【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.6 この心臓を突き刺して

Chap.6 Sec.11

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 セトの位置からは、彼女の切迫した瞳も、サクラの微笑む横顔も、目にすることができた。
 何を話したのか、正しくは分からない。知らない言語で、穏やかに諭したサクラの腕に、涙をこぼした彼女が足を踏み出したとき——何が起こったのか。
 
 サクラが、彼女を抱きしめたように——見えた。
 セトのほかに、兄弟たちも、そう見えたのではないか。
 
 着物の袖のせいでよく見えなかったが、広げられた腕に包まれた彼女は自然と目をつぶっていて、抱き止められた腕のなか、はっとしたように目を開き、顔を上げた。
 まるで悪夢からめたような、大きく開かれた目が、サクラを見上げている。
 見下ろすサクラの髪が垂れていて、目許は隠れたが——唇は、優しいかたちのまま、
 
『頭の痛みはどうだ?』
『………………』
『……まだ痛むか?』
 
 小さく首を振った彼女は、驚きに近い表情で茫然ぼうぜんとしていたが……自分の手許を、見下ろす。
 セトの目にも、ようやくが映った。
 
 薄いやいばが、サクラの胸部に、突き刺さっていて——
 
 ふいに、彼女の顔がくしゃりと歪んだ。
 
「——サクラさんっ!」
 
 名を呼ぶ響きは、重なり合っていた。
 ハオロンが一番大きく、泣きそうな声で。
 ひょっとすると、兄弟の全員が、その名を呼んでいたかも知れない。

 自覚するのが遅れたが、セトも同じように名を呼んでいた。
 
 ——攻撃を、止めるべきだったのに。
 セトの位置からならば、彼女が攻めに転じた瞬間に、妨害することは可能だったはず。
 
 状況の理解が遅れた——それは、受け身であるサクラが、あまりにも穏やかで平然としていたから。
 
 刺される瞬間まで、ああも反応なくいられる人間など——人じゃない。
 筋肉の収縮も見られず、痛みさえも、全く感じていないような顔で、真っ先に彼女を案じて。
 微笑みを絶やさなかったサクラの顔に、セトは遠い記憶が重なっていた。
 
(あれは、いつだ?)
 
 喧嘩けんかの仕方を——教わった。
 誰かに負けて、悔しくて、やさぐれていたときに……サクラが、力のある相手との闘い方を教えてくれた。
 
 あの頃、暴力は駄目だと注意されるばかりだったから、単純な子供だった自分は——受け入れてもらえたような気がして——無邪気にサクラへと懐いた。
 
 無表情で、人形みたいなサクラの顔。
 本能的に警戒したのは最初だけで、いつのまにか慣れてしまって。
 
 しかし、喧嘩で勝ったと報告したときに——微笑わらったのだ。
 
 大好きだと言ったら、笑ってくれた。
 固まったような顔を、初めて崩した。
 
 
 忘却の彼方から舞い上がった記憶に、今は緊急をしらせる警告音が鳴っている。
 駆け寄った者のうち、アリアとイシャンがサクラの身体を支えた。担架を兼ねたロボがドアから滑り込んでくる。
 ゆっくりと血の気を失っていくサクラの顔は、涙を流す彼女に向いていて——
 
 涙で濡れた頬に、サクラはそっと手を伸ばした。
 
『……泣くことはないよ』
 
 自分を刺した相手に掛けられた声は、どこまでも穏やかで優しく、慈しみの音色をしていた。
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