【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.2 嘘吐きセイレーン

Chap.2 Sec.8

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 そろそろ食事の用意を——。
 ティータイムを終えたメルウィンが立ち上がる。
 ロキとハオロンによる再出発論はいまだ続いていて、一番近い距離に座るティアは辟易へきえきした目を送ってから、紅茶のおかわりを彼女——アリスと自分用にそそいだ。アリスのほうは「ティア、わたしも、りょうりを……」ティータイムを終わらせようとしたが、カップは満たされたあと。
 メルウィンが、「アリスさんは帰ってきたばかりなので。ゆっくりしててください」控えめに笑って調理室へと消えていった。
 
では、ほんのすこし散歩した程度なんだけど……)
 
 重装備でただ歩いただけ——という事実をかえりみて考えこむアリスの顔に、ティアが「どうかした?」と尋ねるが、返事の前に食堂のドアが開いた。
 
 金髪に、うれいの表情。水色の眼をふわりと流して全体を見渡したマガリーに、アリスが立ち上がった。
 
「まがりー、サクラさんは、なんて——?」
 
 長いリフェクトリーテーブルの横を進んで、マガリーの許へ向かう彼女に合わせて、イシャンも立ち上がり近寄っていった。歩幅の違いでイシャンのほうが早い。ハオロンも軽い足取りで集まった。
 尋ねたアリスがブレス端末の画面を引き出そうとしたが、マガリーが申し訳なさそうに口を開き、
 
「……アリス、ごめんなさい」

 発せられた声に、場にいた全員が驚いたように目を向けていた。最初に反応したのは、ハオロン。
 
「ん? 声……なんで出てるんや……?」

 きょとんとした顔に、マガリーが言い訳を口にしようとしたが、なぜか遅れてテーブルの横を歩いてきたアリアが「——ああ、声が出るようになって安心しました」穏やかな声で口を挟んだ。
 集まった目に対してやわらかく微笑み、
 
「サクラさんが、滞在を許可してくれたのでしょう? 精神的な失声症だったのですから、安心して声が出るようになったのだと思いますよ」
 
 そうなのか……一同が納得するなか、ティアだけは座ったまま唇を引き結んでわれかんせず。ロキも同じく座っているが、テーブルに頬杖をついて様子を眺めていた。

 声が戻ったと知り、共感は薄れたものの、アリスは「よかったね」と声をかけた。マガリーの水色の眼がアリスに向く。
 ——ぱっ、と。光があふれるような、親しみのある笑顔を返した。
 
「——ありがとう、アリス。お洋服も、外でも……私に優しくしてくれて、本当にありがとう。直接言いたかったの」
 
 綺麗な顔がほころび、可愛さいっぱいになった満面の笑みに、アリスの頬が染まる。魅力的な笑顔を間近に受けて緊張する肩越しに、マガリーを遠目に見ていたロキも一瞬だけ目を奪われ——その興味を、ティアが目ざとく見ていた。
 
 マガリーのソプラノの声は、よく通る音をしている。食堂に響いた感謝の言葉に、アリスが「どういたしまして」と返すと、マガリーの背後にあったドアが開いた。
 現れたのは、サクラ。イシャンが声をかける。
 
「滞在を許可されたのだろう、と……アリアは言ったが……」
「——ああ、私は許可を出した」
「……海上都市の出身であると、証明されたのだろうか?」
「内部でなければ知り得ない情報を持っていた。所属していたのは間違いないようだな」
「……セトから、“海上都市の一部が仲間割れした”とのメッセージが入っていたらしい」
「その“仲間割れ”の一人だろうね」
「……逃げたのならば、仲間が捜しに来ないだろうか?」
「発信機は無いのだから、ここにいることは知りようもないはずだが……ロボの記録では、周辺に他の気配はなかったんだろう?」
 
 サクラの目が、ハオロンに向く。
 
「——ほやの。あの辺りには誰もいなかったわ。うちも、捜し回ってる気配は感じんかったよ?」
「お前が見つけられないのなら、その周辺にはいなかったんだろうね……」
「(セトの気配もなかったし。……これ、ロキに教えてあげたほうがいいんやろか?)」
 
 異なることを考えるハオロンから目を離して、サクラはテーブルの横を歩いていった。すれ違いざまにアリアが、
 
「精密検査もしますか?」
「——そうだな」
 
 サクラが席につくと、立っていた面々も夕食を意識した。
 マガリーが「私は、どうするといい?」アリスと距離を詰めようとしたが、ひらりとハオロンがあいだに入り、
 
「マガリーも、お腹すいたやろ? ちょっと早いけどぉ……みんなでディナー食べよさ」
 
 にこり。愛らしい笑顔で誘う。
 ロキの隣に座ったハオロンが、マガリーに向けて自分の横を示した。全員から遠い位置。にこやかな空気の隙間で、ハオロンはイシャンに(食事中はうちが見とくよ?) 小さく目配せした。
 
 全員が着席すると、メルウィンが調理室から顔をのぞかせた。
 
「ぇ……みんな、早い……食事の用意、まだできてないよ……?」
 
 八の字の眉に、サクラが応える。
 
「残りは加工食でいい。ロボに任せて、お前もこちらへおいで」
 
 そろそろと元の席に戻ってくるメルウィンは、目の端でマガリーを気にしながらも、何も言わない。メルウィンがアリスの横に着席すると、サクラが、
 
「——私は滞在を許可したが、お前たちに異存はないのか?」
 
 テーブルの上に掛けられた問いが、空気を止める。ブレス端末から加工食をオーダーしようとしていた面々が、互いに顔を見合わせた。
 
 ハオロンが、「サクラさんがいいならぁ、うちは異存ないよ?」
 イシャンも、「……トラブルにならないのなら」
 アリアとメルウィンは「皆さんに合わせます」「僕も」
 
 ぽつぽつと意見が出る。ロキが「い~んじゃねェ?」適当な雰囲気で返すと、残されたティアに皆の視線が向いた。
 ティアは息を吐き出して、「みんなの判断に任せるよ」瞳をサクラへと向けた。
 
「——そうか。それなら、食事にしようか」
 
 意見をまとめることなく、サクラはブレス端末へと目を落とした。
 
 ハオロンがマガリーに説明する声が聞こえる。
 
「ブレス端末でオーダーして……ん? あぁ、ゲストにオーダー権限ないんやっけ? ほやったらうちので……なに食べるぅ?」
「いくつ頼んでもいいの?」
「ん、どぉぞ」

 マガリーの面倒を見ているのがハオロン——という状態に、アリスが不安の目を送っている。ティアとロキがあいだにいるせいで何も見えない。
 アリスの心配する顔に、ティアが苦笑して、
 
「アリスちゃん、そんな心配しなくても……ロン君は、ただ警戒してるだけだよ?」
「……?」
「見張ってるだけ。……ロン君、ああ見えて強いらしいから」
 
 見た目には分からないが、ティアの勘でもハオロンは隠し武器を身につけていると思われる。兄弟の多くは分かりやすく護身のアイテムを身につけていて、それらは他人が手にしてもロックが掛かり使用できない物となる。だが、ナイフのようなロックの掛からない物をハオロンは身につけている気がするので、ここ最近のティアはあまり近寄らないよう心がけている。
 
 内緒話のトーンで話すティアは、(今思えば、アリスちゃんのときもロン君は親切に近寄ってた……あれは見張ってたんだ?) 娯楽室での最初の夜を思い出した。
 
 ——もしかすると、兄弟のなかで一番容赦がないのは、サクラではなく……
 
 人懐こい笑顔の裏に隠された怪物を、ティアは想像することなく思考を止めた。
 暴きたくはない。
 誰かのすべてを白日のもとにさらしたところで、恐れられるのはその誰かではなく——自分なのだから。
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