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5.ドレス
しおりを挟む「奥様、お目覚めですか?」
「ええ。起きているわ」
嫌なことを思い出していたせいか、クリスティーヌは汗ばんでいた。
汗を拭うタオルが欲しい。
「カリナ、タオルを持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
カリナが急ぎ戻ってきたところで、扉の前が騒がしくなった。
慌ただしいノックが響き、返事を待たずに扉が開いた。
「すまない、クリスティーヌがいつもの時間に起きてこないと聞いて」
「ロジェ様?」
天蓋のカーテンを開けてもらい、慌てて入ってきたロジェを見上げた。
いつも冷静なロジェらしくもない。
「ロジェ様、お仕事はどうされたのですか?」
「今日は休みを取った。それより、何か嫌なことでも思い出したか?」
「いえ……何も」
果たして何もないと言えるのだろうか。
三度の人生を抱えるというのは、膨大な人生の記憶の保持だ。
クリスティーヌは決して修道女たちの苦しみを忘れることはなかったが、同時に自分に起きた少々不幸なできごとは思い出さないようにしてきた。
そうでなければ、気が狂ってしまうから。
(今後の対策を兼ねて思い出そうとしたから、少し疲れたけれど)
もう過ぎたことだ。
マノロ殿下に、貞操を奪われたわけでもない。
「……そうか」
ロジェは一言呟いて、着替えたら一緒に食事を、と言って部屋を出て行った。
「奥様。本当は何かお辛い気持ちがおありですね?」
カリナがクリスティーヌに切なそうな瞳を向けた。
彼女の蒼い綺麗な瞳が、クリスティーヌは好きだった。
「いいえ。全て、過ぎたことよ」
「……」
「本当よ。ね、ロジェ様とのお食事が楽しみだわ。ドレスは何がいいかしら?」
ことさら明るくふるまうクリスティーヌに、カリナは悲しいという表情を隠さなかった。
ロジェとの静かな朝食を終え、カヌレ伯爵家へと向かった。
ロジェは食事の最中も、馬車の中でも、ほとんど雑談というものをしないが、クリスティーヌはそれが心地いいと思っていた。
複雑な人生のループを、ロジェに漏らしてしまうのが怖いからだ。
その明晰な頭脳でクリスティーヌの本音を暴かれたら、あますことなく秘めたる感情まで吐露してしまうだろう。
そんなことをすれば、優しいロジェはクリスティーヌを放っておけなくなる。
(これ以上、迷惑はかけられない)
二度の人生でそれは痛いほどわかっていた。
無関係だったはずのロジェだけが、クリスティーヌの話を聞いてくれたのだ。
ここまで関わったクリスティーヌのことを、ロジェは無下にできない。
そんなロジェが、カヌレ家へ着くころポツリと呟く。
「知っての通り、母上は少々破天荒な性格だが悪い人じゃない。クリスティーヌのことをとても気にかけているのも本当だ。仲良くしてくれると嬉しい」
「もちろんです。私のような身にご配慮いただいて、ありがたいと思っています」
今日は戴冠式で着るドレスが仕上がったので、試着をして微妙なサイズ調整をするという。
結婚式も身内だけだったというのに、義母は素晴らしいドレスを選び、着せてくれた。
きっと戴冠式の衣装も素晴らしいものだろう。
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