると、人の声が少しずつ遠のいて風の音が戻ってくる。舗装のない道を、青と緑で並んで歩く。肩が触れてて腕でも組んじまいそうな、ちょうどそんな距離が心地いい。

 遠くの空を見上げた時、ふと気になってたことが頭をよぎった。

「なあ、玄太」
「なんすか?」

「お前さ。どうやって、その…神の領域まで来たんだよ」

 俺が聞くと、玄太は一瞬だけ歩調を緩めて、だんごをもう一口かじった。

「えっと、色々調べた結果……不思議な花が咲く丘から行ったんす」
「不思議な花?」

「はい。農場から海と逆のほうにある花畑っす。なんか、その花が咲くとき、次元の扉が開くってんで」

 俺は思わずだんごを食う手を止めた。

「その丘って――」

 記憶の底で、何かが引っかかる。俺が初めてここに来た時の記憶。遠く農場が小さく見えた、俺が降り立ったあの丘。見慣れない宝石みたいな花が咲いてたっけ。

「たぶん、ここから近いっすよ?農場に戻る道からすこし遠回りすれば」

 玄太は何でもないことみたいに言った。

「そこ……寄ってみるか?」
「え?」

「農場に戻る前に。ちょっとだけ」

 俺の提案に、玄太の目が見開く。次の瞬間、だんごを落としそうな勢いでうなずいた。

「こっちっす!」

 理由を聞くでもなく、迷うでもなく玄太は遠くを指さした。俺たちはそのまま道を外れて、草の匂いが濃くなる方へ歩き出した。夕方の光が、遠くの丘を淡く照らしている。

 花畑が静かに俺たちを待っている気がした。
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