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第一章
怪しすぎるけれど…
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「もし、そこのお嬢さん」
部活帰りの夕方、家への道を急いでいると背後から男に声をかけられた。駅から住宅街へ向かう道筋だ。周囲には他にもたくさん人はいたが、呼びかけに応じ足を止める者はいない。お嬢さんなんて呼び止め方、怪しいことこの上ない。
加地未令は関わらないのが一番と無視を決め込み、振り返ることなく足早に先を急いだ。
が、
「お嬢さん。そこの君だよ。紺色のリュックを背負って紺色のスカートに茶色の靴を履いた短い髪のそこの君」
背後の声は未令の特徴を羅列する。ここで、もしかしたら自分のことを呼び止めたのではなかったのかもしれないとの希望的観測は打ち破られる。しかしだからといって背後の男の声に聞き覚えはなく、いよいよもって怪しいことこの上ない。
ここは逃げるに如かず。
「あっ! 待ってよ!」
いきなりだっと走り出した未令に、背後の男は驚いて制止の声をあげる。けれど待てと言われて真正直に待つはずがない。これでも足の速さには自信がある。並みの男なら振り切れる自信はあった。
なるべく路地を頻繁に曲がり、追跡者の視界から消えるよう逃げた。そうしてかなりの距離、家とは反対方向へと走り、もう大丈夫だろうと電信柱に手をついて息を整えていると―――。
「もし、そこのお嬢さん」
「ぎゃっ!」
変なところから声が出た。さきほどと同じように声を掛けられ、飛び上がるほど驚いた。まいたはずだった。後ろから追いかけてくる足音もなかったし、途中一度振り返った時には誰もいなかった。
未令は恐る恐る後ろを振り返った。
まだ若い。未令とそう変わらないくらいの年の男だ。
全体に小作りで、どこか母性本能をくすぐられる顔の造作。漆黒の髪が風に煽られ翻った。
こちらは警戒心丸出しなのに、男はにこにこしながら未令を見下ろし、嬉しそうににかっと笑う。
「そうそう君君、さっきから何度か呼んでるのにさ。無視しないでよ」
まるで緊張感のない様子で男は制服姿の未令を上から下まで見ると腕を組む。
「ふうん。君があの有明の娘なんだ。どんな力があるのか楽しみだなぁ」
「え……、父を知ってるんですか…?」
男の口から思わぬ名が飛び出した。どんな力があるのか、と言われても意味はよく分からないが、父は間違いなく有明という名で十年前に行方不明になったのだ。父の有明は十年前のあの日、すぐに帰ってくるからなと未令に言い置き、姿を消した。以来、未令はずっと父のことを待ち続けていた。
「知ってるよもちろんさ。今世最強と言われる時有の子にして火の術者、有明のことを、僕たちの国で知らない者なんていないよ。だからこそ祥文帝は有明の縁者を探しているんだ」
「えっと、あの……」
なにやら独特の世界観をお持ちの方のようだ。
軽く頭痛を感じ、未令は「いや、人違いですね」と手を振った。
「父は確かに有明という名ですが、あなたのおっしゃる方とは別人のようです。ではわたしはこれで」
くるりと踵を返し、一目散に駆けた。
父の名を言い当てたことは驚きだが、男の話す内容はさっぱりわからない。本当に父を知っているのならその消息を尋ねてみたいところではあるが、あの様子ではまともな答えが返ってくるとは思えない。いや、きっと知らないはずだ。あんな赤の他人が、十年も待ち続けている娘の未令が知らないことを、知っているわけがない。関わらないに越したことはない。一度でも振り返って会話をしてしまったことが悔やまれる。
「待ーってよ。未令ちゃん。追いかけっこは嫌いじゃないけど、僕をまこうなんて無理だよ」
名乗っていない名前までなぜか知っていて、その言葉通り、かなりの全速力で走って息を切らしている未令と違い、後ろから追いかけてくる男の声には余裕がある。ちらりと振り返るとすぐ後ろにぴったりとついてきている。
「警察呼びますよ」
「ケイサツ? 何それ。おいしいの?」
「ふざけてるんですか。不審者に追いかけられているって通報しますよ」
「通報? なんで? そしたらなんかいいことでもあるの?」
「……あのですね」
「そんなかしこまった言い方しなくてもいいよ。僕、卓水。よろしくね未令ちゃん」
ここまでマイペースな人間がいるのだろうか。
なんだが全てが無駄な行為に思えてくる。
軽い頭痛を覚え男を見れば、卓水と名乗ったその男はにこにこと笑顔だ。少なくとも危害を加えられそうな気配はない。
未令が立ち止まって卓水へ視線を向けたので、卓水は嬉しそうに「ねぇねぇ」と話しかけてくる。
「有明に会わせてあげよっか」
「だからあなたの言っている有明はわたしの父ではなくてですね……」
「あなたなんて他人行儀な。卓水だよ」
「いえ、まだ他人だから」
「こうしてお互い名乗ったんだ。もう他人じゃない。あれ? 未令ちゃんは名乗ってないか。ハハハハ、まいっかどっちでも」
「では、わたしはこれで―――」
「―――右目の下に少し大きなほくろがある。背はそうだな、僕ほど高くないけど170はあるかな。福耳で笑うと右側にだけえくぼができる」
「それって……」
卓水は父の特徴を見事に言い当てる。名前が有明で特徴まで同じの他人なんているだろうか。偶然の一致かもしれないが、未令の心はざわりと動いた。
「当たってるだろ?」
悔しいけれどその通りだ。無言を肯定を受け取った卓水は無邪気ともとれる笑みを浮かべた。
「だからさ、有明に会わせてあげるって言ってるんだ。僕についておいでよ」
卓水は人差し指をくいくいっと自分に向けて動かした。
部活帰りの夕方、家への道を急いでいると背後から男に声をかけられた。駅から住宅街へ向かう道筋だ。周囲には他にもたくさん人はいたが、呼びかけに応じ足を止める者はいない。お嬢さんなんて呼び止め方、怪しいことこの上ない。
加地未令は関わらないのが一番と無視を決め込み、振り返ることなく足早に先を急いだ。
が、
「お嬢さん。そこの君だよ。紺色のリュックを背負って紺色のスカートに茶色の靴を履いた短い髪のそこの君」
背後の声は未令の特徴を羅列する。ここで、もしかしたら自分のことを呼び止めたのではなかったのかもしれないとの希望的観測は打ち破られる。しかしだからといって背後の男の声に聞き覚えはなく、いよいよもって怪しいことこの上ない。
ここは逃げるに如かず。
「あっ! 待ってよ!」
いきなりだっと走り出した未令に、背後の男は驚いて制止の声をあげる。けれど待てと言われて真正直に待つはずがない。これでも足の速さには自信がある。並みの男なら振り切れる自信はあった。
なるべく路地を頻繁に曲がり、追跡者の視界から消えるよう逃げた。そうしてかなりの距離、家とは反対方向へと走り、もう大丈夫だろうと電信柱に手をついて息を整えていると―――。
「もし、そこのお嬢さん」
「ぎゃっ!」
変なところから声が出た。さきほどと同じように声を掛けられ、飛び上がるほど驚いた。まいたはずだった。後ろから追いかけてくる足音もなかったし、途中一度振り返った時には誰もいなかった。
未令は恐る恐る後ろを振り返った。
まだ若い。未令とそう変わらないくらいの年の男だ。
全体に小作りで、どこか母性本能をくすぐられる顔の造作。漆黒の髪が風に煽られ翻った。
こちらは警戒心丸出しなのに、男はにこにこしながら未令を見下ろし、嬉しそうににかっと笑う。
「そうそう君君、さっきから何度か呼んでるのにさ。無視しないでよ」
まるで緊張感のない様子で男は制服姿の未令を上から下まで見ると腕を組む。
「ふうん。君があの有明の娘なんだ。どんな力があるのか楽しみだなぁ」
「え……、父を知ってるんですか…?」
男の口から思わぬ名が飛び出した。どんな力があるのか、と言われても意味はよく分からないが、父は間違いなく有明という名で十年前に行方不明になったのだ。父の有明は十年前のあの日、すぐに帰ってくるからなと未令に言い置き、姿を消した。以来、未令はずっと父のことを待ち続けていた。
「知ってるよもちろんさ。今世最強と言われる時有の子にして火の術者、有明のことを、僕たちの国で知らない者なんていないよ。だからこそ祥文帝は有明の縁者を探しているんだ」
「えっと、あの……」
なにやら独特の世界観をお持ちの方のようだ。
軽く頭痛を感じ、未令は「いや、人違いですね」と手を振った。
「父は確かに有明という名ですが、あなたのおっしゃる方とは別人のようです。ではわたしはこれで」
くるりと踵を返し、一目散に駆けた。
父の名を言い当てたことは驚きだが、男の話す内容はさっぱりわからない。本当に父を知っているのならその消息を尋ねてみたいところではあるが、あの様子ではまともな答えが返ってくるとは思えない。いや、きっと知らないはずだ。あんな赤の他人が、十年も待ち続けている娘の未令が知らないことを、知っているわけがない。関わらないに越したことはない。一度でも振り返って会話をしてしまったことが悔やまれる。
「待ーってよ。未令ちゃん。追いかけっこは嫌いじゃないけど、僕をまこうなんて無理だよ」
名乗っていない名前までなぜか知っていて、その言葉通り、かなりの全速力で走って息を切らしている未令と違い、後ろから追いかけてくる男の声には余裕がある。ちらりと振り返るとすぐ後ろにぴったりとついてきている。
「警察呼びますよ」
「ケイサツ? 何それ。おいしいの?」
「ふざけてるんですか。不審者に追いかけられているって通報しますよ」
「通報? なんで? そしたらなんかいいことでもあるの?」
「……あのですね」
「そんなかしこまった言い方しなくてもいいよ。僕、卓水。よろしくね未令ちゃん」
ここまでマイペースな人間がいるのだろうか。
なんだが全てが無駄な行為に思えてくる。
軽い頭痛を覚え男を見れば、卓水と名乗ったその男はにこにこと笑顔だ。少なくとも危害を加えられそうな気配はない。
未令が立ち止まって卓水へ視線を向けたので、卓水は嬉しそうに「ねぇねぇ」と話しかけてくる。
「有明に会わせてあげよっか」
「だからあなたの言っている有明はわたしの父ではなくてですね……」
「あなたなんて他人行儀な。卓水だよ」
「いえ、まだ他人だから」
「こうしてお互い名乗ったんだ。もう他人じゃない。あれ? 未令ちゃんは名乗ってないか。ハハハハ、まいっかどっちでも」
「では、わたしはこれで―――」
「―――右目の下に少し大きなほくろがある。背はそうだな、僕ほど高くないけど170はあるかな。福耳で笑うと右側にだけえくぼができる」
「それって……」
卓水は父の特徴を見事に言い当てる。名前が有明で特徴まで同じの他人なんているだろうか。偶然の一致かもしれないが、未令の心はざわりと動いた。
「当たってるだろ?」
悔しいけれどその通りだ。無言を肯定を受け取った卓水は無邪気ともとれる笑みを浮かべた。
「だからさ、有明に会わせてあげるって言ってるんだ。僕についておいでよ」
卓水は人差し指をくいくいっと自分に向けて動かした。
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