36 / 102
Chap.3 My Little Mermaid
Chap.3 Sec.6
しおりを挟む
眩しい白の部屋。身に覚えがあると感じたのは、ハウスで閉じ籠められた牢獄の部屋が重なったせいだ。
解放された目に染みる、白々とした壁や天井になるべく目を向けず、同じ部屋に囚われたセトに目を向けた。ロボにより遅れてアイマスクを外された彼も、眩しげに目を細めた。細い目がこちらに向き、
「大丈夫か?」
「はい」
「消毒はされたみてぇだけど……検査された感じあったか?」
「……〈けんさ〉は、わからなかった」
「感染者なんていれるわけねぇから、安全を確認したはずだけど……分かんねぇな」
「ここは……どこ?」
「潟湖の上に作られたコミュニティらしい。元の都市名からそのままラグーンシティって呼ばれてる」
「らぐーんしてぃ……」
ふと気づく。セトは後ろ手に白いリングで拘束されたままだった。私はすでに解放されているのに……。
目を向けていると、セトが静かな声で、
「この部屋は監視されてる。それを念頭に、何があったか説明してくれるか? なんであんなとこにいたんだ?」
「……かんし?」
「見張られてる。ワードに気をつけて、何があったか教えてくれ」
ヴァシリエフハウスの名を出すなということだろうか。思考をめぐらして、頭のなか状況をたどった。
「……よびだしが、あった。……〈えーあい〉の〈おとうと〉と、おなじこえで……たすけてほしい、もどってきて……と」
「ドアロックは? どうやって解除した?」
「それも……〈おとうと〉が、はずしてくれた。そとにでたら、〈くるま〉があって……のったら、ここに……ついてすぐ、おとされた」
セトが眉を寄せる。あまり説明の意味を成していない。私もよく分かっていなかった。
「その、手の怪我は。どうした?」
視線で示され、自分の掌に目を落とす。擦りむけた皮膚に赤く血がにじんでいた。
「〈くるま〉から、おちたときに……」
「……痛くねぇのか?」
「わすれてたから……。でも、いまは……おもいだしたので、すこしいたい……」
まぬけな反応に、セトが小さく苦笑する。
ただ、見下ろす目から心配の色が消えることはなかった。
「状況は分かった」
うなずいたセトは、目を壁に向けて、
「話がしたい。上の人間を呼んでくれ」
張りあげられた声に、さりっと空気の変わる音が聞こえた。音声が入るときの薄いノイズ。重なった声は、
《——ここに上の人間なんていないわ。所属する者たちは対等な立場よ》
強く安定感のある声。凛と響いた明瞭な音は、突きつけられる短剣のような冷たさがあった。
一瞬、セトの顔が不可解な反応を見せた。何か思いつくものがあるような、違和感を覚えたような様子で、
「なら、あんたが話を聞いてくれ。誤解がある。俺らは意図的に侵入したわけでも攻撃したわけでも——」
《質問は、こっちから》
ピシャリと遮る声。
音声だけなのに、睨まれたような錯覚がした。
《所属を言ってくれる? どこのコミュニティ?》
「……無所属だ」
《馬鹿にしてる? 嘘をつくたび一発ずつ撃ち込んでほしい?》
「嘘じゃねぇよ。どこにも所属してねぇ」
《……お隣のコは、どう?》
声が、私にかけられた。
顔色に気持ちが出ないよう気をつけるが、
《嘘ついたら男の足を撃つ。撃ってもいいなら好きに答えてくれていいわ。その男、ヴァシリエフハウスの人間よね?》
ひやりと、危機感に背筋が凍った。
答えられず閉ざした唇を、彼女はクスッと笑った。
《沈黙なんて選択肢はあげてないよ。……まあ、肯定ってことでいいね。貴女は誰? ヴァシリエフハウスの人間じゃないでしょ? なんで一緒にいるの?》
「……はなしが……うまく、ききとれない。ゆっくり、はなして……ください」
《……貴女の名前は?》
「……ウサギ、です」
《ウサギちゃん、貴女どこのコミュニティ?》
「……わからない。きおくがない……から」
《記憶喪失ってこと? なんでその男といるの? ひょっとして捕まってる?》
「……?」
《あぁ、ゆっくり話すんだったね。……その男といるのはどうして?》
「……たすけてもらった……ので」
《その男に助けてもらったの? それはさっきの話?》
「いえ……すこし、まえに」
《ふぅん……じゃあ、確認ね。その男に暴力は振るわれてない?》
「はい」
《強制的な性交も暴力だけど、それもない?》
「はい」
《……なんか横のほうが反応したけど? ほんとに何もされてない?》
指摘されて、セトから外していた目を戻す。
強く寄せられた眉の下、ゆれる金の眼をしっかりと見つめて、
「はい。わたしは、たすけてもらいました。……いつも、たすけてくれます。彼がここにきたのは……わたしを、たすけるため、です」
《……貴女は、何しに来たの? 正当な手順を踏まずに侵入したのはなぜ?》
「……わからない……わたしは、たぶん、だまされて……ここに、はこばれました」
《その言い分を信じろっていうのは難しいね。……でも、信じてみるよ。貴女に悪意が無いのは分かったから。……とりあえず、顔を合わせて話そっか》
ふつりと音声が切れる。セトが最初に目を投げた壁が透過し——立ち並ぶ数人の姿が見えた。
中央に立っていたひとりが、前に出る。ドアのように一部が開き、そこからこちらへ入ってくると、
「——あ?」
隣のセトが、変な声をあげた。
けれども、その声よりも現れた女性に目が惹かれて、
ベリーショートの黒髪。セトとよく似た薄い褐色の肌。すらっと長い脚に、シャープな顔だち。街中ですれ違ったら、思わず目を奪われるような——ハッとする印象の女性。
私の目を受け、その高身長の女性はクスリと魅力的に微笑んでから、セトへと目を流した。
「どこの馬鹿が正面突破してきたのかと思えば……あんたなわけ? ヴァシリエフの御令息さん」
鼻で笑う声が、見下げるようにセトを冷たく見据える。
親しみはない。でも知り合いめいた皮肉げな響き。横目でセトの顔を見上げると、
「……お前がここのリーダーか」
鋭い目は警戒を解くことなく、不穏な空気と——わずかに困惑を見せて、相手を見返していた。
そんなセトから目を外して、私に視線を戻した彼女はニコリと笑い、
「ようこそ、ラグーンシティへ。あたしはジゼル。心から歓迎するわ——貴女だけ、ね」
貴女だけ。
付け加えられた言葉に、『え?』うっかり驚きの声を返してしまってから、奥に並ぶ者たちの共通点に気づいた。
(——全員、女のひと!)
解放された目に染みる、白々とした壁や天井になるべく目を向けず、同じ部屋に囚われたセトに目を向けた。ロボにより遅れてアイマスクを外された彼も、眩しげに目を細めた。細い目がこちらに向き、
「大丈夫か?」
「はい」
「消毒はされたみてぇだけど……検査された感じあったか?」
「……〈けんさ〉は、わからなかった」
「感染者なんていれるわけねぇから、安全を確認したはずだけど……分かんねぇな」
「ここは……どこ?」
「潟湖の上に作られたコミュニティらしい。元の都市名からそのままラグーンシティって呼ばれてる」
「らぐーんしてぃ……」
ふと気づく。セトは後ろ手に白いリングで拘束されたままだった。私はすでに解放されているのに……。
目を向けていると、セトが静かな声で、
「この部屋は監視されてる。それを念頭に、何があったか説明してくれるか? なんであんなとこにいたんだ?」
「……かんし?」
「見張られてる。ワードに気をつけて、何があったか教えてくれ」
ヴァシリエフハウスの名を出すなということだろうか。思考をめぐらして、頭のなか状況をたどった。
「……よびだしが、あった。……〈えーあい〉の〈おとうと〉と、おなじこえで……たすけてほしい、もどってきて……と」
「ドアロックは? どうやって解除した?」
「それも……〈おとうと〉が、はずしてくれた。そとにでたら、〈くるま〉があって……のったら、ここに……ついてすぐ、おとされた」
セトが眉を寄せる。あまり説明の意味を成していない。私もよく分かっていなかった。
「その、手の怪我は。どうした?」
視線で示され、自分の掌に目を落とす。擦りむけた皮膚に赤く血がにじんでいた。
「〈くるま〉から、おちたときに……」
「……痛くねぇのか?」
「わすれてたから……。でも、いまは……おもいだしたので、すこしいたい……」
まぬけな反応に、セトが小さく苦笑する。
ただ、見下ろす目から心配の色が消えることはなかった。
「状況は分かった」
うなずいたセトは、目を壁に向けて、
「話がしたい。上の人間を呼んでくれ」
張りあげられた声に、さりっと空気の変わる音が聞こえた。音声が入るときの薄いノイズ。重なった声は、
《——ここに上の人間なんていないわ。所属する者たちは対等な立場よ》
強く安定感のある声。凛と響いた明瞭な音は、突きつけられる短剣のような冷たさがあった。
一瞬、セトの顔が不可解な反応を見せた。何か思いつくものがあるような、違和感を覚えたような様子で、
「なら、あんたが話を聞いてくれ。誤解がある。俺らは意図的に侵入したわけでも攻撃したわけでも——」
《質問は、こっちから》
ピシャリと遮る声。
音声だけなのに、睨まれたような錯覚がした。
《所属を言ってくれる? どこのコミュニティ?》
「……無所属だ」
《馬鹿にしてる? 嘘をつくたび一発ずつ撃ち込んでほしい?》
「嘘じゃねぇよ。どこにも所属してねぇ」
《……お隣のコは、どう?》
声が、私にかけられた。
顔色に気持ちが出ないよう気をつけるが、
《嘘ついたら男の足を撃つ。撃ってもいいなら好きに答えてくれていいわ。その男、ヴァシリエフハウスの人間よね?》
ひやりと、危機感に背筋が凍った。
答えられず閉ざした唇を、彼女はクスッと笑った。
《沈黙なんて選択肢はあげてないよ。……まあ、肯定ってことでいいね。貴女は誰? ヴァシリエフハウスの人間じゃないでしょ? なんで一緒にいるの?》
「……はなしが……うまく、ききとれない。ゆっくり、はなして……ください」
《……貴女の名前は?》
「……ウサギ、です」
《ウサギちゃん、貴女どこのコミュニティ?》
「……わからない。きおくがない……から」
《記憶喪失ってこと? なんでその男といるの? ひょっとして捕まってる?》
「……?」
《あぁ、ゆっくり話すんだったね。……その男といるのはどうして?》
「……たすけてもらった……ので」
《その男に助けてもらったの? それはさっきの話?》
「いえ……すこし、まえに」
《ふぅん……じゃあ、確認ね。その男に暴力は振るわれてない?》
「はい」
《強制的な性交も暴力だけど、それもない?》
「はい」
《……なんか横のほうが反応したけど? ほんとに何もされてない?》
指摘されて、セトから外していた目を戻す。
強く寄せられた眉の下、ゆれる金の眼をしっかりと見つめて、
「はい。わたしは、たすけてもらいました。……いつも、たすけてくれます。彼がここにきたのは……わたしを、たすけるため、です」
《……貴女は、何しに来たの? 正当な手順を踏まずに侵入したのはなぜ?》
「……わからない……わたしは、たぶん、だまされて……ここに、はこばれました」
《その言い分を信じろっていうのは難しいね。……でも、信じてみるよ。貴女に悪意が無いのは分かったから。……とりあえず、顔を合わせて話そっか》
ふつりと音声が切れる。セトが最初に目を投げた壁が透過し——立ち並ぶ数人の姿が見えた。
中央に立っていたひとりが、前に出る。ドアのように一部が開き、そこからこちらへ入ってくると、
「——あ?」
隣のセトが、変な声をあげた。
けれども、その声よりも現れた女性に目が惹かれて、
ベリーショートの黒髪。セトとよく似た薄い褐色の肌。すらっと長い脚に、シャープな顔だち。街中ですれ違ったら、思わず目を奪われるような——ハッとする印象の女性。
私の目を受け、その高身長の女性はクスリと魅力的に微笑んでから、セトへと目を流した。
「どこの馬鹿が正面突破してきたのかと思えば……あんたなわけ? ヴァシリエフの御令息さん」
鼻で笑う声が、見下げるようにセトを冷たく見据える。
親しみはない。でも知り合いめいた皮肉げな響き。横目でセトの顔を見上げると、
「……お前がここのリーダーか」
鋭い目は警戒を解くことなく、不穏な空気と——わずかに困惑を見せて、相手を見返していた。
そんなセトから目を外して、私に視線を戻した彼女はニコリと笑い、
「ようこそ、ラグーンシティへ。あたしはジゼル。心から歓迎するわ——貴女だけ、ね」
貴女だけ。
付け加えられた言葉に、『え?』うっかり驚きの声を返してしまってから、奥に並ぶ者たちの共通点に気づいた。
(——全員、女のひと!)
99
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる