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しおりを挟む「……カ、レン……?」
「ごめんなさい、変なことを言いました。どうか泣かないで、レオン」
わたしは、彼を抱きしめる腕を解いて、そっと彼の涙を拭ってやりました。薄い膜が張った紅い瞳は、ほんとうに宝石のようでした。
―――― 一瞬の聞き間違いを期待するような、そんな瞳をしてもいました。
「出来もしないのに、あなたを殺したくなりますから」
だから慈悲深く、わたしはすぐにそう言いました。
レオンは何かを言おうとしました。口をはくはくとさせて、でも、何も言えないようでした。酸素を求めて喘ぐようなその姿が、ひどく滑稽に見えました。
「あなたとは沢山の話をしましたね。でも、この革命についてのわたしの想いは、語らなかったかもしれません」
ちらりと時計を見ます。まだ少しだけ時間はありました。
わたしは、子守唄でも歌うように柔らかく言葉を奏でます。
「革命については、仕方がないと思っています。お父さまが死んだのも、お母さまが亡くなったのも。……お兄さまをあなたが殺したのも。……誤解しないでね、本当に、父も母も、兄のことも愛しているの。でも、仕方がないと、思うことはできるの」
父は、民を殺せと命じました。
母は、それを見て笑っていました。
兄は、それを全く見なかったのです。次期国王であり、何度も何度もレオンに忠告をされていたのに、兄は、自分が愛するごく僅かな人の幸福にしか目を向けず、民の不幸を無視していました。
間違いなく、それは彼らの罪です。
そして、わたしにも罪はあります。
わたしは、道理がわかる年齢なのに、彼らのためにわたしがしたことといえば、己の私財を少しばかり投げ打って見せただけ。
今でも思います。本当に、本当に民を思うのなら、わたしこそが革命を起こすべきだったと。わたしこそが王になり、あなた達を救うのだと、そう示すべきでした。
それが家族との別離になろうとも、そうすべき、でした。そうしたら、そうしたら。このわたしが、父と母、兄を殺したのなら、そうできていたのなら、どれだけ、
「だから、わたしが殺されるのも、わかるの」
「ッカレン、それは――――」
「でも、ローズが死ぬのだけはわからない」
わたしに追い縋ってきたレオンの手を払いました。
明確な拒絶に、彼はひどく狼狽したようでした。
「最初。本当に一番最初。わたしとあなたが、このループに囚われる前。……"わたしの処刑を回避できた"と、あなたがわたしに教えてくれた日」
――――そう、わたしは、死ぬはずではなかったのです。
それなのになぜ死ぬのかと言われれば、他ならないわたし自身が、「殺せ」と、そう言ったからな過ぎません。
わたしの処刑が一番最後というのも、おかしな話です。
だって、わたしはローズの姉なのです。順当に行くのなら、お兄さまの次か、それとも、お兄さまとローズ、二人が処刑された時か。その時に死ぬのが妥当です。でも、そうはなりませんでした。
――――カレン、聞いてくれ。君は死なずに済む。
あの時。
お兄さまとローズの処刑の日の夜。
レオンは、少し息を弾ませながら、鉄格子越しに、わたしにそう言いました。その目の下の色濃い隈を、わたしはあの時、確かに心配したのです。
だって、その日がお兄さまの処刑日だと。"お兄さまだけが死ぬ日"だと、そう思っていましたから。親友であるお兄さまを殺すというのは、相当、彼にとって堪えることだったはずです。
わたしは、鉄格子の隙間から、彼の手を握りました。
彼はそっと、わたしの手を握り返しました。――――その手に、ほんの少しだけ、血が残っていました。洗い損ねた血、だったのでしょう。お兄さまの血だと思いました。でも、あの血は、それだけではなかった。
レオンは弾ませた息を整えて。
しっかり、わたしのことを見て。
まるで希望を告げるように、言ったのです。
安堵の笑みすら、浮かべていました。
「『最後に残った君だけは殺さなくても良いと、議会の承認が降りた』――――でしたね」
最後。
最後って、一番終わりに残った、たった一人のことです。
それだけのことなのに、あの時のわたしには、それが飲み込めませんでした。
「あなたは、ローズを殺しました。わたしに伏せて、秘密裏に。あなたは、わたしとローズを天秤にかけて、全く罪のないあの子を殺しました」
――――殺される理由のないあの子を、レオンは殺しました。
レオンはローズを愛していると思っていました。わたしと同じように、大事にしてくれていると思っていました。でも、違いました。違ったのです。
「…………言い訳のしようもない。俺は、」
「そうやって、誠実にあの子の死を悔いた所で、あなたがしたことは変わらない。あなたは、黙って、わたしに何も告げずに、あの子を殺したの!わたしが、気が付かなければ――――っ、あなたは、わたしを、騙したまま、あの子の屍の上で、生きさせようとした!!」
レオンは、愛した女の宝物を大事にしようとしてくれただけでした。その宝物を壊すのと、愛した女が死ぬこと。彼は、当然のように、愛した女を取りました。わたしがレオンとローズ、どちらかしか生きられないと言われて選べないのと、訳が違ったのです。
無理もない。
無理もないことです。だって、所詮、恋人の妹は恋人の妹です。
呼吸を一度、整えました。
理性をかき集めて、声色を無理やり落ち着けます。
「分かっています、レオン。仕方がないことです、あなたにとっては、本当に、仕方のないことなのだと思います。――――でも」
革命は仕方がない。
父と母、兄が死んだのも仕方がない。
レオンがわたしを取って、ローズを捨てたのも。
――――「やくそくね、レオン!」
――――「ああ、約束だ」
…………わたしたち姉妹を守るという、あの子との約束を破ったのも、仕方がないのです。でも、その結果は、わたしにとって、仕方がないことではありませんでした。だって、あの子はまだ11歳でした。死ぬ理由は何一つありませんでした。殺されていいわけがないのです。そんな、「仕方がない」だなんて、あっていいわけがない!
――――でも、もし、そんなことが通るのなら。
そんな、"仕方のない"が、通ってしまうのなら。
「わたしが、あなたを何度も、"愛した女を殺す地獄"に堕としてやりたいと思っても、仕方がないでしょう?」
この男が好きでした。この男を愛していました。
今でも、もしかしたらそうなのかもしれません。だからわたしは、この男を激しく憎みながら、こんなことを告げているのかもしれません。
でもどこかで、わたしがまだレオンを愛せていることに、安心してもいるのです。
だって、わたしが、かわいいかわいいあの子を殺したレオンを愛せているのなら。
自分に永劫の苦しみを与えてくるわたしという女を、彼はきっと、愛し続けてくれるはずです。
……………レオンは、呆然と顔を伏せて、動かなくなりました。
わたしはまた、彼の背をさすりました。レオン、時間ですよと。そう言って。でも、彼はぴくりとも動きませんでした。ちらりと、時計の針に目を向けます。15時まで、あと1分しかありません。今から広場に行っても、とても定刻には間に合わないでしょう。
ですが、それでも、レオンは動きそうにありませんでした。
わたしは、そっと彼が越しに提げた剣を抜きました。力無く垂れた彼の手に、握らせようとしました。でも、できませんでした。彼はそれを拒むように、手を固く握り込んでいました。
長針と短針が重なろうとしていました。長いようで、とはとても言えない時間です。少しだけ、秒針が一つ進む分だけ考えて、わたしは、彼に最後に声をかけました。
「レオン」
秒針が進みます。顔を上げた彼が、驚愕に目を見開きました。絶望に、その顔が歪みます。またこの地獄に堕とされるのだという絶望ではなく、愛する女がしようとしている凶行に対する絶望でした。
「ッ、やめろ、カレン、やめてくれ、何でもする、何でもするから、それだけは、やめてくれ!」
「――――何でも?」
彼は椅子から立ちあがろうとしましたが、足がもつれて転びました。床に転がった彼を、わたしは見下ろしながら、柔らかく問いました。女神のように慈悲深く、救いを与えるように。
「ああ、なんでも、なんでもするから、それだけは、…ッ、君が、君が死ぬのだけは、!」
「――――――よかった。まだ、わたしを愛しているんですね」
「ッ、当たり前だ、永遠に、君を愛している、だから……っ!」
わたしは、首に沿わせた剣に、力を込めました。
ぷつりと、皮膚が破けて血が出てきました。全く、呆れるぐらいに慣れた感触です。手は、全く震えていませんでした。
首が切られることに慣れたのもそうですが、安堵の方が大きかったのです。彼は、何度も何度もわたしを殺したくせに、わたしを失うことを恐れている。それがわかりました。それだけで、わたしには充分でした。
15時の鐘の音が響きました。
もう処刑の時間です。「これより、旧フォンセ王家最後の生き残り、第一王女カレンデュラの処刑を行う!」なんて心の中で呟いてみたりします。手が届かないぐらいの高い窓から見える空は快晴でした。
やはり、慈悲深い神は、いらっしゃるのでしょう。
わたしは、最後に彼に微笑みました。
「――――では、わたしとまた、紅茶を飲んでくださいね、レオン」
ずっと、わたしが死ぬ所を見てください。
できたら、あなたがわたしを殺し続けて、過去を悔いて、悔やんで、嘆いてください。そして、その永遠の輪廻の間。わたしが作った地獄で、わたしという、最悪の女を愛し続ければいい。
見開かれたレオンの瞳。
もう少しその瞳を見ていたかったのに、視界いっぱいを、彼の紅と違う赤が覆い隠したせいで、できませんでした。ギロチンと違って、即死までは出来ませんでした。取り返しのつかない出血の中、レオンがわたしを呼ぶ声が遠くに聞こえました。どさりと倒れて、足が、彼の靴を踏んだ後、体全体が倒れました。
そうして、今回もわたしは死にました。
――――ああ、また、彼の靴を踏んでしまいました。
ごめんなさい。わざとでは、なかったのですけれど。
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