悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 16歳

46 王子の相手をいたしましょう

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「エリーナ、美しい湖だろ? ここに来た時、エリーナに見せたいって思ったんだ」

 キラキラと太陽の光が湖面に反射し、ジークもまたキラキラと煌びやかな笑みを炸裂させている。ジークの私服は初めて見た。華美ではないが上質な生地であり、細かな刺繍は職人の技が光っている。

「……えぇ。光栄の至りでございますわ」

 ご機嫌のジークに対して、死にそうな表情で棒読みの言葉を返すエリーナ。

 王家の避暑地で、エリーナは精神力をごりごりと削られていた。歯の浮くようなセリフを自然と使いこなすジークに、免疫のないエリーナは聞くだけで疲れてくる。最初は猫を被って柔らかく微笑んでいたが、もう猫は逃げ出した。
 本日の服装はクリスのささやかな嫌がらせなのか、ドレスの中でも大人しいカジュアルなものだ。乗馬をすると手紙にあったため、動きやすさを重視したためでもある。

「ちょっと疲れた? あっちの木陰で休もうか」

 一応気遣ってくれるようで、ジークにエスコートをされ木陰のベンチに座る。当然のように隣にジークも座るため、気が休まらない。

「綺麗なところだろ?」

「ええ、そうですわね」

 王家の避暑地はローゼンディアナ領と隣り合っており、山の麓にある。木々に囲まれ、湖のほとりに小さな屋敷があるいい場所だ。風は涼しく、空気もきれいで気持ちがいい。ジークは一週間前からここに滞在しているそうだ。

 王家付きの侍女がすっと近づき、冷たい果実水を手渡してくれる。至れり尽くせりだ。ちょうど喉が渇いていたので、冷たく爽やかな果実水が体に染みわたってくる。

「エリーナ。何週間も会えなくて寂しかったよ」

「そうですか……わたくしはいつも通りでしたけどね」

 棘のある声で返し果実水を飲むエリーナを、ジークは小動物を観察するようにニコニコと上機嫌で見ている。飲みにくいことこの上ない。飲み終わったタイミングを見計らって、侍女が下げてくれた。

「殿下……なぜそこまでわたくしにお構いになるのですか」

 呆れ顔を向けられても、ジークは笑顔を絶やさない。

「好きに理由が必要?」

「殿下の婚姻には相応の理由が必要と思いますが……」

「それは正妃でしょ? 側妃ぐらい単純でいいと思うけど」

 これがヒロインの力かと不満そうなエリーナに、ジークは立ち上がると手をさし伸ばす。

「エリーナ、馬でこの辺りを回ろう。きれいな花が咲いているところがあるんだ」

 もうジークには何を言っても無駄だと、抵抗を止めて大人しくその手を取る。
 従者が黒い馬を連れてきてくれ、その体躯と毛並みのよさに声が漏れた。

「いい馬ですね」

「あぁ。俺の愛馬だ」

 先にエリーナが乗り、ジークはひらりと後ろに跨った。エリーナは昔のように跨って乗ることはできないため、片側に足を揃えて乗っている。安定は悪いが、ドレスなので仕方がない。だが、さすがは王家の馬。鞍の安定性も申し分なかった。
 ジークが手綱を持ち、ゆっくりと進む。包み込まれているような感じになり、なんとも落ち着かなくなった。規則的な振動が伝わり、景色が流れていく。

「毎日、こうやって馬で回っているんだ……エリーナがいるなんて、夢みたいだな」

 後ろの近いところで嬉しそうな弾んだ声がする。顔が見えない分、感情を色濃く感じてしまう。

「夢だけにしていただきたいですわ」

 少し気恥ずかしくなってそう言い返せば、くつくつと笑い声がして、

「ベロニカみたいだ」

 と呆れ声がふってくる。ベロニカに似ていると言われると、すこし嬉しくなった。

「ほら、ここだ」

 そして森の小径を抜けると、パッと白い小さな花たちが目の前に広がった。ふわりと風が甘い香りを運ぶ。

「わぁ……きれい」

 思わず見入ってしまった。森にぽかりと開いた広地に白い帽子のような花がたくさん咲いている。近くで見ても綺麗だが、高いところから見ることで一層心惹かれた。

 そこに少し硬く緊張した声で、

「エリーナ」

 と呼ぶ声が降って来き。エリーナはどうしたのかしらと不思議に思いつつ、「はい」と返事をする。

「さっき、好きに理由はないって言ったけど……あれは嘘だ。俺にだって、お前が欲しい理由がある」

 どうしてそんなことを話すのだろうと思ったが、続きを聞こうと促す。

「どんな理由ですか?」

 ろくな理由ではなさそうだが……

「……すまない」

 だが、それに対して返ってきたのは謝罪で、どうしたのだろうと首を回してジークの表情を伺えば、情けなさそうに眉尻を下げていた。

「俺に自然と接してくれるのはエリーナだけだから、つい甘えてしまう。お前の傍は心地よくて、ずっと一緒にいてほしくなる……だから、俺を選べ」

 髪を掬い取られ、そっと口づけられた。流し目を受けたエリーナは許容範囲を超えたため固まる。

(……え?)

 ロマンス小説のヒロインは、こんなことをされてよく平気で受け答えができると頭の片隅で思った。

「べ、ベロニカ様が、いらっしゃるじゃないですか!」

 なんとか硬直から抜けて言葉を返しても、驚きすぎて声が裏返る。ジークは髪が気に入ったのかすくように何度も触っていたが、ベロニカの名前がでるとおもしろくなさそうに顔を歪めた。

「あいつは……俺じゃなくてもいいんだ。王子が誰であっても、婚約して王妃になっただろう。あいつは俺を、次期王としてしか見ない」

 感情が乏しく淡々と話すジークは諦めているように見えた。

(殿下は寂しいのかしら……今度ベロニカ様に進言してみようかしら)

 ジークは一呼吸置くと、まっすぐエリーナを見つめる。そのブルーサファイアの瞳には愛しさが滲んでいた。

「でも、エリーナは俺をジークとして見ている。その上で、いつも断っているだろう。それに、あんなに怒られたのも初めてだった」

「殿下……」

「ほら……またエリーナは俺の名前を呼んでくれない。王子として生まれて、こんなにも何かが手に入らないと思ったことはない」

 そして、ジークの体が近づき背にその重みを感じる。

「殿下!?」

 体が密着しすっぽりと包み込まれる。頭の上にジークの顔があった。赤面し離れようとするが、ここは馬の上。落馬すれば怪我は免れない。

「すまない……すこし、このままでいさせて」

 いつもとは違う弱弱しい声に、エリーナは白い花に視線を向けてため息をつく。石が寄りかかっていると思うしかない。

(王妃教育を受けていた時でさえ大変だったもの……王子ってそれ以上に大変よね)

 いろいろなことに制約を受け、次期王としてのプレッシャーもある。常に人の目があれば、息を抜くことも難しいだろう。少し同情してしまった。
 そよそよと優しい風が二人の髪を揺らし、木の葉のさえずりだけが聞こえる。そこは二人だけの空間。
 寄りかかられている時間は、それほど長くはなかった。背中の重みがなくなった時には、いつもと同じキラキラした笑みを浮かべるジークに戻っていた。

「エリーナ……ありがとう」

 そう名残惜しそうに礼を口にすると、ゆっくり馬を進めた。無言のまま森を引き返し、湖の周りを一周する。

「えぇ……」

 こうして、胸にざわつくものを残したまま、ジークとのデートが終わったのだった。
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