熱のない部屋で

中道舞夜

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第34話 気になる人

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水曜の夜……今日は鈴木と会う予定になっている。定時退社日の日で、早苗は時間になったらすぐに帰宅しようと張り切っていた。

外での食事も考えたが、外食続きでは胃がもたれ身体が休まらないと思い自宅に来てもらうことを提案した。


何か食べたいものはあるか、鈴木にメールすると「豚汁と出し巻き卵」と返ってきた。もっと特別感があるものでも良かったのだが、ふたりの付き合いを象徴するメニューでもあり胸が温かくなった。


「豚汁って味噌汁よりも具沢山で少し特別感ある気がしない?牛丼屋でもプラス料金払ってでも豚汁選ぶんだよなーー。」

付き合っていた頃、浩太は豚汁が出ると喜んだので自然と食卓に並ぶことが多かった。

出し巻き卵は、早苗の好物で居酒屋に行くといつも注文していた。早苗は白だしの効いた甘くない物が好きだったが、浩太の実家は砂糖を入れた甘い卵焼きよりの味付けだった。

甘くない出し巻き卵をいつも注文しているので浩太も好きだと思っていたが、早苗が好きなことを知っているので頼んでいたことが分かった。それ以来、家では鈴木好みの出し巻き卵を作ろうと味見をさせていた。


『甘い出し巻き作るの久しぶりだな……』

鈴木は今日もカフェで作業をしているらしいのでキリのいいところで家にきてもらうことにした。その間にご飯の支度に取り掛かる。

豚汁と出し巻き卵だけでは寂しいので、酢豚を作り、市販のしゅうまいと肉まんも買ってきた。鈴木が帰ってきたときに披露しようと思い買った蒸篭を使いたかったのだ。


そして作り終えてから豚肉づくしになっていることに気がついた……。



ピンポーンーーーー。

玄関のチャイムが鳴る。扉をあけるとスーツ姿の鈴木がいた。手にはお酒が入っていそうな長細い紙袋を持っている。


「ありがとう。これ一緒に飲もうと思って買ってきた」
そう言って紙袋からスパークリングワインを取り出した。ちぐはぐなメニューになってしまったがそれはそれで面白い。
しかし、そう思えるのは相手が鈴木だからかもしれないと早苗は思った。

「どうぞ。あがって」
そう言って出迎えると鈴木は靴箱の上で視線を止めた。

「これ……。捨てていなかったんんだ」

靴箱の上の小物入れには鈴木から預かった合鍵が置かれたままだった。もっともその部屋は退去処理されておりもう使う場所はない。


「うん、浩太は捨てていいって言ったけど捨てれなかった。」

「そっか……。」

しんみりとした雰囲気になったので靴を脱いであがるように言った。
鈴木から預かった合鍵は早苗にとってお守りのようなものになっていたのだ。


鈴木が買ってきてくれたスパークリングで乾杯をしてから食事をした。
早苗は休み、鈴木も飛行機に乗って移動するだけなので多少飲み過ぎても支障はない。

ふたりはのんびりと食事をしながらお酒を楽しんだ。
夏に帰国した時は、久々の再会とお互いの気持ちが分からなかったので緊張の面持ちで食事を楽しむゆとりなどお互いになかった。

しかし、今日は家で過ごしていることもあってか付き合っていた頃のような穏やかな温かい時を過ごした。

ご飯を食べながら唐突に鈴木が口を開いた。
「そういえば、早苗の部にきた滝ってどんな人?」

「え……滝さん?早川さんの後任で、元々ネットの営業をやっていたみたい。営業職だったから社交的ですぐ周りと仲良くなっていったよ。あと……何故か今までうちの部門で請け負っていた仕事も滝さんが疑問に思って提言してくれて本来の部門でやってくれることになったの。おかげで残業時間も減って助かっているんだ」

「……そう、なんだ」
この時鈴木は内心面白くなかった。付き合う前に先輩を口実にホームパーティーをした際に買い出しに行った時も、早苗は先輩を素敵と言っていた。そして今も滝のことをよく言っている。

早苗が人のことを悪く言わない性格だということは知っているが、それでも他の男、しかも自分が知らない男のことを褒めるのはなんだか嫌だった。

「どうしたの?」

「別に……」


『なんだよ、俺。これじゃ嫉妬しているみたいじゃないか。かっこ悪い……。』
自分が拗ねた子どもみたいだと感じ少しばかり嫌気がさした。


『滝さんは威嚇されたって言ってたけど、もしかして本当に嫉妬していたの……??』



「滝さん、結婚予定の彼女がいるんだって。教育係を任されたんだけどよく彼女の惚気話を聞いているよ」

「あいつ、彼女いるのか!?」

「あいつって……鈴木があいつ呼ばわりするなんて珍しいね。そんな悪い人じゃないよ」

「別にそんなつもりはないけど……」
素っ気ない素振りで訂正しつつも、普段と態度が違う鈴木の姿を見るのが可愛かった。
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