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第26話 さよならの言葉
しおりを挟む駅までの道のりを歩きながら早苗の心は再び激しく揺れていた。
肩に置かれた鈴木の手。あの時、確かにお互いの気持ちを感じあえたような雰囲気があった。しかし、それ以上何もしなかった。
『肩に置かれた手は肯定とも取れるし、何もしないのは否定とも取れるよなぁ……。』
曖昧な態度が早苗の心を不安にさせた。
再会できたことへの喜び、そしてまた会えるかもしれないという微かな希望。
その一方で、逢えても以前のような関係には戻れないかもしれない可能性も早苗の頭の中をよぎる。
二年の歳月はあまりにも長すぎる。
お互いに変わってしまった部分もあるだろう。様々な心境が入り交じり早苗の心は複雑な感情でいっぱいだった。
鈴木はホテルを取っており、早苗の最寄り駅から近かったので二人は同じ電車に乗った。短い電車の時間だがひどく長く感じた。
電車の中では、お互い無言で早苗は窓から景色を見ていた。正確には、見たふりをしていた。
煌びやかな街頭が光る繁華街を抜け、河川へと移りポツポツと等間隔に光る街灯。
その光景はどこか寂しげだった。寿命なのだろうか、そのうちの一つが点滅を繰り返しながら心許なく微かに灯っている。
その光が、早苗には鈴木との今後の関係を示すように見えた。
『どうか消えないで……。このまま照らし続けて。どうか鈴木との関係も途切れないで』
そんなことを想い、心の中で必死に願った。
何も言わずに降りて歩く二人。しかし、どことなく先ほどよりも距離を感じる。
「今日はありがとう。もし次帰ってくるときは連絡もらえると嬉しいな」
「………分かった。連絡する」
間があったものの、その言葉は早苗に一縷の希望を与えた。
『今回のように黙って帰国するのではなく、次は連絡をくれる。また会えるかもしれない。』
そう思うだけで胸が温かくなった。
しかし、まだ不安もあった。「次」とはいつ来るのか……本人たちが望んでいても「次」というのは確約がない不明確なものだ。それまでに鈴木がまた罪悪感に苛まれ気持ちが変わってしまうかもしれないことが怖かった。
「ありがとう。ずっと逢いたかったから、鈴木とこうしてまた逢えて嬉しい」
「うん……。俺も。もう逢えないかもしれないと思ったから逢えてよかった」
早苗は、精一杯自分の思いを伝えた。
『もう逢えないかもしれないと思っていた。』それは早苗も同じだった。
だからこそ、今日こうして再会できたことが奇跡のように思え喜びで溢れていた。
早苗は静かに涙を流した。
鈴木に逢ってから、何度も泣きそうになるのを必死に我慢していた。
居酒屋で店を出る前に腕を掴んだとき……そして、今。再び逢えたこと、また逢えるかもしれないという喜びで涙を抑えられない。
しかし、今までの悲しい涙ではなく喜びと微かな希望も含まれていることに自然と涙が流れ続け、そっと鈴木の胸に顔を伏せた。
人前で甘えることは今までなかった。
堂々と抱き着いたりいちゃつくのは幼いと思っていた。しかし今は、素直な気持ちに従って鈴木の温もりを感じていたかった。
鈴木がそっと早苗の頭を撫でる。その手の温かさが早苗の心を満たしていく。
『このまま、こうして鈴木の温もりを感じていたい。ずっと鈴木の側にいたい……』
鈴木の手の温かさや胸の鼓動、声。
それらが空白の二年を少しずつ埋めていくかのように、早苗の孤独や喪失感など、心の傷を癒していく。 乾いた大地に水が染み込むように、早苗の心に鈴木の温もりが浸透していく。
『鈴木と離れたくない。ずっとこのままこうしていたい……。今この時だけでなくこのままずっと日本で鈴木と一緒に過ごす日々を楽しみたい……』
心の底からの叫びだった。
このまま鈴木とどこか行ってしまいたい……そんな夢見がちな考えも頭によぎった。
『でも……このままでは駄目だ。』
早苗は心の中にいる夢見る自分に言い聞かせる。
『鈴木は否定も肯定もしていない。優しくしてくれるが、それは過去に付き合った恋人への一種の慰めなのかもしれない……。そして今いる場所で前を向いて頑張っている鈴木を邪魔するようなことはしたくない。してはいけない……。』
両手で鈴木の胸から身体を引き離す。
唇と足が小刻みに震えている。
『ありがとう。まだ心の中に鈴木はいるし、簡単に消えないけれど……仕事を一生懸命頑張っている鈴木を困らせるようなことはしないから、私……もう待ち続けるとか言うの辞めるね。だから…………また日本に来た時は逢いたい……日本にいる時は鈴木の側にいさせて……。」
早苗は、必死に伝えた。
泣かないように口角をあげてから、少し早口になってしまったが伝えた。
『待ち続けるとは言わない。』それは早苗にできる精一杯の愛情表現だった。
鈴木の負担になりたくない。彼のことを想っての言葉だった。
しかし、鈴木のことが好きで側にいたい、という気持ちも言わずにはいられなかった。
矛盾していると思ったが、自分の心を全てさらけ出すように早苗は正直な気持ちを伝えた。
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