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しおりを挟む屋敷維持のための資金作り、そして原因その一を排除した後は、ようやく次に向けての準備に取り掛かれる。
ちなみにクズ夫は当分釈放されないらしい。
進んで情報を仕入れていないが、王城の警備を担当している騎士がわざわざ伝えに来たのだ。
まぁ当主としてするべきこともせず報告義務を放棄、それなのに堂々と王城へとやってきたと思いきや陛下の前で無礼な振る舞いを見せつけたのだ。
みっちり叱られて、クズがどれほどまでにクズなのか自覚してもらえることを祈るしかない。
寧ろ真っ当な人間になって貰えれば、こちらとしても離縁に承諾してもらいやすくなるかもしれない。クズは最初から私に気に入っていないのだから。
まさか真っ当な考えが出来るようになり、自分に領地運営が出来るようになっていると勘違いするはずもないだろう。
私は私の傍に戻ってきたケインを捕まえ、速攻で屋敷を出た。
ちなみにララ、ではなくサシャを連れて。
前にも伝えた通り、二人で行動するのは例え護衛とはいえよからぬことになりかねないからだ。
この先夫婦となるのなら余計に。
そして何故ララではなくサシャを連れたかというと、サシャの方が事情を知っているからだ。
今はなるべく時間を使いたくない。
クズ男が真面になって戻ってくる確率は低いし、クズのまま戻ってきたらせっかく追い出したあの恋人も戻ってくるだろう。
正妻という立場の私が屋敷に戻ってきたとはいえ、ご乱心状態のクズ男が私に気を使って恋人を家に呼ばないなんて想像つかない。
そんな気配りが出来るのならば領地に関してもう少し関心を持っていることだし、そもそも王城に怒鳴りこみにきたりはしないのだ。
というか、何故通した警備兵は。
そのおかげで屋敷に帰っても暫くクズの顔を見なくてもよくなったけれど、警備として駄目だろう。
だからララが私の味方になって今後も動いてくれると思ってはいるが、ケインの事情も交えて説明するには時間がかかるし、ドジっ子気質なところも鑑みて私はサシャを連れて外に出た。
王城に向かったのが午前。
そして屋敷に戻ってきたのが夕方。
ちなみに屋敷といってもディオダ侯爵領にある屋敷ではなく、王都にある屋敷である。
クズは基本的に王都の屋敷で暮らしていたから。
もう陽が落ちかけている頃に屋敷を飛び出した私にサシャが尋ねる。
「奥様、どちらに向かっているのですか?」
「ケインの育ての親の元よ」
「もう動くのですね!
それで、具体的にはどのように進めていくのですか?!」
目がキラキラと輝くサシャに私はくすりと笑いがこみ上げるのを我慢して答える。
なんだかとてもやる気に満ち溢れているサシャが可愛く見えた。
「とりあえず、ケインの育ての親のオバンさんはとても優しい方と聞いているわ。
ケインを殺せなかったのもそうだけど、殺したと偽ってそのまま働き続けてもいいはずなのにそれをしなかったことを考えても、オバンさんはとても非常識な人とは思えない。
だからこちら側の味方になって欲しいと考えているのだけど…」
そう。まずオバンさんへのケイン殺害強要を証明するところから始まるのだ。
オバンさんに会ったことが無い私は、オバンさんがどれほどお人よしなのかわからない。
度合いによっては証言を拒否されることも考えられる。
でもケインのこと、両親であるあの二人のことを考えるのならば拒否することがどれだけ不誠実なのか知ってもらわなければならないから、もしかしたら私はケインの前でオバンさんに詰め寄る嫌な人になってしまう可能性もある。
(…嫌われたくないな…)
政略結婚も白い結婚も普通に生活出来ればどうでもいいとさえ考えていた。
だけどケインへの恋を自覚した途端、嫌な女だと、そう思われる行為をするのがとても不快に感じる。
馬車から、馬に乗り少しだけ前を走るケインの姿を窓越しに眺めつつ私は溜息をついた。
◇
結果をいうとオバンさんは私たちの味方になった。
拍子抜けするくらいに簡単…という言葉は適切ではないかもしれないけれど、事情を話すと悩む時間なんてないほど、寧ろ食い気味で力になるといってくれたオバンさんは、ケインの事をもう実の息子だと考えているのだろう。
実際オバンさんには血の繋がった子供はいないそうだ。
オバンさんか旦那さんのどちらに原因があるとかそういう話ではなく、仕事に熱中するあまり出産の適正年齢を超えてしまったそうなのだ。
子供は欲しい。だけど医療面でまだまだ発達していないこの国での出産は年を取ればとるほどに生存率が下がる。
だからこそ、出産適齢期が若い年齢で伝わっているのだ。
そんな子供をあきらめたオバンさんに、当時の侯爵と侯爵夫人は当たり前のように子供を殺すよう告げたという。
オバンさんの事情を知っている筈なのに、そんな人に対して子供を殺すことを指示した二人にオバンさんの忠誠心は底を着いた。
その結果オバンさんは子供を生かし、辞表届けを出すきっかけを得た。
勿論オバンさんの旦那さんも全面的に賛成といっているのだから、躊躇する理由などないということだ。
寧ろ息子のケインの為ならば、と話途中で自ら名乗り出てくれたほどである。
「ケイン、お前はいいのか?」
そんなときオバンさんの旦那様、つまりケインのお父様がケインに尋ねる。
オバンさんが私達の味方になってくれるということは、貴族殺しを強要した罪を明らかにするという事。
血の繋がった実の両親を訴えるという結果になることを、ケインに確認しているのだ。
ケインは静かに頷いた。
「勿論。血の繋がった親にはなるけれど……罪は隠し続けるものではない。償わなければならないものだと思っている」
その瞬間、ぶんぶんと風を切る音が聞こえた。
後ろを振り返ったりはしなかったが、精霊が【頭とれちゃう】【あの子どうしたの…?】と心配そうに口にしていたことから、サシャが物凄い勢いで頭を縦に振りまくっているのだろう。
「それに俺の“本当の”両親はここにいる母さんと父さんだ。
罪となる行為を母さんに強要したこと、これは許せるものではない」
ケインの言葉に、お父様が頷きオバンさんが涙を浮かべる。
本当にいい人たちに巡り合えたのねと三人の様子を眺めていると、きゅっと手を握られた。
ちなみにいうと私とケインは隣同士で座っている。
お父様が私の隣に腰を下ろすケインを見て指摘しそうなところをオバンさんが肘で小突いたことで流れたのだ。
まぁ、私としては指摘されたタイミングで、ケインとの今後を話す機会になるから、指摘してもらえた方がよかったのだけど。
「それと、俺にディオダ侯爵家の血が流れていることを証明できれば、シエル様と婚姻を結べるんだ」
目を細めて微笑むケインに私は、私の体温が急激に上がった。
少し前までは私と同じくあたふたしていたのに、今では余裕がある態度に私はどういうことだと心の中で叫ぶ。
もしかして親御さんの前だと余裕ぶっちゃう感じ?!
そしてオバンさんもケインのこのような姿は見たことがなかったのか、にこやかな…というよりニヤけた表情を浮かべつつ手で隠す。全く隠せていないが、隠す。
「父さん、母さん、俺はシエル様と結婚したい。
その為に俺がディオダ侯爵家の人間であることを証言して欲しい!」
私の手を握りながら頭を下げるケインに、私も遅ればせながら頭を下げた。
一度協力要請に了承してもらっているが、もうこれは結婚報告だ。
平民達がする「娘さんを僕にください」的なものに似た場面を今私は体験している。
そう思うと凄く緊張するけれど、でもその分嬉しかった。
「ふふふ、もう協力するって伝えてるでしょ。
シエル様。どうか不束者ではありますが、それでも私達には自慢の息子です。
どうかこの先もケインのこと、よろしくお願いします」
顔を上げると血の繋がりはないはずなのに、それでもケインによく似た笑顔を浮かべるオバンさんとケインのお父様がそこにいて、私はオバンさんの言葉と二人の笑顔で涙が込み上げてきた。
ああ、これが幸せになるというものなのかと、漠然とそう思ったのだ。
まだケインの身分証明も、クズとの離縁もなにも出来ていないけれど、この場にいる皆がこの先の幸せを望んでいる。
ケインもオバンさんもお父様もサシャも、そして精霊たちも。
私はもう一度気合を入れ直して、全ての問題を解決してみせると、心に決めた。
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