忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第3章:忠犬はてんぱいを追って

第33話 その愛、鉄槌のごとく

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 炎が容赦なく天貴を包囲する中、その灼熱の壁に玄太は一瞬の迷いもなく飛び込んだ。

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」 

 濡れたツナギがジュッと音を立てて蒸され、炎で目も開けられない。なのに…いや、だからこそ、玄太の足は止まらなかった。ツナギの袖が焦げる。けど、構ってられない。今この瞬間を逃したら、てんぱいをひとりにしてしまう気がしたから。

「おれを届けるんすよ…絶対!!」

 煙の向こうに、青いツナギが見えた。膝をついて、今にも崩れそうなその背中が。ずっと追いかけてきたあの背中は、もう目の前だ。

「てんぱぁぁいっ!!」

 玄太はその背中に飛びつき、倒れかけていた天貴を力いっぱい抱きとめた。

「ぐふぇっ!な、なに…?」

 天貴はうっすらと目を開く。けれどその目は焦点が合っていない。

「幻覚か…?なぜか、玄太が見える…」
「てんぱい!おれは幻じゃないっすよ!!ほんとにここにいますっ!」

「玄太の声まで聞こえて来た…あぁ、短い人生だった…」

 思考が煙に巻かれたようにグラグラして、まともに頭が働かない。それでも、玄太の声が、ずっと聞きたかった声が、熱気の中で真っ直ぐ突き刺さってきた。

「てんぱい!てんぱってる場合じゃないっすよ!」

 そう叫びながら、玄太は天貴の手をぎゅっと握った。

「いいっすか、今からおれの言う通りにスカイリンクを使ってくださいっす!」
「えっ?ま、待って……!」

「待てないっすよ!てんぱい、おれと同じように真似して!!」

 玄太の指先はまるで、燃えさかる空に向かって命令するかように突き立てられた。

「上っす!あの空から分厚い気流を真下にぶつけるイメージで!」
「え?こ、こうか…?てか、マジで玄太なの!?」

 俺も、なぞるように震える指で空を差す。

「そうっす!!!じゃあ、行きますよ!」





 天貴の体をガッチリ支えながら、玄太は空に向かって叫びはじめた。

「天より出でし…重力の鉄槌!」

 玄太の声が、炎のうねりを突き破るように突き刺さる。

「てっ…天より出でし?…重力の……なあ、ここ必要なのか?」

 ツッコみつつも、全力で追いかけるように叫ぶ。

「呼びますよ!てんぱい!」

 燃えさかる音も、叫びも、何も聞こえない。

「おっ!おう!!」

 今この瞬間だけ、俺の意識はこれから玄太が発する声だけを待っていた。

「ダウンバースト!」
「だ、ダウンバースト!!!」

 ふたりの叫びが重なった瞬間、上空が光り、まるで天蓋が割れるように、空に亀裂が走った。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 その裂け目から姿を現したのは、異様なまでに圧縮された黄金の雲の塊。それは、唸るように、沈むように地上へと迫り、ピタッと停止した。

「見て!空!」
「あ、あれは!?」

 アリスとシーダは、突然上空に現れた怪しく金色に光る分厚い雲に気づき、言葉を失った。

「お、おい。あれ…!」

 ラクターもコンバインも、農場にいる皆が手を止めて、その現象を見守っていた。

 *****

 柵の外からも見えるその現象に、ゲドも驚きを隠せなかった。

「なんだあの魔法は!?だれのアストラだ!」
「分かりません!しかし、さきほど信号が上がった上空です!!」

「な、なにぃ?」 


 *****

 次の瞬間。

 ドヒュゥゥゥゥゥゥゥン!!!

 金色の積乱雲の下で、地表めがけて叩きつけられるような強烈な下降気流が炸裂した。

「うおっ!!この重圧!!これジェットコースターの最落下ゾーンっすぅぅぅ!!」
「うおおおおおお!!?」

 玄太と天貴を中心に、地面に達した空気の塊は、二人を押し潰すように直撃した。そして、それは四方へと突風となって吹き荒れ、天貴と玄太を取り囲む炎もろとも、農場のあちこちで発火していた炎をすべて吹き飛ばした。玄太のゲーム脳によって考えられた厨二全開の詠唱どおり、まさに天より振り下ろされた「重力の鉄槌」だった。

「きゃぁぁ!」
「っんぐっっ!?これは!?」

 付近にいたアリスたち、兵士たちは突然空から振り落とされた重力のスタンプに押しつぶされそうになる。

「…まさに、神の如き力じゃの」

 アリスに抱えられた籠の中からクータンが見つめるその中心。ダウンバーストの直撃の中には、天貴と玄太のふたりがまっすぐ立っていた。
 静まり返る農場。仕掛け人の玄太はその絶大な威力にポカーンとし、当の天貴は立ったまま気を失ったように項垂れている。

「…す、す、すげえっすね…スカイリンク…」
「…………」

「やっぱ、おれのてんぱいは最強っす!」
「………………ふっ……」

「…てんぱい?」

 玄太がそう呼びかけた直後に返ってきたのは、いつもの天貴らしくない低くて乾いたひと言だった。

「…………おモしろい…」

 それは、てんぱいじゃない誰かの声のようだった。

(……え?)

 背中がゾクッとする感覚が玄太を襲う。

(い、今の…てんぱい…っすよね?)

 すると、突然天貴の体がフラリとよろけ、力が抜けるようにその場にへたりこんだ。

「…っ、てんぱい!?」

 膝から崩れ落ちる天貴を両手で支える玄太。

「大丈夫すか!?しっかり!」
「…あ?あれ…俺、今なんか…」

 顔を上げた天貴の言葉は、元に戻っていた。

「あ!てんぱい!気が付いた!!?」
「げ、玄太!?なんで?俺、現代に戻った!?」

「違います!俺が来たんす!!」

 ぐしゃぐしゃに汚れて、顔もすすで真っ黒になりながらも、その目は俺をまっすぐに見ていた。

「おれ、クータンにここへ送ってもらったんす!!」
「…クータンに?え、クータンって、あれ?うそだろ…そんな……」

 呆然とする俺に、玄太は息を切らしながら目尻を赤くして笑った。

「おれ、スイカ守るてんぱい見て、マジで泣きそうになったっすよっ」
「……あ?あぁ……」

 うるうるする玄太を見て、思わず顔を背けた。

「で、でも!!なんでお前来ちゃったんだ!見ただろ!ここは危ないから…」
「だって!!おれがいないとてんぱい、すぐ無茶するじゃないっすか」

 それは言い訳でもなければ、ヒーローぶった言葉でもなかった。ただ心からいつも通りの玄太の言葉だった。その瞬間、俺は理解した。ああ、そうだ。俺、こいつに来てほしかったんだ。
 まだ地面に膝をついたままの俺に玄太がそっと手を差し出した。

「てんぱい!細かい事はなしっすよ!」

 土で汚れたその手を、俺はしばらく見つめてそして、ゆっくりと握り返す。

「ったく…来ちまったんだな、ほんとに!」
「当たり前っすよ。おれ、てんぱいが三つの選択で選んだ忘れ物っすから!」

 その言葉に、俺はなんだか笑えてきて、ようやく素直に嬉しさが込み上げる。

 そのとき――

「天貴!玄太さん!」

 煙る畑の上に、アリスの声が響いた。火が消えたことで安全が確認され、農場の仲間たちが次々に駆け寄ってくる。

「みんな無事!?今のあれは、一体なんなの!?」

 アリスが駆け寄ってくる途中、息を切らして立ち止まった。その視線は、天貴と手を繋いだままの玄太に向いていた。

「玄太さん!?」
「あの、おれ…」

 玄太が何か言いかける前に、アリスはパァァと笑顔になった。

「あなたが、あの玄太さんなのね!!」

 その声はまるで文通相手についに会えたような、そんな感激のトーンだった。

「私ね!天貴の中にいる玄太さんに、にぎらんサンド教えてもらったの!」
「てんぱいの中のって…?あー!てんぱい、にぎサン作ったんすね!うまくできました?」

「あ、うん。ほとんどアリスにやってもらったけど……はは……」

 二人の軽口に、アリスは思わず笑ってすぐに、涙ぐむ。

「……でも、ありがとう。あなたが来てくれて本当によかった!」
「へ?あ……えへへっ、どういたしましてっす!」

 そんなやりとりの間に、突如として柵の外が騒がしくなった。

「お前たちぃぃ!モが来たからにはただじゃおかないモ!」
「メとモがいない間に襲うなんて、卑怯だべ~~~!!」

 放牧に出ていたモーちゃんとメーちゃんが、牛と羊の軍団を引き連れて帰還したのだ。

「いけぇ、シェパ!全員踏みつぶすべぇぇぇぇ」
「ミノ太ぁ!全員吹っ飛ばすモぉぉぉぉぉ!!」

 空を駆ける羊・シェパと、剛力猛進の牛・ミノ太が先頭に立ち、農場を取り囲む兵たちを次々に蹴散らしていく。

「っく!畜生どもが戻ってきやがったか!」

 ゲドたちは予想外の展開に混乱し、次々と倒されていく。モーちゃんとメーちゃんの不在を狙って襲撃を仕掛けたゲドたちだったが、その目論見は完全に崩れ去った。そして農場の面々も、モーちゃんとメーちゃんの帰還を知り士気を取り戻す。

「コンバイン、今だ! 総員、反撃開始!」

 ラクターの指揮が飛ぶと同時に、コンバインが吠えた。

「全開門っ!!アルカノアの底力、見せてやらぁぁ!!」

 門が大きく開かれ、アグリギアを装備した農場の仲間たちが、一斉に飛び出す。そこに、牛と羊の軍団が合流し、まるで地を揺るがすような突撃がはじまった。

「いけぇぇぇミノ太っ!お前の角は世界最強だモォォ!!」

 角をブレードのように振り回し突進するミノ太。

「シェパ!全員踏み潰せ~~~!!」

 空を駆けて兵士たちを上から踏み進むシェパ。まさに羊牛特攻隊が、敵陣をかき回す。

「こっちも行くぞ!コンバイン、突撃開始!」
「弓隊!魔法系のアストラ使いを優先して狙撃!」

「第二波のアグリギア部隊、投入準備完了よ!」

 コンバイン、アリス、ノーグの三部隊が一斉に反撃を開始。農場の仲間たちと動物たちの連携により、襲撃者たちは次々と蹴散らされていく。

「くっそぅ、またしてもこいつら!退けぇ!!」

 そしてついに、ゲドの撤退命令が飛ぶ。帝国軍の赤いマントを翻し、ゲドたちは逃げるように森の奥へ姿を消した。
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