熱のない部屋で

中道舞夜

文字の大きさ
63 / 69

第62話 入籍

しおりを挟む
7月の週末昼下がり、鈴木と早苗は少し緊張しながら実家の玄関に立っていた。慣れ親しんだ実家のはずなのにこの日は違った。


鈴木はスーツ、早苗もネイビーの落ち着いたデザインのワンピースを着て、緊張した面持ちで深呼吸をしてインターホンを鳴らすと、温かい笑顔の両親が出迎えてくれた。

リビングに通されてから手土産を渡し、改めて二人の結婚の意志を伝えた。
鈴木と早苗の両親は、本人たちで決めたことだからと快諾し祝福してくれた。

「早苗さんのことを一生大切にします。」
鈴木の力強い言葉に、早苗の両親は安心したように頷いた。その後、二人は両親と結婚の準備や今後のことについて話をした。時折笑いが起こり緊張もほぐれていった。


数週間後、料亭の個室で行った両家顔合わせも、終始和やかな雰囲気で進み二人は重要任務を一つクリアした気分で安堵した。



9月に入り、お互いの上司たちにも報告を済ませた。9月下旬~10月上旬は下期に入ったばかりで慌ただしいことから比較的余裕のある9月上旬の月曜の朝にした。


社内結婚ということもあり、タイミングは同じにした方がいい。人づてで聞くことは良くないと話し合い月曜の朝イチに時間を取ってもらい直属の上司に報告した後、相手の上司の元へと挨拶にいった。
上司たちは、突然の報告と相手が社内だと知り驚いたが心から祝福してくれた。


そして、滝にも結婚することを伝えた。
 「滝さん、あの……。私、結婚することになりました」 
「そうなんですか!!?おめでとうございます。」 
「ありがとうございます」 
「相手は……鈴木さん?」 
「……はい」 
「やっぱり。勘は当たってたか。楠木さん、鈴木さんを見る目が違ったもんな。」
滝はそう言って微笑んだ。 


「え?本当ですか?そんなことないと思っていたけど……」

「冗談です。でも、初めて鈴木さんに初めて会った時に威嚇オーラ感じたから、ただの同期ではないと思いました(笑)楠木さん愛されてますね。」 

「……ありがとうございます」

「なんだか嬉しいな。入籍はいつするんですか?新居は?挙式は?新婚旅行は??」


早苗と鈴木の結婚を心から祝福しつつ、矢継ぎ早に質問してくる滝。


「入籍は11月で新居は今、鈴木さんが住んでいる部屋に一緒に住む予定。あとはまだ未定かな。」

「楽しみですね。新婚生活に悩んだら今度は僕がアドバイスしますからね!!!」

「ふふ、ありがとう」

周りからの祝福がとても嬉しかった。


一緒にはまだ住んでいないが、3か月前にプロポーズをされてから生活が少しずつ変化していった。周りに報告したことで、「夫婦になる」という実感が少しずつ芽生える。


早苗の部屋も思い切って断捨離をしてだいぶスッキリした部屋になっている。家具家電は鈴木の家にあるものを使うため必要ない。持っていくものは衣類と本と調理器具くらいだ。


「何か必要な物や置きたいものある?」と鈴木に聞かれたときに即座に思い浮かんだのは本棚と本だった。リビング脇のデスク横に本棚を置けるスペースを確保してもらった。カウンターキッチンの部屋にしてもらったので調理器具を置くスペースも十分にある。


それらを大切に箱詰めをしていく。昔は結婚する時に持っていく荷物を嫁入り道具と言ったそうだが早苗の嫁入り道具は本と調理器具だけでずいぶんコンパクトな量だった。


退去する前週に、車を借りてふたりで早苗の家にあるシングル向けのベッドマットや冷蔵庫・洗濯機などをすべて処分しにいった。
入社してからずっと使ってきた年季のあるものばかりで、もう古くなり動きが鈍くなっていたので愛着は湧かないが思い出深い。
感謝して一つずつ処理置き場に片していく。


「ふーーー。やっと片付いた。家具がなくなると印象変わるね」

「うん、違う部屋みたい。この部屋、こんな広かったんだ。」


備え付けのキッチンとエアコン以外に何もない部屋はとても広く感じた。



早苗は何もないがらんとした部屋を見るのは今回で2回目だ。

1回目は鈴木が海外へ行くとき。あの時は、二人で過ごした想い出の部屋に物がなくなり寂しさを覚えた。1年後に別れを告げられた後に、部屋の契約解除を知らされ、もう一度訪れたときは、冷めきった空気と誰もいない部屋に自分の泣き声だけが響き渡りとても虚しかった。


しかし、今回は違う。この部屋はなくなってしまうが次の場所は鈴木と一緒に暮らす部屋だ。胸が高鳴り希望に満ちている。


「片付け忘れないか一通り見てくるね。」
「俺も見るよ」 

キッチン、クローゼットと順番に見て回る。


「そう言えば玄関の小物とかどうしたの?」
玄関にいる鈴木がふいに尋ねてきた。

「ああ。なんとなく飾っていたものが多かったから小物はほとんど処分したよ。」

「……そう、なんだ」

「だからこれからはここにした。」


早苗はそう言ってパーカーのポケットから鈴木に貰ったキーケースを開ける。中には新居の鍵と鈴木から預かった合鍵が入っていた。

「もう1つの鍵は使えないじゃん。」


苦笑しながらもどこか嬉しそうな表情の鈴木がからかう。


「いいの。この鍵は私にとってお守りなの!だから持っていたいの。」

「そっか。……よし!!今日は早めに終わらせて、夜この前の店に飲みに行かない?マスターにも報告したいし。」

「いいね、行きたい!あと少し頑張ろう!」


こうして11/22のいい夫婦の日。鈴木と早苗は入籍をし晴れて夫婦となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...