悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 18歳

107 その想いの名を知りましょう

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 そして数日後。エリーナはゼスタ家が主催した夜会に参加していた。クリスは断るつもりだったが、エリーナが逃げたくないと参加したい意を伝えたのだ。あれから色々と考えたが、クリスがエリーナの意思を尊重してくれるなら、エリーナもクリスの意思を尊重したいと思った。クリスが断るつもりなのだから、エリーナもそれをはっきり伝えようと決めたのだ。
 それに、クリスとネフィリアが一緒にいるところを見れば、クリスがどう思っているかもわかると思ったからだ。

 会場に入った途端、薄紅色が目に入った。彼女は人に囲まれ、色々な方と挨拶をしている。薔薇色のドレスを着ており、隙の無い印象を受けた。
 エリーナはクリスとともにゼスタ侯爵に挨拶をする。侯爵はクリスに目を留めると、朗らかに笑いかけた。

「来てくれないかと思っていたよ。今日は楽しんでいってくれ。そちらが妹君だね」

「お初にお目にかかります。エリーナ・ローゼンディアナでございます」

 エリーナはドレスをつまんで挨拶をし、目じりに皺を作った侯爵に視線を向けた。彼は水色の髪をしており、ネフィリアと同じ茶色の瞳だ。

「本当に可愛らしいね。うちの息子に相手がいなければ、申し込みをしていたかもしれないな」

 快活に笑う侯爵に釣られて、エリーナも微笑を浮かべる。そして侯爵はクリスに視線を移し、困ったように苦笑いを浮かべた。

「ネフィリアは理想が高くてねぇ……クリス殿ならぴったりだったんだが。なに、無理強いはできん。だが、自慢の娘だ。少し互いを知る期間も必要だろう」

「え、えぇ……」

 侯爵を前にしてははっきり断ることもできず、クリスは曖昧に笑って言葉を濁しておく。何よりこの会話をエリーナに聞かせたことが不本意だったようで、少々顔が強張っているのをエリーナは見逃さなかった。
 クリスは手短に話を切り上げ、エリーナを連れて壁際へと向かっていく。

「えっと、ごめん。僕がお見合いしたのゼスタ家の人で……」

「知っているわ。ネフィリア様でしょう? この前のお茶会でご挨拶いただいたもの」

 少し言葉に棘を持たせたのに気づいたクリスは、ごめんともう一度謝る。

「別に、怒ってるわけじゃないわ。でも、教えてくれてもよかったじゃない」

 少し拗ねたような口調になってしまう。大人らしい対応をしたいのに、クリスの前では取り繕うこともできない。

「うん。エリーナに気を遣わせたくなくてさ」

「そう……それで? ネフィリア様はどんな方だったの?」

「そうだね……利発で深い洞察力がある人だよ。ついこの間まで西の国に留学をされていて、おもしろい話をいろいろ教えてくれたかな。まぁ、しばらくお相手をするかもしれないけれど、結婚はしないから」

「……律儀なんだから」

 そう真剣な目を向けてくれるクリスになぜかほっとする自分がいて、エリーナは不思議な気分になりながらも笑顔を返すのだった。
 そして、クリスとダンスを一曲踊ったところにネフィリアが近づいて来た。余裕のある笑みを浮かべて悠然と挨拶をする。

「クリスさん、ようこそ」

「ネフィリア様……」

 クリスは困惑した表情を浮かべ、エリーナを一瞥する。この流れはしばらく歓談をし、ダンスを誘うまでが礼儀だ。クリスは今までも夜会では多くのご令嬢方と踊っていた。何を遠慮することがあるのかと、エリーナは微笑を張り付けた。

「わたくしはあちらで夜風に当たっていますわ」

 そう適当に言葉を吐きだして二人から距離を取る。

(ちょうどいいわ、これでクリスの様子が見られる)

 少し離れたところから二人を視界に収める。二人は和やかに歓談しており、薄紅と紅が互いを華やかに引き立てあっていた。成熟した大人の落ち着いた雰囲気が伝わり、はた目から見てもよく似合っている。

(クリス……笑っている)

 なにか楽しい話をしているのか、クリスは穏やかに笑っていた。それは外向きの笑みには見えず、話の内容に惹かれているのがわかる。胸がきしんだ。そこに、周りにいた令嬢たちの小声が聞こえてくる。

「ネフィリア様とクリス様、いい感じじゃない?」

「二人ともよくお似合いだわ。クリス様ならネフィリア様も文句はないものね」

「クリス様は初めてお見合いをされたでしょう? きっとネフィリア様が射止められたのだわ」

 きゃっきゃと噂話を楽しむ令嬢たちの言葉が、エリーナの背中に刺さった。先ほどから胸の奥が握られているように苦しい。その奥底からドロリと真っ黒な不快さが滲み出る。

(そこは、私の場所なのに……クリスの笑顔は、私のものなのに)

 仄暗い感情に気づいたエリーナはさっと顔を強張らせて、一歩足を引いた。困惑が遅れて胸に広がっていく。

(え、何を思ったの? どうして、そんなこと)

 視界がどんどん狭まっていく。クリスはネフィリアに手を差し伸べ、ホールの中央へとエスコートした。二人は向き合い、曲の流れに乗っていく。

「お二人が踊られたわ。美しすぎて嫉妬してしまうわね」

 その言葉に、エリーナは身の内にある感情の名前を知った。

(嫉妬……? 今、嫉妬をしたの?)

 エリーナはまた一歩後退る。ラウルに恋愛は何かと問うた時、嫉妬するものだと返された。そしてリズには嫉妬をして初めて恋になると言われた。

(そんな……)

 エリーナの視界の中で、クリスとネフィリアは顔を近づけ笑い合っていた。その瞬間、ネフィリアの視線が飛んできて目が合う。貴女の居場所などないと言わんばかりに、彼女は口角を上げた。

(嫌よ!)

 胸が張り裂ける。エリーナはドレスの裾を翻してテラスへと駆けた。苦しみに叫び出したい。髪をかき乱したい。夜風がエリーナの頬を撫でるが、まったくこの焼き尽くされるような想いを冷ましてはくれない。

 エリーナは欄干に両手をつき、強く握りこんで俯いた。脳裏には二人が微笑みあって踊っている姿がこびりついている。

(嘘よ。嫉妬なんて……だって、これじゃぁまるで)

 この苦しみは、この感情は、何度も読んできたし見てきた。ロマンス小説の、乙女ゲームのヒロインと自分が重なる。

(まるで……恋をしているみたいじゃない)

 心の中は嵐のように荒れ狂っている。今までかけられてきた言葉が、抱いてきた想いが、感じていた胸のざわめきが一つの場所へと向かう。そしてその先の答えにたどり着いた瞬間、荒れ狂った奔流は止み、エリーナは欄干を握る手を緩めて顔を上げた。


(私、クリスのことが……好き?)


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