あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu

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寝不足の5日間

第6話(5日目):水曜日の断線と夜明け

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8月13日(水)

【午後6時50分:突然の沈黙】

水曜日。夏休み(という名の、寝不足サバイバル)も、今日で終わりだ。
俺は、自室のベッドの上で、スマホをいじっていた。ひかりに、メッセージを送ろうか、どうしようか。もう、何十回も、トーク画面を開いては閉じ、を繰り返している。

『昨日はごめん。でも、助けて』

あの日、ドアノブに挟まれていたメモ。あれ以来、ひかりからの連絡は、一切ない。
電話をしても、繋がらない。メッセージを送っても、既読にさえならない。
まるで、初めから存在しなかったかのように、彼女は俺の前から、完全に姿を消してしまった。

(俺、何か、できることあったんじゃねえか…?)

後悔と、無力感が、鉛のように心にのしかかる。
俺が、もっと早く動いていれば。もっと、頭が冴えていれば…。

考え込んでいると、ふと、スマホの画面の右上に表示されていたWi-Fiの扇マークが、スッと消えたのに気づいた。
「あれ…?」
代わりに表示されたのは、4Gの文字。
Wi-Fiが、切れている。

ルーターのランプを確認すると、いつもは緑色に点灯しているはずのランプが、チカチカと不規則なオレンジ色の光を放っていた。
完全に、故障だ。

「うそだろ、このタイミングで!?」

俺は、パソコンでひかりの両親が遺したという『研究データ』について、何か情報がないか調べようと思っていたところだった。ネットが使えないのは、致命的だ。

ゴロゴロ…ピシャーン!

窓の外で、空が光り、遅れて轟音が響いた。
昨日と同じ、ゲリラ豪雨だ。
外に出るのは、億劫だ。正直、一歩も動きたくない。
だが、今の俺にとって、インターネットは、ひかりに繋がる唯一のライフラインかもしれないのだ。

【午後7時15分:嵐の中の買い物】

「…行くか」

俺は、無心で立ち上がった。
昨日、ずぶ濡れになったTシャツは、まだ乾いていない。俺は、その湿った服に、再び袖を通した。
傘なんて、もうどうでもいい。

家を飛び出すと、昨日と同じ、滝のような雨が俺を歓迎した。
びしょ濡れになりながら、俺は駅前の家電量販店へと向かった。
店に着くと、入り口にいた店員のお兄さんが、俺の姿を見て、ギョッとした顔をした。

「お、お客様!? だ、大丈夫ですか!? 全身ずぶ濡れじゃないですか! タオル、タオル持ってきます!」
「いや、いい…」
俺は、店員さんの親切を、力なく手で制した。
「それより、ルーターが、欲しい。一番、速いやつを、くれ…」

俺の、鬼気迫る(ように見えたらしい)形相に、店員さんは若干引きながらも、最新のルーターを案内してくれた。
俺は、それをひったくるように掴み、レジへと向かった。

【午後7・42分:決死のスライディング】

「急がないと…!」

新しいルーターを、Tシャツの中に隠すように抱え、俺は再び嵐の中を走った。
家の近くまで来た時、無情にも、踏切の遮断機がカンカンと鳴り始めた。

(くそっ! こんな時に!)

電車が通り過ぎるのを待っている、時間はない。
俺は、何を思ったか、野球選手のように、思いっきり地面を蹴った。

ズザザザーーーッ!

雨で濡れた地面を、見事なスライディング。閉まりかけた遮断機の下を、ギリギリですり抜ける。
我ながら、奇跡的なプレーだった。周りで見ていた人が、ポカーンと口を開けていた気がする。
今の俺は、寝不足で、色々なリミッターが外れているのだ。

【午後8時03分:夜明け前の静寂】

家にたどり着き、すぐにネットワークの設定を始めた。
だが、寝不足の頭では、説明書の文字が、全く頭に入ってこない。
いつもなら30分もかからない作業に、1時間以上もかかってしまった。

ようやく、パソコンの画面に、見慣れた検索エンジンのページが表示された時、時計の針は、午後8時を指していた。
あっという間に、俺の夏休みは、終わってしまった。

ひかりとは、音信不通のまま。
俺の無力さを、噛みしめる。
結局、俺には、何もできなかった。

どっと、疲れが押し寄せてきた。
もう、限界だ。

「…今日は、もう、寝よう」

ひかりのこと、先生のこと、黒い男のこと。
一度、全部忘れて、眠ろう。
明日から、また学校が始まる。
寝不足のままじゃ、戦えない。

俺は、パソコンの電源を落とし、午後8時半には、ベッドに潜り込んだ。
不思議と、すぐに眠気がやってきた。

長くて、眠れなくて、奇妙なことばかりだった、5日間。
その全ての出来事が、まるで夢だったかのように、俺の意識は、静かな闇の中へと沈んでいった。

【翌朝、午前7時00分】

ジリリリリリ…!

目覚まし時計の音で、俺は、パチッと目を開けた。
窓の外からは、嘘のような青空と、朝日が差し込んでいる。

体を起こす。
軽い。信じられないくらい、体が軽い。
頭痛も、倦怠感も、何もない。

鏡の前に立つと、そこにいたのは、いつもの俺だった。
目の下のクマは消え、肌にはツヤがある。

「…寝れた」

久しぶりに、ぐっすりと眠れたのだ。
たったそれだけのことが、こんなにも世界を輝かせてくれるなんて。

「よっしゃあああぁぁ! 最高の二学期、スタートだぜ!」

俺は、雄叫びを上げ、勢いよく顔を洗った。
ひかりのことは、まだ解決していない。
だが、今の俺なら、何だってできる気がした。

寝不足じゃない俺は、無敵なのだ。
まずは、学校へ行って、ひかりを探し出す。
そして、今度こそ、俺が彼女を助けるんだ。

水曜日の夜明け。
それは、長かった悪夢の終わりと、本当の戦いの始まりを告げる、希望の光だった
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