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28.一緒に住んじゃダメ?
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「入るぞ」
久しぶりに王都に戻って、まずはグラハムの部屋を訪れる。
「久しぶりだな、ドミニク。一年以上も君の顔を見ていなかったから、忘れるところだったよ」
「お前があそこに赴任させたんだろう。まったく、スパイみたいなことさせやがって」
「ハハハ、そう言うな。お陰で今回のクエイル領問題は比較的被害も少なく解決できたんだからな。お前には感謝しているさ」
確かにグラハムの言う通りクエイル領との争いはギリギリで避けられたし、以前から王族に反抗的だったクエイル卿を排除できたのは大きいな。
「これが報告書だ。ここ一年間のクエイル卿の動きと、領地の内情をまとめてある。これからどうするんだ?」
「助かるよ。クエイル領には新たに領主を配置する予定だ。王族に近しい三位か四位の貴族になるだろうな」
「妥当なところだな。これで西方は随分と穏やかになりそうだ」
「お前が領主になりたければ、それでも良かったんだがな。私から推薦してやるぞ」
「よせよ、俺は領主なんて柄じゃねー。裏方が性に合っていることは今回の赴任で良く分かったぜ」
俺も長男だからその内ランズベリーの領主にはなるのだろうが、親父も元気だしまだまだ先の話。俺の目的は別にあるからな、今は腐れ縁のお前に協力してやっているだけだ。
「しかし魔物が送り込まれた時にはもうダメかと思ったが、流石王都の軍隊だな」
「第一陣がボロボロになって帰ってきた時には私も肝を冷やしたよ。まともにやりあっていたら、第二陣も危なかったかも知れないな」
「ん? こっちの軍が討伐したんじゃないのか?」
「表向きはな。実際は第一次討伐隊が敗れた後、第二次討伐隊が到着する前に何者かが討伐してしまっていた」
「何者かって……そんな大蛇、倒せるヤツがいたとでも?」
「一人なのか複数人なのかは分からないが、とにかく見事な切り口で蛇の首が切断されていたんだ。別の魔物の仕業と言う可能性もあるが、一緒に捕縛されていた術者は『女の姿をした悪魔』と言っていたよ」
「大蛇よりそっちの方が怖いじゃねーか」
そんな悪魔みたいな女がいたとしたら……そしてそいつが王都に入り込んでいるとしたら、それはそれで問題だ。今回はその存在が我々に有利に働いただけで、次もそうとは限らない。そいつの目的はなんだ? 既に王都に……いや、元々王都にいて何かの機会を窺っている? 俺の知らない特異な力を持った人物、もしくは集団が王都には存在しているのか? 様々な可能性が頭の中を巡る。
「……」
「また次のことを考えている様だな。お前の洞察力にはいつも助けられているが、しばらくはゆっくりするといい」
「ああ、そうさせてもらうぜ。一年も敵地で頑張ったんだ、次は王都勤務で頼むぜ。俺も放ったらかしの自分の家でゆっくり生活したいからな」
「そう言う約束だったからな。ああ、そうだ。お前の家な、今はメイドが住み込みで管理している様だぞ」
「あの家に住み込みとは物好きなヤツもいるんだな。さて、俺は久しぶりに自宅のベッドで寝かせてもらうとするわ」
「シャロンもお前に会いたがっていたから、また落ち着いたら声をかけてやってくれ」
「ああ」
王宮内にも俺の部屋はあるが、本やら書類やらでイッパイなので仕事に集中したい時しか入らない。普段は敷地内の林の中にある小さな家に住んでいて、田舎出身の俺にとってはそちらの方が断然住み良い環境だった。
俺は学園を卒業したら官僚になって王宮内で仕事する予定だったが、同窓だったグラハム王子に誘われてあいつの秘書官に。一応官僚には違いないが、やってることはグラハムの参謀やらスパイやら……要は雑用係だな。とにかくその交換条件として家を建ててもらった。あいつは人使いが荒いから家一軒じゃ全然見合わない仕事だけど、まあ悪いことばかりじゃないから今は良しとしておいてやるか。
家に着いてみると確かに誰かいる様子で、煙突から煙が昇っている。グラハムは『メイドが住んでいる』と言っていたが、薪割りもやっているのか? 俺が帰ってきたんだから同居するわけにもいかなし、早々に出ていってもらわねば。
「帰ったぞー。誰かいるか?」
「はーい」
一応帰ってきたことをアピールしておく。仄かに漂う良い香り……テーブルに花を飾っているのか。どうやらキレイに使ってくれているらしい。久々の我が家はやっぱり落ち着くなあ。しばらくすると奥から誰か出てくる気配。カチャカチャと食器の音がして、椅子に座っている俺の背後から女性が現れた。
「おかえりなさい。お茶を入れますね」
「ああ、すまないな」
カップを俺に差し出すと彼女は俺の対面に座り、自分もお茶を飲み始めた。服装はメイドと言うわけではなく普段着で、ニコニコしながら俺の顔を見ている。なんか馴れ馴れしい子だな。
「えっと……君がここに住み込んでいると言うメイドか? ご苦労だったな」
「はい。お茶、冷めない内にどうぞ」
「あ、ああ」
勧められてカップを取ると、どこか懐かしい香り。ああ、そうか。これはランズベリー領で良く飲んでいた茶葉か。グラハムから俺のことを聞いたのか? 気が利くじゃないか。いや、そうじゃなくて、出ていってもらわないと。
「この家を管理してくれていたのは感謝するが、俺が帰ってきたからもう大丈夫だ」
「一緒に住んじゃダメ?」
「あのなあ、未婚の男女が同じ家に住めるわけないだろう? ここは俺の……ん?」
ニコニコしながらジッとこちらを見ている彼女の顔を見ていて、ふと気付く。あれ? こいつのことを知ってる気がするんだが……いや、絶対知ってる!
「お前、マリオンか!?」
「もう! 気が付くの遅いよ、兄さん。折角お茶まで用意したのに」
「いや、すまん。って言うか、お前……」
すっかり大きくなったし髪も伸びた。顔付きは少しほっそりして大人っぽくなったか? それにしてもその外見……ますます女っぽくなってるじゃないか!
「メイドってお前のことだったのか! お前、領地にいたはずじゃ!?」
「父さんが、外の世界を見て勉強してこいって」
それで王都に来たら王宮のメイド業を斡旋されて、そのままメイドとして働いているらしい。
「良くバレなかったな。まあ、その外見ならバレないか」
「つい先日バレちゃった……って言うか、私は隠してたわけじゃないんだけど、皆私を女だと思ってたみたいで。でも、メイドとして働いていいって先輩方が」
「その外見で男であることがおかしいんだ! しかしまあ、元気そうで何よりだ」
「兄さんも!」
隣に座り直して抱き付いてくるマリオン。この家に住み始めて持ち主が俺だと気付き、俺が帰ってくるのを楽しみにしていたらしい。家の中には領地から持ってきた物が結構置いてあったからな。
「私も一緒に住んでいい? 家事はちゃんとやるから」
「まあ部屋も余ってるし問題ないが……俺との関係を聞かれたらちゃんと兄弟って言うんだぞ!」
「もちろん! 大好きな兄さんだから!」
やれやれ、ますます弟と紹介しにくい姿に成長しやがって。しかし中身は全然変わってない様で、ちょっと甘えん坊のままだ。
久しぶりに再会したマリオンとの話題に困ることはなく、弟が王都に来てから何をしていたかを教えてくれた。パトリシア王女やフランツ王子にも懇意にしてもらっている様で、王女の進言で学園に入学することになっているらしい。ちょっと気になる点があるとすれば、弟との会話に時々『狩り』と言う言葉が出てくることだ。
「お前、王都に来てまで狩りをしてるのか?」
「だって領地ではいつも行っていたし、休みの日は暇だから……」
「街に出て買い物するとか、他にも時間を潰す方法はあるだろう? ってお前まさか……」
ふとグラハムが言っていた『誰かが魔物を倒した』という話を思い出した。お前、俺が領地を離れた頃には親父たちと一緒に魔物退治に行ってたよな、確か。『女の姿をした悪魔』ってもしかして!?
「魔物退治もしてるんじゃないだろうな!?」
「し、してないもん」
顔を背け、小声で否定するマリオン。やってんじゃねえか!
「ここは領地じゃないんだぞ! 大体お前の戦闘力が皆に知れたら、利用しようとするヤツも出てくるかも知れないだろうが!」
顔をこちらに向かせて両手で頬をつねる。
「イタイ、イタイ、ごめんなさいぃ。でもバレない様に倒したし」
「そう言う問題じゃない!」
そう言うところも全然変わってないな、お前は! 普段は大人しそうにしているのに、周りの人々の為となると無茶する傾向がある。自分の力を誰かの役に立てたいと言う思いが強いのだろうが、家族としては危なっかしいのでじっとしていて欲しいんだよ。
「他に問題は起こしてないだろうな、お前」
「起こしてないもん!」
「本当だろうな?」
「ホントだもん!」
そう言いながらまた抱き付いてきたマリオン。なんで拗ねながら抱きつくんだか……良く考えれば、こいつはまだ十五か。成人しているとは言え、誰かに甘えたいのか? 母さんが亡くなってからは家事もこなしていたし俺も家を出てしまったから、甘えたくても相手がいなかったのかもなあ。
「甘えん坊め」
「へへへ……」
そう言いながらマリオンの頭を撫でていると、不意にバンッ! と勢い良く入り口の扉が開いた。
「ちょっとドミニク! 帰ってきたなら私にも声ぐらいかけなさいよね! ……って、あなたたち何してる!?」
「!?」
ビックリしたマリオンは、真っ赤になりながら椅子に座り直していた。シャロン……お前、グラハムの前と俺の前じゃ態度が違いすぎるだろ!
「それはこっちの台詞だ! ノックぐらいできねーのかよ、がさつ女」
「なんですって! 折角会いに来てあげたのに。それより、あなた! いきなりメイドに抱きつかれてるってどうなのよ。ひょっとして、最初からそういう関係だったの!?」
「そんなわけあるか! 俺は今帰ってきたばかりなんだぞ」
「まあいいわ。ちょうどその子をあなたに紹介してあげようと思ってたところだから。いい子だし、あなたの婚約者にちょうどいいんじゃないかと思ってね」
あー、こいつはまだマリオンと俺の関係を知らないのか。そう言えばさっきマリオンが、メイド仲間にはバレたけど他の人に伝わってるかどうか分からないって言ってたな。これはちょっと面白い状況だ。
「あの……」
マリオンがシャロンに何か伝えようとしたので、人差し指で弟の唇を塞ぐ。俺がニヤッと笑ったのを見て、何を考えているか察した様子。
「俺はまだ婚約する気はねーぞ」
「だったら、なんで抱き合ってたわけ?」
「こいつはランズベリー領の出身でな。俺があっちにいた時の顔見知りなんだよ」
「そうなんだ。ならちょうどいいじゃない。ここだけの話だけどその子、先日フランツ王子に告白されたらしいわよ。その子は断ったらしいけど、美人だし器量良しだし、あなたにはもったいないぐらいじゃない」
「まあ、美人で器量良しなのは認めるけどな。ほら、名前を教えてやれ」
マリオンを突くと、恥ずかしそうにしながらシャロンにフルネームを告げた。
「マリオン・ランズベリーです。兄がお世話になってます」
「兄って……兄妹だったの!? あなた妹がいるなんて一言も言ってなかったじゃない!」
「聞かれてねーからな。グラハムにだって『弟』がいるって話したことはないぜ」
「弟?」
しばらく入り口で固まっていたシャロンは、やがて凄い勢いでマリオンの方に走り寄って、肩を掴んで揺さぶっていた。
「弟!? 今、弟って言った!? 男なの!?」
「は、はい……」
「そう言うところががさつだって言ってんだよ! 弟が舌噛みそうじゃないか」
「ああ、ごめんなさい……でも、男!? この外見で!?」
椅子に座ると、マリオンのカップから少し冷めたお茶を一気飲みしたシャロン。大きく深呼吸してようやく落ち着いた様子。
「あー、ビックリした。そりゃフランツ王子と婚約できないわね。それにしても本当に男なの? こんなに可愛いのに」
勝手にマリオンの体をペタペタ触るシャロン。胸がないことでやっと納得した様だ。
「分かっただろう? 納得したなら帰れよ」
「夕食を作りますので、よろしければシャロン様もご一緒にいかがですか? 大したものは作れませんが」
「え、いいの?」
「はい。兄さんとシャロン様のご関係もお聞きしたいですし」
「こいつとは学園時代からの腐れ縁なだけだ。昔から俺にちょっかい出してくるんだ……グラハムと婚約してるんだから、もう俺に構うなよ」
「フン! 影の薄いあなたに光を当ててあげてるんだから、もうちょっと感謝しなさいよ」
まったく、相変わらずお節介な女だな。マリオンも乗り気みたいだからウチで夕食を食べることは許可してやるが、特別だからな! 俺がクエイル領でどれほど苦労したか、たっぷり話を聞かせてやるから覚悟しとけよ。
久しぶりに王都に戻って、まずはグラハムの部屋を訪れる。
「久しぶりだな、ドミニク。一年以上も君の顔を見ていなかったから、忘れるところだったよ」
「お前があそこに赴任させたんだろう。まったく、スパイみたいなことさせやがって」
「ハハハ、そう言うな。お陰で今回のクエイル領問題は比較的被害も少なく解決できたんだからな。お前には感謝しているさ」
確かにグラハムの言う通りクエイル領との争いはギリギリで避けられたし、以前から王族に反抗的だったクエイル卿を排除できたのは大きいな。
「これが報告書だ。ここ一年間のクエイル卿の動きと、領地の内情をまとめてある。これからどうするんだ?」
「助かるよ。クエイル領には新たに領主を配置する予定だ。王族に近しい三位か四位の貴族になるだろうな」
「妥当なところだな。これで西方は随分と穏やかになりそうだ」
「お前が領主になりたければ、それでも良かったんだがな。私から推薦してやるぞ」
「よせよ、俺は領主なんて柄じゃねー。裏方が性に合っていることは今回の赴任で良く分かったぜ」
俺も長男だからその内ランズベリーの領主にはなるのだろうが、親父も元気だしまだまだ先の話。俺の目的は別にあるからな、今は腐れ縁のお前に協力してやっているだけだ。
「しかし魔物が送り込まれた時にはもうダメかと思ったが、流石王都の軍隊だな」
「第一陣がボロボロになって帰ってきた時には私も肝を冷やしたよ。まともにやりあっていたら、第二陣も危なかったかも知れないな」
「ん? こっちの軍が討伐したんじゃないのか?」
「表向きはな。実際は第一次討伐隊が敗れた後、第二次討伐隊が到着する前に何者かが討伐してしまっていた」
「何者かって……そんな大蛇、倒せるヤツがいたとでも?」
「一人なのか複数人なのかは分からないが、とにかく見事な切り口で蛇の首が切断されていたんだ。別の魔物の仕業と言う可能性もあるが、一緒に捕縛されていた術者は『女の姿をした悪魔』と言っていたよ」
「大蛇よりそっちの方が怖いじゃねーか」
そんな悪魔みたいな女がいたとしたら……そしてそいつが王都に入り込んでいるとしたら、それはそれで問題だ。今回はその存在が我々に有利に働いただけで、次もそうとは限らない。そいつの目的はなんだ? 既に王都に……いや、元々王都にいて何かの機会を窺っている? 俺の知らない特異な力を持った人物、もしくは集団が王都には存在しているのか? 様々な可能性が頭の中を巡る。
「……」
「また次のことを考えている様だな。お前の洞察力にはいつも助けられているが、しばらくはゆっくりするといい」
「ああ、そうさせてもらうぜ。一年も敵地で頑張ったんだ、次は王都勤務で頼むぜ。俺も放ったらかしの自分の家でゆっくり生活したいからな」
「そう言う約束だったからな。ああ、そうだ。お前の家な、今はメイドが住み込みで管理している様だぞ」
「あの家に住み込みとは物好きなヤツもいるんだな。さて、俺は久しぶりに自宅のベッドで寝かせてもらうとするわ」
「シャロンもお前に会いたがっていたから、また落ち着いたら声をかけてやってくれ」
「ああ」
王宮内にも俺の部屋はあるが、本やら書類やらでイッパイなので仕事に集中したい時しか入らない。普段は敷地内の林の中にある小さな家に住んでいて、田舎出身の俺にとってはそちらの方が断然住み良い環境だった。
俺は学園を卒業したら官僚になって王宮内で仕事する予定だったが、同窓だったグラハム王子に誘われてあいつの秘書官に。一応官僚には違いないが、やってることはグラハムの参謀やらスパイやら……要は雑用係だな。とにかくその交換条件として家を建ててもらった。あいつは人使いが荒いから家一軒じゃ全然見合わない仕事だけど、まあ悪いことばかりじゃないから今は良しとしておいてやるか。
家に着いてみると確かに誰かいる様子で、煙突から煙が昇っている。グラハムは『メイドが住んでいる』と言っていたが、薪割りもやっているのか? 俺が帰ってきたんだから同居するわけにもいかなし、早々に出ていってもらわねば。
「帰ったぞー。誰かいるか?」
「はーい」
一応帰ってきたことをアピールしておく。仄かに漂う良い香り……テーブルに花を飾っているのか。どうやらキレイに使ってくれているらしい。久々の我が家はやっぱり落ち着くなあ。しばらくすると奥から誰か出てくる気配。カチャカチャと食器の音がして、椅子に座っている俺の背後から女性が現れた。
「おかえりなさい。お茶を入れますね」
「ああ、すまないな」
カップを俺に差し出すと彼女は俺の対面に座り、自分もお茶を飲み始めた。服装はメイドと言うわけではなく普段着で、ニコニコしながら俺の顔を見ている。なんか馴れ馴れしい子だな。
「えっと……君がここに住み込んでいると言うメイドか? ご苦労だったな」
「はい。お茶、冷めない内にどうぞ」
「あ、ああ」
勧められてカップを取ると、どこか懐かしい香り。ああ、そうか。これはランズベリー領で良く飲んでいた茶葉か。グラハムから俺のことを聞いたのか? 気が利くじゃないか。いや、そうじゃなくて、出ていってもらわないと。
「この家を管理してくれていたのは感謝するが、俺が帰ってきたからもう大丈夫だ」
「一緒に住んじゃダメ?」
「あのなあ、未婚の男女が同じ家に住めるわけないだろう? ここは俺の……ん?」
ニコニコしながらジッとこちらを見ている彼女の顔を見ていて、ふと気付く。あれ? こいつのことを知ってる気がするんだが……いや、絶対知ってる!
「お前、マリオンか!?」
「もう! 気が付くの遅いよ、兄さん。折角お茶まで用意したのに」
「いや、すまん。って言うか、お前……」
すっかり大きくなったし髪も伸びた。顔付きは少しほっそりして大人っぽくなったか? それにしてもその外見……ますます女っぽくなってるじゃないか!
「メイドってお前のことだったのか! お前、領地にいたはずじゃ!?」
「父さんが、外の世界を見て勉強してこいって」
それで王都に来たら王宮のメイド業を斡旋されて、そのままメイドとして働いているらしい。
「良くバレなかったな。まあ、その外見ならバレないか」
「つい先日バレちゃった……って言うか、私は隠してたわけじゃないんだけど、皆私を女だと思ってたみたいで。でも、メイドとして働いていいって先輩方が」
「その外見で男であることがおかしいんだ! しかしまあ、元気そうで何よりだ」
「兄さんも!」
隣に座り直して抱き付いてくるマリオン。この家に住み始めて持ち主が俺だと気付き、俺が帰ってくるのを楽しみにしていたらしい。家の中には領地から持ってきた物が結構置いてあったからな。
「私も一緒に住んでいい? 家事はちゃんとやるから」
「まあ部屋も余ってるし問題ないが……俺との関係を聞かれたらちゃんと兄弟って言うんだぞ!」
「もちろん! 大好きな兄さんだから!」
やれやれ、ますます弟と紹介しにくい姿に成長しやがって。しかし中身は全然変わってない様で、ちょっと甘えん坊のままだ。
久しぶりに再会したマリオンとの話題に困ることはなく、弟が王都に来てから何をしていたかを教えてくれた。パトリシア王女やフランツ王子にも懇意にしてもらっている様で、王女の進言で学園に入学することになっているらしい。ちょっと気になる点があるとすれば、弟との会話に時々『狩り』と言う言葉が出てくることだ。
「お前、王都に来てまで狩りをしてるのか?」
「だって領地ではいつも行っていたし、休みの日は暇だから……」
「街に出て買い物するとか、他にも時間を潰す方法はあるだろう? ってお前まさか……」
ふとグラハムが言っていた『誰かが魔物を倒した』という話を思い出した。お前、俺が領地を離れた頃には親父たちと一緒に魔物退治に行ってたよな、確か。『女の姿をした悪魔』ってもしかして!?
「魔物退治もしてるんじゃないだろうな!?」
「し、してないもん」
顔を背け、小声で否定するマリオン。やってんじゃねえか!
「ここは領地じゃないんだぞ! 大体お前の戦闘力が皆に知れたら、利用しようとするヤツも出てくるかも知れないだろうが!」
顔をこちらに向かせて両手で頬をつねる。
「イタイ、イタイ、ごめんなさいぃ。でもバレない様に倒したし」
「そう言う問題じゃない!」
そう言うところも全然変わってないな、お前は! 普段は大人しそうにしているのに、周りの人々の為となると無茶する傾向がある。自分の力を誰かの役に立てたいと言う思いが強いのだろうが、家族としては危なっかしいのでじっとしていて欲しいんだよ。
「他に問題は起こしてないだろうな、お前」
「起こしてないもん!」
「本当だろうな?」
「ホントだもん!」
そう言いながらまた抱き付いてきたマリオン。なんで拗ねながら抱きつくんだか……良く考えれば、こいつはまだ十五か。成人しているとは言え、誰かに甘えたいのか? 母さんが亡くなってからは家事もこなしていたし俺も家を出てしまったから、甘えたくても相手がいなかったのかもなあ。
「甘えん坊め」
「へへへ……」
そう言いながらマリオンの頭を撫でていると、不意にバンッ! と勢い良く入り口の扉が開いた。
「ちょっとドミニク! 帰ってきたなら私にも声ぐらいかけなさいよね! ……って、あなたたち何してる!?」
「!?」
ビックリしたマリオンは、真っ赤になりながら椅子に座り直していた。シャロン……お前、グラハムの前と俺の前じゃ態度が違いすぎるだろ!
「それはこっちの台詞だ! ノックぐらいできねーのかよ、がさつ女」
「なんですって! 折角会いに来てあげたのに。それより、あなた! いきなりメイドに抱きつかれてるってどうなのよ。ひょっとして、最初からそういう関係だったの!?」
「そんなわけあるか! 俺は今帰ってきたばかりなんだぞ」
「まあいいわ。ちょうどその子をあなたに紹介してあげようと思ってたところだから。いい子だし、あなたの婚約者にちょうどいいんじゃないかと思ってね」
あー、こいつはまだマリオンと俺の関係を知らないのか。そう言えばさっきマリオンが、メイド仲間にはバレたけど他の人に伝わってるかどうか分からないって言ってたな。これはちょっと面白い状況だ。
「あの……」
マリオンがシャロンに何か伝えようとしたので、人差し指で弟の唇を塞ぐ。俺がニヤッと笑ったのを見て、何を考えているか察した様子。
「俺はまだ婚約する気はねーぞ」
「だったら、なんで抱き合ってたわけ?」
「こいつはランズベリー領の出身でな。俺があっちにいた時の顔見知りなんだよ」
「そうなんだ。ならちょうどいいじゃない。ここだけの話だけどその子、先日フランツ王子に告白されたらしいわよ。その子は断ったらしいけど、美人だし器量良しだし、あなたにはもったいないぐらいじゃない」
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「兄って……兄妹だったの!? あなた妹がいるなんて一言も言ってなかったじゃない!」
「聞かれてねーからな。グラハムにだって『弟』がいるって話したことはないぜ」
「弟?」
しばらく入り口で固まっていたシャロンは、やがて凄い勢いでマリオンの方に走り寄って、肩を掴んで揺さぶっていた。
「弟!? 今、弟って言った!? 男なの!?」
「は、はい……」
「そう言うところががさつだって言ってんだよ! 弟が舌噛みそうじゃないか」
「ああ、ごめんなさい……でも、男!? この外見で!?」
椅子に座ると、マリオンのカップから少し冷めたお茶を一気飲みしたシャロン。大きく深呼吸してようやく落ち着いた様子。
「あー、ビックリした。そりゃフランツ王子と婚約できないわね。それにしても本当に男なの? こんなに可愛いのに」
勝手にマリオンの体をペタペタ触るシャロン。胸がないことでやっと納得した様だ。
「分かっただろう? 納得したなら帰れよ」
「夕食を作りますので、よろしければシャロン様もご一緒にいかがですか? 大したものは作れませんが」
「え、いいの?」
「はい。兄さんとシャロン様のご関係もお聞きしたいですし」
「こいつとは学園時代からの腐れ縁なだけだ。昔から俺にちょっかい出してくるんだ……グラハムと婚約してるんだから、もう俺に構うなよ」
「フン! 影の薄いあなたに光を当ててあげてるんだから、もうちょっと感謝しなさいよ」
まったく、相変わらずお節介な女だな。マリオンも乗り気みたいだからウチで夕食を食べることは許可してやるが、特別だからな! 俺がクエイル領でどれほど苦労したか、たっぷり話を聞かせてやるから覚悟しとけよ。
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大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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