貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1033話 聖女騎士団の結束の力

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黒蟷螂はエリナの攻撃を警戒して別方向から放たれる矢を、四つの鎌を器用に動かして切り裂く。この時にテンは黒蟷螂の両目の動きを捉え、やはり複眼のせいでどんな攻撃を仕掛けても対処されてしまう。


(厄介だね、あの複眼を何とかしないとまともに攻撃を当てる事もできない)


テンは昆虫種の複眼をどうにかしない限りは勝ち目はないと判断し、複眼を打ち破る方法を考える。理想を言えばエリナの魔弓術でどうにか黒蟷螂の両目、あるいは片目を射抜く事ができればいいのだが、生憎とエリナの腕では完全な魔弓術の再現はできない。


「すいません、団長……あと一本でエリナさんから貰った矢はなくなります」
「つまり、次の一発を外せば終わりかい」
「本当に面目ないです……」


エリナから受け取った矢は一本しかなくなり、この一本を撃ち込めばもう魔弓術はできない。テンは考えた末に最後の一本をどう使うべきか考える。

無暗に矢を撃ち込んでも黒蟷螂には通用せず、この最後の矢が勝負の決め手になると考えたテンは真剣な表情で黒蟷螂の様子を伺う。その表情を見た他の仲間達は安心感を抱く。


(このテンの表情……懐かしいな)
(どんなに追い詰められた時でも、この顔を浮かべたテンが傍に居る時は安心できます)
(王妃様と全然顔が違うのに……似てる気がする)


先代の団長であるジャンヌも追い詰められたとき、今のテンと同じような表情を浮かべる。追い詰められたときにこそ真価を発揮するのがテンとジャンヌであり、そんな二人だからこそ聖女騎士団の団長を務める事ができた。

ジャンヌが亡くなった後にテンが聖女騎士団を引き継げた理由、それは彼女がジャンヌと同じように逆境に追い込まれる程に冷静になり、希望を捨てずに最後まで戦うからである。普通の人間が諦める状況でもテンは心が折れず、最後まで諦めずに抗う。



(――見えた!!あたし達の勝ち筋が!!)



追い詰められた状況の中でもテンは自分達が黒蟷螂に勝利する方法を思いつき、彼女はこの作戦を決行できるのはこの場にいる自分を含めた四人だけだと判断する。テンは作戦を実行するために周囲を見渡し、そして都合がいい物が落ちている事に気付く。


「こいつはいいね、使えそうだ!!」
「テン!?そんな物をどうするつもりですか!?」


テンが拾い上げたのは黒蟷螂との戦闘中、甲板に詰まれていた木箱からこぼれ落ちた魔石だった。この魔石は飛行船に搭載された風属性の魔石を取り換えるための代物であり、彼女は風属性の魔石を取り出すとルナに声をかけた。


「懐かしいね……ルナ、覚えてるかい?こいつを使って昔よく悪戯してただろ?」
「い、悪戯?」
「ほら、あんたがよく逃げる時に使ってたやつだよ……ごにょごにょっ」
「ああ、あれの事か!!」


ルナはテンの言葉に思い出したような声を上げ、二人は風属性の魔石を手にするとにやけた表情を浮かべる。その顔を見て他の者たちは戸惑う中、テンは周囲を見渡して夜が訪れた時に船を照らすための松明に目を付ける。


「こいつも使えそうだね、これなら戦えるよ」
「テン?松明なんかどうするつもりだ?」
「いいから聞きな……これがあたし達の作戦だ」


テンはエリナを含めた四人を集めると、自分の考えた作戦を語る。彼女達はその話を聞かされて驚き、本当にそんな作戦をやる気なのかと正気を疑う。しかし、正攻法では黒蟷螂を倒せないのは事実であり、テンを信じて彼女の考えついたを実行する事にした。


「それ、面白そうだな!!ルナは賛成だぞ!!」
「本当に上手くいくのでしょうか……」
「やるしかあるまい……」
「ううっ……ドキドキするっす」
「しっかりしな!!よし、あんた等は下がってな!!」


全員が覚悟を決めるとテンは黒蟷螂の相手をしていた他の女騎士達に声をかけ、彼女達に離れるように指示を出す。テンの指示に女騎士達は驚いて黒蟷螂と距離を取ると、テンは松明と風属性の魔石を握りしめて向かい合う。

アリシアが火打石を取り出して松明に火を灯すと、松明から煙が湧きだす。それを目にした黒蟷螂は警戒するように防御態勢を取ると、テンは松明の煙を見て風属性の魔石を見つめる。


「ルナ、やっちまいな!!」
「おうっ!!」


テンは松明から発生した煙の中に風属性の魔石を放り込むと、それをタイミング良く見計らったルナが戦斧を振りかざす。その結果、松明の煙の中で風属性の魔石が砕け散った瞬間、風圧が発生して煙が広範囲に吹き飛ぶ。


「くぅっ……作戦開始!!」
「「「了解っ!!」」」
「キィイッ!?」


風属性の魔石が砕けた結果、松明の煙が広範囲に広がって甲板が煙に覆われる。その結果、複眼を持つ黒蟷螂でさえも視界を封じられてしまう。

かつて聖女騎士団が王国の中で最強の王国騎士団と謳われた理由、それは団長であるジャンヌが優れた指揮官であり、世界でも指折りの剣士であった事も理由の一つである。

しかし、聖女騎士団の一番の強みは団長であるジャンヌではなく、彼女に従える女騎士達の「結束力」だった。ジャンヌ自らが集めた女騎士達は元々は荒くれ者ばかりであり、まともな出自の人間など一人もいない。

最初の頃は騎士団同士で諍いを行う事も多かったが、大きな困難を乗り越える度に騎士団の結束力が高まり、いつの間にか女騎士達はお互いの事を「家族」と称するまでに仲が深まっていた。彼女達は一人一人が一騎当千の猛者であり、そんな彼女達がお互いに力を合わせればより大きな力となる。

聖女騎士団が他の騎士団よりも優れていた理由、それは他の仲間の事をだたの同僚や友人として接しているわけではなく、お互いに大切に想い合う気持ちを持っていたからこそ彼女達は強かった。家族が傷つけられれば本気で怒り、家族が窮地に追い詰められているとすればどんな手段を用いても助けに向かう。聖女騎士団はただの騎士団ではなく、騎士団その物が一つの家族だと言えた。



――聖女騎士団を結成したジャンヌは残念ながら亡くなった。しかし、彼女の意思を継いだテンが今は彼女の代わりとしてレイラというを奪った黒蟷螂を倒すため、全力で戦う。他の者たちもテンに続き、家族の仇を討つために従う。



「行くよ、あんた達!!あたしに合わせな!!」
「「「おうっ!!」」」


煙の中でテン達は黒蟷螂に向けて駆け出し、この時に彼女達は全員が「心眼」を発動させる。特殊技能の心眼は一流の達人でも会得するのは難しいと言われるが、聖女騎士団の古参の騎士達は全員が心眼を習得していた。

心眼を習得した理由はジャンヌの指導であり、彼女の指示で鍛錬を受けていた騎士達は全員が心眼を習得していた。覚えるのにかなりの時間と苦労をしたが、そのお陰でテン達は心眼を利用して煙の中でも黒蟷螂の位置を掴む。


(目が見えなければお得意の鎌でもどうしようもできないだろう!?)


煙に紛れていれば複眼を持つ黒蟷螂だろうと対処はできず、視界を封じられれば如何に恐ろしい鎌であろうと意味はない。これまでの攻防で黒蟷螂が相手の動きを見て行動していた事はテンも見抜いており、視界を封じれば黒蟷螂は攻撃には対処できない。


――ギチギチギチッ!?


煙の中で黒蟷螂の戸惑う声が聞こえ、その声を耳にしたテンは相手も戸惑っている事を知り、この隙を逃さずにテン達は心眼を頼りに黒蟷螂に向かう。テン達は心眼のお陰で煙の中でも仲間の位置を探る事ができるため、誤って攻撃する事はない。


(ここだっ!!)


全員の心の声が重なり、黒蟷螂を取り囲むと全員が同時に攻撃を仕掛けた。しかし、野生の本能が働いたのか死角が封じられているにも関わらずに黒蟷螂は唐突に羽根を出すと、上空へ目掛けて飛び上がる。


「キィイイイッ!!」


煙から抜け出すために黒蟷螂は上空へ目掛けて飛び込み、その様子を心眼で確認したテンは舌打ちする。しかし、彼女が悔しがったのは自分達の攻撃が当たらなかったからではなく、事ができなかったからである。


(仕方ないね……後は任せたよ)


テン達は空に顔を見上げ、黒蟷螂が煙から抜け出す瞬間を待つ。黒蟷螂は一刻も早く煙から抜け出すために羽を羽ばたかせ、遂に煙から抜け出した。

煙を抜け出す際に黒蟷螂の複眼は上に注意を払い、ほんの僅かではあるが視界が生まれた。空に逃げる事に意識し過ぎて黒蟷螂は下の注意が疎かとなり、その隙を逃さずに煙の中から一本の矢が放たれた。


「――当たれっ!!」


エリナの声が甲板に響き渡り、直後に煙を振り払いながら風属性の魔力を纏った矢が黒蟷螂の元に向かう。黒蟷螂が上空に注意を引いていたせいで僅かに生まれた複眼の死角、つまりは黒蟷螂の顎の裏側に目掛けての矢が放たれた

エルマの作り出した矢は黒蟷螂の元へ向かい、遂に首元に突き刺さる。予想外の死角からの攻撃に黒蟷螂は対処できず、声にもならない悲鳴を上げながら地上に落下する。


「ッ――――!?」


思いもよらぬ攻撃を受けた黒蟷螂は甲板に叩きつけられ、その様子を見ていたテン達は黙って黒蟷螂の元に向かう。首を矢で射抜かれた黒蟷螂はもがき苦しみ、その様子を見届けたテンは退魔刀を振りかざす。


「レイラの奴に……よろしく伝えておきな!!」
「ッ――――!!」


退魔刀の刃が黒蟷螂の頭部に叩き付けられ、轟音が鳴り響く。頭部を切断された黒蟷螂はそのまま動かなくなり、テンは退魔刀を振り払うと、何も言わずに空を見上げた――
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