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第三章 自分のこと、これからのこと
58.不意打ち
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名残惜しいけど、あまり遅くなってもいけないし。
もう少し景色を眺めながら話をしたら、帰らないと。
「氷室さん、ありがとうございました。気分転換になりました」
「それなら良かった。私も景色を眺めながら話をするのは気分転換になった」
二人で笑い合う。
でも、何となく同じことを考えている気がして。
このまま帰りたくないなという気持ちもある。
言葉に出そうか迷っていると、氷室さんの方から言葉をかけてくれる。
「明日のことを考えれば、そろそろ帰らなくてはいけないと分かっているが。もう少し一緒にいたいというのは、やはり理性的ではないのだろうか」
「恋愛感情に理性……時と場合によりますけど、今はそこまで気にしなくてもいいと思いますよ」
苦笑して返したけど、氷室さんはまだ何か考えているみたい。
静かに言葉の続きを待っていると、視線が躊躇しているのが分かる。
そんなに言いづらいことを言おうとしているのかな?
「あの、別に何を言われても嫌なら嫌だとちゃんと言いますから。どうぞ」
「君はハッキリしているから助かる。では、お願いなのだが。二人でいる時は私のことを名前で呼んでくれないか?」
そういえば、自然と呼んでしまっていたけど名前で呼ぶべきだよね。
丁寧に言われると逆に恥ずかしいけど、呼んだら喜んでくれそうだし。
「ええと。秦弥さんで、いいですか? 流石にさんなしで呼ぶのはハードルが高いので」
私が呼んだ途端に氷室さんは瞬きして、少しだけ視線を泳がせた。
呼ばせておいて照れるの?
しかもその微笑みは反則!
普段がキリっとしてるから、微笑むと綺麗な感じというか。
キュンっとする。
「ありがとう」
「そんなに喜んでもらえるとは予想外でしたけど……私のことも適当に呼んでください。風音でも、ふうでも」
でも、改めて提案すると何か恥ずかしい。
視線を落として静かにしていると、フッと笑う声がした。
「君でも恥ずかしがることがあるのか。意外だ」
「意外ってどういう……」
私がパッと顔をあげると、眼鏡を外していた氷室さんが私の後頭部を左手で寄せた。
何事かと驚いた私を見て、氷室さんは優しく微笑む。
そのまま顔を近づけてきたと思っていたら、唇に軽く触れるだけのキスを落とされた。
触れられたことを感じる前に離れていってしまって、何が何やらついていけない。
戸惑う私を笑顔で見ながら、運転席と助手席の間にある、ボックス部分に置かれた眼鏡をかけると、さっさと体勢を戻してしまった。
「こ、このタイミングで……」
「このまま帰るのは名残惜しいからな。ありがとう、風音」
何か名前を呼び捨てされるのも慣れないし。
私はさっさとシートベルトをし直して、行きますよ! と追い立てた。
もう少し景色を眺めながら話をしたら、帰らないと。
「氷室さん、ありがとうございました。気分転換になりました」
「それなら良かった。私も景色を眺めながら話をするのは気分転換になった」
二人で笑い合う。
でも、何となく同じことを考えている気がして。
このまま帰りたくないなという気持ちもある。
言葉に出そうか迷っていると、氷室さんの方から言葉をかけてくれる。
「明日のことを考えれば、そろそろ帰らなくてはいけないと分かっているが。もう少し一緒にいたいというのは、やはり理性的ではないのだろうか」
「恋愛感情に理性……時と場合によりますけど、今はそこまで気にしなくてもいいと思いますよ」
苦笑して返したけど、氷室さんはまだ何か考えているみたい。
静かに言葉の続きを待っていると、視線が躊躇しているのが分かる。
そんなに言いづらいことを言おうとしているのかな?
「あの、別に何を言われても嫌なら嫌だとちゃんと言いますから。どうぞ」
「君はハッキリしているから助かる。では、お願いなのだが。二人でいる時は私のことを名前で呼んでくれないか?」
そういえば、自然と呼んでしまっていたけど名前で呼ぶべきだよね。
丁寧に言われると逆に恥ずかしいけど、呼んだら喜んでくれそうだし。
「ええと。秦弥さんで、いいですか? 流石にさんなしで呼ぶのはハードルが高いので」
私が呼んだ途端に氷室さんは瞬きして、少しだけ視線を泳がせた。
呼ばせておいて照れるの?
しかもその微笑みは反則!
普段がキリっとしてるから、微笑むと綺麗な感じというか。
キュンっとする。
「ありがとう」
「そんなに喜んでもらえるとは予想外でしたけど……私のことも適当に呼んでください。風音でも、ふうでも」
でも、改めて提案すると何か恥ずかしい。
視線を落として静かにしていると、フッと笑う声がした。
「君でも恥ずかしがることがあるのか。意外だ」
「意外ってどういう……」
私がパッと顔をあげると、眼鏡を外していた氷室さんが私の後頭部を左手で寄せた。
何事かと驚いた私を見て、氷室さんは優しく微笑む。
そのまま顔を近づけてきたと思っていたら、唇に軽く触れるだけのキスを落とされた。
触れられたことを感じる前に離れていってしまって、何が何やらついていけない。
戸惑う私を笑顔で見ながら、運転席と助手席の間にある、ボックス部分に置かれた眼鏡をかけると、さっさと体勢を戻してしまった。
「こ、このタイミングで……」
「このまま帰るのは名残惜しいからな。ありがとう、風音」
何か名前を呼び捨てされるのも慣れないし。
私はさっさとシートベルトをし直して、行きますよ! と追い立てた。
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