生まれ変わった大魔導士は、失われた知識を駆使して返り咲きます。

三歩ミチ

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2 真相解明! 砂漠の行き倒れ

2-9.噴水のしくみ

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「おはよう、イリス」
「んー……」

 大蛇の悪夢にも、もう慣れた。今日は腰回りをしっかり巻かれ、頭から食べられそうだった。眠い目を擦りながら、ゆっくり、体を起こす。

「体調は?」
「もう大丈夫」

 逆上せた昨日の名残は、もうない。頭を左右に振ってみて、妙にぐらぐらしないのを確かめた。回復したようだ。

「今日はどうしようね」
「そうねえ……」

 行き倒れについて調べたいところだが、あれは夜に張り込みをするべきものだ。こんな朝早くから、したいことは特にない。
 砂出しの方も、もう軌道に乗ってきて、やるべきことはないし。図書館は好きだけれど、目下知りたい砂漠化の理由は、書かれていないことがわかった。

「あのさ、イリス」
「なあに、ニコ」
「特に行きたいところがないのなら、たまには王都をゆっくり観光しない? 俺、ここへ来てから、全然街を見て回ってないから」
「……それもいいわね」

 ニコが投げてよこしたリンゴを受け取り、齧る。しゃく、という歯ごたえと、広がる酸味。美味しい。

「サラにいろいろ、おすすめの場所を聞いたんだ」
「……そう」

 サラを送っていったニコは、そんな話をしていたのか。彼女は昨日も、美味しい果実水の店や、喫茶店に連れて行ってくれた。王都の住人は、いろいろ詳しいのだ。

「行こう、イリス」
「うん」

 ニコは自然な動作で私の手を取り、部屋の外へ連れ出す。ラルドに見送られ、街へ繰り出した。
 サラが紹介してくれた観光地は多種多様で、果実水のような美味しい食べ物から、最近できた目新しい建造物まで、あれこれと楽しく見て回ることができた。

「ここ、最近人気のお店なんだって」
「……アクセサリー?」
「そう。こういう色鮮やかな装飾が、流行ってるんだってね。砂の中でも目立つから」
「なるほど」

 なぜこうも王都の人々が派手な服ばかり着ているのかと思っていたが、彼らは砂の中でも見分けがつくよう、そうしているのか。
 ニコと一緒に入ったのは、小さな雑貨屋である。派手な色のブレスレットやネックレスがごちゃごちゃと並んでいて、比較的若い男女が、狭い通路を見て回っている。

「これなんか、イリスに似合いそうだね」
「……そう?」

 ニコが見つけたのは、橙色のブレスレット。布を編んで作られているようだ。器用なものである。
 私は、装飾品としてのアクセサリーには、あまり興味がない。それが似合うのかどうかわからないけれど、試しに腕にかけてみると、ニコは「いいね」と顔を綻ばせた。

「それ、俺からのプレゼント」
「え? 悪いわよ」
「いいの。それっぽいでしょ」

 何がそれっぽいと言うのだ。ニコはさっとブレスレットを買い、その場で私に手渡した。腕につけたオレンジ色が、日差しに映えて鮮やかに光る。

「この先に、あるらしいんだけど」
「待って」

 そろそろお昼になるという頃王都の一画にある広場を通り過ぎる。私は思わずニコを止め、立ち止まった。砂で埋まった広場の中央に、像が立っている。

「懐かしいわ……」
「この像って、昔からあったの?」
「そう」

 私はそれに、見覚えがあった。石造りの像は、堂々とした出で立ちでそこにある。
 王城の彫刻も手がけたという、かつての著名な石工の作品だ。モデルは、初代国王だそうだ。

「……でも、周りは、こんなじゃなかったわ」
「そうなの?」
「そうよ。このあたりは池だったし……」

 私はこの像のある広場は好きで、以前はよく訪れていた。像の周りは池になっていて、どういう仕組みか、時折水が吹き上がる細工がされていた。像を中心に、円形に広場があり、木陰にベンチが置かれていた。そのベンチに座って、本を読むのが好きだった。
 今は、ただ像がぽつりと立っているだけ。周りには、誰もいない。憩いの場であった広場は、跡形もない。

「……全部が砂に埋まってしまったのね」
「なら、この下に、池の名残があるはずなの?」
「そうなの」

 ニコが、足元を見下ろす。軽く足でならす地面の、その下には、確かに池があったはずなのだ。大きいとまではいかないが、それなりの広さがあり、水は青く綺麗だった。水面に広がる波紋を、ぼうっと眺めていたものだ。
 何もかも、砂に埋まってしまった。たった数十年の間に。何があったのかは、歴史書にも書かれていない。
 そこに憂うべきものを感じて、私は足元を見ながら、少し重い気持ちになった。

「……俺、試してみてもいいかな」
「何を?」
「この像の周りを、掘り起こすの」

 何を思ったか、ニコがそんなことを言い出す。

「掘り起こすの……?」
「昔の様子に戻ったら、イリスは嬉しくない?」
「うーん……」

 笑顔で問いかけるニコの顔を見て、私は逡巡した。時が経てば、変わるものだ。それを元に戻すのは、摂理に反する。
 一方で、この場所は、私の好きな場所だった。もしまたここが、豊かな水と緑の、居心地の良い場所に戻るのだとしたら。

「……嬉しくないとは、言わないわ」
「でしょ? やってみてもいいかな。危ないから、イリス、こっち来て」

 ニコに呼ばれ、像から少し離れる。ニコは真面目な顔をして、像をじっと見つめた。

「鋭く……深く……」

 生み出す風の渦は、先端が鋭く、踏み固められた砂を穿っていく。小さな穴が、やがて大きな穴へ。浅かった凹みが、徐々に深く。像の周りの砂が、削り取られ始める。
 巻き上がった砂を、ニコは遥か遠くに飛ばした。最近は、空の上から街の様子を見ることも多い。壁への大体の距離がわかれば、それを遥かに超える高さで、砂を飛ばしていくことができる。

「どう?」
「……けっこう、深いのね」
「そうだねえ。落ちたら怪我しそうだ」

 像の周りが、綺麗な円形に掘り取られた。円柱形の、深い穴。本来は池で、水面の下になっているはずの部分が、ぼこぼこした複雑な造形をしている。

「これ……木、かしら」
「木っぽいね」

 初代国王の像は、枝の上に立っている。水の下にあったので見たことはなかったが、立派な大ぶりの枝の上での、立ち姿だ。

「なんで木の上に乗っているんだろう」
「イリスも知らないの?」
「……知らないわ」

 かつてこの王都は緑豊かな街であったが、木との繋がりと言えば、そのくらいしか思いつかない。

「ああ、この枝の出っ張りから、水が吹き出ていたんだわ。斬新なデザインね」
「どこ?」
「ほら」

 枝をよく見ると、出っ張りの先に、穴が開いているものがある。あの水が吹き上がる細工は、こうして作られていたのだ。
 面白い。実際、どう魔法をかけると、定期的に水が吹き上がるのだろう。

「ここから、一定時間ごとに、水を吹き上げていたのよ。どういう仕組みなのか、ずっと気になっていたんだけど」
「調べなかったんだね、イリスにしては珍しい」
「ええ。どうしてかこの像は、触れてはいけないことになっていたから」

 魔力を流してその通りを見れば、大体の仕組みは把握できる。試してみたかったのだが、池の水にも、像自体にも、触れることは禁じられていた。歴史的建造物の保護ということで、池の周囲には魔力による防護壁も張り巡らされていた。
 自分で同じものを作ってみたこともあったけれど、「魔法をかけて水を吹き上げさせる」ことは容易でも、それを自動化することができなかったのだ。

「私、ちょっと中に下りてもいい?」
「え、本気?」
「うん。今は大丈夫みたいだし、じっくり見てみたい」

 池の跡は、なかなか深い。私が飛び降りようとすると、ニコが風で補助してくれた。ふわっと舞い降り、怪我なく底へ足がつく。
 私の身長の、何倍かある。深い底から上を見上げると、大きな木が枝を広げ、その上に像が立っていた。精緻な彫刻である。

「……ここから水が来てたのかしら」

 底を歩き回ると、下部の側面に、四角く穴が開いている。人が通れそうなくらいには、大きな穴だ。どこかからここへ、水を流していたようだ。今ではすっかり干上がり、砂にまみれている。

「……あ、空洞になってる」

 木の方を見ると、幹に穴が開いている。そこから中を覗き込むと、内側は空洞になっていた。この中に水が、満たされていたらしい。
 あとはこれが、どう吹き上がっていたか、である。魔力を流すと形が変わる金属があるように、魔力を流すことで、水を吹き上げさせることもできるだろう。しかし、こんな広場で、定期的に魔力を流す人はいなかったはずだ。どこから魔力が来ていたのか。

「イリス、もう上がっておいでー」
「ちょっと待って! よっ、と」
「何してるの! 危ないよ!」

 木の枝がどう彫られているのかも見たくて、枝をよじ登ろうとすると、ふわっと体が浮いた。そのまま、地上まで引き戻される。

「落ちたら怪我するじゃないか」
「少し枝を見たかっただけ。このくらいなら大丈夫なのに」
「大丈夫だと思って、イリスは二回、お風呂で倒れてるんじゃないのかよ」

 ニコが語気を強めに、そう怒っている。

「……ごめんなさい」

 たしかにその通りだ。私は、この体の限界を、まだ今ひとつ掴みきれていない。
 自分の非を認めると、ニコは「まったく」と小さく溜息をつく。

「それで、底の方は、どうだった?」
「すごかったわ! 穴が開いていてね……」

 今見てきた内部の様子を伝えると、ニコはうんうん、と穏やかに頷きながら聞いてくれる。

「気になるなら、水を試しに入れてみる?」
「いいの!」

 もしニコの出した水で、水が吹き上がるのなら、やはりこの彫刻に特別な仕組みがあるのだということになる。
 思わず声が大きくなって、ニコが苦笑した。

「じゃ、やってみるから。離れて見てて」
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