【完結】領主の妻になりました

青波鳩子

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【25】家族との訣別

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国内の主だった貴族、国外からの賓客を招いてのセレモニーが終わった後、ざわめくロビーに父と兄が居ることに気づいた。兄の傍には婚約者と思しき令嬢もいる。
迷ったけれど、わざわざバーネット侯爵家に向かって挨拶をするよりはここで済ませたほうがいいと思い、人が少なくなった辺りで声を掛けた。

「お父様、お久しぶりですね」

「……おまえも、参加していたのか……」

「父上、辺境伯は陛下の弟ですから当然でしょう。
それにしても、王都に来ているのに実家に挨拶も無いとは、おまえはオールブライトできちんと領主の妻の仕事ができているのか? バーネット侯爵家の名を汚さないでくれよ」

兄は久しぶりに会う私にそんな悪態をついた。

「嫁いでいく娘の支度に、デビュタントもまだの妹に与えられるデイドレス一枚分程の金を持たせただけなのですから、家名のことなどお気になさらないのだと思っていました」

「レリアーナのデイドレス一枚分だと? そんな訳がないだろう……父上?」

「……おまえがそれでいいと言ったのではないか」

兄はさすがに呆気にとられた顔で父を見ている。
辺境領へ嫁ぐ娘にドレスや宝飾品を新たに用意することもなく、はした金だけを持たせてバーネット侯爵家から侍女も付けずに送り出した。
私がそれでいいと言ったと、父が言い出すことがおかしい。嫁入り支度は娘の希望で揃えるものではなく、親が揃えて持たせるものだ。
それが婚家での娘の立場を左右し、たとえ嫁ぎ先で冷遇されても持参した物をやりくりすることもできる。
娘の嫁入り支度がはした金ということは、辺境伯からの支度金を侯爵家で吸い上げたと言ったに等しく、娘を言わば丸腰で戦地に送り出したと同じなのだ。
侯爵家クラスの娘の嫁入り支度ともなれば、馬車を連ねることになるのが普通だ。
ドレスの箱だけで馬車一台では足りず靴や帽子や宝飾品、私的なお茶会用の食器類なども季節に合わせていくつも持たせることが一般的だ。
でも、兄が知らなかったという態度を見せるのは悪手だった。
私がオールブライトに向かう日、見送りもしなかったことを自分で言ったようなものだ。

「それがバーネット侯爵家の家風であるなら、お兄様の婚約者の方もきっとご準備が早く終わることでしょうね。
兄が紹介もしてくれませんが、改めまして……。初めまして、オールブライト辺境伯の妻、フォスティーヌと申します。兄の二人の妹のうち、上の妹となります」

「……クライトン伯爵の娘ジャスミンでございます」

「まあ、可愛らしい白いお花の名前ね」

兄はますます悪くなっていく顔色を隠せていない。婚約者の前なのに取り繕うこともできないなんて。
その兄が絞り出すような声で言った。

「……今、おまえは幸せなのか……?」

「おかげさまで、今が一番いろいろな人から気にかけて貰っていますから幸せですわ。
誕生日におめでとうと言ってもらえますし、高熱を出しても間接的に妹や侍女の孫に感染させてはいけないと、廊下に水を置かれることもありません。
それに、自分に名前があったことも思い出せましたもの。おかげでお兄様の婚約者様に名乗ることができました。
私の名前は、母のお墓に一緒に埋葬されたのかと思っていましたが」

「おまえは……私に恥をかかせるつもりか!」

「私は嘘も誇張も申しておりません。お父様が私にしてきたことは恥ずべきこと、そういうことになりますがよろしいのですか?」

父も兄も、兄の婚約者も、ここでの会話の中でさえ父と兄が私を『おまえ』としか呼んでいないことに気づいたようだった。
その時アーサーが私に近づいた。


「失礼します。奥方様、あちらのお部屋でジェイラス陛下がお待ちでございます。どうぞお急ぎください」

「ジェイラス陛下が、おまえを待っている……?」

アーサーが、ジェイラス陛下がお待ちだと言ったのは、絶対にわざとだ。
別にそんなふうに言わなくてもいいはずなのに、どこからこのやり取りを聞いていたのだろう。
クライブ様と離縁することになることなど、自分から父と兄に話すつもりはなかった。

「お父様、お兄様、ジャスミン様、私はこれで失礼します。
もうお会いする機会も無いと思いますが、レリアーナに元気でと伝えてくださいね」

「もう会う機会も無いなんて、そんな……」

「お兄様がオールブライト辺境領にお出でになることがありましたら、歓迎いたしますわ」

私は淑女の礼をして、歩き出したアーサーの後を歩いていく。
兄がわざわざ用のない辺境オールブライトに来るはずもない。
私はたとえ王都に来ることがあっても、バーネット侯爵家を訪ねることはない。
私の結婚式に家族の誰一人参列せず、出立の時に馬車を見送ることもなかったのだから、たぶん兄の結婚式にもレリアーナの結婚式にも呼ばれることはないだろう。

兄はあんなふうに寂しそうな顔を見せたが、それも今この時だけの感傷だ。
妹の一人に慕っても頼ってももらえないことに、少し腑に落ちないだけなのだ。
家に帰り、レリアーナがお帰りなさいと抱きつけばすぐに忘れる、その程度の感傷。
可愛い妹に頼りにされる兄の顏に戻るだろう。

父にも兄にも恨みとまでの感情は無い。
学園を卒業させてもらい、結婚まで家に置いてもらえたことは父に感謝している。
それでも最後に言いたいことを言えてよかった。
長い間、私の心の中に日陰の雪のように固まっていたものが、少し溶けたような、そんな気持ちがした。

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