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しおりを挟む「私にも前世の記憶がある。だからアブト橋のことも知っていた。クリスティーヌにも記憶があるのだと確信したのは、崩落の危険を知らせるメモを見てから」
「あれは代筆を頼むわけにもいかなかったので、左手で書いたのです。筆跡がわからないようにしたつもりだったのですが」
「メモからは微かにクリスティーヌの香りがした。すずらんの香水は、あなたが作ったも同然だから」
ぽかんと口をあけて、クリスティーヌは思考を巡らせている。
(クリスティーヌの命を救うために、カリナをバルト男爵家に潜入させたのは私だからな……)
今世のクリスティーヌの様子は、カリナの定期連絡で知っていた。
クリスティーヌを手助けするようカリナに命じていた。
だから、化粧水作りも香水作りも、着手したときから知っていた。
クリスティーヌには幼少期から見張られていたと思われかねないので避けたが、本当はクリスティーヌに記憶があることはそのころから想定していた。
いくら聡明でも、ドクダミがもたらす肌への影響力なんて難しい専門書の存在を知るのは難しい。
(十五歳も年上に生まれ、クリスティーヌを護る術を持つことに感謝していた)
今となっては滑稽だが、ロジェはずっとクリスティーヌを保護している気でいたのだ。
それだけにマノロ殿下がクリスティーヌと接触したときは、己の不甲斐なさに頭を掻きむしった。
クリスティーヌの可愛さに心を打たれ、もはや命令ではなくクリスティーヌを保護しているつもりでいたカリナの嘆きも相当なものだった。
(成人したらどうやって接触し、婚約を申し入れようか……それとも見守るだけにしたほうがいいのか……迷っている間に愛妾にされてしまった)
「前世で私はクリスティーヌをジョルダンに送り、事故に遭わせてしまった。そんな私がクリスティーヌを娶っていいものか。娶ったからといって、私の気持ちを一方的に押し付けてクリスティーヌを抱いてもいいのか。それをずっと悩んでいた」
「事故のことは、ロジェ様のせいではありません!!」
ことのほか大きな声が出てしまったのだろう。
それを恥じるようにクリスティーヌは口を手で押さえている。
「クリスティーヌ。どうか私と、本当の夫婦になってもらえないだろうか?」
なりふり構っていられなくなった。
繊細なルーカスは、ロジェとクリスティーヌの間に何もないということを敏感に察知している。
(ルーカスに絵の才能があることは誰もがわかっていた。カヌレ家じゃなければ、すでに画家として独り立ちしていたことだろう……)
カヌレ伯爵家当主が武に秀でていなければ、国内の政治的なバランスがおかしくなる。
欲を出す者が出てきて、よけいな諍いが起こる。
カヌレ家だからこそ、力を持っていてもそれを無闇に使わない。
無理に力を示そうともしない。
カヌレ家が強いのは当たり前のことだからだ。
父とラッセルが悩み、簡単に答えが出せないのはそのせいだ。
心情としては、ルーカスに継がせたいのが本音だ。
しかし、カヌレ家当主は決して隙を見せられない。
その難しい立場を思えば、絶対にルーカスに継がせることはできない。
そしてそれをルーカスとレナータにつきつけるのは酷なことだった……。
レナータは後継を産めなかった嫡男の嫁となり、追い詰められてしまう。
レナータはルーカスを生んだとき、産後の肥立ちが悪くとても危険だった。
そのため、ラッセルは絶対に二人目はつくらないと公言している。
(ルーカスは現実を見て将来を決めなくてはならない……はたして義姉上の心がもつかどうか……だからルーカスには自分で気付いて欲しかったんだが……)
そして、レイモンドも子どもはそのうちとは言ってられなくなる。
ロジェもだ。
ラッセルが若く、力のあるうちに後継を生まなければならない。
(傍系もたくさんいるが、いくら私が探しても剣に精通するものが出てこない……いや、今はそんなことを考えている場合ではないな……)
ついつい政について考えてしまうのは、ロジェの悪い癖だ。
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