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番外編2
常套手段
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「なんだか浮かない顔だね。どうかしたのかい?」
書類を繰っていた手を止めたセブリアンにそう聞かれ、エステルははっとして顔を上げた。
大通りに面したカフェのテラス席だ。結局イアンはあのまま昼過ぎになっても起きてこなかった。エステルは仕方なく一旦この件は保留とし、クレトから頼まれていた仕事をこなすため、街中へ出ていた。
クレトから頼まれていた仕事は、セブリアンに商船の手配をするよう頼んでほしいというもので、今はその打ち合わせのさなかだった。簡単にセブリアンに今回の商船の手配について説明し、セブリアンに詳細の記された書類を手渡したところだった。本来なら口頭でも説明を加えながらエステルが話すべきところを、ぼうっとしていた。
セブリアンは書類を閉じると脇によけ、店員を呼ぶとショートケーキを注文した。
「疲れてるみたいだ。甘いものでも食べるといいよ」
セブリアンは運ばれてきたショートケーキをエステルの方へ押しやると、「どうぞ」とすすめる。全く食べる気はしなかった。それでもせっかくの好意を無駄にしてはいけないと一口二口と口に運んだ。
お菓子を見ていると、お菓子作りの得意なロレッタの顔が自然と思い浮かんでくる。今朝はクレトのタイを直していた。エステルは一度だって出かけていくクレトの身の回りのことに手を貸したことがあっただろうか……。
考えるまでもなかった。エステルは料理はできないし、男性のタイも一度も結んだことはない。結び方さえ知らない。クレトのタイが曲がっていようと、エステルには直してあげることはできない。それどころか自分の身支度でさえ、いまだにマリナに手伝ってもらっている。
王太子妃となるべく様々なことは身につけてきたけれど、必要のないことに関しては一切知識がない。
「ついこの間もダナに相談を持ち掛けていただろう? また何か悩み事?」
「あの、いえ……」
ダナにはあのあと、相談事は解決したのでと言ってある。ダナは「そっか」の一言で詳しいことは聞こうとしなかった。突き放すのでもなく、かといって踏み込みすぎない距離の取り方がダナはうまい。
またダナに相談できればいいのだけれど、今ダナは仕事でこの港町を離れている。自分で解決すると言った手前、マリナとブラスにも頼れない。
「あの……」
エステルは遠慮がちに切り出した。イアンのことはともかく、男性の心理ならばセブリアンも詳しいはずだ。
「セブリアン様は、例えばお料理の上手な女性や、手先が器用で自分の身の回りのことをしてくれる女性ってどう思いますか」
「なにそれ。意味深な質問だなぁ。うーん……」
セブリアンは「そうだなぁ」と考えながら、
「まぁできるに越したことはないよね。基本私の場合、家のことは執事に任せているから、もし私が結婚しても妻に料理をしてもらったり、身支度を手伝ってもらったりはしないだろうけどね。けどたまに手料理なんか振舞われたら、余計に好きになるかも」
そう答えて、ちらりとエステルを見やる。
「だけどどうしてそんなこと聞くんだい? あ、もしかして最近クレトの邸に入り浸っているあの女のことかい? 確か帝都時代の知り合いなんだろう?」
セブリアンは情報通だ。そしてダナと違ってずかずかと踏み込んでくる。
エステルは慌てて手を振った。
「違います。あくまで例えばの話をしたかっただけなんです。ロレッタさんのことは関係ありません」
「へぇ、ロレッタっていうんだ。この間街で見かけたけど、なかなかの美人だよね。確かクレトに仕事を融通してもらいに来たんだろう? そのついでにクレトもものにしようって魂胆か」
「……そんなことないと思いますけど」
「あ、声が小さくなった。やっぱりそうなんだ。もしかしてそのロレッタって女、料理上手をアピールしたり、タイをさりげなく直したりして、クレトの世話焼いてるんじゃないのかい?」
「どうしてわかるんですか?……あ…」
まるで見ていたかのように言い当てられ、つい聞き返した。慌てて口元を抑えたけれどもう遅い。
「お、認めたね。そんなのは男を落としたい時の常套手段だよ。特に君みたいなお嬢さんがライバルならなおさらだね。なにくれと身の回りに手を出して、自分に意識を向けさせる」
「でも、本当にロレッタさんがそんなふうに思っているのかはわからないんです」
息子のイアンがそう言っているだけで、ロレッタから直接聞いたわけではない。ただそうイアンから聞かされて見ているから、ロレッタがクレトを奪おうとしているかのように映るだけかもしれない。
エステルがそう言うと、セブリアンは顔をしかめた。
「なんだいそれ。ロレッタの息子もクレトと自分の母親がうまくいけばいいって思っているのかい? なら確定だね。ロレッタは絶対クレトを狙っているよ。息子っていうのはね、母親が何も言わなくても母親の気持ちをよく汲み取っているものなんだよ。ずっと側にいて、ずっと見ているからね。息子がそう言うなら、間違いないよ」
「……そんな…」
「気を付けたほうがいい、エステル。君って今まで恋人がいたことはないんだろう? 相手は一枚も二枚も上手だろうからね。油断しないほうがいいよ」
気を付けると言っても、イアンの言うように、かつてクレトとロレッタとが恋人同士だったのなら、エステルに太刀打ちできるのだろうか。できる気がしない。自分には料理の腕も器用さもなく、クレトの心をつなぎとめるためにできることが何もないのだから。
エステルは更なる不安に陥りながら帰途についた。
書類を繰っていた手を止めたセブリアンにそう聞かれ、エステルははっとして顔を上げた。
大通りに面したカフェのテラス席だ。結局イアンはあのまま昼過ぎになっても起きてこなかった。エステルは仕方なく一旦この件は保留とし、クレトから頼まれていた仕事をこなすため、街中へ出ていた。
クレトから頼まれていた仕事は、セブリアンに商船の手配をするよう頼んでほしいというもので、今はその打ち合わせのさなかだった。簡単にセブリアンに今回の商船の手配について説明し、セブリアンに詳細の記された書類を手渡したところだった。本来なら口頭でも説明を加えながらエステルが話すべきところを、ぼうっとしていた。
セブリアンは書類を閉じると脇によけ、店員を呼ぶとショートケーキを注文した。
「疲れてるみたいだ。甘いものでも食べるといいよ」
セブリアンは運ばれてきたショートケーキをエステルの方へ押しやると、「どうぞ」とすすめる。全く食べる気はしなかった。それでもせっかくの好意を無駄にしてはいけないと一口二口と口に運んだ。
お菓子を見ていると、お菓子作りの得意なロレッタの顔が自然と思い浮かんでくる。今朝はクレトのタイを直していた。エステルは一度だって出かけていくクレトの身の回りのことに手を貸したことがあっただろうか……。
考えるまでもなかった。エステルは料理はできないし、男性のタイも一度も結んだことはない。結び方さえ知らない。クレトのタイが曲がっていようと、エステルには直してあげることはできない。それどころか自分の身支度でさえ、いまだにマリナに手伝ってもらっている。
王太子妃となるべく様々なことは身につけてきたけれど、必要のないことに関しては一切知識がない。
「ついこの間もダナに相談を持ち掛けていただろう? また何か悩み事?」
「あの、いえ……」
ダナにはあのあと、相談事は解決したのでと言ってある。ダナは「そっか」の一言で詳しいことは聞こうとしなかった。突き放すのでもなく、かといって踏み込みすぎない距離の取り方がダナはうまい。
またダナに相談できればいいのだけれど、今ダナは仕事でこの港町を離れている。自分で解決すると言った手前、マリナとブラスにも頼れない。
「あの……」
エステルは遠慮がちに切り出した。イアンのことはともかく、男性の心理ならばセブリアンも詳しいはずだ。
「セブリアン様は、例えばお料理の上手な女性や、手先が器用で自分の身の回りのことをしてくれる女性ってどう思いますか」
「なにそれ。意味深な質問だなぁ。うーん……」
セブリアンは「そうだなぁ」と考えながら、
「まぁできるに越したことはないよね。基本私の場合、家のことは執事に任せているから、もし私が結婚しても妻に料理をしてもらったり、身支度を手伝ってもらったりはしないだろうけどね。けどたまに手料理なんか振舞われたら、余計に好きになるかも」
そう答えて、ちらりとエステルを見やる。
「だけどどうしてそんなこと聞くんだい? あ、もしかして最近クレトの邸に入り浸っているあの女のことかい? 確か帝都時代の知り合いなんだろう?」
セブリアンは情報通だ。そしてダナと違ってずかずかと踏み込んでくる。
エステルは慌てて手を振った。
「違います。あくまで例えばの話をしたかっただけなんです。ロレッタさんのことは関係ありません」
「へぇ、ロレッタっていうんだ。この間街で見かけたけど、なかなかの美人だよね。確かクレトに仕事を融通してもらいに来たんだろう? そのついでにクレトもものにしようって魂胆か」
「……そんなことないと思いますけど」
「あ、声が小さくなった。やっぱりそうなんだ。もしかしてそのロレッタって女、料理上手をアピールしたり、タイをさりげなく直したりして、クレトの世話焼いてるんじゃないのかい?」
「どうしてわかるんですか?……あ…」
まるで見ていたかのように言い当てられ、つい聞き返した。慌てて口元を抑えたけれどもう遅い。
「お、認めたね。そんなのは男を落としたい時の常套手段だよ。特に君みたいなお嬢さんがライバルならなおさらだね。なにくれと身の回りに手を出して、自分に意識を向けさせる」
「でも、本当にロレッタさんがそんなふうに思っているのかはわからないんです」
息子のイアンがそう言っているだけで、ロレッタから直接聞いたわけではない。ただそうイアンから聞かされて見ているから、ロレッタがクレトを奪おうとしているかのように映るだけかもしれない。
エステルがそう言うと、セブリアンは顔をしかめた。
「なんだいそれ。ロレッタの息子もクレトと自分の母親がうまくいけばいいって思っているのかい? なら確定だね。ロレッタは絶対クレトを狙っているよ。息子っていうのはね、母親が何も言わなくても母親の気持ちをよく汲み取っているものなんだよ。ずっと側にいて、ずっと見ているからね。息子がそう言うなら、間違いないよ」
「……そんな…」
「気を付けたほうがいい、エステル。君って今まで恋人がいたことはないんだろう? 相手は一枚も二枚も上手だろうからね。油断しないほうがいいよ」
気を付けると言っても、イアンの言うように、かつてクレトとロレッタとが恋人同士だったのなら、エステルに太刀打ちできるのだろうか。できる気がしない。自分には料理の腕も器用さもなく、クレトの心をつなぎとめるためにできることが何もないのだから。
エステルは更なる不安に陥りながら帰途についた。
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