【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.16 処刑は判決の前に

Chap.16 Sec.8

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 夕食時の食堂は一堂にかいする。
 これは規則ではない。彼らが、あるきっかけのもと、自然と身についた習慣になる。そろわないときもあるが、今夜は——ハウスに住まう者、全員が集結していた。
 本来の夕食時間には少しばかり早いが、皆、メルウィンの連絡を受け、早い時間に揃いきっていた。
 最後に入室したのが、サクラと彼女だった。

 ——ガタンっと。大きな音を立てて、セトが立ち上がった。いち早くやって来ていた彼は廊下側の端で座っていた。横にいたティアは、駆け寄って抱きしめるのだろうか——などと想像していたが、セトは踏み出した足を止めていた。

(……そうだよね、そんなドラマティックな手段は君にないよね)

 苦笑ぎみに目で向かいの面々をなぞる。窓側には、メルウィンから始まってハオロン、ロキ、アリアがいた。
 メルウィンは彼女の名前を呼びかけていたが、思いつめたように唇を閉ざした。その瞳には罪悪感が見える。彼女に課せられた試験テストで、手も口も出せずにいた自分を……責めている。自己嫌悪とともに。
 ハオロンは様子見をしている。彼は現状をあまり理解しきっていない。アリアはよく分からないが、彼女が無事であることに深く安堵あんどしていた。
 ロキを見る。彼こそ抱きしめにいってしまうかと思ったが、こちらも大人しい。彼女の無事な姿を捉えずとも、分かっていたのだろう。サクラが、なにか——を試していたことを。それがなんの為かは、想像していなくとも。ロキの場合は、そのために彼女を利用したサクラに対してだけ、強い反発の意思で細い目を送っていた。その気持ちだけはティアも同意できる。
 ティアの右手にいたイシャンは、表情からは何も読めないが……

「——せと!」

 足を止めたセトの代わりに、意外にも彼女のほうが声をあげた。いまいち状況がつかめていない顔でそろりと入室した彼女は、立ち上がったセトの姿を確認した瞬間——泣きそうな顔で——駆け寄っていた。長いリフェクトリーテーブルの、端から端まで。ティアの見上げた先では、セトの戸惑った顔が見える。今まで追いかけることが多すぎて、あちらから来るなんて思ってもみなかったのだろうか。

 セトの前までやってきた彼女が、

「けが、だいじょうぶ? いたくない? へいき?」
「は? ……あ、ああ。それは全然……」

 人工細胞で修復されてるから。そんなことを説明しようとして、やめたようだった。耳には翻訳機が戻っているが、彼女は説明を受け取れる気がしない。そう思っているらしい。たしかに彼女は科学にうとい。
 セトの答えを聞いて、泣きそうだった顔が安心で満たされ——ほろりと。こぼれ落ちた涙に、セトがぎょっとした。また泣くのか! なんでこのタイミングで泣くんだよ! 俺が悪いみてぇじゃねぇか! そんな訴えが聞こえてきそうだが、ティアにとって彼女が泣いている姿は新鮮だった。逃亡事件のあと以外で、泣き顔なんて見たことがない。つらいとき、いつも彼女は表情をなくしていたから。

(……そっか。セト君の前だけ、泣けるんだ……)

 胸に差した気持ちは、すこしばかり嫉妬しっとに似ている。

「……なんで、泣くんだよ……お前のほうこそ……大丈夫なのか? 痛いとこは、ねぇのか?」

 はらはらとあふれる涙を押さえる手の下で、彼女はうなずく。だいじょうぶ、わたしは、へいき。せと、ごめんなさい。わたしなんかを、まもったせいで……。つたない言葉が、涙と同じくあふれていく。止まっていた心が動き出したように、現実を取り戻したように、セトが撃たれた事実を——いま、真実として重く受け止めたようだった。

 泣き出した彼女の姿に、おそらくテーブルに着いていた大半が、罪の意識を覚えたように思う。表情の乏しい彼女の泣き顔を、ティアと同じで、あまり見たことのない者ばかりではないだろうか。——ハオロンですらも、戸惑うように衝撃を受けていた。

「……アリスちゃん、だいじょうぶ——」

 あまりに涙をこぼすものだから、思わず席から立ち上がって声を掛けようとしたティアだったが——その声が届く前に、セトが細い肩に手を伸ばしていた。

 耐えきれない——そんなふうに、彼女の身体を抱きしめていた。
 強く力が入りそうになって、でも気をつけるように力を抜いて。壊れ物を扱うみたいに、胸のなかに閉じこめていた。

「謝る必要なんてねぇよ……お前は何も悪くない。……無事で、ほんとに……よかった」

 セトの口からこぼれ落ちた、小さな本心が。彼女の耳に、心に、まっすぐ届いたことだろう。
 相性の悪いふたり——それでも、今は。きっと素直に伝わったはず。

(……あ~あ。僕も頑張ったのになぁ……)

 出しかけていた手を引っ込め、ふたりの横で、両肩を上げてため息。
 セトの腕のなか、セトの反応に驚き——困ったような、なんて言ったらいいのか分からないみたいに——動揺している彼女の横顔を眺めながら。
 自分の役回りは、なんて損なんだろう。
 そんなことを思っていた。
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