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二話
しおりを挟む白蓮と一緒に暮らし始めて一年。
俺はとある重大な問題に直面していた。
「……太った」
この世界には体重計なんて存在しない。もしかしたらあるのかも知れないけど白蓮の屋敷では見かけた事がない。なので、正確な数字はわからないけれど……。
恐る恐る自分の腹を摘まむ。
漫画なら『ぷにっ』と擬音が付きそうなふくよかな脂肪がそこにはあった。
「……という訳で俺はダイエットをしようと思います!」
「はぁ……だいえっと、ですか?」
俺の高らかな宣言に困惑気味なのは白蓮にこの屋敷の管理を任されているおじいちゃん猫の獣人さんだ。
「この屋敷に来て以来、俺は贅沢をし過ぎた……」
「そのようなことはないと思いますが」
「その結果がこの贅肉だ!」
「アサヒ様は元がやせ過ぎていたのでこれくらいが丁度良いかと」
「甘やかさないで!」
「はぁ……」
俺だって、一日ゴロゴロしていたいし、甘い果物いっぱい食べたいし、天気がいい日は中庭に寝っ転がってお昼寝したいけど……。
でも、このまま今の生活を続けていたらデブまっしぐらである。
それでは白蓮に申し訳なさすぎるし、黒豹さんになんて言われるか分かったものではない。
「今日からは間食は一日三回まで!お昼寝も一回だけ!ご飯の量はほどほどにしようと思います!!」
「……あなたふざけているのですか?」
「わわっ、黒豹さん?」
おじいちゃん猫さんだけだと思っていたら、黒豹さんのお出ましだ。
「どうしてここに?」
「あなたに白蓮からの伝言を伝えに来たのですがあまりに頭の痛い会話が聞こえてきましてね……割と最初のころから聞いていましたが、あなた本当にやせる気があります?」
「勿論です!」
「ならば、間食は一日に一回までにしなさい。それと食事は量ではなく質です。あなたは普段から甘いものを摂取しすぎですがこれは身体に良くありません。きちんとバランスのとれた食事に変えてもらいなさい。それから一番大事なのは運動です」
「運動……」
「そう! 以前から思っていましたが、あなたは寝室にいる時間が明らかに多すぎです。決まった時間に一定の量の運動をなさい……訓練を受けろという意味ではありませんよ? 体操から始まり、走り込み等、あなたみたいなか弱い人間でも出来ることをなさい」
「なるほど」
黒豹さんの言葉に感銘を受けた様子のおじいちゃん猫さんが丁寧にメモをとっていた。
「黒沙様、アサヒ様の為に色々と考えてくださりありがとうございます。参考にしてみます」
「別に私はこの人間がデブになろうが関係ありませんがね……白蓮がこの人間のことになるといちいちうるさいので仕方がなく、ですよ」
おじいちゃん猫さんが深々と頭を下げてお礼を言うと黒豹さんはやれやれという態度を隠さずにそう答えた。
「そういえば、白蓮の伝言って?」
白蓮は立場上忙しい時期があって、伝言を受けることも多いのだが大体わんこの部下さんが伝えに来る。
なので、黒豹さんがこの屋敷に来るのは珍し……いや、俺の勉強を見に来たり、服を持ってきてくれたりするので休みの日に会うことは多いのだが、基本白蓮の右腕として黒豹さんも忙しい立場なので、勤務中に訪ねてくるのはかなり珍しいことなのだ。
「ああ、それなんですがね。実は白蓮が怪我を負いまして……」
「……え?」
「えぇ!?」
きっかけは訓練中にわんこさんが熱くなりすぎてしまったことらしい。興奮状態で暴走したわんこさんを止めた白蓮が軽い手傷を負ったとの事だ。
右手に包帯を巻いた白蓮が帰ってきたのは夜が更けた頃だった。
「軽症で良かったよ。わざわざ黒豹さんが伝えに来たからてっきり大怪我なのかと」
「すまないな。怪我自体は重くなかったんだが、その後始末で時間がかかりそうだったから伝言を頼んだんだ。この屋敷の出入りを許しているのは黒沙と風牙だけなんだが、風牙が動けなかったものだから……」
「わんこさんの怪我は大丈夫なの?」
「元々丈夫な奴だから、一週間も休めば平気だろう」
「良かった」
思ったよりも軽い怪我だったようでほっと胸を撫でおろした。
「でも、訓練中とは言え、白蓮が怪我をするなんて珍しいね?」
「まぁこれくらいの傷は怪我のうちに入らないかもしれないんだが、問題は訓練場の方でな。派手に壊したから、その……」
「ああ、書類仕事ね……」
白蓮が怪我をしたのは利き手の方だった。確かに報告書とか書きづらかっただろう。
「お疲れ様白蓮」
白蓮が書類仕事が苦手なのを知っている俺は労いの気持ちを込めて彼の鬣を撫でる。
白蓮の喉が気持ちよさそうにゴロゴロと啼いた。
「時にアサヒ。どうやら運動不足を懸念しているらしいな」
「黒豹さんに聞いたの?」
「ああ。運動不足の解消を手伝ってやろう」
てっきり筋トレに付き合ってくれるのかと思えば、白蓮は俺を寝台に抱き上げた。
「……えーと白蓮?」
「夜にする運動と言えば決まっているだろう?」
「……もう、白蓮のえっち。怪我が悪化しても知らないよ?」
クスクスと笑いながらまんざらでもない俺は白蓮の背中に腕を回す。
……その包帯の傷の周りが明らかに切り傷ではなく、毛並みが焼け焦げていることに気づかないふりをして。
人間の国から使者が来たという知らせを受けたのはその日の午前中だった。
人間の国側から接触をとってくるのは珍しい事ではない。なんせここ数百年双方の国では戦争状態とまではいかないもののにらみ合いが続いている。国境付近の小競り合いもしょっちゅうだ。
しかし、使者の一行が白蓮の仕事場まで訪ねてくるのは珍しかった。そういうのは国の外相同士が話し合うのが常である。
使者の目的は一つ。『白蓮が飼っていると噂になっている人間の真偽について』だった。
朝陽のことは、自分の身近な者以外には話していないし基本的に屋敷の外に出していない。しかし、完全に隠してもいない。人間を飼う、正確には雇うことに違法性はないからだ。
朝陽の存在を白蓮があまり世間に出していないのは、朝陽が嫌な思いをしないためというのが主な理由で、裏の理由では白蓮の独占欲に他ならない。
だからそんなことを使者が尋ねてくるのは白蓮にとってかなり意外なことだった。
「……なぜその人間のことを知りたがる?」
「貴方が保護をしていると噂の人間が、もしかしたら神子様が探しておられる人物なのかもしれないのです」
『神子』。それは人間の国に何百年かに一度降臨すると言われている神の使いのことだ。
天上の世界から現れて、人々に幸福をもたらす平和の象徴と言われているらしい。
もっとも神子は必ず人間で、一度たりとも獣人の国には来たことがないので、白蓮も噂を知っている程度だったが。
「神子がなぜ獣人の国にいる人間を探している?」
「その人は、神子様と同じ天上の世界から降臨された方の可能性が高いのです。神子様が最後にその人を目撃したのが、どうもこの近くらしいので……もしかしたら、貴方が保護した人間ではないかと。時期的にも丁度合います」
「……」
確かに朝陽は空から降ってきた。この世界の常識も不思議なほど知らない。
天上から来た人間。そう言われれば納得出来るところがあった。
「出来れば一度会わせていただきたいのですが」
「断る」
間髪入れずに断った。冗談ではない。
……今更、今更来てなんだというのか。
「そこをどうか。神子様が彼の安否を気にしていらっしゃいます」
「なぜ神子がそんなことを気にする?」
「同胞だからではないでしょうか。突然こちらの世界に呼ばれて神子様も大変憔悴しておられる様子……同じ故郷の仲間がいれば心強いでしょう。それに、貴方の保護した人間にとっても、我が国で暮らすほうが幸せなのではないですか?」
白蓮が今までずっと胸の内に抱いていて見ぬふりをしていた事をその使者はあっさりと暴いた。
「ここで飼い殺しにされるよりよほど自由で人間らしい生活が出来ると思うのですが」
使者がそこまで告げたところで、勢いよく応接室の扉が開いた。
「おい人間! さっきから盗み聞きしてりゃあ言いたい放題言いやがって!!」
「風牙!」
突然乱入してきた風牙が使者の胸倉を掴んだ。
その瞬間、使者の首飾りから閃光が放たれる。とっさに風牙の首根っこを掴み引き倒したが、自分の右手に鈍い痛みが走った。
「ぐぁっ……!」
風牙も完全に防げなかったらしく、肩を抑えて蹲っている。
「やれやれ……やはり獣人は野蛮だ。護衛用に熱魔法のペンダントをしていてよかった」
使者が首に下げていたのは魔法道具の一種だったようだ。
人間の国では魔法が使えるものが稀に存在すると聞いている。
恐らく風牙の肩と自分の右手に火傷を負わせたのはその魔法使いが作った道具なのだろう。
「こんな場所に神子様の同胞の方がいらっしゃるかも知れないとは……やはり一日も早く保護しなくては」
「断ると言っているだろう」
「しかし」
「俺の屋敷には保護している人間なんていない。いるのは俺の家族だけだ」
「家族ですか。奴隷でも飼っている訳でもなく?」
「ああそうだ。そして白虎族は家族に手を出す奴を決して許さない……たとえ相手が神子だとしてもだ」
白蓮は部屋の壁に飾られていた鉾を手にすると、自分が座っていた椅子を叩き潰した。
「……それは宣戦布告ともとれる問題発言ですが」
「ただの忠告だ。そちらが何もしなければ我々は手を出さない」
「……わかりました。神子様には人違いだったと伝えておきましょう。どの道、こんな野蛮な獣に飼い馴らされた人間なんて神子様の傍には置いておけない」
使者は粉々になった椅子を見下ろして忌々しそうにそう呟くと応接室を出て行った。
「……風牙大丈夫か?」
「大丈夫ッス……それよりもあいつ、将軍とアサヒさんのこと好き勝手言いやがって……ッ!」
「口だけだ。言わせておけ。それよりも医務室に行くぞ」
風牙は強がっていたが、火傷の痛みを堪えているのには気づいていた。
「白蓮、人間との話は終わったのですか?」
そこに何も知らない黒沙が顔を出す。
「っ!? なんですかこの部屋の現状は! それに二人とも怪我をして……まさかあの人間が?」
「いや、風牙が暴走しただけだ。訓練で」
「応接室で訓練を?」
「それを止めようとして俺も軽い怪我をした」
「……」
「悪いが、アサヒにそう伝えてきてくれないか。後始末で帰りが遅くなるかもしれないと」
「……わかりました。詳細は後でみっちり聞きますからね」
察しのいい黒沙が大きなため息をついて部屋を出ていく。
白蓮も風牙の身体を支えながら医務室へと急いだ。
『貴方の保護した人間にとっても、我が国で暮らすほうが幸せなのではないですか? ここで飼い殺しにされるよりよほど自由で人間らしい生活が出来ると思うのですが』
「……」
白蓮は昼間使者に言われた言葉を思い出しながら隣で眠る朝陽の頭を撫でた。
艶やかな黒髪はここに来てから肌触りが良くなった。身体中のいたるところにあった傷も最近ようやく癒えてきたところなのだ。
朝陽はあまり過去を語らない。だが、天上の世界は朝陽にとっていい場所じゃなかったのは間違いない。人間の国に行っても朝陽にとって幸せかわからない。だったらここにいた方が……。
「……詭弁だな。本当は……俺が朝陽を手放したくないだけなのに」
「ん……何?」
「起きてたのか?」
「今起きた」
朝陽は目を擦りながらそう答える。
「まだ夜明け前だ。もう少し寝ていろ」
「うん」
素直に頷いた朝陽は白蓮の胸元に顔をうずめて眠たそうな声で名前を呼んだ。
「白蓮」
「なんだ? 喉でも乾いたのか?」
「俺はどこにも行かないよ」
まるで白蓮の心を読んだかのように朝陽は告げた。
「白蓮の隣が俺のいる場所。白蓮にとっても俺の隣が帰る場所。そうでしょ?」
「……ああ、勿論だ」
白蓮がそう答えると朝陽はふふっと満足そうに笑って目を瞑った。
数分も立たないうちに規則正しい寝息が聞こえてくる。
「まったく。お前にはかなわんな」
それまでの昏い気持ちが晴れていくのを感じる。こみあげてくる愛おしさを噛みしめながら白蓮は朝陽の身体を抱き寄せて自分も眠りについたのだった。
end.
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