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Chap.2 嘘吐きセイレーン
Chap.2 Sec.7
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暖炉の火に照らされたマガリーの顔が、ピタリと固まった。
サクラが案内した中央棟の〈暖炉の間〉。応接スペースの長ソファに座ったサクラの横に、マガリーも並んで座っていた。サクラが勧めたわけではなかったが、真っ先にサクラが座ったものだから、当たり前のように腰を下ろしていた。向かい合って座るという選択肢は彼女にない。
サクラを見つめる水色の眼は、熱を失っている。
わずかに横を向いたサクラの顔も、熱のない人形のような表情だった。
「……聞こえなかったか?」
深い青の眼にさらされて、染まるようにマガリーの顔から血の気が引いていく。ごまかしの効かないほど動揺が表れた顔に、サクラは再度、
「声が出せるだろう? デバイスを通す時間が煩わしいから、その口で話してもらえないか?」
同じセリフに、マガリーが首を振った。声が出ない、話せない。サクラは自分を試しているのだろうと判断し、涙を浮かべて訴えてみるが、サクラの表情に変化はない。
「——人の発声の仕組みを知らないか? その話し方は声が出ない人間ではなく、声を出さないようにしている人間の話し方だ。無駄な偽りは、いずれ目敏い者に見抜かれて信用を失うが、それでも構わないか?」
「………………」
「失声症を演じたいのであれば、薬くらい使うべきだろう? ホールのやり取りだけで気づいたのは、私のみではないよ?」
マガリーは青ざめた顔のまま、一言も話さない。しらを切るつもりなのではなく、単に動転していた。
サクラの言葉は、追い込むように淡々と掛けられていく。
「声が出ないことで、同情を買うつもりだったか?」
ふっと微笑をこぼす顔は、優しいのに——見る者が怖気立つような恐ろしさを孕んでいる。会話と噛み合わない唇に、マガリーは動けずにいた。
「たとえ声が出ないとしても、私は同情しないが……すでに、思い違いをして案じている者もいる。演技をやめて自らの口で他の者にも伝えるなら、滞在を認めよう。偽りを続けるなら他の者にもこの事実を伝える。——さて、どうする?」
薄く曲げられた口唇に、マガリーの痺れたように機能を停止していた脳が、ピリッと危機感を覚えた。
サクラへ触れようと出しかけた手は、行き場をなくして膝へと戻る。これ以上の演技は無意味だった。
「……ごめんなさい。自分の声が嫌いで……話したくなかったの」
バラ色の唇は、ソプラノの綺麗な音を鳴らした。言葉じりが震えたのは緊張からだろう。
サクラの微笑は完全な作りもので、あまりにも空々しい。向き合う者を誘うようでいて突き放す——そんな冷たい目つきだった。青い眼はマガリーを細く捉えたまま、
「私に言い訳は要らない。他の者には説明がいるかも知れないが……今後、気をつけるといい。ここには嘘に敏感な者がいるからね?」
マガリーの頭には、エントランスホールで出会った者のうち、候補がふたり浮かんでいた。先天性白皮症の青年と、ダークブロンドのストレートボブに近い髪の青年。あとひとりの癖の強い髪質の青年は戸惑っていただけ。こちらを眺めていた二人の青年のうち、どちらのことを言っているのだろうかと考える。
「……みなさんに正直に話したら、ここに置いてくれるの?」
「そう言っただろう?」
嘘をついていた者の加入をあっさりと認めるサクラに、マガリーの肩の力が抜けていく。触れるのを諦めた手を、今度はためらいなく彼の膝に伸ばそうと——したが、サクラが立ち上がったため、触れることは叶わなかった。
「ちょうど仲間が欠けたところだ……淋しがっている者もいるだろう。揉め事を起こさないうちは、滞在してくれて構わないよ」
マガリーの見上げた先、青い眼はもう彼女を見ていない。興味をなくしたように表情も消えている。
サクラの執着のない態度に、マガリーは小さな敗北感を覚えていた。恥ずかしさから目をそらされるのではなく、純粋に興味なく視界から外されるのは——初めてのことだった。
「——ただ、」
ふいに、広すぎる空間に響いた青年の声が、鋭く空気を割いた。
「私の家族に害を為すなら、容赦はしない。覚えておきなさい」
見下ろす瞳は、突き刺すようにマガリーを捕らえた。睨んだのではなく、無表情に見返しただけ。
それなのに、真っ暗な瞳の奥底に見透かされるような恐怖が走っていた。
「害だなんて……」
とっさに口を開いたが、かえって白々しく響く気がして、言葉を切る。マガリーは震える肩に力を入れると、困ったように悲しみの顔だけ作ってみせ、
「……よろしく、お願いします」
しとやかに挨拶の言葉を口にした。
(あぁ、彼は無理ね)
諦めの吐息は、そっと暖炉の明かりに溶けていき、見つめる瞳だけが残っていた。
サクラが案内した中央棟の〈暖炉の間〉。応接スペースの長ソファに座ったサクラの横に、マガリーも並んで座っていた。サクラが勧めたわけではなかったが、真っ先にサクラが座ったものだから、当たり前のように腰を下ろしていた。向かい合って座るという選択肢は彼女にない。
サクラを見つめる水色の眼は、熱を失っている。
わずかに横を向いたサクラの顔も、熱のない人形のような表情だった。
「……聞こえなかったか?」
深い青の眼にさらされて、染まるようにマガリーの顔から血の気が引いていく。ごまかしの効かないほど動揺が表れた顔に、サクラは再度、
「声が出せるだろう? デバイスを通す時間が煩わしいから、その口で話してもらえないか?」
同じセリフに、マガリーが首を振った。声が出ない、話せない。サクラは自分を試しているのだろうと判断し、涙を浮かべて訴えてみるが、サクラの表情に変化はない。
「——人の発声の仕組みを知らないか? その話し方は声が出ない人間ではなく、声を出さないようにしている人間の話し方だ。無駄な偽りは、いずれ目敏い者に見抜かれて信用を失うが、それでも構わないか?」
「………………」
「失声症を演じたいのであれば、薬くらい使うべきだろう? ホールのやり取りだけで気づいたのは、私のみではないよ?」
マガリーは青ざめた顔のまま、一言も話さない。しらを切るつもりなのではなく、単に動転していた。
サクラの言葉は、追い込むように淡々と掛けられていく。
「声が出ないことで、同情を買うつもりだったか?」
ふっと微笑をこぼす顔は、優しいのに——見る者が怖気立つような恐ろしさを孕んでいる。会話と噛み合わない唇に、マガリーは動けずにいた。
「たとえ声が出ないとしても、私は同情しないが……すでに、思い違いをして案じている者もいる。演技をやめて自らの口で他の者にも伝えるなら、滞在を認めよう。偽りを続けるなら他の者にもこの事実を伝える。——さて、どうする?」
薄く曲げられた口唇に、マガリーの痺れたように機能を停止していた脳が、ピリッと危機感を覚えた。
サクラへ触れようと出しかけた手は、行き場をなくして膝へと戻る。これ以上の演技は無意味だった。
「……ごめんなさい。自分の声が嫌いで……話したくなかったの」
バラ色の唇は、ソプラノの綺麗な音を鳴らした。言葉じりが震えたのは緊張からだろう。
サクラの微笑は完全な作りもので、あまりにも空々しい。向き合う者を誘うようでいて突き放す——そんな冷たい目つきだった。青い眼はマガリーを細く捉えたまま、
「私に言い訳は要らない。他の者には説明がいるかも知れないが……今後、気をつけるといい。ここには嘘に敏感な者がいるからね?」
マガリーの頭には、エントランスホールで出会った者のうち、候補がふたり浮かんでいた。先天性白皮症の青年と、ダークブロンドのストレートボブに近い髪の青年。あとひとりの癖の強い髪質の青年は戸惑っていただけ。こちらを眺めていた二人の青年のうち、どちらのことを言っているのだろうかと考える。
「……みなさんに正直に話したら、ここに置いてくれるの?」
「そう言っただろう?」
嘘をついていた者の加入をあっさりと認めるサクラに、マガリーの肩の力が抜けていく。触れるのを諦めた手を、今度はためらいなく彼の膝に伸ばそうと——したが、サクラが立ち上がったため、触れることは叶わなかった。
「ちょうど仲間が欠けたところだ……淋しがっている者もいるだろう。揉め事を起こさないうちは、滞在してくれて構わないよ」
マガリーの見上げた先、青い眼はもう彼女を見ていない。興味をなくしたように表情も消えている。
サクラの執着のない態度に、マガリーは小さな敗北感を覚えていた。恥ずかしさから目をそらされるのではなく、純粋に興味なく視界から外されるのは——初めてのことだった。
「——ただ、」
ふいに、広すぎる空間に響いた青年の声が、鋭く空気を割いた。
「私の家族に害を為すなら、容赦はしない。覚えておきなさい」
見下ろす瞳は、突き刺すようにマガリーを捕らえた。睨んだのではなく、無表情に見返しただけ。
それなのに、真っ暗な瞳の奥底に見透かされるような恐怖が走っていた。
「害だなんて……」
とっさに口を開いたが、かえって白々しく響く気がして、言葉を切る。マガリーは震える肩に力を入れると、困ったように悲しみの顔だけ作ってみせ、
「……よろしく、お願いします」
しとやかに挨拶の言葉を口にした。
(あぁ、彼は無理ね)
諦めの吐息は、そっと暖炉の明かりに溶けていき、見つめる瞳だけが残っていた。
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