熱のない部屋で

中道舞夜

文字の大きさ
4 / 69

第4話 微熱

しおりを挟む
『居酒屋の個室、帰ろうと思ったら鈴木が隣に座ってきて勢いよく手を引いてきた。そして私は今、鈴木の胸の中にいる…。』

ドックン……ドックン……ドックン……

鈴木の胸から力強く早い鼓動が聞こえる。


『合鍵を渡したくて待っていて欲しい…そして、この展開…。少なくとも鈴木は私を特別な存在だと思っているってこと…だよね?』


早苗も、鈴木に負けないくらい動揺とときめきが交互に押し寄せてきて胸がはちきれそうになっていた。


鈴木は、がっしりと早苗の腕と頭に触れていたが、髪を撫でまわしたあとゆっくりと背中に手を周り手を回し両腕で包み込むよう抱きしめた。


鈴木が隣に座ってきてからは、床に手を付けたままだったが早苗もぎこちないながらも鈴木の背中に手を回した。

細身だが決して痩せ細っているわけではなく、適度に筋肉のついた厚みのある背中だった。大柄な早苗が腕を回してもわずかに届くだけだった。

『わぁ…鈴木、思ったより体格いいんだな。大きいな、そして温かい…」

普段見ることのない鈴木の男らしい部分に、早苗の鼓動はさらに高まっていた。


鈴木の腕が自分の背中に回っていて、自分の手も鈴木の背中を撫でている。その事実が不思議だった。
3日前のメールを受け取るまではこんな関係になると思ってもいなかった。


早苗は戸惑いながらも、どこか嬉しさを感じていた。無理だと思って諦めた相手と抱き合っている。強く、強く、抱き合っている。


しばらくの沈黙が流れた。



その沈黙を破ったのは、鈴木だった。

「あのさ…俺、楠木のこと抱きしめたんだけど、楠木も手を回したってことは、同じ気持ちだと思っていいんだよな?」

「…………。」


『こんな時くらい中高生の告白みたいに「好き。」と言葉で分かりやすく伝えてよ……。』


『この状況、わざわざ確認しなくても分かるよね?』

と思ったが、緊張と恥ずかしさが勝りただ首を縦に振ることしかできなかった。


鈴木は、早苗の反応を見て安堵の表情を浮かべた。

そして、ゆっくりと顔を下げる。早苗も鈴木の視線を感じ顔を上げると二人は見つめ合うような形になった。


早苗の背中にあった鈴木の腕が、少しずつ上にあがっていく。

優しく、なでるように、まるで壊れやすい繊細なものを扱うかのように、指を這わせる。

ゆっくりと背中から首筋を通っていく。早苗の背中は敏感になりゾクゾクと反応するが
声に出さぬよう堪えていた。


しかし、鈴木の指が背中から首すじに触れた瞬間、ぴくりと反応し「ん、んっ…」と、抑えていた吐息が小さく漏れた。


いつもとは違う甘い”女”の声が漏れた。
 

恥ずかしくなったが、鈴木もうっとりとした目で物欲しげに早苗の顔を見つめている。
二人は、磁石のように吸い込まれるようにお互いの口を近づけ、ゆっくりと、そして長い、長いキスをした。


今までの同僚としての距離感とは全く違う、特別な距離感で、鈴木を感じていた。
鈴木の息遣い、体温、唇の柔らかさ。全てが、早苗の五感を刺激し今まで感じたことのない感情を呼び起こした。


『ん…んん…もっと…』

早苗と同じ気持ちなのだろうか、鈴木が舌を入れてきた。舌と舌が絡み合う。
そのうち、上顎や歯を舐めたり下唇や舌を吸うなど激しさを増していった。

「ん…ふ…んん…」声にならない声が早苗から漏れる。


鈴木は一旦、唇を離すといたずらげな顔で微笑み、唇の中央を人差し指で触れた。


個室とはいえ、ここは居酒屋。薄い壁とふすまだけ。換気のため天井は吹き抜けになっているため声が漏れる。声を出しちゃ駄目だよという合図らしい。


『鈴木が激しくしてこんなになったのに……意地悪……』

そう思う反面、また鈴木の唇と会わせたかった。鈴木も意味ありげに笑ったのちに、またキスをしてきた。


声が漏れないように気を付けながら、二人はまた長く激しく舌と舌を絡めあう情熱的なキスを続けた。



口を離すとお互いまだ相手の口元を見つめている。息も乱れ熱帯びている。

「はぁ…はぁ…ふ…ありがとう」
鈴木は優しく微笑んだ後、囁くように言った。早苗は脱力したように微笑み返した。


今までの日常とは違う、新しい何かが始まった。それは心躍る、特別な始まりだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...