【完結】領主の妻になりました

青波鳩子

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【19】異母弟クライブ *ジェイラス視点

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約束の時間よりかなり早く、クライブがやって来たという知らせが届く。
末弟クライブ、この気の毒な弟と久しぶりに会えるのを楽しみにしていた。

***

二人の姉と自分までが正妃の子、自分と僅か三週間違いで生まれたマーヴィンとその翌年に生まれたクライブが側室の子だ。

末子のクライブは、幼き自分から見てもその境遇は不憫としか言いようがなかった。
クライブを産んだ側室は、クライブにまったく愛情を向けなかった。
まさに産みっぱなしで乳母やメイドにすべてを任せて、その存在すら忘れているのではないかという感じだった。
忘れているのは陛下も同じで、クライブに父としての姿を見せることはなかったようだ。
国王と実母である側室が見向きもしない王子の面倒を見る者たちも、次第にぞんざいに扱うようになっていく。

それを良いことにマーヴィンは、幼少期にはクライブを玩具のように乱暴に扱い、あらゆるものをクライブから取り上げ壊した。その中には自尊心や自己肯定感などクライブにとって大事な形の無いものも多くあった。
クライブが十を過ぎて勉学に勤しみその能力を表し始めると、私がクライブを嫌っているという嘘を吹き込んだ。
もちろんそんな事実はなく、むしろ気の毒な境遇の弟をどうにかしてやりたいと思っていたが、年のほとんど変わらない自分にできることはそれほどなかった。
言い訳でしかないが、奪ったり傷つけたりすることは容易だが、与えたり守ったりすることは子供には難しかった。

我が父である先王は賢くない男だった。
賢くない男に学ぼうとする姿勢もなければ、脇の甘さを狙われる。
立太子の儀を済ませ政治の中枢に入ってみれば、父を見限った複数の貴族たちが王弟殿下を担ぎ上げようと水面下で動いていた。
さらに父以上に愚物の側室が、すでにある貴族を中心とする組織に取り込まれようとしていた。
それら一つ一つを潰していくよりも、元凶となる父と側室を排除したほうが早いと判断し、我が手を血で染めて国王の椅子に座った。

すぐに人事を刷新し、王弟殿下を閑職に追いやり、支えていた貴族の犯罪が微罪であろうと片っ端から公にしていった。
側室から甘い汁をしゃぶり尽していた者たちも、容赦なくその罪を暴いた。

異母弟マーヴィンを捕縛しこれもすぐに断罪しようとしたが、思いがけずクライブが関係していた。
父と側室を取り込もうとしていた勢力からも目を向けられていなかったクライブだったが、マーヴィンに公金横領を唆していた婚約者ブリジット・ホールデン伯爵令嬢にクライブは恋慕を向け、マーヴィンには殺気を向けていた。

クライブにも婚約者がいた。
実直なバーネット侯爵の長女フォスティーヌ嬢という、クライブの立場からすると最善の婚約者だった。あの愚者の父が結んだとは思えないほどの良縁だ。

これからマーヴィンと共にホールデン伯爵家ごと葬ろうとしていたブリジットを、バーネット侯爵令嬢との婚約を白紙にして娶りたいとクライブが思っていると、クライブに付けていたアーサーから報告があった。

クライブは勉強ができても人間の機微に疎かった。
幼少期から無償の愛を誰からも向けられることなく、乳母などからかろうじて与えられる義務感に毛の生えた程度の愛を、夜露を舐めとるようにして生きてきたのだ。
それについては、私も姉たちも、王妃殿下さえ忸怩たる思いを持っている。
私の母である王妃殿下もまた、私や姉たちを側室の悪意から守るために必死だった。
もっと早くクライブを救い出してやらねばならなかったが、結果的には何もできなかった。

***

「クライブ、久しいな」

「国王陛下、本日は貴重なお時間を戴き恐悦至極に……」

「そんなふうに畏まらなくていい。これまでのように兄上と呼んで構わないぞ。おまえが気にすると思い、最小限まで人払いをしている。ここにいる者は何の心配もいらない者だけだ」

「……兄上、お気遣いをありがとうございます」

「アーサーも久しぶりだ。これまでのように呼んで構わないとおまえにも言うと、殿下と言い出しそうな気がするな」

「さすがに陛下とお呼びいたしますよ」

「おまえらしいことを言う」

つい笑うと、クライブが不思議そうな顔で私とアーサーの顔を見比べている。

「旦那様、陛下と私は学園の同級生だったのですよ」

「知らなかった……」

学園時代、一番近くにいて一番信頼できる人間だったアーサーを、オールブライト領へ行くことになったクライブにつけたのだ。
オールブライト領に行ってからのことはアーサーに任せた。
クライブにブリジットの監視を命じたことを伝え、ブリジットを監視するクライブの監視をアーサーに命じた。

「それにしても、あの女が実は歩けるというのは驚いたな」

「はい、兄上。私も驚きました。オールブライトでは車椅子生活で、歩くことはもちろん、ただ立つ姿も見たことはありませんでした……。騙されていたことに長きに渡って気づかなかったこと、申し訳ありません。アーサーは知っていたのか?」

「別邸の使用人たちの噂を耳にしていましたが、確認したのはクライブ様と一緒に出かけた時です。ダレスとのことは、あの女のほうが主導権を握っていたとまでは知りませんでしたが把握していました」

「その報告を貰ってからすぐに、ダレスの実家について調べさせた。没落寸前の男爵家の次男で、その男爵家の敷地はブリジットのホールデン伯爵家に隣接していた。
いわゆる幼馴染というものだろう。
オールブライトに送り込んだ者の中にブリジットの味方になるような者が混じっていたことは、従者やメイドを選抜した私の落ち度だ。
ただクライブ、ブリジットをオールブライトでの監視を命じたのであって、あたかも妻であるかのように囲っていたことについてはおまえに責がある」

「はい。いかなる処罰も受ける覚悟でおります」

クライブには、ブリジットに対する怒りや復讐心のような熱は見られない。ひたすら見抜けなかった自分自身に対する情けなさのようなもの、むしろ自分への静かな怒りの感情が垣間見えた。


「さてクライブ、話を聞こうではないか」

「兄上、こちらをお持ちしました」

クライブがテーブルに書類の束と小さな布の袋を置いた。巾着型の小袋の中身を見ると、指輪が入っている。私は自分のハンカチを出して、その上に指輪を置いた。

「これは……」

「王宮宝物庫にあったはずの、ゲイブリエル二世のシグネットリングと思われます」

「これはどこにあったのだ……これを紛失していることを知っているものは限られている」

「ホールデン伯爵家の、ブリジットの私室内クローゼットの引き出しです」

シグネットリングは国王の御璽ぎょじだ。あらゆる公文書にシグネットリングで押印する。
溶かしたシーリングワックスにシグネットリングを押し付けて、それを公文書の国王のサインの横に押すのだ。
国王直筆のサイン、シグネットリングでの押印、その両方があって初めてその公文書は有効となる。

歴代の王は皆、即位と同時に自分のシグネットリングを作っていた。
それが押されていれば公文書となるということは、万が一無断の持ち出しや盗難があれば、どんな文書も偽造が可能で『公文書』として扱われてしまう。
それどころか、過去に遡って歴史を好きなように改竄することもできてしまう。
そのため国王は生きている間、シグネットリングを指から外すことはない。
国王の崩御と同時にシグネットリングは潰されることになっていた。

だが、戦乱の時代には戦費が嵩むことと、戦乱のさなか短期間で王が代わった頃は、新たなシグネットリングが作られない期間があった。
このシグネットリングは、ゲイブリエル二世が作り、その崩御の後で何人かの国王が引き継いで使ったものだ。シ―リングワックスの色を変えることによってどの国王に押されたものか分かるようになっている。
そのため、我がアルデルス王国の法律の中で、このシグネットリングの窃盗や持ち出しに関する罰はとても重いものが定められている。
そのシグネットリングが、ホールデン伯爵家のブリジットのクローゼットにあったのか……。

「地下牢のマーヴィンに確認しよう。マーヴィンがこれを持ち出してブリジットに渡したのか、ブリジットが何らかの手口で王宮宝物庫からこれを持ち出したのか。
いずれにしても、マーヴィン、そしてブリジットとホールデン伯爵家は終わりだ。もちろん我が方からも処分者が多く出るだろう。紛失当時の宝物庫の警備配置については調べがついている。それとブリジットの登城記録とを突き合せる。
公金横領が吹き飛ぶくらいの悪事が出てきたが、むしろ都合がいい」

「兄上は、次兄がシグネットリングを持ち出したのではなく、ブリジットだと思っているのですね」

「マーヴィンに、警備の者が立つ王宮宝物庫からリングを盗み出すなどということをスマートにやれる頭はない。そもそもシグネットリングの重要性など気づいたこともないのではないか」

「なるほど……」

「それにしてもどうやってホールデン伯爵家のブリジットの私室からこれを発見したのだ。一度探索をして何も見つけられなかった伯爵家の捜索など、私でも大義名分なしにはできないぞ。その後新しい何かが見つからない限り、名目がなくて手をこまねいていたのだ。」

「アーサーの考えた作戦については、おいおい説明いたします」

「まあそうだな。とりあえずブリジットの捕縛について話し合おう。いや、その前に茶を飲むぞ。おまえたちが来るとあって、とっておきの外国の菓子を用意した」

「国王になったらケチではなくなりましたか!」

「アーサー、以前の俺がケチだったみたいではないか」

「学園時代、金の使い方がそれは素晴らしくありました」

「棒読みはやめろ。しかもしっかりケチと言っているよな?」

クライブが微笑み、その顏を見て胸が痛む。
こうしてクライブとアーサーと三人で穏やかな時間を過ごすことは、おそらくこの先もうないだろう。
アーサーもそれを解ってわざと軽口を叩いている。
せっかく取り寄せた菓子の味がよく分からなかった。


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