【完結】領主の妻になりました

青波鳩子

文字の大きさ
6 / 29

【6】思うところ② *クライブ視点

しおりを挟む
学園時代のフォスティーヌを思い出そうとしたが、そもそも記憶に入っていなかった。
フォスティーヌとの婚約は、暗殺された父である前国王が取り決めたものだ。フォスティーヌの父のバーネット侯爵は、実直な人物だという。
父である前国王は放蕩の限りを尽くす自分の側室を棚に上げて、私の婚約者を決める際には本人だけではなく父親も家中の者も徹底的に調べ上げて、愛人がいる者や腹違いの子どもを持つ者などを排除して決めたと言った。
これまで自分にまったく興味を持たなかった父が、たとえすべて部下にやらせたとはいえ、初めて父らしいことをしてくれたともいえる。

バーネット侯爵はその中でも特に身持ちが固く、奥方を亡くしてから再婚もせずに三人の子どもと暮らしている真面目な男だと言われていた。一つ年下のフォスティーヌは学園でもトップクラスの成績を取っていたという。
父ですら扱いに手を焼く側室の血を汲む私の婚約者に優秀な令嬢を選んだことが、せめてもの贖罪だとでもいうように。
それならば自分の相手に次兄の婚約者としたブリジットを選んで欲しかった。

幼い頃から交流のあった一つ年上のブリジットが初恋の相手だ。
次兄マーヴィンの婚約者になった直後に、ブリジットはマーヴィンによって婚前であるのに無理やり純潔を奪われたと私の前で泣いた。
兄マーヴィンに詰め寄ると、どうせ結婚するのだからそれが少し早まったからといって問題ないと、ニヤニヤ笑いながら言ったのだ。
ブリジットは『純潔を奪われた』と泣いていた。
いつか次兄を殺してやると胸に閉じ込めた感情を、異母兄である長兄に気づかれていた。
そのことが私の命を救ったことになったのは皮肉だ。
マーヴィンに怨みを抱える自分が、マーヴィンと結託する訳が無いと判断されたおかげで自分まで投獄されずに済んだ。

父親の身持ちが固く本人の学業の成績がよかった、ただそれだけの理由でフォスティーヌを妻としなければならなかったことは忌々しかったが、長兄の言うことに逆らうことはできなかった。


この別邸は一階も二階も天井が高く作られている。
この館を作った何代か前の領主はこの別邸を、美術品を収めるために作ったという。
それで大きな絵画や彫刻が映えるように、本館よりも豪奢な作りになっている。
質実剛健といった感じの本邸から少し距離があり、さらに木々に囲まれている。
本邸よりも南に位置し日当たりもよく前庭も広い。
ブリジットが車椅子で庭を散策できるように、道を広く緩やかに作り変えブリジットが好きな花をたくさん植えた。

「クライブ様の瞳の色のような青い花、わたくしはこれが一番好きですわ」

まだ子供の頃のブリジットの言葉を忘れたことはなかった。

この部屋の北側の窓からは本邸が見える。
本邸はほとんど人がいないので、夜はいつ見ても暗い。
あの暗い窓のどこかにフォスティーヌが居ると思うと、その存在を消すようにカーテンをぴっちりと閉めた。


***


別邸のクライブ様のところから戻りながら、アーサーは考え事をしている。

奥方様に実際に聞いたことと、自分の目で見たもの以外は旦那様に報告するつもりはなかった。報告にアーサー自身の所感を入れることはしない。

奥方様が探していた青色のインクは、旦那様の瞳の色だろうということは報告する必要はなかった。
アーサーがそうだろうと勝手に思い、アーサーの知るクライブ様の瞳の色に近いインク瓶を差し出した時に、奥方様の目がパッと見開かれたことも単なるアーサー個人の感想にすぎない。

見たもの以外は報告をしないが、この目で見ても報告しなかったこともあったなと思う。
奥方様が、帽子店で仲睦まじく笑い合っていた旦那様とブリジット様を見て立ち尽くしていたことについては、旦那様に報告しなかった。

そして、王国を揺るがした日が奥方様の誕生日だったとは……迂闊にも頭で『事実』がバラバラに置かれていて旦那様の前で失態を犯した。

それにしても、奥方様が気の毒だった。
これではこの先、奥方様の誕生日を祝うことはできない。
奥方様は、平民でも誰もが持っている『皆に祝われる特別な日』を王国の悲劇の日に奪われてしまったというのか……。
クライブ様のあのご様子では、この先何度奥方様の誕生日がやってきても、祝いの言葉を伝えることはないだろう。


その夜は考え事が頭の中を駆け巡り、なかなか寝付くことができなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、恋愛3位ありがとうございます。

もう、あなたには何も感じません

たくわん
恋愛
没落貴族令嬢クラリッサは、幼馴染の侯爵子息ロベルトから婚約破棄を告げられた。理由は「家が落ちぶれた」から。社交界で嘲笑され、屈辱に打ちひしがれる彼女だったが――。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...