12 / 63
八か国の守護・尼子晴久
しおりを挟む
浦上家の家臣が集められ軍議が開かれていた。
美作に侵攻してきた侵略者に対抗するための会議であったはずが、事態は単純な話ではなくなっていた。大内義隆が討たれて、勢力を拡大した尼子晴久に美作と備前の守護職が与えられたのだった。
これにより尼子家は侵略者ではなく、正当な支配者となったのだ。
守護代である浦上家は、尼子家に従うべきか戦うべきかで意見は真っ二つに割れていたのだった。
「今や正当な権利は尼子家にある。尼子家に従うが、我ら守護代の役目ではありませんか?」
「これまでも、何度も侵攻してきた尼子家の支配を受け入れる事は出来ません」
自分の意見を述べるというよりは、尼子家との最前線に城を構えている領主たちに訴えかけるように話していた。
尼子家の支配を受け入れれば、所領が安堵されたとしても、既に戦端を開いている毛利家と戦わなければならない。そうなれば中山信正の沼城が合戦の最前線となる。
「中山殿の言はもっとも、これまでに幾度も領地を攻められた国人衆は、尼子家の支配を良しとはしますまい」
「弱小領主どもがどう思おうとも、八か国の守護職と百万石を越える大大名となった尼子家に逆らえはしますまい。政宗様、守護代の務めを果たすべきでしょう」
ゆっくりとした動作と話し方だが、周りの人間を見下したような視線を向けて威圧する。
同調する小領主たちに釘を刺したのは、浦上家・家臣団の中で最大勢力を誇る松田元輝であった。松田家がどう動くかで備前の兵力が大きく変わる。
「幕府より任命された守護職に逆らおうなどと、征夷大将軍に弓を引くも同じではないか」
「国人衆など主君を持たぬ盗賊と変わらんな」
「それはどういう意味か!」
「武士ならば幕府の命に従うのは当然であろう」
「戦乱から民を守るのが領主の務めだ」
「土地と地位にしがみつき、大局を見ない輩がいるから戦乱が終わらないのだ!」
議論と言うよりも怒号が飛び交い始めていた。
正当な権利や武士の本分、……など本当は誰も関心を持っていない。
守護職の座に就いた尼子家に従えば、これまで通り領地を守れるのか。毛利家に味方して尼子家と戦ったら、領地を守れるのか。自分の城を守るためにどちらに味方すれば有利なのか、それだけが城主たちの疑念だった。
「皆様方! お忘れか! 我々にはどうしても譲れぬものがございましょう!」
宇喜多直家は声を張り上げた。
「お忘れなのか、三好・細川の連合軍との戦いを! 浦上村宗様の仇、赤松晴政を裏で操っていた尼子家と手を結ぶ事など出来ませぬ!」
直家にとっても祖父の死につながる原因ではあったが、どうしても譲れない物は別にあった。
浦上家に仕官する以前、幼少の頃に見た、尼子家の合戦のやり方が深く記憶に刻まれていたのである。
尼子晴久は、毛利元就の居城・吉田郡山城を攻めるために、周囲の村を焼き、村人を飢えさせて物資の流通を止めた。それは言葉で言い表すより壮絶なものであったのだ。山沿いの小さな土地に身を寄せ合って住む村人が家や田畑を焼かれれば、逃げ出す事もできず、ただ生き残るために、すすけた着物を着て、僅かな木の実を奪い合い腹を満たさねばならなかった。
それは人間の姿ですらない。文化を持たない獣のような生活。
だがそうしなければ生き残れないような戦に、勝つためならばどんな手段でも取る戦に、組するなど許される事ではない。
「浦上村宗様の仇も、置塩城の戦いで決着と言えよう。納得がいかないからと何時までも禍根を掘り出すのは武士道に反する」
彼らを説得するのに必要なのは義でも忠でもない。戦国の世で最大の大大名となった尼子家に勝てる方法だ。
「西の毛利家には、大内家より寝返った村上水軍がおり、備中衆を率いる三村家も居ります。そして、東の山名家も因幡の支配権を争っています。そこに我々が加われば三方向から攻める事が出来ますが、尼子家の支配下に入れば、我々は突出した領地となって、西と東から挟撃され疲弊していくだけです。そうなれば、尼子家、毛利家、山名家の三守護家に切り取られ、家名すら残らないでしょう」
それでも戦力が均衡したと言えるぎりぎりの数字だったかもしれない。しかし、理を尽くすほどにより多くの疑念が渦巻き、城主たちの軋轢を生み出す。
とても数日では意見をまとめられず、本拠地を何時までも空けては居られず、城へと戻り始める者も出始めていた。
どちらにしても戦は目の前に迫っている。準備を怠る事は出来ない。
直家も乙子城へ戻り、戦の準備を整えばならなかった。
「八兄い、あいつら腰抜けばかりだ。尼子と毛利の戦いを傍観出来るはずもないのに」
「ああ……、いや、そうは言っても、彼らの中ではまだ天下の行方は細川と三好が握っているんだ。幕府が尼子家につくとなると、何人が毛利方に残るか……」
「俺は、槍を振るえるなら尼子家についてもいいぞ」
「何だと?」
「尼子晴久も顔を合わせてみれば、案外いい奴かもしれんよ」
忠家の言葉に、はっと息をのんだ。
敵としていれば伝え聞く姿しか知らないが、尼子家の家中の者ならば、鬼神のごとく情け容赦なく兵を率いる姿ではなく、もっと別な姿が見られるのかもしれない。
(尼子家の配下に下れば、別な景色が見えるのかもしれない……)
しかし、考えている時間もなく、乙子城に戻り出陣の準備を整えていたところへ、急を告げる情報がもたらされた。
『尼子晴久が天神山城へ侵攻を開始する』
はるか遠い出雲から兵を出すわけではない、拠点となっている高田城は出陣の鬨の声が聞こえるほどの距離である。
美作・備前の城主たちはすぐに決断せねばならなかった。
天神山城の浦上宗景が迎え撃つために出陣し、侵攻ルートにある三星城の後藤勝基が呼応し、松田元輝・中山信正が側面を突くように南西から軍を進めれば、それに続いて他の城主も出陣し、尼子晴久を迎え撃つための布陣が完成する。
決して、尼子家に引けを取らない戦力が、浦上家にもあるはずだった。
美作に侵攻してきた侵略者に対抗するための会議であったはずが、事態は単純な話ではなくなっていた。大内義隆が討たれて、勢力を拡大した尼子晴久に美作と備前の守護職が与えられたのだった。
これにより尼子家は侵略者ではなく、正当な支配者となったのだ。
守護代である浦上家は、尼子家に従うべきか戦うべきかで意見は真っ二つに割れていたのだった。
「今や正当な権利は尼子家にある。尼子家に従うが、我ら守護代の役目ではありませんか?」
「これまでも、何度も侵攻してきた尼子家の支配を受け入れる事は出来ません」
自分の意見を述べるというよりは、尼子家との最前線に城を構えている領主たちに訴えかけるように話していた。
尼子家の支配を受け入れれば、所領が安堵されたとしても、既に戦端を開いている毛利家と戦わなければならない。そうなれば中山信正の沼城が合戦の最前線となる。
「中山殿の言はもっとも、これまでに幾度も領地を攻められた国人衆は、尼子家の支配を良しとはしますまい」
「弱小領主どもがどう思おうとも、八か国の守護職と百万石を越える大大名となった尼子家に逆らえはしますまい。政宗様、守護代の務めを果たすべきでしょう」
ゆっくりとした動作と話し方だが、周りの人間を見下したような視線を向けて威圧する。
同調する小領主たちに釘を刺したのは、浦上家・家臣団の中で最大勢力を誇る松田元輝であった。松田家がどう動くかで備前の兵力が大きく変わる。
「幕府より任命された守護職に逆らおうなどと、征夷大将軍に弓を引くも同じではないか」
「国人衆など主君を持たぬ盗賊と変わらんな」
「それはどういう意味か!」
「武士ならば幕府の命に従うのは当然であろう」
「戦乱から民を守るのが領主の務めだ」
「土地と地位にしがみつき、大局を見ない輩がいるから戦乱が終わらないのだ!」
議論と言うよりも怒号が飛び交い始めていた。
正当な権利や武士の本分、……など本当は誰も関心を持っていない。
守護職の座に就いた尼子家に従えば、これまで通り領地を守れるのか。毛利家に味方して尼子家と戦ったら、領地を守れるのか。自分の城を守るためにどちらに味方すれば有利なのか、それだけが城主たちの疑念だった。
「皆様方! お忘れか! 我々にはどうしても譲れぬものがございましょう!」
宇喜多直家は声を張り上げた。
「お忘れなのか、三好・細川の連合軍との戦いを! 浦上村宗様の仇、赤松晴政を裏で操っていた尼子家と手を結ぶ事など出来ませぬ!」
直家にとっても祖父の死につながる原因ではあったが、どうしても譲れない物は別にあった。
浦上家に仕官する以前、幼少の頃に見た、尼子家の合戦のやり方が深く記憶に刻まれていたのである。
尼子晴久は、毛利元就の居城・吉田郡山城を攻めるために、周囲の村を焼き、村人を飢えさせて物資の流通を止めた。それは言葉で言い表すより壮絶なものであったのだ。山沿いの小さな土地に身を寄せ合って住む村人が家や田畑を焼かれれば、逃げ出す事もできず、ただ生き残るために、すすけた着物を着て、僅かな木の実を奪い合い腹を満たさねばならなかった。
それは人間の姿ですらない。文化を持たない獣のような生活。
だがそうしなければ生き残れないような戦に、勝つためならばどんな手段でも取る戦に、組するなど許される事ではない。
「浦上村宗様の仇も、置塩城の戦いで決着と言えよう。納得がいかないからと何時までも禍根を掘り出すのは武士道に反する」
彼らを説得するのに必要なのは義でも忠でもない。戦国の世で最大の大大名となった尼子家に勝てる方法だ。
「西の毛利家には、大内家より寝返った村上水軍がおり、備中衆を率いる三村家も居ります。そして、東の山名家も因幡の支配権を争っています。そこに我々が加われば三方向から攻める事が出来ますが、尼子家の支配下に入れば、我々は突出した領地となって、西と東から挟撃され疲弊していくだけです。そうなれば、尼子家、毛利家、山名家の三守護家に切り取られ、家名すら残らないでしょう」
それでも戦力が均衡したと言えるぎりぎりの数字だったかもしれない。しかし、理を尽くすほどにより多くの疑念が渦巻き、城主たちの軋轢を生み出す。
とても数日では意見をまとめられず、本拠地を何時までも空けては居られず、城へと戻り始める者も出始めていた。
どちらにしても戦は目の前に迫っている。準備を怠る事は出来ない。
直家も乙子城へ戻り、戦の準備を整えばならなかった。
「八兄い、あいつら腰抜けばかりだ。尼子と毛利の戦いを傍観出来るはずもないのに」
「ああ……、いや、そうは言っても、彼らの中ではまだ天下の行方は細川と三好が握っているんだ。幕府が尼子家につくとなると、何人が毛利方に残るか……」
「俺は、槍を振るえるなら尼子家についてもいいぞ」
「何だと?」
「尼子晴久も顔を合わせてみれば、案外いい奴かもしれんよ」
忠家の言葉に、はっと息をのんだ。
敵としていれば伝え聞く姿しか知らないが、尼子家の家中の者ならば、鬼神のごとく情け容赦なく兵を率いる姿ではなく、もっと別な姿が見られるのかもしれない。
(尼子家の配下に下れば、別な景色が見えるのかもしれない……)
しかし、考えている時間もなく、乙子城に戻り出陣の準備を整えていたところへ、急を告げる情報がもたらされた。
『尼子晴久が天神山城へ侵攻を開始する』
はるか遠い出雲から兵を出すわけではない、拠点となっている高田城は出陣の鬨の声が聞こえるほどの距離である。
美作・備前の城主たちはすぐに決断せねばならなかった。
天神山城の浦上宗景が迎え撃つために出陣し、侵攻ルートにある三星城の後藤勝基が呼応し、松田元輝・中山信正が側面を突くように南西から軍を進めれば、それに続いて他の城主も出陣し、尼子晴久を迎え撃つための布陣が完成する。
決して、尼子家に引けを取らない戦力が、浦上家にもあるはずだった。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる