【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.16 処刑は判決の前に

Chap.16 Sec.9

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「……ね、セト君。そろそろ離してもらっていい?」

 困りはてた彼女のようすを察して、ティアが掛けた声に、セトはぱっと彼女を離した。周囲の兄弟を思い出したらしい。その動きは実に俊敏で、まばたきの間に3メートルくらい離れていた。

「……そこまで離れなくてもいいんだけどね?」

 苦笑しつつ、彼女の方に向き直る。黒い瞳がティアを映した。涙は止まっている。

「てぃあも……からだ……だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよ。食欲がまったく無いくらいで、お喋りは平気だから。目の前で倒れたから、びっくりしたよね? ……心配かけてごめんね?」

 彼女は小さく首を振った。

「こうちゃが……わるかった? からだに、どくだった?」

 彼女の問いかけに、ティアが——刹那せつな、止まった。サクラへと目を向ける。

「……まさか、何も話してないの?」
「訊かれなかったからな」
「…………冗談でしょう? あんな非人道的なことしておいて、何も説明なし? ……サクラさん、アリスちゃんをなんだと思ってるの?」
「もちろん、人間だと思っているよ。——それより、食事にしてやってくれ。空腹らしいからね」
「………………」

 答えたサクラは、廊下側の通路を進む。絶句するティアを残して、イシャンの横に腰を下ろした。ロボを呼んで配膳をととのえようとするサクラに、向かい側のラインから、

「——は? そんなんで片付くと思ってンの?」

 ノイズを帯びたような声が、刺すようにサクラへと掛けられた。着席していた者も、立ち上がっていたティアも、彼女に気を取られていたセトですら、怒りのこもった一声にロキを見て、その視線の先を見遣った。
 サクラが、青い眼をロキへと返す。ロキは低い声のまま、

「解放したってことは、ウサギの疑いはれたンだよな? あんだけのことやっといて、ウサギやセトに謝罪もナシ? 何様なわけ?」
「謝罪の必要性が分からないな……。本物の毒を飲ませようとしたわけでもなく、疑いを向けられて当然の状態で、その疑いが霽れるようにしてやったのだからな。セトに関しては、私が威嚇いかく射撃をしたところに、自ら飛び出してきたと認識しているよ」
「はァっ?」
「——それでも、お前が欲しいと言うならば謝罪しようか?」

 冷たい表情で、サクラはロキを見据えた。目の合った者を威圧するような、深い青。気圧けおされたわけではなかったが、ロキはこれ以上話しても無駄だと判断して口を閉ざした。
 話を切ったロキから、メルウィンへと。サクラの目が移る。メルウィンは、どきりとしたように「ぁ……アリスさん、お腹すいてるんですよね……? 食事に、しましょう……か」配膳のためのロボを呼び寄せた。

「えぇっと……席は、どこに……」

 メルウィンの視線が、ゆらりとテーブルを回る。端にいるサクラの横——は、ない。そうなるとアリアの奥か、と。
(ちょっと遠い……)メルウィンが逡巡しゅんじゅんした合間に、彼女は急いだようにしてサクラの横へと着席した。メルウィンに急かすつもりはなかったというのに、よりにもよって、に。

「ぁ……」

 どうしよう、と言いたげにセトやティアの方を向いたが、ティアが、

「……そうだね、食べようか。僕は無理そうだけど……みんな、食べて。ほら、セト君も」

 いまだ距離のあったセトに、着席を促す。そうして、ティアの目は、最後にサクラの方へ。

「食べたら、話し合いの場を設けてくれるんでしょう? そういう約束だったもんね? ——ね、サクラさん」

 氷のような、冷たく静かな声が響いた。
 横目でティアを捉えたサクラは、何も感じていないような顔で肯定する。

「——そうだな。今後のためにも、話しておきたいことがある」

 そこで会話は途絶え、配膳の音だけが空間に残っていた。

 サクラの横に席をついた彼女は、翻訳機から発せられる言葉たちを頼りに、ずっと現状を理解しようとしていた。
 ここに来る前、中央棟を出るとき。混乱を極めていた彼女に向けて、サクラは——こう言ったのだ。

——暴君には、断罪が必要だろうね。

 状況の端々をつかみ始めた彼女は、最後のティアの声色から、ふいに——理解して、はっとサクラの横顔に目を向けていた。
 気づいたサクラと、目が合う。
 唇だけが、答え合わせのように、やわらかく微笑んだ。

——もしかすると、ここを出ていくのはお前たちではなく……私かも知れないね。

 何を言っているのだろう。そんなふうに鈍い頭で思っていた言葉の、意味が。
 ようやく、彼の——意図が。

『……どうして……』

 ぽつり、と。
 唇をほとんど動かすことのない、静かな言語が、唇からこぼれ落ちた。

 そこから先は、出てこない。
 吐息のようなサクラの声が、ひどくはかない響きで耳に届いたから。

『そのまま黙っていなさい。——最後まで』
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