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Chap.8 All in the golden night
Chap.8 Sec.5
しおりを挟むおのおのが食事に集中していた。
ハオロンはというと、皿の上の食材をフォークで拾い上げてはロキへと問いかけ、知識にある、ありとあらゆる野菜の姿を吟味していた。
「ねぇ、これめっちゃカラフルなんやけどぉ、同じ葉っぱやのにそれぞれ色違うのってなんで?」
「ベタレイン含有量の差だろ」
「べたらいん? って何?」
「ポリフェノールの話、さっきしたじゃん」
「なんでここでポリフェノールが出てくるんやって」
「……オレの話聞いてなくねェ?」
「ポリフェノール……ワインに入ってるのは知ってるわ」
「ワインも植物でできてるからねェ……」
「ぶどうやろ? ……ああ! ポリフェノールは赤色を意味してるんか!」
「違う」
「……なんやってもぉ……勉強なんて嫌いやわ……」
「勉強ってか記憶力の問題じゃね?」
「ゲームの技とかカードなら覚えられるんやけどぉ……」
「視覚が伴わねェとダメなンかねェ~? ……てか、もォやめねェ? オレお腹空いてるって言ったのにさァ……すげェ邪魔してくンじゃん……」
「ねぇ、これは?」
「………………」
うんざりとしたロキは、鴨肉を口腔内に放り込み、口を閉ざした。ならばメルウィンに訊こうと思ったハオロンであったが、なかなか距離がある。身をテーブルの上にすこし乗り出して、間のアリスとアリア(あのふたり、うちからすると名前ちょっと似てるわ……)を見る。どちらも話すことなく食事をしていた。その奥ではメルウィンとティアが抑えぎみな声量でぽつりぽつりと会話しているのが聞こえる。向かいに座る3人は話していない。イシャンが寡黙なのは普通だが、セトがここまで無言なのは珍しい。自分たちが会話をやめたせいか、食卓は随分と静かになった。
メルウィンとティアの会話が途切れる。数分ほど、静寂がおとずれる。ハオロンはこういう時間が好きではない。
何か話題を出そうと考える。しかし、それは不要となった。静黙とした食卓を壊したのは、アリアが発した彼女への声かけだった。
「——お姫様、落とした物は、拾わなくてもいいんですよ」
ごほっ、と。
吹き出す音がした。3箇所くらいから。ちなみにハオロンは、ごっくんとパンのかけらを丸呑みしていた。
「……ヒロワナイ?」
「ロボが片付けてくれますから、大丈夫ですよ」
「……ろぼ」
「ええ」
スルーっとロボが滑り、彼女のテーブルへと新しいスプーンを置く。落としたらしいほうのスプーンは床から回収されていった。
何事もなかったようにまた食べ始めるふたり。静寂がおりるかと思いきや、いくらなんでも看過できなかったらしく、ティアが、
「いやまって!? お姫様ってなにっ? なんで誰も突っこまないの?」
相当な声量で口火を切った。アリアがティアの方へと顔を向ける。
「……お名前が分からないので、ひとまず、お姫様と呼ぶ——という話になりまして」
「ひとまずでお姫様!? そんな発想あるっ?」
「……本人の承諾も得ていますよ……?」
「や、アリスちゃん絶対理解してないから!」
「……そうなのですか?」
真ん中のメルウィンが、「でも、初めて会ったときは、お姫様みたいな服だったよね……?」ぽそぽそと囁いた。ロキが口中の物を飲み下し、右隣の彼女へと横目を投げる。
「そォいやアンタ、その格好なに?」
「……カッコウ?」
首を傾けた彼女に、ロキは、
『……そのようふくは、どうしたの?』
『……セトが貸してくれたよ……?』
『さいしょのようふくは、あなたのこのみ?』
『あれは、セトがくれた……と思う』
『どちらも、ださい』
『……その言葉、いい意味じゃないよ』
『ほめてない』
『………………』
『いぬのしゅみが、わるいな』
『……犬?』
『セトのこと』
『……犬って動物のことだよ?』
『しってる。あなたはうさぎだろ?』
『……うさぎ?』
ロキたちが宇宙語を喋っている。隣で耳を傾けていると、セトが「知らねぇ言語で俺の名前言ってんじゃねぇよ」彼らを睨めつけた。あれは本当にイラついているのではなく、単に目つきが悪いだけ。ハオロンは知っているが、彼女のほうは間違いなく勘違いして凍りついている。ロキは飄々として舌を出した。
「てめェのことなんて話してねェ~よ」
「今言ったろ」
「聞き違いじゃねェ~? オレら、今日の服は地味だなァって喋ってただけだし? な、ウサちゃん」
ロキに同意を求められたが、彼女は戸惑っている。セトはロキから彼女へとねらいを変え、
「おい、ウサギ。お前の言語で俺の名前出すな」
「…………ゴメンナサイ」
「それ、分かって言ってるか?」
「……せとのなまえ……いわない」
「よし」
ペットの躾か。喉まで出ていた言葉を肉と一緒に呑み込んだ。彼女を飼いたいという願望をセトは否定していたが、あながち違わないのでは。
疑惑のまなざしを向けていると、セトがこちらを向いた。
「……なんだよ?」
「なんでもないけどぉ……ほや。セト、今日はデセール食べよな!」
「……あぁ、いいけど」
「昨日お茶会したんやって。今日もみんな食べるかぁ?」
ようやく楽しい話題になったと、明るい気分で全員を見回した。何故かみんな黙ったので、とりあえずサクラに焦点を合わせる。
「サクラさん!」
「私は遠慮するよ」
「そぉなんか……イシャンは?」
「……私も、今日はやることが……ある」
「大変やの? ……ロキは? たまには甘いの食べたくならんか?」
「ならないねェ~」
「ありすは? 食べるか? ……食べよな!」
彼女の悩んだ表情に押しきってみようとしたが、タイミングを合わせたように席を立ったティアが、にこっと笑った。
「だめだよ」
何を言われたか、まばたきをする刹那では分からず、「ん? ティアは食べんの?」遅れて尋ねた。
「僕は私室で食べる予定」
「私室? なんで?」
「お茶する約束してるから、アリスちゃんと」
ティアはメルウィンとアリアの背後を歩き、彼女の肩にそっと手を乗せた。
「ね、もう食べ終わったよね?」
ティアが首を傾けると、肩から長い白髪がさらさらと流れ、彼女の頭上に掛かった。彼女はティアの問いかけに「はい」返答しながらも、不思議そうな目を向けている。
「じゃ、僕の部屋でお茶しよう?」
「……コウチャ?」
「うん、そう。……おいで」
ティアの差し出した手を、しばらくのあいだ彼女は考えるように見つめていたが、最終的にそろりと重ねて立ち上がった。
背後を過ぎるときに、ロキがティアへと、
「アンタでも女抱いたりすンだ? できねェのかと思ってたなァ~」
むき出しの悪意でからかった。
ハオロンは「こら、ロキ」厳しい声で注意し、ティアの様子を気にする。
ティアのほうは気分を害した感じではなく、むしろ、
「——僕は、優しいよ? ……傷付けることもないから、安心してね」
意味ありげな視線を落として、くすりと笑んだ。
ハオロンにはその言葉の真意が分からない。ただロキが、小さく動揺したのだけは、わかった。
ふたりが出ていくと、食堂には微妙な空気が流れた。ちらっと目線を上げる。離れたセトと目が合った。どうやらセトも、今のやり取りについて理解していないようだった。
セトとふたりで(今のなんやと思う?)(知らねぇ)アイコンタクトを取っていると、サクラとイシャンもまた食べ終わったらしく、食堂を後にした。
ハオロンは逡巡したが、やはりテーブルに身を出し、アリアへと向く。
「アリアは? デセール食べる?」
「ええ、ぜひ」
「うんっ食べよな! これで4人やの」
人員の確保が無事すんだことに笑っていると、アリアの奥からメルウィンの独り言が聞こえた。
「あれ……僕だけ確定……?」
ハオロンは今日、メルウィンの拒否は受けつけないでおこうと決めていた。メルウィンがいると出来たてを提供してもらえるし、飴細工やムースなどの盛り付けも好みに合わせてしてもらえるので。
甘味を楽しみに残りの食事を進めていると、右手の方からアリアの声で、
「ところで……珈琲と共に食べるのは、プティフールだと聞いたことがあるのですが……デセールと何が違うのでしょう?」
「え! なんの話!? また知らん言葉やが!」
びっくりして横を向き大声を出すと、ロキから「うるさっ」苦情が出た。
ほんわかしたアリアの顔は、「メルウィンさん、知ってますか?」ハオロンからメルウィンへと動いた。
「えっと……デセールは、コース料理でいう、食後の甘味とかチーズ……かな? プティフールは食後の珈琲の……おとも?」
「そうなんですね」
「でも……みんな好きに取ってるから、コース料理でもないし……デセール、デザート、あとはアントルメ……? そのあたりのどれでも、好きに呼んでいい気がする。僕のなかでは、プティフールは小さいイメージ」
メルウィンの説明に、ハオロンはため息が出た。
「料理って難しいの……単語覚えるだけで頭痛くなるわ……」
「そんなことないよ。ワードを知らなくても、料理はできるよ」
「そぉかぁ? ……うちには無理やわ。お願いやから、メルウィンはずっとここに居てな?」
「……頼まれなくても、行くとこなんてないから……ずっといるよ」
「うちも行くとこないし、一緒やの」
「ハオロンくんは……僕と違って、どこへでも行けるよ。頭もいいし、体力もあるし……」
「頭いいかぁ? 体力も……セトと比べたら、まだまだやわ」
「セトくんは……ちょっと、人間じゃないから……」
「ほやの……」
セトが「本人の前で否定すんな」口を挟み、しんみりした空気を消すように鋭く息を吐いた。
「——やめろよ。なんで急に湿っぽくなってんだよ。俺らは居たくてここに居るんだろ? 行き場所がねぇとか言うな。……要らないやつなんていない。ここには全員必要なんだよ」
強い口調で言いきり、メルウィンからハオロンまで、全員に目を滑らせた。
ハオロンは最後のひとくちを食べていたので、嚥下してから、口を開く。
「……セト、なんか嬉しいけど……うち別に、自分が要らんとまでは思ってないよ……?」
「俺も思ってねぇよ」
「…………?」
論点が若干違うような、とは口にできなかった。セトの雰囲気が真剣で、余計な口出しを拒んでいる気がした。
ハオロンが黙ったのと引き換えに、目を伏せていたロキが乾いた笑い声をハッと。嘲笑にも聞こえた。セトにも届いたらしく、ハオロンと同じ印象を受けたのか険しい目をして、
「……なんだよ」
「……別に?」
「言いてぇことあんなら言えよ」
「言いたいってほどじゃねェけど……ハウスに全員必要ってのは、誰の主観かねェ? と思って」
「……俺の主観だろ。俺が、俺の考えで喋ってんのに文句あんのか?」
「……本気でそんなこと思ってンの? 誰かが居なくなったところでさァ、そんなもんロボで代替可能じゃん? オレらほとんど無駄なことしかしてねェんだし。……全員必要なんて綺麗事は、てめェが暴君サクラにいだいてる幻想じゃねェ~の?」
——ハオロンは、瞬間的にロキの横腹へと肘鉄を喰らわせていた。
「っ!?」
「あぁ、ごめんの。当たってもたわ。ちょっと食後のストレッチ? しよぉって思ったらぁ……」
「……マジいてェんだけど……」
「ほやの、今のは痛かったの。うん、心配やでちょっと医務室行こさ」
「……そこまでじゃ……ってなにっ? いてェって!」
「あぁ、ほら痛いやろ? 医務室行ったほうがいいわ」
「それはアンタが引っ張るからっ……ちょっ、いてェって! なにっ? 痛いって言ってんじゃん!」
ロキの腕を掴んで無理やりイスから立ち上がらせ、ドアへと引きずって行く。セトの方にはなるべく目をやらずに。
しかし、
「……ロキ」
低い声が、呼び止めた。聞こえなかったふりをして出ていきたいが、ドアまでまだ少し距離があった。テーブルが不必要に長いせいで。
呼ばれたロキが反応する。ハオロンもそろっと様子をうかがったが、セトはこちらを見ていなかった。テーブルの上の食器を見つめたまま、
「……どう思ってようが、お前の勝手だけど……サクラさんが俺らを必要としてるのは、幻想なんかじゃねぇよ。……サクラさんは、昔から俺らのこと……大事に思ってくれてる」
「……あのさァ~? そりゃね、本人はワンワンが必要だとかずっと居てほしいだとかゆ~かも知んねェけど、そんなの口先だけでなんとでも言えンだよなァ~……ま、従順な飼い犬は重宝されるし? てめェはそれでいいんだろォけど? ……少なくともサクラは、オレのことはなんとも思ってねェよ」
「なんでだよ。サクラさんは、お前のことも大事に決まってんだろ」
「ヘェ~? ……じゃ、オレも直接言ってもらいたいねェ? 反抗的な犬も可愛いよ、とかさ」
「……おい、あんまふざけてんじゃねぇぞ」
恐ろしく吊り上がった目が、こちら側に流れた。セトの前に座っているメルウィンは真っ青になっていて、アリアも押し黙っている。
緊迫した空気に、肘鉄ではなく殴って気絶させておけばよかったと後悔した。——いや、まだ遅くないのでは。
暴力に訴える前に、あいだに入って、
「ねぇ、やめよっさ。なんで揉めてるんやって……うちらみんな兄弟やろ? 仲良くやろさ……ロキも、セトに突っかからんと……セトも、怖い顔せんと……あっほら! デセール! 甘いもん食べてにっこりしよか!」
すっかり頭から抜けていた甘味で取りもとうとしたが、ロキは「オレは要らねェ~」掴まれていた手を振り払って、そのまま食堂から出ていった。
セトを見る。彼はハオロンの視線に気づいて、目許に刻まれていた険を解いた。すっとメルウィンの方へ顔を向け、
「メルウィン、今日のデセールは?」
「ぇ……っと、ミラベルのミルフィーユと……バニラアイスを、のせる?」
「ん。俺も何か手伝うか?」
「……えっ!?」
「……なんだよその反応。驚きすぎだろ」
「でも……セトくんがそんなこと言うのって初めてだよ……ね?」
「そうか? 俺にやれることならやる」
「……それなら、クリームを同じサイズで絞って……それは、難しいかな? ……粉砂糖を、お皿にふる……とか?」
「砂糖を皿にかけてどうすんだよ?」
「…………うん。やっぱり、セト君にしてもらうことは……ないかも」
「おい。俺も一応、料理できるって——ティアに評価されたからな?」
「ティアくんは、優しいから」
「どういう意味だよ」
ふふふっと、アリアが微笑した。丸くなった空気にほっとして、ハオロンも座ることにした。ロボが卓上を片付けてくれたので、セトの隣へと腰を下ろし、
「盛り付けは無理やけどぉ、代わりにうち、お茶淹れてあげるわ!」
自分のできることを考慮したうえで会話に加わった。——が、何故かピシリと、空気に裂け目が。
「……ん?」
にこやかなアリアが微笑んだまま「私はエスプレッソにしますから、マシンで作りますよ」やんわりと遠慮し、ついでメルウィンが「僕もエスプレッソの気分だから……」同じく辞退した。仕方ないのでセトへと照準を絞り、
「セトのは、うちが淹れてあげるでの」
「……いや、俺は珈琲を飲むし……」
「分かってるって。うちも珈琲にするから」
「俺は別にマシンで……」
「人が淹れたほうが美味しいらしいよ?」
「……いや、お前のは……」
「遠慮せんと! 珈琲いっしょに飲もっさ♪」
「…………おう」
セトの同意に喜び、珈琲の用意をしようと席を立った。メルウィンの甘味を食べるときが、一日のうちで一番幸せな時だと思う。
ニコニコと笑うハオロンとは対照的に、沈んだ表情のセト。メルウィンとアリアはその沈痛な顔に向けて、同情するような、もしくは応援するような目をしていた。
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