熱のない部屋で

中道舞夜

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第42話 転機

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8月に入り、本格的な夏の暑さが続いている。 昼間は照りつける太陽が容赦なく肌を焦がし、夜になってもアスファルトの熱気はなかなか引かない。

連日の熱帯夜に自然とお酒も進む。その日も、ハイボールでのどを潤していると鈴木からメールが届いた。


「夏休み、一緒に過ごせないかな?一日は実家にも顔出す予定なんだけど」

「え……」

『実家に行く日と一緒に過ごす日は別……だよね?でも私からは聞きにくい。』

そんなことを思っているとすぐに新しいメールの通知。


「夏休みの中で1日は実家に行くから、それ以外の日はどうかな?予定入りそうな日あったらその日に実家行くようにするから教えて。」


「私はいつでも大丈夫だから、家族との予定を優先させて」

早苗の戸惑いを察したかのように補足された内容が書いてあった。一瞬緊張し、背筋が伸びたが安堵してメールを返して日程調整し、夏休み前夜から4日間一緒過ごせることになった。


「今日、気分変えていつもより足伸ばさない?」

「いいね、どこに行くの?」

「ん?ちょっと行きたい場所があってね」


駅から会社へは逆方向の住宅街が密集する地域へと進んでいく。 しばらく歩くとマンション1階部分に小さな居酒屋がある。
店先にはちょうちんと暑さ対策のためのすだれ、大きな鉢植えに植物が飾ってある落ち着いた雰囲気の店が見えてきた。


 中に入ると50代くらいに温和な笑顔のマスターが顔を出す。


「いらっしゃいませー。あーー鈴木君、久しぶりだね。 連絡もらった時はビックリしたけど嬉しかったよ。さあ、どうぞ」

「ご無沙汰しています。ずっと来たかったので僕も嬉しいです。」


どうやら顔見知りのようで、親しげに会話をしてから個室に案内された。


「ここ来たことあるの?」

「ああ、一人暮らしの時によく来てた。 会社の人も来る人多いみたいだから来るときは一人が多かったけど。 マスターに連絡したら普段はあまり開放していないけど、個室あるっていうからこっちにしてもらった。」

一人で飲みに来ることもあるんだ……。 
鈴木と会う時は、いつも個室ありの居酒屋チェーン店だった。


「鈴木君が女性と来るなんて初めてだね。ごゆっくり」

「ありがとうございます」


にこやかに話すマスターに軽く頭を下げ、早苗は鈴木の顔を見た。 特に何も言わなかったが、少し頬が赤くなっている気がする。 もしかしたら、照れているのかもしれない。 


そんなことを考えていると、焼き鳥の香ばしい匂いが食欲をそそる。

「何飲む?私はビールがいいな」

「ああ、僕もビールで」

「かしこまりました。 おすすめの串焼き盛り合わせと、何か一品料理もいかがですか? 今日は特別に、旬の夏野菜を使った冷製パスタもありますよ」

「冷製パスタ!美味しそう。 じゃあ、それもお願いします」

「承知いたしました。 ドリンクとご一緒に、お持ちしますね」


マスターはにこやかにそう言い残して部屋を出て行った。 

二人きりになった個室は不思議と落ち着く空間だった。 チェーン店のような騒がしさはなくゆっくりと話せる。

早苗は改めて鈴木の顔を見た。 いつもより少しだけリラックスしているように見える。

「ここ、本当に落ち着くね」

「マスターの人柄も良いし、料理も美味しくて一人で来るには最高の場所なんだ」

「そうなんだ。 私も、こういう雰囲気のお店、好きだな」

「だろ? 気に入ってくれて嬉しいよ」

鈴木はそう言って微笑んだ。

注文してすぐにビールとお通しの枝豆が出された。枝豆はペペロンチーノ風でガーリックと唐辛子が効いているお店オリジナルだそうだ。ピリッとした辛みとビールが合う。


「鈴木がチェーン店以外の店行くイメージないからビックリした。」

「俺だって、他の店も知っているよ(笑)今日はさ……久しぶりに会えて明日からものんびり出来ることだし、たまにはデートっぽい雰囲気の店もいいかなって……」


少しずつごにょごにょとした口調になる鈴木が可愛かった。


「嬉しい。ありがとう」

「それに、話したいこともあったから落ち着いた店の方がいいかなって」

「話したいことって……?」

「あのさ、海外出向なんだけど今年度いっぱいで終わって来期から日本に戻れることになったんだ。」

「本当!?」

「ああ、年明けからのプロジェクトも順調に進んでいて秋には終わるから、責任者の引継ぎを終えたら海外での仕事も目途がついて任務完了で終われそう。」

早苗は胸の高鳴りを抑えながら鈴木の話を聞いていた。


「だから……あと半年待ってくれないか。半年したら日本に戻ってくるから」
緊張しているのだろうか。鈴木が早苗の目を見て、少し遠慮がちに改まった口調で聞いてきたので、こちらまで鼓動が早くなる。

鈴木をじっとみつめたあとに、早苗は目を細めて微笑みながら静かに答えた。
「うん、もちろん。浩太は待たせるのが悪いって言っていたけど、私はこの3年以上ずっと鈴木のこと待っていたよ?悪くもつらくもない、私は浩太がいいの」



「良かった……。ありがとう。断られないって思っていたのに緊張した。」
鈴木は、おしぼりで手を拭き直している。相当緊張していたのだろう。


これが滝の言う「プロポーズがピーク」なのだろうか。もっとも、今の会話はプロポーズではないのでピークにはまだ早いが、鈴木から発せられた緊張感は伝わってきた。


「緊張しすぎだって(笑)じゃあ浩太の帰国を祝って」

「ありがとう」

二人は再びグラスを合わせて乾杯した。


鈴木の帰国は思いがけない出来事ではあったが、長年待ちわびていたことだった。


鈴木の隠れ家だった居酒屋は、どの料理も創意工夫が施されており美味しかった。
串は1つ1つが大振りで食べ応えもある。冷静パスタは彩り豊かな野菜が多く使われており目でも楽しめる一品だった。

「このパスタ美味しい!和風っぽい味付けだけど何使っているんだろ。お素麺を代用して作ってみてもいいのかな!」

ぶつぶつと独り言を言うように一品一品の味を楽しみながら食べる早苗を、鈴木は目を細めて楽しんで眺めていた。
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