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第3章:忠犬はてんぱいを追って
第30話 忘れ物、降り立つ
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そして、おやっさん農場の天貴の部屋では、今まさにてんぱいの忘れ物が静かに旅立とうとしていた。
「姉ちゃん、おやっさん!ごめんっす。おれ、やっぱりてんぱいの側で生きます!」
玄太は、二人暮らしの姉とおやっさんへの置手紙を部屋の机に置いた。他はいらない。友達少ないと、こういう時に楽でいい。
「整ったか?ならば、場の中央に立ち、身を委ねよ」
「よ、よし…!すーはー…すーはー…」
玄太は小さく深呼吸しながら、ポケットに入れた小さなメモの存在をそっと確かめると部屋の真ん中に立った。一応書いた事はだいたい覚えたけど。
「てんぱいの武器…消えねえでくださいよ」
自分の転移にどんな制約があるかは分からない。この一枚のメモだけでも…そんな祈りを胸に、玄太は魔法陣の上に立つ。
「その陣から決して出るでないぞ。転移が失敗すれば、その身が持たぬ」
「わ、わかったっす」
(ひぇ、こっわ)
クータンがすっと立ち上がり短い前脚を天井に掲げると、静かに呪文を唱えはじめた。すると、それに応えるように、床に浮かんだ牛の魔法陣が、ゆっくりと回転を始める。
「いよいよっすか…」
玄太が不安げにクータンを見つめると、クータンもじっと玄太を見返していた。
「ぬしを持ち主のもとに送れば、まことに我が使命は完了じゃな」
「え?そうだ、ちょっと待って。俺が行っちまったらクータンはどうなっちゃうんすか!?」
「……我は元より三日で死す運命。案ずるに及ばん」
表情が分からないクータン。
「そんなのって……」
しかし玄太には、そのいつもと変わらないクータンの無表情がどこか悲しそうに見えた。
「ダメ……」
クータンをここに置いていけば、そのうちおやっさんに見つかるだろう。そうなれば保健所か、てんぱいが心配してたように最悪、殺処分なんてことも…。どっちにしろこのままほっといたら、寂しく腹空かせて餓死しちゃう。
「……それはダメだ!」
玄太は、魔法陣の光越しに揺れるクータンの姿を見つめながらきっぱりと言った。
「死ぬ運命?ちがうっすよ!クータンはてんぱいに生かされて、俺が命をつないだんすから!」
その瞬間、足元の魔法陣が何重にも重なって光を放ち、回転の速度を増していく。
「だからもう、クータンは運命から解き放たれてるっす!」
玄太は咄嗟に魔法陣の外へ飛び出し、傍らにいたクータンを野菜用の背負いかごにポンッと入れて、勢いよく背負った。
「――ん間に合えぇぇぇぇぇ!!」
吹き上がる光の奔流に、クータンを背負った玄太の姿が包まれていった。
*****
クータンを背負った玄太は見知らぬ小高い丘の花畑に倒れていた。異世界のそよ風に吹かれて、目を覚ました玄太は…。
「う、うぇぇぇ…」
頭の中をミキサーみたいに、ぐるんぐるんにかき混ぜられていた。身体全体がビリビリして、足元はふらふら。視界はぐらぐらするし、耳鳴りも止まらない。
「これ、地上…すか?無事に着いたっぽい?」
周囲は見渡す限りの草原と、見た事もないお花がいっぱい。
「わぁ!綺麗なお花畑」
「むぅ…我も、彼の地に降りようとは…」
背中のクータンが、背中の籠の中で小さく呻くように言った。
「ぬしも無茶をするのぉ…寿命がちじんだわい」
寿命?もう何日も延長してるくせに?なんて思ったけど、今はそれどころではない。
「てんぱい!おれ、来ましたよ」
転移酔いでフラフラする体調を戻すため、異世界の空気を改めて深呼吸する玄太。
「す~~、はぁぁぁ…てんぱいと同じ空気、うめえぇぇ!」
そんな風に思ったら一気に正常を取り戻せる。
「…はっ!」
振り返ると、そこには今しがた自分が現れたと思われる魔法陣の残り香が、光の残像のようにかすかに揺らめいて、今にも消えそうになっている。
「もう、地球には戻れないのか…」
感傷に浸る間もなく、突然風向きが変わった。
「ん…?なんか、煙くないっすか?」
遠くの空に、うっすらと立ち上る黒い煙。どこかで何かが燃えている?玄太はクータンを背負い直し、ゆっくりと歩き始めた。
「てんぱい、どこっすかね…」
見渡す限り、建物も人の気配もない。ただただ広がる静かな草原と所々の岩。風の音だけがやけにリアルで、異世界に来たという現実味が増す。
「ふむ、思念送りとは勝手が違うのぉ…」
「ま、足使って探すっきゃない」
クータンとそんなやり取りをしていた玄太の耳に、馬の蹄の音と小さく人の話し声が届いた。
「ん……?」
風に乗って運ばれてくる話し声。嫌な予感がして、玄太は慌てて大きな岩に身を伏せた。岩陰からコソッと覗くと、青いマントをたなびかせた金髪の騎士が、一頭の馬にまたがって道を進んでいる。後ろには数人の兵士たち。
「農場の分際で私が来ねばならぬとは……どこまで行っても生意気な」
「ゲド様!申し訳ありません!ただの農具だと油断してました。まさか武器になるとは」
「ふん、こしゃくな。アリスの先見の力で襲撃に備えていたという事か…」
蹄の音で聞き取りづらかったけど、たしかに今…言った。
(――ゲド?)
玄太の目の奥がスンッと冷えた。ゲドって確か、てんぱいの妨害したっていう…おれの敵!!脳裏をよぎるのは、第二回てんぱい異世界転生会議でまとめたホワイトボードに書いたゲドという名前。聞き耳を立てるスパイ玄太に、さらに衝撃の一言が突き刺さる。
「農場など燃やしてしまえばイチコロなんですが…」
「変な小僧が雨降らせて消しちまうんです」
(変な小僧?まさか…てんぱいの事だったらぶっころ!)
「そのために私が来たのだ。農場を晴らしたかったんだろう?その希望、私が叶えてやろう」
「な、なにか秘策が!?さすがゲド様!」
「見物だな、墜ちた王国最後の砦が焼き尽くされる様が」
(え?なにそれ、どういう攻撃!?)
「よし皆の者、少しペースを上げるぞ!」
ゲドの指揮に一行は足早に農場に向かった。
「行ったっすね」
そっと岩陰の草むらを抜け出すと、黒い煙を見上げる。
「事は、急を要するの」
「ゲドってやつ、何か企んでるっす!早く、てんぱいに会わなきゃ…!」
玄太は、馬の進行方向をじっと見つめた。
(こいつらの進む先に、おれのてんぱいが!?)
そして、玄太の足は迷いなくその黒い煙に向かって進んでいた。
「てんぱい、おれが行くまで無事でいるっすよ」
目指すはただ一つ、アルカノア農場へ!
「姉ちゃん、おやっさん!ごめんっす。おれ、やっぱりてんぱいの側で生きます!」
玄太は、二人暮らしの姉とおやっさんへの置手紙を部屋の机に置いた。他はいらない。友達少ないと、こういう時に楽でいい。
「整ったか?ならば、場の中央に立ち、身を委ねよ」
「よ、よし…!すーはー…すーはー…」
玄太は小さく深呼吸しながら、ポケットに入れた小さなメモの存在をそっと確かめると部屋の真ん中に立った。一応書いた事はだいたい覚えたけど。
「てんぱいの武器…消えねえでくださいよ」
自分の転移にどんな制約があるかは分からない。この一枚のメモだけでも…そんな祈りを胸に、玄太は魔法陣の上に立つ。
「その陣から決して出るでないぞ。転移が失敗すれば、その身が持たぬ」
「わ、わかったっす」
(ひぇ、こっわ)
クータンがすっと立ち上がり短い前脚を天井に掲げると、静かに呪文を唱えはじめた。すると、それに応えるように、床に浮かんだ牛の魔法陣が、ゆっくりと回転を始める。
「いよいよっすか…」
玄太が不安げにクータンを見つめると、クータンもじっと玄太を見返していた。
「ぬしを持ち主のもとに送れば、まことに我が使命は完了じゃな」
「え?そうだ、ちょっと待って。俺が行っちまったらクータンはどうなっちゃうんすか!?」
「……我は元より三日で死す運命。案ずるに及ばん」
表情が分からないクータン。
「そんなのって……」
しかし玄太には、そのいつもと変わらないクータンの無表情がどこか悲しそうに見えた。
「ダメ……」
クータンをここに置いていけば、そのうちおやっさんに見つかるだろう。そうなれば保健所か、てんぱいが心配してたように最悪、殺処分なんてことも…。どっちにしろこのままほっといたら、寂しく腹空かせて餓死しちゃう。
「……それはダメだ!」
玄太は、魔法陣の光越しに揺れるクータンの姿を見つめながらきっぱりと言った。
「死ぬ運命?ちがうっすよ!クータンはてんぱいに生かされて、俺が命をつないだんすから!」
その瞬間、足元の魔法陣が何重にも重なって光を放ち、回転の速度を増していく。
「だからもう、クータンは運命から解き放たれてるっす!」
玄太は咄嗟に魔法陣の外へ飛び出し、傍らにいたクータンを野菜用の背負いかごにポンッと入れて、勢いよく背負った。
「――ん間に合えぇぇぇぇぇ!!」
吹き上がる光の奔流に、クータンを背負った玄太の姿が包まれていった。
*****
クータンを背負った玄太は見知らぬ小高い丘の花畑に倒れていた。異世界のそよ風に吹かれて、目を覚ました玄太は…。
「う、うぇぇぇ…」
頭の中をミキサーみたいに、ぐるんぐるんにかき混ぜられていた。身体全体がビリビリして、足元はふらふら。視界はぐらぐらするし、耳鳴りも止まらない。
「これ、地上…すか?無事に着いたっぽい?」
周囲は見渡す限りの草原と、見た事もないお花がいっぱい。
「わぁ!綺麗なお花畑」
「むぅ…我も、彼の地に降りようとは…」
背中のクータンが、背中の籠の中で小さく呻くように言った。
「ぬしも無茶をするのぉ…寿命がちじんだわい」
寿命?もう何日も延長してるくせに?なんて思ったけど、今はそれどころではない。
「てんぱい!おれ、来ましたよ」
転移酔いでフラフラする体調を戻すため、異世界の空気を改めて深呼吸する玄太。
「す~~、はぁぁぁ…てんぱいと同じ空気、うめえぇぇ!」
そんな風に思ったら一気に正常を取り戻せる。
「…はっ!」
振り返ると、そこには今しがた自分が現れたと思われる魔法陣の残り香が、光の残像のようにかすかに揺らめいて、今にも消えそうになっている。
「もう、地球には戻れないのか…」
感傷に浸る間もなく、突然風向きが変わった。
「ん…?なんか、煙くないっすか?」
遠くの空に、うっすらと立ち上る黒い煙。どこかで何かが燃えている?玄太はクータンを背負い直し、ゆっくりと歩き始めた。
「てんぱい、どこっすかね…」
見渡す限り、建物も人の気配もない。ただただ広がる静かな草原と所々の岩。風の音だけがやけにリアルで、異世界に来たという現実味が増す。
「ふむ、思念送りとは勝手が違うのぉ…」
「ま、足使って探すっきゃない」
クータンとそんなやり取りをしていた玄太の耳に、馬の蹄の音と小さく人の話し声が届いた。
「ん……?」
風に乗って運ばれてくる話し声。嫌な予感がして、玄太は慌てて大きな岩に身を伏せた。岩陰からコソッと覗くと、青いマントをたなびかせた金髪の騎士が、一頭の馬にまたがって道を進んでいる。後ろには数人の兵士たち。
「農場の分際で私が来ねばならぬとは……どこまで行っても生意気な」
「ゲド様!申し訳ありません!ただの農具だと油断してました。まさか武器になるとは」
「ふん、こしゃくな。アリスの先見の力で襲撃に備えていたという事か…」
蹄の音で聞き取りづらかったけど、たしかに今…言った。
(――ゲド?)
玄太の目の奥がスンッと冷えた。ゲドって確か、てんぱいの妨害したっていう…おれの敵!!脳裏をよぎるのは、第二回てんぱい異世界転生会議でまとめたホワイトボードに書いたゲドという名前。聞き耳を立てるスパイ玄太に、さらに衝撃の一言が突き刺さる。
「農場など燃やしてしまえばイチコロなんですが…」
「変な小僧が雨降らせて消しちまうんです」
(変な小僧?まさか…てんぱいの事だったらぶっころ!)
「そのために私が来たのだ。農場を晴らしたかったんだろう?その希望、私が叶えてやろう」
「な、なにか秘策が!?さすがゲド様!」
「見物だな、墜ちた王国最後の砦が焼き尽くされる様が」
(え?なにそれ、どういう攻撃!?)
「よし皆の者、少しペースを上げるぞ!」
ゲドの指揮に一行は足早に農場に向かった。
「行ったっすね」
そっと岩陰の草むらを抜け出すと、黒い煙を見上げる。
「事は、急を要するの」
「ゲドってやつ、何か企んでるっす!早く、てんぱいに会わなきゃ…!」
玄太は、馬の進行方向をじっと見つめた。
(こいつらの進む先に、おれのてんぱいが!?)
そして、玄太の足は迷いなくその黒い煙に向かって進んでいた。
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