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1 砂出しの働き方改革
1-27.イリス式スパルタ指導
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「こんにちは、ラルドさん」
「おや……今日はお早いですね。おかえりなさい」
ラルドとの挨拶も、ずいぶんと抵抗なくできるようになった。にこやかに声をかけると、にこやかに返ってくる。これほど単純なことが、しかし私は苦手なのだ。
「今日も綺麗な花ですね。いつもありがとうございます」
「ああ……こんなご時世ですからね。花を見ると、心が和むのですよ」
ラルドは、ニコが指摘した赤い花に目をやり、目尻を下げる。
単なる世間話でも、ニコは私より一言多い。その一言が、関係を作る上では大事なのだろうなあ、と思う。思うことと、できることは全然違うんだけどね。その点では、私は完全にニコに劣っている。現代の常識から外れた私が、この街にそれなりに適応できたのは、間違いなく彼のおかげだ。
「……さて」
「魔法を使うのに、部屋で良かったの?」
「良いわ。大掛かりな魔法を使ってもらうわけじゃないもの」
部屋に戻り、私はベッドに腰掛けて、まだ立っているニコと向き合う。
「ところで、この部屋、暑くない?」
「……まあ、そうだね。もう慣れたけど。それ用の服も買ったし」
王都の空気は乾燥していて、日陰は涼しい。外と比べれば室内は過ごしやすいものの、窓から差し込む日光によるものか、それなりの暑さがある。
ニコは、先日購入した王都仕様の涼しい服を示し、そう答えた。
「でもね、空気を冷たくする方法があるのよ」
「そんなものがあるなら、皆涼しくしてると思わない?」
「どうして広まっていないのかしらね。私が考えたときには、教えた人は皆やっていたのに」
暑い夏、寒い冬。季節の移ろいは美しいが、それぞれの気候に応じて、せめて身の回りは快適にしたい。そんな願いから、私は二種類の魔法を取り混ぜて、温度を変えることもよくしていた。
研究仲間には方法を教えて、夏には冷えた研究室で、温かいスープを飲んでいたものだが……一般化はしなかったらしい。残念ながら、こんなことばかりだ。
「イリスが、考えた……?」
「それで、方法はね」
顔を引きつらせておののくニコの大袈裟な反応をよそに、私は話を続ける。
温度自体を、魔法で操作することはできない。魔法を使うとき、何かを出すことはできても、例えば熱を吸収して温度を下げるような、「収める」ということは難しい。
ただし、風を出し、その風に微細な水(氷なら尚良い)を混ぜることによって、その風が当たる部分の温度を下げることは可能なのだ。広範囲に影響を与えるなら、それなりの魔力と精神力を要する。ただし、この部屋程度なら、ニコひとりでも充分冷やせるはずだ。
「氷って出せる?」
「それは、一応……こんな感じで」
音も立てず、ニコの出した手のひらに小ぶりな氷が現れる。ごろんとした、歪な形の氷。
「ちょうだい」
「え? いいけど」
「……ふめたくて、おいひい」
ニコにもらった氷を、ぽんと口に放り込んだ。がりがり。奥歯を使って、冷たい氷を齧る。口内がひんやりと冷えて、心地よい。
「もっと小さくして。見えないくらい」
「えぇ……見えないくらい……?」
がりがり。
ニコは難しい顔をして、また手のひらに氷を出す。先程よりは小さい、豆粒ほどの大きさ。氷は、ニコの手の温度に温められ、すぐに溶け始めた。
「……イメージがつかない」
「そうねえ。この辺りにたくさんある、砂の大きさを目指しましょう」
「すぐ溶けちゃわない?」
「いいのよ。それで涼しくなるんだから」
氷の残滓をごくりと飲み込む。冷たさが、すっとお腹まで落ちていった。うん、快適。
ぱらぱらと軽い音がして、ニコの足元に砂粒のような、きらきらと輝くものが落ちる。一瞬のうちに、それはすっと消えて床に染み込んだ。
「そうそう、そんな感じ」
「これ……疲れるね……」
「イメージするものが、細かくて見えないから」
想像力を働かせながら魔法を使うのは、頭の疲れるものだ。しかも今回、ニコは見たこともない、目に見えないものを想像して作り出そうとしている。
「ちょっと、休憩」
「だめ。続けて」
「え?」
椅子に座って休もうとしたニコを、そう言って止める。きょとん、とした顔で見られた。
辛くなってきた段階を超えて、魔法を使い続けることは、なかなかに疲弊するものである。それを知っていて、敢えて続けさせることには、別の意味があった。
「窓から入ってくる光を見ると、埃が見えない?」
「見えるね」
「次はこの大きさまで、小さくして」
「しんどいね……」
埃に混じって、きら、と何かが光る。ニコが出した氷の粒は、すぐに溶ける。儚いのだ。
「イリス、ちょっと」
「次は、今の半分をイメージして。次はその、半分。それで終わりで良いわ」
「わかったよ」
ここまで来ると、起きていることは、もうほとんど目では認識できない。成功したか、失敗したかの判断は、ニコにしかできない。
「……気持ち悪い」
「手を貸して。魔法を使ったままね」
「……うん」
ニコが気持ち悪いのは、いつもと違う魔法の使い方をしたからだ。私は一瞬、ニコの手を魔孔に触れさせ、すぐに離した。今は、それほど大量の魔力を、ニコに流す必要はない。
たくさん使い慣れていないだけで、体内には、魔力はたくさんあるはずなのだ。
「……ありがとう。ちょっと楽になった」
「半分の半分、までできた?」
「あと1回。……たぶん、できたと思う」
ニコは、顔色が少し青くなっている。魔力を僅かに戻したから体調が戻ったとはいえ、まだ辛いのだ。
「じゃあ、その氷の粒を、そうね……ここから、ここまで。満遍なく広げて」
「広げる……?」
「風の魔法を出すのよ」
ふわ、と風が吹く。あまり冷たさはない。
「これは風だけ?」
「そうだね。難しいな……同時になんて、出せるの?」
「できるわよ。時間差をつけようとしないでね。同時に出すのも、練習だから」
「うーん……」
ふわ、と風。一拍おいて、そこに冷気が乗る。
「惜しいわね」
「同時に……」
「氷を出す、と風を出す、を別々の動作だと思ってる? 冷たい風を出す、っていうイメージを持つといいわよ」
「なるほどね」
次に頬を撫でた風は、涼しいものだった。
「できたかな? 今」
「できたわ! 涼しかったもの」
「良かった……もう、おしまいだよね」
どさ、と椅子に腰掛けるニコ。疲れた様子で、軽く項垂れる。
「まだよ」
「……えっ?」
「魔法をたくさん使って、魔力の使える量を増やすのよ。だから、まだ。手を貸して」
素直に出してきたニコの手を取り、また一瞬、魔孔に当てる。
魔法を使っていて具合が悪くなるのは、普段使い慣れていない量だから。人間はそれなりの量の魔法を蓄えられるようにできている。個人差はあるが、ニコだって、まだ使えるはずだ。
使い慣れていないと具合が悪くなるということは、端的に言うと、使え慣れればたくさん使えるというわけである。
私の今日の目的は、そちら。涼しくなればいいという下心があったのは認める。ただしそれは、あくまでもおまけであり。魔法をとにかく使って、魔力をできる限り消耗させることで、使える魔力を増やしたいのだ。
「イリス、今日はずいぶんスパルタだね……」
「いつもそうでしょ」
げんなりするニコ。可哀想ではあるけれど、これは、必要なことである。
「さ、続けるわよ」
彼の疲れた顔から敢えて目を逸らし、私はそう促した。
「おや……今日はお早いですね。おかえりなさい」
ラルドとの挨拶も、ずいぶんと抵抗なくできるようになった。にこやかに声をかけると、にこやかに返ってくる。これほど単純なことが、しかし私は苦手なのだ。
「今日も綺麗な花ですね。いつもありがとうございます」
「ああ……こんなご時世ですからね。花を見ると、心が和むのですよ」
ラルドは、ニコが指摘した赤い花に目をやり、目尻を下げる。
単なる世間話でも、ニコは私より一言多い。その一言が、関係を作る上では大事なのだろうなあ、と思う。思うことと、できることは全然違うんだけどね。その点では、私は完全にニコに劣っている。現代の常識から外れた私が、この街にそれなりに適応できたのは、間違いなく彼のおかげだ。
「……さて」
「魔法を使うのに、部屋で良かったの?」
「良いわ。大掛かりな魔法を使ってもらうわけじゃないもの」
部屋に戻り、私はベッドに腰掛けて、まだ立っているニコと向き合う。
「ところで、この部屋、暑くない?」
「……まあ、そうだね。もう慣れたけど。それ用の服も買ったし」
王都の空気は乾燥していて、日陰は涼しい。外と比べれば室内は過ごしやすいものの、窓から差し込む日光によるものか、それなりの暑さがある。
ニコは、先日購入した王都仕様の涼しい服を示し、そう答えた。
「でもね、空気を冷たくする方法があるのよ」
「そんなものがあるなら、皆涼しくしてると思わない?」
「どうして広まっていないのかしらね。私が考えたときには、教えた人は皆やっていたのに」
暑い夏、寒い冬。季節の移ろいは美しいが、それぞれの気候に応じて、せめて身の回りは快適にしたい。そんな願いから、私は二種類の魔法を取り混ぜて、温度を変えることもよくしていた。
研究仲間には方法を教えて、夏には冷えた研究室で、温かいスープを飲んでいたものだが……一般化はしなかったらしい。残念ながら、こんなことばかりだ。
「イリスが、考えた……?」
「それで、方法はね」
顔を引きつらせておののくニコの大袈裟な反応をよそに、私は話を続ける。
温度自体を、魔法で操作することはできない。魔法を使うとき、何かを出すことはできても、例えば熱を吸収して温度を下げるような、「収める」ということは難しい。
ただし、風を出し、その風に微細な水(氷なら尚良い)を混ぜることによって、その風が当たる部分の温度を下げることは可能なのだ。広範囲に影響を与えるなら、それなりの魔力と精神力を要する。ただし、この部屋程度なら、ニコひとりでも充分冷やせるはずだ。
「氷って出せる?」
「それは、一応……こんな感じで」
音も立てず、ニコの出した手のひらに小ぶりな氷が現れる。ごろんとした、歪な形の氷。
「ちょうだい」
「え? いいけど」
「……ふめたくて、おいひい」
ニコにもらった氷を、ぽんと口に放り込んだ。がりがり。奥歯を使って、冷たい氷を齧る。口内がひんやりと冷えて、心地よい。
「もっと小さくして。見えないくらい」
「えぇ……見えないくらい……?」
がりがり。
ニコは難しい顔をして、また手のひらに氷を出す。先程よりは小さい、豆粒ほどの大きさ。氷は、ニコの手の温度に温められ、すぐに溶け始めた。
「……イメージがつかない」
「そうねえ。この辺りにたくさんある、砂の大きさを目指しましょう」
「すぐ溶けちゃわない?」
「いいのよ。それで涼しくなるんだから」
氷の残滓をごくりと飲み込む。冷たさが、すっとお腹まで落ちていった。うん、快適。
ぱらぱらと軽い音がして、ニコの足元に砂粒のような、きらきらと輝くものが落ちる。一瞬のうちに、それはすっと消えて床に染み込んだ。
「そうそう、そんな感じ」
「これ……疲れるね……」
「イメージするものが、細かくて見えないから」
想像力を働かせながら魔法を使うのは、頭の疲れるものだ。しかも今回、ニコは見たこともない、目に見えないものを想像して作り出そうとしている。
「ちょっと、休憩」
「だめ。続けて」
「え?」
椅子に座って休もうとしたニコを、そう言って止める。きょとん、とした顔で見られた。
辛くなってきた段階を超えて、魔法を使い続けることは、なかなかに疲弊するものである。それを知っていて、敢えて続けさせることには、別の意味があった。
「窓から入ってくる光を見ると、埃が見えない?」
「見えるね」
「次はこの大きさまで、小さくして」
「しんどいね……」
埃に混じって、きら、と何かが光る。ニコが出した氷の粒は、すぐに溶ける。儚いのだ。
「イリス、ちょっと」
「次は、今の半分をイメージして。次はその、半分。それで終わりで良いわ」
「わかったよ」
ここまで来ると、起きていることは、もうほとんど目では認識できない。成功したか、失敗したかの判断は、ニコにしかできない。
「……気持ち悪い」
「手を貸して。魔法を使ったままね」
「……うん」
ニコが気持ち悪いのは、いつもと違う魔法の使い方をしたからだ。私は一瞬、ニコの手を魔孔に触れさせ、すぐに離した。今は、それほど大量の魔力を、ニコに流す必要はない。
たくさん使い慣れていないだけで、体内には、魔力はたくさんあるはずなのだ。
「……ありがとう。ちょっと楽になった」
「半分の半分、までできた?」
「あと1回。……たぶん、できたと思う」
ニコは、顔色が少し青くなっている。魔力を僅かに戻したから体調が戻ったとはいえ、まだ辛いのだ。
「じゃあ、その氷の粒を、そうね……ここから、ここまで。満遍なく広げて」
「広げる……?」
「風の魔法を出すのよ」
ふわ、と風が吹く。あまり冷たさはない。
「これは風だけ?」
「そうだね。難しいな……同時になんて、出せるの?」
「できるわよ。時間差をつけようとしないでね。同時に出すのも、練習だから」
「うーん……」
ふわ、と風。一拍おいて、そこに冷気が乗る。
「惜しいわね」
「同時に……」
「氷を出す、と風を出す、を別々の動作だと思ってる? 冷たい風を出す、っていうイメージを持つといいわよ」
「なるほどね」
次に頬を撫でた風は、涼しいものだった。
「できたかな? 今」
「できたわ! 涼しかったもの」
「良かった……もう、おしまいだよね」
どさ、と椅子に腰掛けるニコ。疲れた様子で、軽く項垂れる。
「まだよ」
「……えっ?」
「魔法をたくさん使って、魔力の使える量を増やすのよ。だから、まだ。手を貸して」
素直に出してきたニコの手を取り、また一瞬、魔孔に当てる。
魔法を使っていて具合が悪くなるのは、普段使い慣れていない量だから。人間はそれなりの量の魔法を蓄えられるようにできている。個人差はあるが、ニコだって、まだ使えるはずだ。
使い慣れていないと具合が悪くなるということは、端的に言うと、使え慣れればたくさん使えるというわけである。
私の今日の目的は、そちら。涼しくなればいいという下心があったのは認める。ただしそれは、あくまでもおまけであり。魔法をとにかく使って、魔力をできる限り消耗させることで、使える魔力を増やしたいのだ。
「イリス、今日はずいぶんスパルタだね……」
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※※※
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表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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