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⑲私は既婚者らしいです
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その後もやりとりは続きましたが、先生が圧勝しこの部屋には最初に会ったメイドと、シェフの格好をした男性一人、そしてイルガー先生、最後に私の四人だけになりました。
……もとより公爵夫人の体調も良くはなかったかもしれません。
白粉のお陰で顔色はわかりませんでしたが、それでも血色すらも覆うほどに白粉を塗っていたことから、それ程悪い顔色を隠したかった。ともとれます。
またこめかみ部分を押さえながら出ていった様子からも、体調が悪いのではないかと思いました。
「さぁ、邪魔者は追い出しましたので詳しい状況をお教えくださいますかな?」
先生は私にそう言いましたが、私は今自分の体調が悪いということしかわかりませんので、詳しい状況を伝える術を持っておりません。
困ったと息を小さく吐き出した時、もう一人の女性が手を挙げました。
「…あの、私が知っている範囲ですが話してもいいですか?」
「君はここのメイドだね。構わないよ。是非、教えてくれ」
「はい。まず現在の“奥様”は記憶喪失になっていると思います。ご自身のが“旦那様の妻”ということを忘れているようです」
「記憶を…?」
先生は神妙な面持ちで私をみました。
寝ている私からはシェフの顔とメイドの顔は見えませんでしたが、メイドの声が悲しみに溢れていることは伝わっています。
そしてメイドが話している間、ぐすぐすと鼻をすする音も聞こえてきていました。
「…なにも思い出せませんか?」
「はい……。ですが、彼女がいう“奥様”というのは私のことではないと、私はそう思っております」
「なにをいうのですか!?奥様は奥様です!」
「そうだ!奥様はあなただけだ!」
「………と、使用人たちは仰っていますが…、自身がそうでないと思っている理由はなんでしょう?」
イルガー先生の言葉に私は「それは…」と答えつつ、自分の思った考えを伝えます。
「この部屋をみて、そう思ったのです。普通使用人を雇う程の地位や財産の持ち主であれば、その屋敷の妻の部屋はもう少し手を入れたお部屋とするのが一般的だと考えています。
ですがこの部屋はそうではありません。机に椅子、ハンガーラックに掛けられている洋服はメイド服の一着のみ。出入り口である扉の近くには家事をするために必要な道具が置かれております。
また壁紙も標準的なものと思われますが、越したばかりという可能性を考えて壁紙や家具の少なさを除いたとしても、メイド服がかけられているこの部屋に屋敷の奥方様となる人が寝かせられるとは思いません」
私が考えを伝えると、イルガー先生はゆっくりと頷きました。
「確かに…屋敷に通された私も最初目を疑いました。
ですが、倒れた貴方を一刻も早く運ぶため、近くの部屋へとお連れした。とは考えられませんか?」
「それは……」
「はっきり言ってこの部屋は私から見ても物が少なすぎる……、使用人の部屋だとしてもどこかおかしい。
住み込みの仕事ならばもう少し物があったほうが普通ですから」
「……確かに、そうですね」
イルガー先生の言葉には確かに納得させられるものがありました。
ですが私はやっぱり、“誰かの部屋”でも“臨時の部屋”でもないと思っているのです。
何故なら記憶のない私に、この部屋は“妙にしっくり”と来ているからです。
「……納得いかない様子ですね」
「え?…あ、申し訳ございません。先生の言葉を否定するつもりは…」
「いえ、記憶がない状態では不安に思う気持ちもありましょう。
その中でも強く印象付けられている事に関してとなれば、否定して欲しくないと思うのは当然のことです。
それがこの部屋は貴方の部屋という、貴方の脳に刻まれた記憶からきている感情だと私は思います」
イルガー先生はにこりと微笑みました。
「ではメイドの方。貴方の知っている情報を教えてください。
もしかしたら奥様の…、メアリー様の記憶を取り戻すきっかけとなるかもしれません」
「めあ、りー?」
「…ああ、失礼いたしました。貴方の名前はメアリーと伺っております。
そしてメアリー様はまだ奥様と呼ばれるのに抵抗を感じていらっしゃるように思えたので、お名前でお呼びさせていただきました」
「名前で呼ぶのは構いません。そして私の名前を教えていただきありがとうございます。
私の名前は、…メアリーというのですね」
「もしかして、聞き覚えがありますか?」
「いえ、そうではないのです。ただ、……なんとなく耳に残っているとでもいうのでしょうか、そのような感覚があったのです」
私は先生から天井へと視線をずらして、そう答えました。
記憶はありませんが、私の名前を大事そうに呼ぶ声、とでもいうのでしょうか。
なんだか不思議な感覚があったのです。
先生はふと外が気になったのか、椅子から立ち上がりレースカーテンで締められた窓へと向かいました。
少しだけカーテンを開け外の様子を伺います。
「……どうやら問題解決は時間の問題ですね」
「え?」
「それはどういう……」
不思議そうにイルガー先生を見やる私達にイルガー先生は楽しそうに笑みを深めました。
「今にわかりますよ」
……もとより公爵夫人の体調も良くはなかったかもしれません。
白粉のお陰で顔色はわかりませんでしたが、それでも血色すらも覆うほどに白粉を塗っていたことから、それ程悪い顔色を隠したかった。ともとれます。
またこめかみ部分を押さえながら出ていった様子からも、体調が悪いのではないかと思いました。
「さぁ、邪魔者は追い出しましたので詳しい状況をお教えくださいますかな?」
先生は私にそう言いましたが、私は今自分の体調が悪いということしかわかりませんので、詳しい状況を伝える術を持っておりません。
困ったと息を小さく吐き出した時、もう一人の女性が手を挙げました。
「…あの、私が知っている範囲ですが話してもいいですか?」
「君はここのメイドだね。構わないよ。是非、教えてくれ」
「はい。まず現在の“奥様”は記憶喪失になっていると思います。ご自身のが“旦那様の妻”ということを忘れているようです」
「記憶を…?」
先生は神妙な面持ちで私をみました。
寝ている私からはシェフの顔とメイドの顔は見えませんでしたが、メイドの声が悲しみに溢れていることは伝わっています。
そしてメイドが話している間、ぐすぐすと鼻をすする音も聞こえてきていました。
「…なにも思い出せませんか?」
「はい……。ですが、彼女がいう“奥様”というのは私のことではないと、私はそう思っております」
「なにをいうのですか!?奥様は奥様です!」
「そうだ!奥様はあなただけだ!」
「………と、使用人たちは仰っていますが…、自身がそうでないと思っている理由はなんでしょう?」
イルガー先生の言葉に私は「それは…」と答えつつ、自分の思った考えを伝えます。
「この部屋をみて、そう思ったのです。普通使用人を雇う程の地位や財産の持ち主であれば、その屋敷の妻の部屋はもう少し手を入れたお部屋とするのが一般的だと考えています。
ですがこの部屋はそうではありません。机に椅子、ハンガーラックに掛けられている洋服はメイド服の一着のみ。出入り口である扉の近くには家事をするために必要な道具が置かれております。
また壁紙も標準的なものと思われますが、越したばかりという可能性を考えて壁紙や家具の少なさを除いたとしても、メイド服がかけられているこの部屋に屋敷の奥方様となる人が寝かせられるとは思いません」
私が考えを伝えると、イルガー先生はゆっくりと頷きました。
「確かに…屋敷に通された私も最初目を疑いました。
ですが、倒れた貴方を一刻も早く運ぶため、近くの部屋へとお連れした。とは考えられませんか?」
「それは……」
「はっきり言ってこの部屋は私から見ても物が少なすぎる……、使用人の部屋だとしてもどこかおかしい。
住み込みの仕事ならばもう少し物があったほうが普通ですから」
「……確かに、そうですね」
イルガー先生の言葉には確かに納得させられるものがありました。
ですが私はやっぱり、“誰かの部屋”でも“臨時の部屋”でもないと思っているのです。
何故なら記憶のない私に、この部屋は“妙にしっくり”と来ているからです。
「……納得いかない様子ですね」
「え?…あ、申し訳ございません。先生の言葉を否定するつもりは…」
「いえ、記憶がない状態では不安に思う気持ちもありましょう。
その中でも強く印象付けられている事に関してとなれば、否定して欲しくないと思うのは当然のことです。
それがこの部屋は貴方の部屋という、貴方の脳に刻まれた記憶からきている感情だと私は思います」
イルガー先生はにこりと微笑みました。
「ではメイドの方。貴方の知っている情報を教えてください。
もしかしたら奥様の…、メアリー様の記憶を取り戻すきっかけとなるかもしれません」
「めあ、りー?」
「…ああ、失礼いたしました。貴方の名前はメアリーと伺っております。
そしてメアリー様はまだ奥様と呼ばれるのに抵抗を感じていらっしゃるように思えたので、お名前でお呼びさせていただきました」
「名前で呼ぶのは構いません。そして私の名前を教えていただきありがとうございます。
私の名前は、…メアリーというのですね」
「もしかして、聞き覚えがありますか?」
「いえ、そうではないのです。ただ、……なんとなく耳に残っているとでもいうのでしょうか、そのような感覚があったのです」
私は先生から天井へと視線をずらして、そう答えました。
記憶はありませんが、私の名前を大事そうに呼ぶ声、とでもいうのでしょうか。
なんだか不思議な感覚があったのです。
先生はふと外が気になったのか、椅子から立ち上がりレースカーテンで締められた窓へと向かいました。
少しだけカーテンを開け外の様子を伺います。
「……どうやら問題解決は時間の問題ですね」
「え?」
「それはどういう……」
不思議そうにイルガー先生を見やる私達にイルガー先生は楽しそうに笑みを深めました。
「今にわかりますよ」
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