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第2章:てんぱい異世界の足跡
第19話 天貴、憤る
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ザァ――――――――。
今日も雨の音で目を覚ますアリス。
カーテンをそっと開け、窓の外を見ると気が重くなる。小さくため息をつきベッドに腰かけ、足をゆらゆらさせて色々と考え込む。
「だめっ!」
そう言って立ち上がり、両手両足を目一杯広げる。
「こんなことでくじけちゃダメ!農場とみんなはわたしが守るんだから!」
元気いっぱいに声を出し、おもむろに謎の体操をはじめる。
「スタンス!右!左!右!左!」
弓術のアストラを持つ父直伝の体操だ。
「ターゲット・ロックオン…スナイプ!」
ずどーーーん!(脳内では爆発音付きで大成功)
「よしっ!今日も農場を守るぞっ!」
気合いを入れて指をぐっと握る。けど、アリスは知っている。気合いだけじゃ、この農場は守れないことを。
この農場が属するのは、アグリスティア王国。
隣には帝国ヴァレスティアが接しており、数代前までは同じ王家の血を引いていたという。
現在は形式上の同盟関係にあり、良く言えばアグリスティアは帝国に守られている。
だが、その守りは、どこか見張られているような圧を国全体に残している。
最近では帝国が急速に軍備を拡大しており、裏では、優秀なアストラ持ちの人材が次々と帝国に引き抜かれている、なんて物騒な噂まで流れている。
そんな王国において、アリスの父ラクターはかつて、その類稀なる弓技と統率力を持ってして王国の将軍という立場にあった。
だが、アリスが生まれる頃にその任を離れ、ひっそりとこの農場を興したのだという。それが、今のアルカノア農場である。
アリスは窓辺に立ち、そろそろ戻るであろう待ち人の到着を見守る。
「あ!帰ってきた!」
アリスはせかせかと着替え、勢いよく部屋を飛び出した。リビングに入ると、そこには昨日突然現れた青いツナギの男が、麻袋を手に考え事をしていた。
「あら、天貴さん早いわね?おはよう!」
「ん~…あっ、アリスか!おはよう!」
「……?」
天貴の様子が気になったが、軽くあいさつするにとどめ、そのまま小走りで玄関を飛び出した。
*****
異世界初日の朝は、玄太コール無しで早く目が覚めた。俺はリビングに降りて、おやっさん農場から持ってきた唯一の持ち物を手に、絶賛悩み中。
「この種、多分ここの野菜より美味いはず。でもな、こうも雨続きじゃ太陽も出ないし…」
あれこれ悩んでいると、バタバタと外へ出ていくアリス。こんな朝からどうした?気になった俺は手に持っていた野菜の種をポケットにしまい、後を追うようにそっと玄関を抜け出した。彼女が駆け寄った先には、荷馬車の前に立つ一人の男。
その背中に、天貴はよく知る人物の面影を重ねてしまう。
「え、おやっさん!?…んなわけないか。アリスの父さんか?」
嬉しそうに飛び出していった割に、アリスに笑顔はない。その理由は、聞こえて来た親子の会話で理解した。
「また、売れなかったのね」
「うむ。色乗りも悪いし、やはり味見でな」
すべてを物語る、荷馬車に残された野菜の山が俺の目に映った。
「あのすっぱいトマトじゃ、売れねえよな…」
野菜の甘みやうまみってのは、太陽の光、つまり光合成のたまものだ。日照時間が長けりゃ長いほど、味も糖度もグンと上がる。これはもう、理屈じゃなく常識だ。
そこへこの連日の雨。影響はデカいはずだ。でも、ここは地球じゃない。そもそも雨が止んだところで太陽が昇るのか?そう思って空を見上げると、今朝はずいぶん雨足が弱い。
「ふぅん。24時間マジ降りってわけじゃないのか…」
そんなことを考えていると、農場の正門から青いマントを翻す金髪の騎士が従者を連れてアリス達へと近づいてきた。
「うぉ、さすが王国!にしても、なんだ?あの空の馬車は」
立派な鎧に身を包んだ男が馬上から声を上げた瞬間、さっきまでの穏やかな朝の空気がピシッと固まった。
「おやおや、アリス!父君まで直々にお出迎えとは、感心なことだ」
「ゲドよ、朝っぱらから用向きはなんだ?」
父親の毅然とした棘のある返事で、この客が歓迎されていないことは俺でもすぐに察した。アリスも見たくない人に会っちゃったって感じの顔だ。
「遠征までして野菜売りとはご苦労なことだ。して、成果のほどは?」
聞くまでもない嫌味にアリスも父親も無言のままだ。
「うわぁ…絶対嫌なやつだ、コイツ」
ゲドが従者に合図を送ると、従者は慣れた手つきで父親の荷馬車の野菜を降ろし、引いて来た空っぽの馬車に野菜を移動させる。
「なんか、最初から売れ残るってわかってたような手際だな?」
俺のボソッと呟いたのを聞いて、アリスがふっとこちらを見る。ね?ムカつくでしょ!?とでも言いたげな顔に、俺は何度も小刻みに頷いた。
「時に父君よ、婚姻の話は娘には届いているのかな?」
そう言って代金と思しき袋を父親に差し出す。顔を背け、なかなか受け取らない父親の手に半ば無理やり持たせると、アリスをチラ見する。
「おや、これはこれは。ご本人を目の前にして失礼だったかな」
「わざとらしい言い方ね、ゲドさん…とっくに聞いてるわよ…」
「朝から不機嫌だなアリス。さては、女の日か?」
ニヤニヤする従者の男たち。一連の胸糞展開に般若のような顔で、ギギギと俺の方に顔を背けるアリス。分かる、分かるけど!その顔と動き、コワおもろいからやめて?
「ところで父君。いまだ無能者…ダストラを大量に雇っていると巷で聞いたが、そのような愚行が農場を窮地に追いやっているとは考えないのか?」
「お前には関係ない、大きなお世話だ!俺たちは俺たちのやり方でやる!」
「ちぃ!アリスの婿になれば、いずれ全員解雇して…いや、まぁいい。今日の所はこれで失礼しよう」
言うだけ言ってゾロゾロと引き返していくゲド一向。その後ろ姿をイラっとしながら眺めていると、従者達がなにやら騒がしい。
「そぉらっ!」
「やめろって、うわっ…きったね~」
下衆な笑い声を上げながらトマト投げ合って遊んでる!?
「おま…」
思わず声を上げかけたが、俺の肩に大きな手がそっと置かれた。静かに首を横に振る父親を見て、言葉を奥に引っ込めた。
「なんちゅうやつらだ!」
荷馬車を片付けてくると言う父親。俺とアリスは先にリビングに戻り、扉がバタンとしまった瞬間、アリスが爆発した。
「あいつぅぅぅ!ムカつくムカつく、ムカつくー!!」
怒りが頂点に達したアリスは、クッションを抱えて床を転げ回る勢いだ。いや、俺には実際に転げ回っているように見えるが?俺の怒りを想像以上に超えていた彼女に、逆にこっちは冷静になる。下手になだめるわけにもいかず放置して見守るしかない。
そこへ雨で濡れた父親がリビングに入ってきた。え?っと思い窓の外に目をやるとザ―――っと雨が降り出していた。
「さっきまで小雨だったのに」
本来ならササっとタオルを持ってきて渡したいところだが、勝手が分からない新参者の俺。
「濡れてる所すいません!昨日からお世話になってる天貴と言います!よろしくお願いします!」
ちょっと声がデカすぎたか?と思ったが、後悔はしていない。
「おぉ、そうか!天貴君か。見慣れない子がいるなと思ったら、なるほどな」
すると、さっきまで床で転げまわっていたアリスがタオルを持って現れた。
「お父様!また急に降ってきたのね!?早くこれで!」
「お、すまんなアリス」
「いま温かいお茶入れてくるから!あと、彼は天貴さん!救世主なの!」
「ちょ、それは無しだって!」
いたずらっぽくウインクしてリビングを後にするアリス。父親はタオルで濡れた髪や体を拭き終わると、そっと手を差し出してくれた。
「よろしくな天貴くん。この農場をやってるラクターだ。じゃじゃ馬娘の父親もやってるぞ?」
軽いギャグで和ませてくれる。なんだかやっぱりおやっさんに似てるな。そんなことを思いながら、ラクターの大きな手をぎゅっと握り返した。
その時、不意に寝室側のドアがバタンと開いて、俺は驚いて振り向いた。
「隊長!!またゲドの奴来てたんですかぃ!?」
ちぐはぐに着崩れたコンバインさんがリビングに飛び込んで来た。髪はぼさぼさ、シャツの片腕は袖を通っておらず、ズボンは片足しか履けていない。
「コンバイン!まったお前は…ちゃんと服を着ろ!」
「はっ、あれ?すんません!急いでたもんで、つい」
いそいそと服を着るコンバイン。
「ま~たあの野郎、どうせ食いもしない野菜買っていきやがったんですかぃ?」
「う……うむ」
ラクターさんは気まずそうに頷いて、大股でどかっとソファに座る。
「あんな野郎に売る必要ないですよ、隊長!」
「仕方ないだろう!野菜を金に換えなくては農場が持たん!皆の給金も必要なのだ」
その言葉を聞いて、飛び入りでここに来た俺がここの負担にならないかと気まずさを覚える。
「おれぁ、給金なんかなくたって死ぬまで隊長のお側いますぜ?」
「お前は良くても、他の者がおるのだ!駄々をこねるな!」
「た、隊長~!」
な、なんだ…このやりとり。なんか、既視感がすげえ。
(てんぱ~い…!)
「ふふ、びっくりした?コンバインさんは昔お父様の隊の部下だったの!」
「わぉ、アリスか…ラクターさんの隊?」
気が付くと、トレーにお茶を持ったアリスが横に立っていた。
「お父様がこの農場を開くとき、有無を言わさず着いて来たそうよ」
「はは…なんか想像できるな」
そうして、俺たち四人はお茶をすすりながら状況説明と今後の対策を練りはじめた。
「ねえ、私やっぱりゲドのお嫁さんになるしかないの…かな」
ホロホロと泣くそぶりをしながら、大袈裟に悲劇のヒロインを気取るアリス。そんな気さらさら無いだろ、これ。
「だめだアリス、お前には自由に生きて欲しいのだ」
「そうですぜ!!アリス嬢は俺が守りますって!!」
みんな言いたいこと言って満足したのか、三人が一斉に俺の方を見た。
(な、何だこの圧は…ターン制なのか?)
やばい、何話したらいいか全く分からんぞ。議長!俺の頭の中の議長《げんた》!呼びかけると頭の中に 議長がポンっと登場する。
「俺の脳内の玄太!なんか、知恵を貸してくれ!」
「酸っぱいトマトすかぁ?そんなんはソースにして食っちまえばいいんすよ!」
「ソース…?」
「そーっす!甘味や塩味を足してトマトソースにしちまえば、酸味はむしろ武器になるんすよ」
天貴は手のひらにグーをポンとして話し出す。さすが食いしん坊だ。脳内玄太と別れ、早速貰ったアイデアを提案してみる。
「あのー、ゲドに売りたくないなら…トマトソースにして売るってのは?」
俺の発言に、手を口に当てて考え込むアリス。
「なるほどねぇ…時々うちでも作るけど、それを売るって発想はなかったわ?」
「トマトソースか…じゅるっ…でもそれ、すぐ食わねえと腐っちまわないか?」
再びうーんと悩みだすアリスと、よだれを拭くコンバインさん。ラクターさんは腕を組んで、微動だにしない。
(そうか。ここは科学よりも魔道の世界。缶詰やレトルトの技術なんて存在しないから…)
ならばもう一度…と、考えかけたその時だった。
「うむ、決めた!!」
突然のラクターさんの腹をくくったような掛け声に、皆の動きが一斉に止まった。
「今日の昼飯はトマトスパゲティに決まりだ!」
ズコーッと行きたいところだか、コンバインさんがすかさず「いいですねえ!」なんて言うからそのまま静観。
(いや!ツッコむとこでしょ、ここ)
「じゃあ私、トマト積んでくる」
(え?何?飯の支度?話し合いは終わったのかよ)
「あ、じゃあ俺も手伝う!!」
そう言って、慌てて俺はアリスの後を追った。
ザァ――――――――。
強くなる雨音に足を止めた瞬間、ツナギのポケットに仕舞った野菜の種が、少し動いた気がした。
今日も雨の音で目を覚ますアリス。
カーテンをそっと開け、窓の外を見ると気が重くなる。小さくため息をつきベッドに腰かけ、足をゆらゆらさせて色々と考え込む。
「だめっ!」
そう言って立ち上がり、両手両足を目一杯広げる。
「こんなことでくじけちゃダメ!農場とみんなはわたしが守るんだから!」
元気いっぱいに声を出し、おもむろに謎の体操をはじめる。
「スタンス!右!左!右!左!」
弓術のアストラを持つ父直伝の体操だ。
「ターゲット・ロックオン…スナイプ!」
ずどーーーん!(脳内では爆発音付きで大成功)
「よしっ!今日も農場を守るぞっ!」
気合いを入れて指をぐっと握る。けど、アリスは知っている。気合いだけじゃ、この農場は守れないことを。
この農場が属するのは、アグリスティア王国。
隣には帝国ヴァレスティアが接しており、数代前までは同じ王家の血を引いていたという。
現在は形式上の同盟関係にあり、良く言えばアグリスティアは帝国に守られている。
だが、その守りは、どこか見張られているような圧を国全体に残している。
最近では帝国が急速に軍備を拡大しており、裏では、優秀なアストラ持ちの人材が次々と帝国に引き抜かれている、なんて物騒な噂まで流れている。
そんな王国において、アリスの父ラクターはかつて、その類稀なる弓技と統率力を持ってして王国の将軍という立場にあった。
だが、アリスが生まれる頃にその任を離れ、ひっそりとこの農場を興したのだという。それが、今のアルカノア農場である。
アリスは窓辺に立ち、そろそろ戻るであろう待ち人の到着を見守る。
「あ!帰ってきた!」
アリスはせかせかと着替え、勢いよく部屋を飛び出した。リビングに入ると、そこには昨日突然現れた青いツナギの男が、麻袋を手に考え事をしていた。
「あら、天貴さん早いわね?おはよう!」
「ん~…あっ、アリスか!おはよう!」
「……?」
天貴の様子が気になったが、軽くあいさつするにとどめ、そのまま小走りで玄関を飛び出した。
*****
異世界初日の朝は、玄太コール無しで早く目が覚めた。俺はリビングに降りて、おやっさん農場から持ってきた唯一の持ち物を手に、絶賛悩み中。
「この種、多分ここの野菜より美味いはず。でもな、こうも雨続きじゃ太陽も出ないし…」
あれこれ悩んでいると、バタバタと外へ出ていくアリス。こんな朝からどうした?気になった俺は手に持っていた野菜の種をポケットにしまい、後を追うようにそっと玄関を抜け出した。彼女が駆け寄った先には、荷馬車の前に立つ一人の男。
その背中に、天貴はよく知る人物の面影を重ねてしまう。
「え、おやっさん!?…んなわけないか。アリスの父さんか?」
嬉しそうに飛び出していった割に、アリスに笑顔はない。その理由は、聞こえて来た親子の会話で理解した。
「また、売れなかったのね」
「うむ。色乗りも悪いし、やはり味見でな」
すべてを物語る、荷馬車に残された野菜の山が俺の目に映った。
「あのすっぱいトマトじゃ、売れねえよな…」
野菜の甘みやうまみってのは、太陽の光、つまり光合成のたまものだ。日照時間が長けりゃ長いほど、味も糖度もグンと上がる。これはもう、理屈じゃなく常識だ。
そこへこの連日の雨。影響はデカいはずだ。でも、ここは地球じゃない。そもそも雨が止んだところで太陽が昇るのか?そう思って空を見上げると、今朝はずいぶん雨足が弱い。
「ふぅん。24時間マジ降りってわけじゃないのか…」
そんなことを考えていると、農場の正門から青いマントを翻す金髪の騎士が従者を連れてアリス達へと近づいてきた。
「うぉ、さすが王国!にしても、なんだ?あの空の馬車は」
立派な鎧に身を包んだ男が馬上から声を上げた瞬間、さっきまでの穏やかな朝の空気がピシッと固まった。
「おやおや、アリス!父君まで直々にお出迎えとは、感心なことだ」
「ゲドよ、朝っぱらから用向きはなんだ?」
父親の毅然とした棘のある返事で、この客が歓迎されていないことは俺でもすぐに察した。アリスも見たくない人に会っちゃったって感じの顔だ。
「遠征までして野菜売りとはご苦労なことだ。して、成果のほどは?」
聞くまでもない嫌味にアリスも父親も無言のままだ。
「うわぁ…絶対嫌なやつだ、コイツ」
ゲドが従者に合図を送ると、従者は慣れた手つきで父親の荷馬車の野菜を降ろし、引いて来た空っぽの馬車に野菜を移動させる。
「なんか、最初から売れ残るってわかってたような手際だな?」
俺のボソッと呟いたのを聞いて、アリスがふっとこちらを見る。ね?ムカつくでしょ!?とでも言いたげな顔に、俺は何度も小刻みに頷いた。
「時に父君よ、婚姻の話は娘には届いているのかな?」
そう言って代金と思しき袋を父親に差し出す。顔を背け、なかなか受け取らない父親の手に半ば無理やり持たせると、アリスをチラ見する。
「おや、これはこれは。ご本人を目の前にして失礼だったかな」
「わざとらしい言い方ね、ゲドさん…とっくに聞いてるわよ…」
「朝から不機嫌だなアリス。さては、女の日か?」
ニヤニヤする従者の男たち。一連の胸糞展開に般若のような顔で、ギギギと俺の方に顔を背けるアリス。分かる、分かるけど!その顔と動き、コワおもろいからやめて?
「ところで父君。いまだ無能者…ダストラを大量に雇っていると巷で聞いたが、そのような愚行が農場を窮地に追いやっているとは考えないのか?」
「お前には関係ない、大きなお世話だ!俺たちは俺たちのやり方でやる!」
「ちぃ!アリスの婿になれば、いずれ全員解雇して…いや、まぁいい。今日の所はこれで失礼しよう」
言うだけ言ってゾロゾロと引き返していくゲド一向。その後ろ姿をイラっとしながら眺めていると、従者達がなにやら騒がしい。
「そぉらっ!」
「やめろって、うわっ…きったね~」
下衆な笑い声を上げながらトマト投げ合って遊んでる!?
「おま…」
思わず声を上げかけたが、俺の肩に大きな手がそっと置かれた。静かに首を横に振る父親を見て、言葉を奥に引っ込めた。
「なんちゅうやつらだ!」
荷馬車を片付けてくると言う父親。俺とアリスは先にリビングに戻り、扉がバタンとしまった瞬間、アリスが爆発した。
「あいつぅぅぅ!ムカつくムカつく、ムカつくー!!」
怒りが頂点に達したアリスは、クッションを抱えて床を転げ回る勢いだ。いや、俺には実際に転げ回っているように見えるが?俺の怒りを想像以上に超えていた彼女に、逆にこっちは冷静になる。下手になだめるわけにもいかず放置して見守るしかない。
そこへ雨で濡れた父親がリビングに入ってきた。え?っと思い窓の外に目をやるとザ―――っと雨が降り出していた。
「さっきまで小雨だったのに」
本来ならササっとタオルを持ってきて渡したいところだが、勝手が分からない新参者の俺。
「濡れてる所すいません!昨日からお世話になってる天貴と言います!よろしくお願いします!」
ちょっと声がデカすぎたか?と思ったが、後悔はしていない。
「おぉ、そうか!天貴君か。見慣れない子がいるなと思ったら、なるほどな」
すると、さっきまで床で転げまわっていたアリスがタオルを持って現れた。
「お父様!また急に降ってきたのね!?早くこれで!」
「お、すまんなアリス」
「いま温かいお茶入れてくるから!あと、彼は天貴さん!救世主なの!」
「ちょ、それは無しだって!」
いたずらっぽくウインクしてリビングを後にするアリス。父親はタオルで濡れた髪や体を拭き終わると、そっと手を差し出してくれた。
「よろしくな天貴くん。この農場をやってるラクターだ。じゃじゃ馬娘の父親もやってるぞ?」
軽いギャグで和ませてくれる。なんだかやっぱりおやっさんに似てるな。そんなことを思いながら、ラクターの大きな手をぎゅっと握り返した。
その時、不意に寝室側のドアがバタンと開いて、俺は驚いて振り向いた。
「隊長!!またゲドの奴来てたんですかぃ!?」
ちぐはぐに着崩れたコンバインさんがリビングに飛び込んで来た。髪はぼさぼさ、シャツの片腕は袖を通っておらず、ズボンは片足しか履けていない。
「コンバイン!まったお前は…ちゃんと服を着ろ!」
「はっ、あれ?すんません!急いでたもんで、つい」
いそいそと服を着るコンバイン。
「ま~たあの野郎、どうせ食いもしない野菜買っていきやがったんですかぃ?」
「う……うむ」
ラクターさんは気まずそうに頷いて、大股でどかっとソファに座る。
「あんな野郎に売る必要ないですよ、隊長!」
「仕方ないだろう!野菜を金に換えなくては農場が持たん!皆の給金も必要なのだ」
その言葉を聞いて、飛び入りでここに来た俺がここの負担にならないかと気まずさを覚える。
「おれぁ、給金なんかなくたって死ぬまで隊長のお側いますぜ?」
「お前は良くても、他の者がおるのだ!駄々をこねるな!」
「た、隊長~!」
な、なんだ…このやりとり。なんか、既視感がすげえ。
(てんぱ~い…!)
「ふふ、びっくりした?コンバインさんは昔お父様の隊の部下だったの!」
「わぉ、アリスか…ラクターさんの隊?」
気が付くと、トレーにお茶を持ったアリスが横に立っていた。
「お父様がこの農場を開くとき、有無を言わさず着いて来たそうよ」
「はは…なんか想像できるな」
そうして、俺たち四人はお茶をすすりながら状況説明と今後の対策を練りはじめた。
「ねえ、私やっぱりゲドのお嫁さんになるしかないの…かな」
ホロホロと泣くそぶりをしながら、大袈裟に悲劇のヒロインを気取るアリス。そんな気さらさら無いだろ、これ。
「だめだアリス、お前には自由に生きて欲しいのだ」
「そうですぜ!!アリス嬢は俺が守りますって!!」
みんな言いたいこと言って満足したのか、三人が一斉に俺の方を見た。
(な、何だこの圧は…ターン制なのか?)
やばい、何話したらいいか全く分からんぞ。議長!俺の頭の中の議長《げんた》!呼びかけると頭の中に 議長がポンっと登場する。
「俺の脳内の玄太!なんか、知恵を貸してくれ!」
「酸っぱいトマトすかぁ?そんなんはソースにして食っちまえばいいんすよ!」
「ソース…?」
「そーっす!甘味や塩味を足してトマトソースにしちまえば、酸味はむしろ武器になるんすよ」
天貴は手のひらにグーをポンとして話し出す。さすが食いしん坊だ。脳内玄太と別れ、早速貰ったアイデアを提案してみる。
「あのー、ゲドに売りたくないなら…トマトソースにして売るってのは?」
俺の発言に、手を口に当てて考え込むアリス。
「なるほどねぇ…時々うちでも作るけど、それを売るって発想はなかったわ?」
「トマトソースか…じゅるっ…でもそれ、すぐ食わねえと腐っちまわないか?」
再びうーんと悩みだすアリスと、よだれを拭くコンバインさん。ラクターさんは腕を組んで、微動だにしない。
(そうか。ここは科学よりも魔道の世界。缶詰やレトルトの技術なんて存在しないから…)
ならばもう一度…と、考えかけたその時だった。
「うむ、決めた!!」
突然のラクターさんの腹をくくったような掛け声に、皆の動きが一斉に止まった。
「今日の昼飯はトマトスパゲティに決まりだ!」
ズコーッと行きたいところだか、コンバインさんがすかさず「いいですねえ!」なんて言うからそのまま静観。
(いや!ツッコむとこでしょ、ここ)
「じゃあ私、トマト積んでくる」
(え?何?飯の支度?話し合いは終わったのかよ)
「あ、じゃあ俺も手伝う!!」
そう言って、慌てて俺はアリスの後を追った。
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