7 / 29
【7】広がる交友関係
しおりを挟む街に出る時にアーサーは馬車で送ってくれるだけになった。
帰りの時間をだいたい決めておいて、そこに迎えにきてくれる。
以前のようにずっと付きまとわれることはなくなってずいぶん気が楽になった。
別に悪いことをしているわけではないので一緒に居てくれてもいいのだが、それはそれでアーサーも退屈なのだろう。
アーサーはアーサーで、街でいろいろな用事を済ませているようだった。
先日は思いがけないことがあった。
夕食後に、ピートが珍しくバタークリームを塗ったケーキを作ってくれた。
三人から、お誕生日おめでとうございますと、そう言われたのだ。
母が亡くなってから、誰かにおめでとうと言われたのは初めてのことで嬉しくも驚いた。
私たちはケーキを戴く前に手を合わせた。
クライブ様のご両親である前国王陛下と側室様が亡くなった日なのだ。
世間では酷い側室様だったと言われていたけれど、お子であるクライブ様にとってこの日は心を痛めた日であるはずだった。
私はこの日が誕生日であることに、呪いを受けたように思ってしまったこともあった。
おめでとうなどと間違っても口にできない日になったのだから。
でも、ピートがケーキを焼いてくれ、アーサーやヘレナからおめでとうございますと言われたおかげで、おめでとうと言われることと、前国王陛下と側室様の魂に祈りを捧げることを同じテーブルに載せても許されるのだと思えた。
そう言ったら、ヘレナは贈り物を用意できなくてごめんなさいと涙ぐんだ。
こんな温かい誕生日のことを私は忘れない。
青色のインクで書く日記には、どれだけバタークリームのケーキが美味しかったか、半ページもそのことで埋めてしまった。
***
パン屋のおかみさんやその仲間のご婦人たちに、編み物を教わっている。
最初は、オールブライトに伝わる刺繍を教えてほしいと相談したところ、寒冷地のオールブライトでは刺繍より編み物のほうが重宝すると言われたのだ。
帽子やマフラーやセーターやひざ掛け、編む物はたくさんあると言われ、辺境オールブライトの長い夜に暇が潰せていいかもしれないと始めたのだ。
夕食後にはあまりやることもないので、私室でずっと編んでいる。
自分の帽子を始め、アーサーとピートとヘレナのミニマフラーも編んだ。
仕事中に首に巻けるように短いものにした。
三人とはだんだん他愛もない話をするようになっており、私が編んだマフラーをとても喜んでくれた。
ここはとにかく寒いのだ。
ピートがいる厨房は床が土なので特に冷える。
ピートには特別に腹巻を編んだらとても喜んで、その夜は小さなポットにシチューを入れてパイ生地で蓋のようにして焼く『ポットシチューパイ』を作ってくれた。
みんなこれが大好きで私も今では一番の好物だ。サクサクのパイ生地の『蓋』を、シチューに落としながら食べる。
ピートの料理の話やアーサーが子供の頃の話、ヘレナは恋人の話を私と二人の時に話してくれる。
ただ、誰もクライブ様や別邸の人たちの話はしない。
それは暗黙の了解のようになっていた。
みんな仕事があってそんなに暇ではないようだけど、役場の中にある寄合所に居ると時間ができた誰かがやってきておしゃべりをしながら編み物をした。
最初の頃はしゃべっている余裕はなかった。
集中して編み目を見ていないと目が飛んだり落としたりしてしまい、そのたびにほどいてやり直すので全然進まない。
それがひと月もやっていると、手が慣れてきてお茶を飲んでおしゃべりしながら、どんどん進むようになってきた。
***
今日も役場の人と仕事の話を済ませた後、役場の中の寄合所で編み物をしている。
「よいしょっと……」
モッカ婆さんがやってきて、寄合所のテーブルに大きな袋を置いた。
モッカ婆さんというのは街はずれの小さな家で、一人で暮らしているお婆さんだ。
若い頃は王宮に仕える『神の乙女』だったという。
教会で奉仕活動をして暮らしている未婚の女性の中から、王宮の神殿で祈りを捧げる乙女が四年ごとに一名選ばれその間は王宮で過ごす、それを『神の乙女』と呼び、大切にされていたという。
今はその制度は無くなったと聞いている。
そんなモッカ婆さんと、私も何度か一緒にお茶を飲んだ。
穏やかな語り口の中に凛としたものを持っている、そんなお婆さんだ。
「まあ、どうしたのですか」
「これはね、あたしが染めた毛糸なんだ。畑の一画に植えたルピナスの花でね。
この頃はもう、編み目がよく見えなくなった。これよりずっと太い針でもね、編めなくなってしまった。
だからあんたに貰って欲しい。糸はバージルのところの羊の毛だよ。
蒸した単糸を撚るところからはあたしがやった、特別な糸だから」
バージルさん、どなたかしら。
まだ山までは視察に出かけていなかった。羊がいるとなると、麓の辺りだろうか。
暖かくなったら出かけてみよう。
「モッカ婆さんが撚って染めた糸なのですね」
袋から糸玉を出して手に取った。
青と緑の段染めのとても美しい糸だ。二本の細い糸が撚られている。
これでショールを編んだら、私の普通の白いシャツも素敵に見えそうだわ。
「とても軽くて暖かくて素敵な色の糸ですわ! 本当に戴いていいのですか?」
「ああ、糸も形になったら喜ぶだろうからね」
「モッカ婆さんの糸なら魔法が掛かっているから、特別な物が編めるよ。空も飛べるかもしれない」
「本気にされるから、やめておくれよ」
「この糸で編んだショールを羽織れば、モッカ婆さんの魔法で空が飛べるのですね! 頑張って編みます!」
モッカ婆さんもパン屋のおかみさんたちも、そして私も笑った。
429
あなたにおすすめの小説
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる