忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第1章:忘れ物の日々

第14話 忠犬、落ち込む

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 夕日が差し込む部屋で、玄太はじんじんと痛む右頬をさすっていた。昼の食堂。振り上げた拳はあっさりかわされ、殴られたのは玄太の方だった。その後、騒ぎを聞きつけたおやっさんに、二人まとめて叱られた。でも、そんなことはもうどうでもよかった。すぐそばの座布団では、何も聞かないクータンが甘乳パンをもぐもぐと食べている。

「おれ、てんぱいも守れなくて…良いとこなしっすね」

 玄太がぼそりとつぶやくと、クータンはパンをかじりながらぽつりと返した。

「ふむ。そのような事態でも、我に甘乳パンを届ける優しさ。それこそ、ぬしの良きところじゃろ?」

 シリアス玄太を目の当たりにして、柄にもなく慰めるクータン。その言葉を聞いた瞬間、その目にぶわっと涙があふれだした。

 ──ダダダッ!!

 玄太は天貴が置いていったテント一式をガバァッと抱きしめた。

「うわぁぁぁぁぁ!てんぱぁぁぁぁ、おれ殴られたっすよぉぉぉ!!!」

 てんぱいの面影テントを前に、シリアス玄太は見事なまでに一瞬で崩壊した。

「はて?いつぞやから、その背負い袋があやつになったと申すか?」

 テントをガシッと掴んだまま、クータンの方を振り向く玄太。その顔は、涙と鼻水でぐっちゃぐちゃだった。

「だって……てんぱいが忘れてった物だし!」
「抱き着いた時の胴回りがそっくりだし!」

「なら、てんぱいみたいなもんっすよぉ!」

 無茶苦茶な理論を並び立てて泣き叫ぶ玄太。クータンはそんな玄太をしばらく見てから「ふむ」と頷いた。

「されば……その忘れ物、彼の地へ届けるかの?」

 そう言ってテント一式を指さした。 

「ふぇ?おれからこの‟テンぱい”まで奪う気っすか?」 

 涙ぐんだまま、ぎゅっとテントを抱きしめ直す玄太だった。

「否。その背負い袋はあやつの選びしものではない」
「え、でも、このテントを…」

 そう言いながら、玄太はクータンの指さす先を見た。だが、その指先が向いていたのはテントではなく、それを抱きしめている自分だった。

「……おれ?」

 玄太の間抜けな声だけが、部屋にぽつんと響いた。

「えっと、あの。クータン?」
「ふむ?」

「てんぱいの三つの持ち物ってさ」
「ふむ」

「野菜の種とぉ~」
「ふむ」

「テント一式とぉ~」
「否」

 玄太の口が「お」の形でピタッと止まる。

「否、ぬしじゃ」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」

 それってつまり、てんぱいって。三つの選択で、俺を選んでたっていうこと!?


 *****

 時は天貴が異世界転移する直前に遡る。夕日が差し込む薄暗い部屋で、天貴はクータンに問いかけた。

「三つの持ち物って”物”だけしかダメなのかな?」
「はて、転送範囲に入れば特に制限は聞いておらぬ」

 その言葉を聞いて「よし!」っと言って立ち上がり、背負っていたテントとテンガロンハットを脱ぎ捨てる。

「なあ、俺が持っていきたいもの……いや、俺が本当に必要とするものってさ」
「ふむ?」

「たぶん、玄太だ……はは」

 *****

「ほ…ほらーーっ!!やっぱ捨てられてないじゃないっすかーーっ!!」

 なんだかんだで、食堂で言われた「旦那に捨てられた」をめちゃくちゃ気にしていた玄太。クータンはそんな玄太を、もぐもぐしながチラリと見上げた。

「彼の地に持ち込めるのは三つ。ルールは揺るがぬ」

 大事な話!?と、クータンの前にサッと正座する玄太。

「だが、遅れようとも届けることはできるぞ?」

 玄太は音が聞こえそうなほどゴクっと唾をのむ。

「…行くか?持ち主のもとへ」

 クータンの問いかけに、玄太は黙り込んで再びテントを抱きしめた。

「…行きたい。行ってすぐにてんぱいの胸に飛び込みたい。決まってる…だけどさ」

 玄太は下を向いた。

「おれ、なんも特別な力ないから…行ったって、てんぱいの役に立てるかなんて…」

 ぼそりと弱々しい声でつぶやいたけどクータンは何も言わなかった。ただ甘乳パンを片手に、じっと玄太を見つめていた。ふたりの間に、静かな沈黙が落ちる。時間だけが、流れていく。夕焼けは、そのオレンジ色を黒く染めはじめていた。

 玄太はそれでも、何時間もテントを離さないまま黙り込んでいた。
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