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11.新生活の幕開け
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「母親としての自覚を持ってほしい」
「母親なんだから」
「母親なのに」
春樹に言われ続けてきたことで、七海の心に『母』という言葉は呪文のように深く刻み込まれていた。
「私は母親だから………」
そう言って自分自身にも言い聞かせ、子どもたちのことを最優先に考え行動してきた。
自分の時間も、やりたいことも、全て後回しにして『母』という役割を全うして生きているようだった。
夫の春樹は、育児に非協力的だ。
平日はほとんど家にいないし育児や家事を手伝うこともほとんどない。
しかし、たまの休日には子どもたちとの時間を大切にし日頃から愛情表現も欠かさないため、海斗と陽菜からはとても好かれている。
まるでイベントの時だけ現れる人気者のキャラクターのように子どもたちの心を掴んでいる。
異動のことを伝えると、海斗も陽菜も大号泣して暴れるように嫌がった。
「パパと一緒がいい!!!行かないで!」
「パパといたい!」
子どもたちは小さな体で精一杯抵抗する。
その姿は七海の胸を締め付けた。自分の心を引き裂かれるよりも痛かった。
「パパ、お仕事頑張ってくるから帰ってきた時は思いっきり遊ぼうね」
春樹はそんな子どもたちを見ても変わらない様子でいつもの優しい笑顔のまま、遠足に行く前の子供を送り出すようにあっさりと言いなだめる。
その様子を七海は冷ややかな目で見つめていた。春樹の顔には微塵も心が揺れる様子が見えず、他人事のように冷静でいられることが七海には理解できなかった。
『あんなに子どもたちが泣いて嫌と言っているのに……それでもあの人は何を言っても自分の意見を変えないし、自分の好きなように生きるのだろう』
そう七海は確信した。
春樹には、子どもたちの気持ちも七海の気持ちも届かない。自分のキャリアや自分が望むものを天秤にかけて取捨選択しているようだった。
子どもたちの「パパと一緒がいい。行かないで」という言葉も、まだ家族みんなで動ける時期なのではないかという七海の言葉も春樹の心には届かなかった。
「この子たちの母親として恥ずかしくないような行動をするように」「どんな時も子ども優先で、母として強い存在でいるように」
まるで訓示のような言葉を残し、春樹は新天地へと去って行った。
『やるしかない。この子たちを守れるのは私だけ。』
七海は改めてそう強く思った。それは、決意というよりも強い覚悟を伴うものだった。
☆
不安でいっぱいだった七海だが、春樹と別々に暮らすことには思いがけない良い面もたくさんあった。 暗いトンネルを抜けた先に光が差し込んでいるように少しずつ七海の生活や心にも変化が訪れた。
春樹の転勤を機に両親が月に一度子どもたちを預かってくれるようになった。
実家で過ごす海斗と陽菜の楽しそうな写真が送られてくるたび、七海の胸は温かくなった。両親の優しさに触れ改めて感謝の気持ちが湧き上がった。
楽しそうにしていても、七海が実家に迎えに行くとダッシュで駆け寄って抱き着いてくる。その度に愛おしさが溢れて明日からも頑張ろうという気持ちになれた。
保育園の先生や同僚も非常に協力的だった。園での海斗と陽菜の様子を丁寧に教えてくれ、七海の仕事の都合も考慮してくれた。
職場では同僚たちが快く仕事をカバーしてくれて、週に数回在宅が認められるようになり出勤時間を家事に充てることができた。
仕事をしながら小さい子どもたちを一人で育てなくてはいけない状況に周りの人々が手を差し出して彼女を支えているようだった。
春樹はいなくなったが、頻度としては以前より少し増えた程度だった。そして別々に暮らし、事実上、七海一人で普段の育児をしていることを周りが分かってから繋がりが濃くなった。
何よりもありがたかったのは海斗と陽菜の成長だった。お兄ちゃんになった海斗は、陽菜の面倒をよく見るようになり陽菜も海斗を慕っている。
二人はケンカをすることもあるが基本的には仲がいい。帰宅後に二人で仲良く遊んでいる姿を見ながら家事に集中することができ、七海の負担は以前よりもずっと少なくなり、二人の子宝に恵まれたことに心から感謝した。
春樹の機嫌を伺わなくてよくなったことも、七海にとって大きな変化だった。
以前は、春樹の顔色を気にしながら生活していたため常に緊張を強いられていた。
しかし別々に暮らすようになってからは、そのストレスから解放され心にゆとりが生まれた。 重い鎖から解き放たれたように自由になった気がした。
七海は、周囲のサポートに心から感謝し自分がどれほど恵まれているかを実感する。
(今まで自分は孤独だと思っていたけれど、こんなにも温かい人たちに支えられているんだ。)
そう気づいた時、七海の心に温かい光が差し込んだ。 長い間暗い部屋に閉じ込められていた人が初めて太陽の光を浴びた時のように心が明るくなった。
七海は、決して一人ではなかった。たくさんの温かい手が支えてくれていた。そのことに気がつき、喜びと感謝で満たされた。
暗い夜空に満天の星が輝いているように、七海の未来は明るく照らされているように感じた。そして、前向きに力強く生きていこうと決意した。この子たちとこの環境に感謝しながら共に歩んでいこう。七海の新しい生活が幕を開けた。
「母親なんだから」
「母親なのに」
春樹に言われ続けてきたことで、七海の心に『母』という言葉は呪文のように深く刻み込まれていた。
「私は母親だから………」
そう言って自分自身にも言い聞かせ、子どもたちのことを最優先に考え行動してきた。
自分の時間も、やりたいことも、全て後回しにして『母』という役割を全うして生きているようだった。
夫の春樹は、育児に非協力的だ。
平日はほとんど家にいないし育児や家事を手伝うこともほとんどない。
しかし、たまの休日には子どもたちとの時間を大切にし日頃から愛情表現も欠かさないため、海斗と陽菜からはとても好かれている。
まるでイベントの時だけ現れる人気者のキャラクターのように子どもたちの心を掴んでいる。
異動のことを伝えると、海斗も陽菜も大号泣して暴れるように嫌がった。
「パパと一緒がいい!!!行かないで!」
「パパといたい!」
子どもたちは小さな体で精一杯抵抗する。
その姿は七海の胸を締め付けた。自分の心を引き裂かれるよりも痛かった。
「パパ、お仕事頑張ってくるから帰ってきた時は思いっきり遊ぼうね」
春樹はそんな子どもたちを見ても変わらない様子でいつもの優しい笑顔のまま、遠足に行く前の子供を送り出すようにあっさりと言いなだめる。
その様子を七海は冷ややかな目で見つめていた。春樹の顔には微塵も心が揺れる様子が見えず、他人事のように冷静でいられることが七海には理解できなかった。
『あんなに子どもたちが泣いて嫌と言っているのに……それでもあの人は何を言っても自分の意見を変えないし、自分の好きなように生きるのだろう』
そう七海は確信した。
春樹には、子どもたちの気持ちも七海の気持ちも届かない。自分のキャリアや自分が望むものを天秤にかけて取捨選択しているようだった。
子どもたちの「パパと一緒がいい。行かないで」という言葉も、まだ家族みんなで動ける時期なのではないかという七海の言葉も春樹の心には届かなかった。
「この子たちの母親として恥ずかしくないような行動をするように」「どんな時も子ども優先で、母として強い存在でいるように」
まるで訓示のような言葉を残し、春樹は新天地へと去って行った。
『やるしかない。この子たちを守れるのは私だけ。』
七海は改めてそう強く思った。それは、決意というよりも強い覚悟を伴うものだった。
☆
不安でいっぱいだった七海だが、春樹と別々に暮らすことには思いがけない良い面もたくさんあった。 暗いトンネルを抜けた先に光が差し込んでいるように少しずつ七海の生活や心にも変化が訪れた。
春樹の転勤を機に両親が月に一度子どもたちを預かってくれるようになった。
実家で過ごす海斗と陽菜の楽しそうな写真が送られてくるたび、七海の胸は温かくなった。両親の優しさに触れ改めて感謝の気持ちが湧き上がった。
楽しそうにしていても、七海が実家に迎えに行くとダッシュで駆け寄って抱き着いてくる。その度に愛おしさが溢れて明日からも頑張ろうという気持ちになれた。
保育園の先生や同僚も非常に協力的だった。園での海斗と陽菜の様子を丁寧に教えてくれ、七海の仕事の都合も考慮してくれた。
職場では同僚たちが快く仕事をカバーしてくれて、週に数回在宅が認められるようになり出勤時間を家事に充てることができた。
仕事をしながら小さい子どもたちを一人で育てなくてはいけない状況に周りの人々が手を差し出して彼女を支えているようだった。
春樹はいなくなったが、頻度としては以前より少し増えた程度だった。そして別々に暮らし、事実上、七海一人で普段の育児をしていることを周りが分かってから繋がりが濃くなった。
何よりもありがたかったのは海斗と陽菜の成長だった。お兄ちゃんになった海斗は、陽菜の面倒をよく見るようになり陽菜も海斗を慕っている。
二人はケンカをすることもあるが基本的には仲がいい。帰宅後に二人で仲良く遊んでいる姿を見ながら家事に集中することができ、七海の負担は以前よりもずっと少なくなり、二人の子宝に恵まれたことに心から感謝した。
春樹の機嫌を伺わなくてよくなったことも、七海にとって大きな変化だった。
以前は、春樹の顔色を気にしながら生活していたため常に緊張を強いられていた。
しかし別々に暮らすようになってからは、そのストレスから解放され心にゆとりが生まれた。 重い鎖から解き放たれたように自由になった気がした。
七海は、周囲のサポートに心から感謝し自分がどれほど恵まれているかを実感する。
(今まで自分は孤独だと思っていたけれど、こんなにも温かい人たちに支えられているんだ。)
そう気づいた時、七海の心に温かい光が差し込んだ。 長い間暗い部屋に閉じ込められていた人が初めて太陽の光を浴びた時のように心が明るくなった。
七海は、決して一人ではなかった。たくさんの温かい手が支えてくれていた。そのことに気がつき、喜びと感謝で満たされた。
暗い夜空に満天の星が輝いているように、七海の未来は明るく照らされているように感じた。そして、前向きに力強く生きていこうと決意した。この子たちとこの環境に感謝しながら共に歩んでいこう。七海の新しい生活が幕を開けた。
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