忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第2章:てんぱい異世界の足跡

第29話 天貴、希望を撒く

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「ねえ天貴。さっきの農具のこと、みんなにはまだ内緒ね」
「ああ、分かってる。武器になる農具なんて、普通ビビっちまうだろ」

 アリスは小さく笑って、こくりとうなずく。

「いつかアルカノアに、アグリギアが必要な時がきっと来る…」
「…視えたのか?」

「まだはっきりと視えたわけじゃない。でも、わかるの。いつかきっと、ここに嵐が来るって」

 その瞬間、風がふっと吹き抜けた。屋根の風車が、カラカラと静かに回る。

「…嵐、か」
「だからその時、みんなが自分の手で、自分とこの農場を守れるようにしたいの」

 言葉の終わり、ほんの少しだけ声が震えていた。けれどアリスはすぐに顔を上げ、いつもの明るい笑顔を見せる。

「でも、今はまだ秘密!必要が無ければ、それが一番だから」
「おう!アリスの気持ちは分かった」

 俺が親指を立てると、アリスも親指で答えた。

「じゃ、私行くわね!」

 分厚いノートを抱えて屋敷へ戻っていくアリスを見送り、俺は再び畑へ向かって歩き出した。

 朝のひんやりした空気は、いつの間にか昼のあたたかさに変わっている。

「青い空に白い雲。…まさに、ザ・農場日和ってやつ」

 目を細めて空を見上げると、遠くに見慣れたガタイがあった。

「コンバインさーん!作業ひと段落ですか!?」

 コンバインさんたちはすでに耕し作業を終えたらしく、腰に手を当てながら、どこか誇らしげに畑を眺めていた。

「ああ!整地まで終わった!今、菜園部隊が野菜の種を取りに行ってる!」

(あれ?野菜の種?)

「あの、コンバインさん。今日って、何の種を撒くんですか!?」
「先週で小麦は終わったし、今日はモロコシあたりじゃねえか?」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にひとつの記憶がよみがえった。

 ――現代から持ってきた、小さな希望の詰まった種袋。最初にトマトを育てたとき。みんなの笑顔を見た瞬間に、なんだか胸がいっぱいになって、それで終わった気になってたけど…。トマト以外にもまだ、色んな種が残ってるっけ。

「コンバインさん!種まき、待ってもらえますか!?すぐ戻ります!」
「おう、菜園部隊が来たら待つように言っておくぞ!」

 俺はダッシュで自分の部屋に飛び込み、机の引き出しをガバッと開けた。

「…あった!」

 忘れかけてた、唯一の持参品。袋の中には、異世界初上陸の野菜たち。
 
「えーっと、トウモロコシに人参。この黒くて硬いコロンとしたのは…ナスか」

 そして袋の奥に、ひときわ目立つ大きな種が。

「…え、スイカ!?なんで!?」

 思わず声が漏れた。

「いや待て。スイカなんて、おやっさんの農場で育ててなかったはずだ」

 なのに、この袋の中にはどう見てもスイカの種が混じってる。黒くて平べったい、あの夏の象徴。

「スイカと言えば…まさか玄太か!?」

 玄太の笑顔を思い描いた瞬間、夏の記憶がいっきに蘇った。

 二人で吉田川の夏の花火大会に行ったとき、俺にりんご飴を持たせてスイカにかぶりついてたっけ。でも、そんな前から準備を?いや、違うぞ!そういえば…。
 異世界に来る前の日だ。俺んちで朝スイカを食ってたとき、いつもなら種なんて気にせず食ってるくせに、その日だけは丁寧に種を並べてたっけ。

(俺の知らないうちに、アイツ…)

 異世界にスイカを持っていけって、こっそりこの袋に入れておいてくれたんだ。これで 玄太のおかげで、もう一つこの世界に“うまいもん”が届けられる。

「これはありがたいぞ、玄太!!」

 俺はワクワクしながら急いで袋を握りしめ、畑へとダッシュした。

「コンバインさん!お待たせしましたー!」
「天貴!菜園チームもちょうど来たぞ、そら!」

 振り返るとシーダさんをはじめとする菜園班女子チームの面々が、スコップを片手に勢ぞろいしていた。今日の畑の主役は、この人たちだ。

「あら、天貴さん!今日はこちらにいらしたのね」
「シーダさん!ちょっと提案していいですか?」

 突然の申し出に、シーダさんは一瞬きょとんとする。

「今日のまきは俺が持ってきた種、使ってみてもいいですか!?」
「え?ええ…もちろん。天貴さんの種なら、なんだって大歓迎よ!」
「なんだ天貴?また美味いトマトの再来ってやつか?」

 コンバインさんの中では、俺は”トマトの人”で完全に定着してるらしい。でも今日持ってきたのは、それだけじゃない。

「いえ、それよりもっと色々です!ただ、トマトの時と同じ育成でお願いします!」
「分かったわ。任せて、天貴さん!グロウとライラを呼ぶわね。」

 そう言って俺は種袋をシーダさんに手渡すと、そっと中身を確認する。

「人参に、とうもろこし…あら?天貴さん、この黒くて平たい種は…?」
「えっ?それ、スイカですけど?」

 その名を口にした瞬間、菜園班女子のみなさんが顔を見合わせる。

「スイカとは、それはどういった野菜ですの?」

 シーダさんも首をかしげながら、じっと種を見つめている。まさかこの世界、スイカそのものが無いのか!?

「野菜ってより、果実に近いです!丸くてでっかくて、中は赤くてすっげぇ甘くてジューシーで!暑い日に冷やして食べたら、もう最高なんです!」

(スイカを知らない世界線か…これは上手く育てられれば相当楽しみだ!

 俺は興奮気味にスイカの営業トークをはじめるとシーダさんが目を丸くして種を見つめる。

「でっかくて甘くてジューシーですって?この種が、そんな都合のいい果物に…?」
「はい。ちゃんと育てられたら、農場のみんなでスイカ割り…とかもできるかもしれませんよ?」
「なに!?スイカ割りだと!?楽しそうだな?」

 コンバインさんの目がギラリと光る。

「はい!目隠しして、棒でスイカを叩いて割るんです!みんなでわいわいやって、最後は一緒に食べるっていう、ちょっとした遊び心です!」

「遊んでから食うのか?よぉし、今から腕がなるぜ!!」

(いや待て。この人が本気で叩いたら、中身ごと消し飛びそうだぞ)

「なんだか楽しそうですね、天貴さん!」

 シーダさんがぱちっと目を輝かせると、菜園チームのメンバーも次々と集まり、興味津々で種をのぞき込んでくる。

「これが…スイカとやらの種か?」
「でっかいって、どのくらい大きくなるのかしら」

 玄太が食ってたスイカの産地は分からないけど、あいつのことだ。絶対デカくてうまい品種に決まってる。

「シーダさん!この一角、スイカ用に使っていいですかね?」
「ええ、もちろん。珍しい種なら慎重に育てましょう」

(このスイカ、ちゃんと育ててみせる。俺が持ってきた、玄太との夏の記憶だ)

 ちょうどそこへ、寝ぼけ気味のグロウ君とくるくる巻き髪のライラがふわっと登場。

「お待たせしました!」

 この農場が誇る農場チート、植物発芽担当と光魔法を生成する光合成の女神の登場だ!

「グロウ君、ライラ!トマトと同じように、またお願いできるか?」

 二人がそろって、スイカの種が撒かれた一画に向かい合う。

「うん!問題ないよ。スイカの芽、起こしてみるね」
「じゃあ私は光の栄養、たっぷり注いであげる!」

 グロウ君が小さく手をかざすと、土の中からふわっと緑の息吹が立ちのぼる。そしてすぐにライラの指先がきらめき、やわらかな光がスイカの芽を包み込んだ。

「うおぉ…何度見ても神秘的だ…」

 こうして玄太がくれた小さな種は、確かにこの異世界で、芽吹いた。

 *****

 まきの作業が終わると、全員で畑の前に立ってひと息ついて達成感に浸る。 

「よし、あとは水まきだけだな!天貴!」

「雨が降ってくれると助かります…ねぇ?天貴さん!」

 コンバインさんとシーダさんの言葉に、なぜかその場にいた全員がそろって俺の方を見る。

「はは、ですよねぇ?」

(俺ってやっぱりスプリンクラー?)

 そう思いつつも、分かってる。ここはスカイリンクの出番だ。そして、範囲調整の修行成果を試す時だ。

「コホン。じゃあ、この畑の一画にだけ上空に雨雲を呼びます!」
「一画にだけ?そんなピンポイント調整できるのか?」

 コンバインさんの言葉に俺は頷くと、畑の一画の上空に向かって両手で指を組み照準を作る。息を吸って集中し、枠の中に水蒸気を集めるイメージ。

「――来い、雨雲ッ!!」

 ビリっと空気が揺れた気がした。視界の上、雲ひとつなかった空に淡いグレーの気流がふわりと渦を巻く。それはゆっくりと形を変えながら、俺が照準を合わせた畑の真上にだけ広がっていった。

「うわ!ほんとに、あそこにだけ雨雲が!」

 誰かの驚いた声。その次の瞬間、ポツ…ポツッ…と小さな水音が畑に落ちた。

「おお…!もう降ってきた!」
「天貴さんすごいです!ホントにこの一画だけ降ってます!」

 菜園チームのひとりが、帽子のつばをくいっと持ち上げて空を見上げる。降ってくるのは、やさしい雨。強すぎず弱すぎず、土と種をちゃんと潤す、ちょうどいいやつ。まるでちゃんと分かってるみたいに、空が気をきかせてくれている。

「このアストラ、本当にすごい…農場のヒーローですね!」

 その言葉に思わずニヤッリとしてしまう俺。よし。これで玄太のスイカもバッチリ育ってくれるよな。けど、このときの俺は、まだ気づいてなかったんだ。ゲドの裏切りによって、国に戦火が迫っていること。農場を飲み込もうとする陰謀が、すぐそこに迫っていること。

 そして――。

 俺の中で、静かに目覚めはじめていた“何か”の存在にも。
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