186 / 228
Chap.16 処刑は判決の前に
Chap.16 Sec.9
しおりを挟む
「……ね、セト君。そろそろ離してもらっていい?」
困りはてた彼女のようすを察して、ティアが掛けた声に、セトはぱっと彼女を離した。周囲の兄弟を思い出したらしい。その動きは実に俊敏で、まばたきの間に3メートルくらい離れていた。
「……そこまで離れなくてもいいんだけどね?」
苦笑しつつ、彼女の方に向き直る。黒い瞳がティアを映した。涙は止まっている。
「てぃあも……からだ……だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよ。食欲がまったく無いくらいで、お喋りは平気だから。目の前で倒れたから、びっくりしたよね? ……心配かけてごめんね?」
彼女は小さく首を振った。
「こうちゃが……わるかった? からだに、どくだった?」
彼女の問いかけに、ティアが——刹那、止まった。サクラへと目を向ける。
「……まさか、何も話してないの?」
「訊かれなかったからな」
「…………冗談でしょう? あんな非人道的なことしておいて、何も説明なし? ……サクラさん、アリスちゃんをなんだと思ってるの?」
「もちろん、人間だと思っているよ。——それより、食事にしてやってくれ。空腹らしいからね」
「………………」
答えたサクラは、廊下側の通路を進む。絶句するティアを残して、イシャンの横に腰を下ろした。ロボを呼んで配膳をととのえようとするサクラに、向かい側のラインから、
「——は? そんなんで片付くと思ってンの?」
ノイズを帯びたような声が、刺すようにサクラへと掛けられた。着席していた者も、立ち上がっていたティアも、彼女に気を取られていたセトですら、怒りのこもった一声にロキを見て、その視線の先を見遣った。
サクラが、青い眼をロキへと返す。ロキは低い声のまま、
「解放したってことは、ウサギの疑いは霽れたンだよな? あんだけのことやっといて、ウサギやセトに謝罪もナシ? 何様なわけ?」
「謝罪の必要性が分からないな……。本物の毒を飲ませようとしたわけでもなく、疑いを向けられて当然の状態で、その疑いが霽れるようにしてやったのだからな。セトに関しては、私が威嚇射撃をしたところに、自ら飛び出してきたと認識しているよ」
「はァっ?」
「——それでも、お前が欲しいと言うならば謝罪しようか?」
冷たい表情で、サクラはロキを見据えた。目の合った者を威圧するような、深い青。気圧されたわけではなかったが、ロキはこれ以上話しても無駄だと判断して口を閉ざした。
話を切ったロキから、メルウィンへと。サクラの目が移る。メルウィンは、どきりとしたように「ぁ……アリスさん、お腹すいてるんですよね……? 食事に、しましょう……か」配膳のためのロボを呼び寄せた。
「えぇっと……席は、どこに……」
メルウィンの視線が、ゆらりとテーブルを回る。端にいるサクラの横——は、ない。そうなるとアリアの奥か、と。
(ちょっと遠い……)メルウィンが逡巡した合間に、彼女は急いだようにしてサクラの横へと着席した。メルウィンに急かすつもりはなかったというのに、よりにもよって、そこに。
「ぁ……」
どうしよう、と言いたげにセトやティアの方を向いたが、ティアが、
「……そうだね、食べようか。僕は無理そうだけど……みんな、食べて。ほら、セト君も」
いまだ距離のあったセトに、着席を促す。そうして、ティアの目は、最後にサクラの方へ。
「食べたら、話し合いの場を設けてくれるんでしょう? そういう約束だったもんね? ——ね、サクラさん」
氷のような、冷たく静かな声が響いた。
横目でティアを捉えたサクラは、何も感じていないような顔で肯定する。
「——そうだな。今後のためにも、話しておきたいことがある」
そこで会話は途絶え、配膳の音だけが空間に残っていた。
サクラの横に席をついた彼女は、翻訳機から発せられる言葉たちを頼りに、ずっと現状を理解しようとしていた。
ここに来る前、中央棟を出るとき。混乱を極めていた彼女に向けて、サクラは——こう言ったのだ。
——暴君には、断罪が必要だろうね。
状況の端々をつかみ始めた彼女は、最後のティアの声色から、ふいに——理解して、はっとサクラの横顔に目を向けていた。
気づいたサクラと、目が合う。
唇だけが、答え合わせのように、やわらかく微笑んだ。
——もしかすると、ここを出ていくのはお前たちではなく……私かも知れないね。
何を言っているのだろう。そんなふうに鈍い頭で思っていた言葉の、意味が。
ようやく、彼の——意図が。
『……どうして……』
ぽつり、と。
唇をほとんど動かすことのない、静かな言語が、唇からこぼれ落ちた。
そこから先は、出てこない。
吐息のようなサクラの声が、ひどく儚い響きで耳に届いたから。
『そのまま黙っていなさい。——最後まで』
困りはてた彼女のようすを察して、ティアが掛けた声に、セトはぱっと彼女を離した。周囲の兄弟を思い出したらしい。その動きは実に俊敏で、まばたきの間に3メートルくらい離れていた。
「……そこまで離れなくてもいいんだけどね?」
苦笑しつつ、彼女の方に向き直る。黒い瞳がティアを映した。涙は止まっている。
「てぃあも……からだ……だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよ。食欲がまったく無いくらいで、お喋りは平気だから。目の前で倒れたから、びっくりしたよね? ……心配かけてごめんね?」
彼女は小さく首を振った。
「こうちゃが……わるかった? からだに、どくだった?」
彼女の問いかけに、ティアが——刹那、止まった。サクラへと目を向ける。
「……まさか、何も話してないの?」
「訊かれなかったからな」
「…………冗談でしょう? あんな非人道的なことしておいて、何も説明なし? ……サクラさん、アリスちゃんをなんだと思ってるの?」
「もちろん、人間だと思っているよ。——それより、食事にしてやってくれ。空腹らしいからね」
「………………」
答えたサクラは、廊下側の通路を進む。絶句するティアを残して、イシャンの横に腰を下ろした。ロボを呼んで配膳をととのえようとするサクラに、向かい側のラインから、
「——は? そんなんで片付くと思ってンの?」
ノイズを帯びたような声が、刺すようにサクラへと掛けられた。着席していた者も、立ち上がっていたティアも、彼女に気を取られていたセトですら、怒りのこもった一声にロキを見て、その視線の先を見遣った。
サクラが、青い眼をロキへと返す。ロキは低い声のまま、
「解放したってことは、ウサギの疑いは霽れたンだよな? あんだけのことやっといて、ウサギやセトに謝罪もナシ? 何様なわけ?」
「謝罪の必要性が分からないな……。本物の毒を飲ませようとしたわけでもなく、疑いを向けられて当然の状態で、その疑いが霽れるようにしてやったのだからな。セトに関しては、私が威嚇射撃をしたところに、自ら飛び出してきたと認識しているよ」
「はァっ?」
「——それでも、お前が欲しいと言うならば謝罪しようか?」
冷たい表情で、サクラはロキを見据えた。目の合った者を威圧するような、深い青。気圧されたわけではなかったが、ロキはこれ以上話しても無駄だと判断して口を閉ざした。
話を切ったロキから、メルウィンへと。サクラの目が移る。メルウィンは、どきりとしたように「ぁ……アリスさん、お腹すいてるんですよね……? 食事に、しましょう……か」配膳のためのロボを呼び寄せた。
「えぇっと……席は、どこに……」
メルウィンの視線が、ゆらりとテーブルを回る。端にいるサクラの横——は、ない。そうなるとアリアの奥か、と。
(ちょっと遠い……)メルウィンが逡巡した合間に、彼女は急いだようにしてサクラの横へと着席した。メルウィンに急かすつもりはなかったというのに、よりにもよって、そこに。
「ぁ……」
どうしよう、と言いたげにセトやティアの方を向いたが、ティアが、
「……そうだね、食べようか。僕は無理そうだけど……みんな、食べて。ほら、セト君も」
いまだ距離のあったセトに、着席を促す。そうして、ティアの目は、最後にサクラの方へ。
「食べたら、話し合いの場を設けてくれるんでしょう? そういう約束だったもんね? ——ね、サクラさん」
氷のような、冷たく静かな声が響いた。
横目でティアを捉えたサクラは、何も感じていないような顔で肯定する。
「——そうだな。今後のためにも、話しておきたいことがある」
そこで会話は途絶え、配膳の音だけが空間に残っていた。
サクラの横に席をついた彼女は、翻訳機から発せられる言葉たちを頼りに、ずっと現状を理解しようとしていた。
ここに来る前、中央棟を出るとき。混乱を極めていた彼女に向けて、サクラは——こう言ったのだ。
——暴君には、断罪が必要だろうね。
状況の端々をつかみ始めた彼女は、最後のティアの声色から、ふいに——理解して、はっとサクラの横顔に目を向けていた。
気づいたサクラと、目が合う。
唇だけが、答え合わせのように、やわらかく微笑んだ。
——もしかすると、ここを出ていくのはお前たちではなく……私かも知れないね。
何を言っているのだろう。そんなふうに鈍い頭で思っていた言葉の、意味が。
ようやく、彼の——意図が。
『……どうして……』
ぽつり、と。
唇をほとんど動かすことのない、静かな言語が、唇からこぼれ落ちた。
そこから先は、出てこない。
吐息のようなサクラの声が、ひどく儚い響きで耳に届いたから。
『そのまま黙っていなさい。——最後まで』
20
あなたにおすすめの小説
憧れのお姉さんは淫らな家庭教師
馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。
女性向け百合(レズビアン)R18小説。男性は出てきません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる