【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.3 My Little Mermaid

Chap.3 Sec.9

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 ——歓迎されていた。
 
んでるかー! 新人!」
 
 高いテンションの女性が薄いカップを手にやってきて、親しげに声をかけてくる。私が手にするノンアルコールのドリンクに乾杯して、にぎやかにしゃべって、言葉が通じていないのに気づかず盛り上がって去っていく。入れ替わり立ち替わり。
 歓迎会と言われた立食の席。マシンによる加工食と酒類を並べられ、30人くらいが集まった部屋はちょっとしたパーティ状態。
 幽閉ゆうへいされるよりは、はるかによい。よいのだが……もっとこう……何かこう……適切な距離が……。
 気になるのは距離感だけでなく、
 
「可愛いー!」

 ときおりあがる黄色い声は、部屋の中央で流れている立体投影に向けられている。
 
「ボーカルすき! 好み!」
「私ロキ推してたよー」
「あたしも!」
 
 ………………。
 余計なことを言わないよう気をつけていたのに、目の前で幼いロキが歌っている。本名ではないが名前も出ている。黙秘する意味が失われている……。
 
 どうやら彼女たちはセトとロキに繋がりがあるらしい。友達といっていいのか分からないが、全体としてはロキに好意的な空気を感じる。
 しかし、
 
「……セト無理、まじ無理」
「あたしも。なんでラグーン落とさないの? ジゼル甘くない?」
「閉鎖地区のとこ掃除させてるって」
「襲われればいいのに」
 
 ……どうしてだろう。ロキの名前と合わせてセトの名を出すひとたちは顔が怖い。映像のロキを見る目は優しいのに、一緒に流れているセトには……呪いをかけるみたいな目をしている。好意のバランスがハウスと逆転している。ハウスではロキがじっとりとした目で見られがち。
 
(……ハウスのほうは……どうなってるんだろう……)
 
 今より幼いロキを見つめていると、部屋のドアが開いて背の高いジゼルが姿を現した。
 中央の映像に送られた流し目が、ドキリとするほど冷たい。ジゼルを迎える仲間たちは、高いテンションのまま話しかけている。

「ジゼル遅い!」
「遅れたぶん呑め呑めー!」
「……あんたら弾けすぎ。動画、流したの誰?」
「私ぃ! ジゼルの黒歴史に酒が進むね!」
「あとで潰すから」
「こわっ! ガチギレ!」
「ねー、リーダーなんであれが好きやったん?」
「……顔?」
「え、顔? よけい分からん……」
 
 群れる仲間をあしらい、私を見つけてこちらにやってくると、
 
「ウサギちゃん、ごはん食べれてる? ごめんね、うるさいコばかりで」
「いえ……みんな、やさしい。ごはん、ありがとう」
「そう? どういたしまして」
「あの……セト、は、」
 
 名前を出した瞬間、ジゼルの笑顔が凍る。背後に吹雪が見えた。
 
「……なにを、してるのかと……」
「掃除してるわ」
「……そうじ? それは、わたしも……」
「あぁ、いいのよ。ウサギちゃんはここでゆっくりしてるのが仕事だから」
「そういうわけには……〈めいわく〉をかけたので、できることならなんでも……」
「それなら明日ね。今日は疲れてるだろうし、掃除は明日してくれたらいいわ」

 ジゼルはテーブルの上に並んだボトルを取ると、プラスチックのような薄いカップにそそいでいく。
 見ていると、唇で笑って、手にしたカップを私のカップに軽く当てた。
 
「かんぱーい」
「……カンパイ」
「……ウサギちゃん、もしかしてジュース?」
「はい」
「アルコールだめなの?」
「……いえ」

 カップ片手に近くに寄ってきていた茶髪セミロングの女性が、「酒を飲んでないっ? そんなのダメでしょ、一緒に呑も!」明るく絡んできたが、ジゼルによって「アルハラ」ぺしりと遮られた。
 
「痛ぁ……さては動画みんなに見せたの怒ってんなぁ?」
「怒ってない。それとこれとは別」
「昔の男なんて忘れてこ? あんなやつらに振り回された過去なんて——ネタにしてこ!」
「みんながあんたみたいに前向きならいいんだけどね……」
「あいつなぐる男じゃないんでしょ?」
「……それでも怖がったり反感もったりしてるコもいる。“なんで落とさないのか”、あたしと変に繋がりあるせいで余計な勘ぐりがあって……反対派は部屋にもってるわ」
「ジゼル推しのコたちなぁ……」
「違う、純粋に男が怖いのよ」
「……そっか。……じゃ、やっぱ落としとく?」
「……ウサギちゃんはどうするの?」
「ウサちぃは私がもらっとく!」
「ばか」
 
 高速な会話を聞き取ろうと懸命に耳を傾けていたところ、〈なぐる〉〈落とす〉〈こわい〉と剣呑なワードが聞こえたような……。
 ひっそり青ざめていると、明るく笑う顔がこちらを向いた。
 
「ウサちぃ、あんな男やめてここに永住するのもあり」
「……えいじゅう?」
「あ、ほんとに全然わかんない? 今の流れ、ついてきてない?」
「……もうすこし、ゆっくり……おねがいします」
「……あのねぇ、ジゼルとセトくんって付き合——ったぁ!」
 
 顔を寄せて、話のスピードを落としてくれたセミロングの女性の頭が、かくんっと下がった。
 ジゼルがはたいていた。なかなかの強さで。
 
「やめなさい」
「なんでぇ……ウサちぃも知りたいと思うよ? ——ねえ?」

 急に同意を求められた。
 
「……セトと……ジゼル、さん?」
「そうそう、ふたりの関係、たぶん知らないんだよね? ……てか、ウサちぃはセトくんとどういう関係?」
「…………たすけてもらった?」
「それだけ?」
「……?」
「かっこいーとか、すきーみたいな感情、なし?」
「…………どらむは、かっこよかった」
「ほうほう、普段は?」
「……ちょっと、こわい?」
「怖いの? そんな男といるの? 逃げたほうがよくない? 逃げとく? 逃げよ?」
「(逃げるって3回言った?) ……〈め〉が、ちょっとこわい……だけで、やさしいと……おもいます」
「——ですって、ジゼルさん」
 
 横を向いた先には、ジゼルの半眼があった。
 
「なんであたしの傷をえぐりにくんの?」
「そういうつもりじゃなくて、ほら、こういう盲目ガールにアドバイスあげるのも先人の役目だよね?」
「………………」
 
 深いため息。ジゼルは私に目を向けて、
 
「……セト、ウサギちゃんに優しいの?」
「はい」
「でも……最初の質問で、あっち動揺してたわよね? 何かされたことあるんじゃないの?」
「……いえ」
「優しいって思い込んでるだけじゃない?」
「……いいえ」
「ヴァシリエフハウスの人間はどんな感じ?」
「………………」
「どうしたの?」
「だれか……しってますか?」
「……そこに映ってるボーカルは知ってる。あと……サクラ?」
 
 意外な名前が飛び出てきた。
 
「サクラさんも……しってる?」
「黒髪に青い眼の人形みたいなひとでしょ?」
「……はい」
「笑顔が薄気味わるい」

 評価が厳しい。
 しかし、笑顔が怖いと思ったことがあるので否定しづらい。
 
「あそこの人間は——狂ってる」
 
 低い声でつぶやくと、ジゼルはカップを傾けた。金色の液体を飲み込んで、瞳を映像に流した。セトを見たのかと思ったが……その視線はロキにぶつかったような。
 
「あそこに居たなら感じなかった? 感覚がおかしい、まともじゃない——って」
「…………すこし」
「少しなら幸せね。あたしは異常だと思った」
「………………」
「……あたし、ボーカルを法的に訴えてるの」
「……〈さいばん〉?」
「そこまでいってない。示談になってる」
「……じだん」
「話し合いで片付けたってこと」
「……どうして……?」
「どうしてか、想像できない?」
「………………」
「想像できた? ってことは、ウサギちゃんも似たような目に遭った?」
「…………いえ」
「その否定、なんのため? セトのときと同じよね?」
「…………いいえ」
「彼らをなんでかばうのか理解してあげられない。でも、アドバイスするならシンプルだわ。ヴァシリエフの人間は、誰も信じてない。自分の身内しか見えてない。ここ1年、どこのコミュニティも放置で自分たちのことしか護ってなかった。なんでウサギちゃんを保護したのか知らないけど……その反応みても、まともじゃなさそうね?」
「……わたしは、じぶんで……」

 自分で、選んだ。
 その主張は、ふいにジゼルが携帯端末を取り出したせいで途切れてしまった。

《——ジゼル》
「どうかした?」
《あの、ドラムく——侵入のコが……まだずっと倒してるんだけど……》
「まだやってるの?」
《うん……》
「休憩せずに? 水分とか携帯食料は?」
《とってないよ……だってジゼル、荷物は全部取りあげちゃったでしょ?》
「……そうね」
《……止める? いくらなんでも……》
「落とすよりマシでしょ。これくらいしないと他のコが納得しない」
《でも……これで何かあったら、ヴァシリエフハウスを敵に回すよね……?》
「無所属って話が嘘ならね」
《今は、アトランティスも人が抜けて大変だし……いざとなっても、こっちを助ける余裕ないかもしれないよ?》
「……解放しろって言うの?」
《というか……で長く利用するのが、危険じゃない? 感染したら……このコ、ロボで倒せる気がしないよ。通例どおり落とすか……捕まえて、外のとこで感染させて壁にする……とか》
「……カシ、あんた自分の言ってること分かってる?」
《え? ……うん、分かってると思うけど……?》
「ヴァシリエフを敵に回すって言ったのに、その解決策はおかしくない?」
《あ……そうだね、ごめん。すごく強いから……味方になったら心強いかなぁって》
「そんなに強いの? 何人集まったの?」
《えーっと……15人いったかな?》
「……冗談でしょ?」
《ほんとだよ》
「まだ5時間くらいなのに? どうやってんの?」
《場所移動して……真っ暗になったせいか、セトくんが鳴らしてる音に感染者もしっかり反応してきたの。みんな外に出てきたし……今さっきたくさん固まってるところに突っ込んでいったから……》
「………………」
 
 ジゼルが絶句した。ピアスから音声を聞いているのか、こちらにはジゼルの声しか聞こえていない。
 横でバンドを眺めながら呑み続けていたセミロングの女性が、
 
「なぁに? セトくんやられた?」
「やられてない。……ほら、あんたが変なこと言うからウサギちゃん怖がってるでしょ」
「えっごめん?」

 不穏な単語はすぐに否定された。否定されたが……
 
「……あの、」
「ん? なにー?」
「セトは……どこに、いるの?」
「閉鎖地区?」
「へいさちく……?」
「感染者が片付いてないとこ、お掃除してくれてるんだよ」
「……それは……〈きけん〉は……ない?」
「危険だよ。でもそれが解放の条件だから……むしろ甘いほう。普通ならラグーンに落として終わり。……でも侵入してきたのって、ここのコに暴力ふるってた危ない奴くらいしか前例ないからなぁ……今回は特殊だよね、ジゼル? ……ジゼルさん? 私の話きいてる?」
「聞いてない。しばらく黙ってて、あっちと繋ぐから」

 危険、と言った。聞き違いではない。ジゼルに問いかけたことで話を終えてしまったが、
 
「セトは〈きけん〉なのっ?」
 
 驚きから声をあげると、女性の不思議そうな顔に並んで、ジゼルが「セトは無事」短く返してから通話に集中した。

《——なんだ》
「……あんたまさか本気で今日中に50集めようとしてない?」
《今日中なんて無理だ。まだ20もいってねぇんだぞ。どうやっても朝までかかるだろ》
「……朝までやるわけ?」
《ああ》
「死ぬよ?」
《殺したいんじゃねぇのかよ。そうじゃなかったらこんなとこ放り込まねぇよな》
「殺したいとは思ってない。死んでくれても平気なだけ」
《そうかよ。あいにく俺はこれくらい慣れてるから死んでやらねぇけどな》
「……あんた人間よね?」
《そう思うなら水くらい寄越せ。——つか、ウサギは? そっちはどうなってんだよ》
「隣にいる。……ウサギちゃん、なんか喋って」
 
 唐突に端末を出された。
 疑問ながら「……セトはほんとうに〈ぶじ〉ですか?」通話先の相手に尋ねてみると、
 
《……おう、無事だ》
「セトっ?」

 本人の声が端末から聞こえた。思わず端末を手に取って、「そうじ、かんせんしゃ……いま、しったから! 〈きけん〉と……ぶじっ?」心配する気持ちから勢いで話したが、通信の奥で困惑する気配が。

《……なんつった?》
(まったく伝わってない!)
 
 衝撃を抑えて、気持ちも抑えて、頭のなかで言葉を整列させる。
 
「セトが、〈かんせんしゃ〉を〈そうじ〉してるとききました。〈きけん〉だと、ききました。……どうして、いってくれなかったの……?」
《わざと黙ってたわけじゃねぇよ。説明するのが面倒くせぇなと思っただけで……》
「……めんどくさい、と、いった?」
《……いや、あれだ。大したことじゃねぇから。説明するほどじゃねぇなと思った》
「………………」
《——まあ、そういう訳だからな。こっちは気にすんな。回転数あがってきたから明るくなるまでに片付くだろ》
「わたしに……できることは……」
《お前はじっとしとけ。そこで大人しくしとくだけで充分だから。とにかく余計に動くなよ。いいな?》
 
 いいな? と訊いておきながら、返事を待たずに「じゃあな」と通信を切られた。
 
「………………」
「…………ウサちぃ、セトくんのペットか」
「やめなさい」
 
 当たらずしも遠からず。
 まるで小さい子を相手するみたいに諭したセトは、私を対等には見ていない。
 今まで心配してくるのは罪悪感からだと思っていたけれど……なんか違う。
 
 年末年始のあいだ、雪かきをして少し頼られるようになった気がしていたのだが、勘違いだったのか……。
 考え込みながら、テーブルに載せていたカップを取り、余っていた分を飲み干した。
 
「あ……ウサちぃ、それ私のカップじゃ……?」
 
 口に広がった違和感。
 強いアルコールだと気づいたときには、かっと顔が熱くなっていて——

 ああ、こういう不注意なところがダメなのか——と、自分の不甲斐なさに小さく打ちのめされていた。
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