熱のない部屋で

中道舞夜

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第5話 豚汁

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合鍵の話をするために会った居酒屋の夜、二人は熱いキスを交わし恋人同士になった。
しかし普段の生活は大きく変わらなかった。


学生時代の付き合ったばかりのように、連絡を頻繁に取り合ったり常に一緒にいたがったりするようなことはなく、日中は同僚としていつも通りに過ごし、業務連絡以外のやり取りはほとんどない。


ただ、朝と晩に「おはよう」「おつかれさま」と短いメッセージを送り合うようになった。
たったそれだけの変化だったが、早苗にとっては大きな意味を持っていた。


『毎日、おはようとおやすみを言う相手がいるだけでこんなにも心弾んだり温かくなるんだ……』
久しぶりの恋愛に静かな喜びをもたらしていた。


週末の過ごし方も、学生時代とは違う。
映画を見に行ったり、遊園地で一日中過ごしたりといったデートはなかった。鈴木の引っ越し準備もあり、余計なものを増やさない方がいいだろうと遠出やショッピングは自然と控えていた。


週末は鈴木が車で早苗を迎えに行き、帰り道にスーパーに寄る。食材を一緒に選び、鈴木の家でご飯を食べて過ごしていた。


仕事が早く終わった日は会社近くのスーパーで買い物をし夕食の支度をして鈴木の帰りを待った。鈴木から遅くなると連絡があった日はおかずを冷蔵庫にしまってそのまま帰宅した。


相手が待っているのは時にプレッシャーにもなりかねない。出国前の慌ただしい時期に体調不良や仕事のトラブルがあるなんてもってのほかだ。
鈴木が仕事に邁進できるよう陰ながらサポートしようと早苗は決めていた。


乾燥した風が頬に伝わり寒さが身に染みる。会社からスーパーまで10分程だが、着く頃には防寒をしていても指や頬が冷たくなっていた。

そんなこともあり、鍋やシチュー、ポトフなど体が温まるものを作ることが多かった。


出発まで1か月もない。
数か月に一回は帰ってくるため、完全な別れではないがそれでも以前より顔を合わせる機会が減ってしまう。


お互い言葉や行動には出さなかったが、心の中にあったのだろう。一緒にいない時も相手のことを思っていた。また二人の時はお互いを求めあった。


鈴木の一人暮らし用の狭いキッチンを二人で横に並びながら夕食の準備をする。


まな板を置くといっぱいになってしまう作業スペース。一人の方が効率はいいが、野菜を洗う、炒めるなど簡単な作業は鈴木に任せ、二人は仕事のこと、最近あった出来事、子供の頃の思い出など色々と話した。


付き合う前は、飲みに行くと出し巻き卵が定番だった。
早苗は鈴木も好きだと思っていたが、付き合ってから実家の話になった時に、実家の卵焼きは砂糖の甘い卵焼きでその方が馴染みがあって好きだった事を知り驚いた。


それからというもの早苗は、料理を作っては味見をしてもらっていた。

「この味どう?もう少し甘い方が好き?」

「おいしいよ。味見しなくても楠木の料理美味しいから大丈夫だよ」

「違うの!おいしい、おいしくないじゃなくて、鈴木の好みの味で作れるようになりたいの!ね、もう少しお砂糖足した方がいいかな?」 

「ふっ……ありがとう。じゃ、少しだけ砂糖入れて。甘いのがいい」


「鈴木の好みの味を作れるように……」という早苗がたまらなく愛おしくなり鈴木は後ろから早苗を抱きしめ首すじに優しくキスをした。

鈴木の頬が早苗の髪に触れ、甘い吐息が耳元をくすぐる。


「……あぶない。」

まんざらでもない表情で素っ気なく言う早苗を見て鈴木は幸せを噛みしめていた。



また、鈴木は豚汁が出るたびに目を輝かせて喜ぶ。

「豚汁って味噌汁よりも具沢山で少し特別感ある気がしない?牛丼屋でもプラス料金払ってでも豚汁選ぶんだよなーー。」


早苗は豚汁に特別感を感じたことはなかったが、喜ぶ鈴木が可愛くて自然と豚汁が食卓に並ぶことが増えた。


味見のために勢いよく豚汁を口に運ぶ鈴木。
普段はコンタクトレンズをしている鈴木だが家では眼鏡をかけている。

熱い豚汁を飲むと眼鏡が曇って前が見えなくなる。猫舌の彼は、眼鏡を曇らせたまま一生懸命ふうと息をかけて冷ましながら豚汁を啜っている。


ふう……ふう……ふう……


その度にメガネがより白く曇る姿がおもしろい。しばらくして冷めてから飲めばいいのに早く飲もうと頑張っている姿が、無邪気な小学生の男の子のように見えて思わずクスッと笑ってしまった。


「もー猫舌なんだからゆっくり食べなよ」
 
早苗はそう言いながら、前髪が目に入らないように鈴木の頭を優しく撫でた。


「隙ありっ!!!」

頭を撫でていた方の手首を鈴木に掴まれ身動きが取れなくなった。その瞬間、眼鏡を外し鈴木の表情が変わった。


先ほどまでの無邪気な少年のような鈴木の姿は消え、静かに少し意味ありげな顔をして見つめる大人の男になった鈴木が現れた。瞳には強い光が宿り静かに微笑んでいる。

早苗は、身動きがとれなくなったことと、いたずらな鈴木の笑顔にドキッとした。


鈴木は顔を近づけ早苗の唇に自分の唇を重ねた。豚汁の温かさとは違う熱いものが早苗の体中を駆け巡る。早苗はされるがまま目を閉じた。


鈴木と舌を絡ませ合う。
さっきまで豚汁を冷ましていた舌が、今は熱を帯びてミルクを飲む猫のようにペロペロと
唇や首すじ、耳など早苗が反応する場所を味わうように、おいしそうに舐め回す。


今、この瞬間二人の間に言葉はない。でも言葉にしなくても通じ合い求め合っていた。


青春時代の相手からの連絡に一喜一憂するような甘酸っぱい感情はない。しかし、早苗は大人の熱に帯びながらも地に足の着いた安心感と安定した関係が心地よかった。


ただ、一緒に他愛のない話をしながら料理を作り食事を共にする。
時折甘いキスを交わし、ベッドの中では、大切なものに触れるように甘く優しく抱きしめあう。
朝起きて、隣に相手がいることに幸せを感じキスをする。そしてまた絡み合う。

何気ない日常の中に、二人の関係はゆっくりと深まっていった。鈴木の部屋は、温もりで満ち溢れていた。

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