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第11話 パパはいつも見守ってるからね
しおりを挟む翌日。
俺は内勤を終えると、補佐官とともに騎士団訓練場に向かった。
今日から本格的に新人騎士の訓練が始まる。
厳しい筋力トレーニングに始まり、剣術、体術、魔力など騎士として必要な訓練が行なわれるのだ。すべてはいざという時に死なないため。
討伐という重要任務を達成することも大事だが、それ以上に俺は任務で部下の騎士たちを死なせたくない。騎士のひとりひとりに家族がいる。友人がいる。恋人がいる。俺が騎士団長として最も大切にしている仕事は、その大切な人たちのもとに騎士を無事に帰らせることだ。
訓練場に入ると訓練責任者の騎士に敬礼で迎えられた。
「団長、お待ちしておりました!」
「ご苦労さん。どんな感じだ?」
「今年の新人は楽しみですね。期待できるかと」
「そうか。頼んだぜ」
「はっ」
騎士は敬礼すると訓練に戻っていく。
「貴様ら、その程度で王国が誇る騎士になれると思ってるのか! 集中だっ、もっと気合い入れろ! 剣の素振り千回!!」
「はいっ!」
「俺からすればてめぇらなんか半人前のションベン臭いガキどもだが、王国の民は貴様らを一人前の騎士として見ている! その意味わかってるのか!!」
訓練責任者の檄が飛ぶ。
言っていることは間違いじゃないが、ションベン臭いは良くないな。悪い奴じゃないけど口の悪さが難点だ。
苦笑しながら訓練場を歩く。
俺の姿を見た新人騎士はハッとしたように緊張感を高め、気合いを入れて訓練を続けた。なかには昨日のことを引きずっている者もいるだろう。各自で反省し、次に活かしてくれればそれでいい。
騎士の戦闘以外の職務は自己鍛錬が基本だ。
俺は腕を組んで新人騎士の訓練を見ていたが、ふと視界にオデットとシャロットの姿が映った。
なるべく意識しないようにしているが、……ダメだな、視界に入ってくるとどうしても意識してしまう。でも一切表面にはださない。
真顔のまま昨夜のことを思いだす。
昨夜は城から帰宅するとアイリーンとオデットとシャロットが嬉しそうに出迎えてくれた。
手土産のケーキを渡すと娘たちはおおはしゃぎしていたのだ。
『パパ、このケーキ買って来てくれたの? ありがとうございます!』
『このお店のケーキが食べられるなんてウソみたい! パパ、すごーーい!』
『まあ嬉しい。せっかくですから食後のデザートにいただきましょうか』
どうやら王都の有名菓子店の数量限定ケーキだったらしい。陛下もなかなかいい土産を用意してくれた。
もちろん陛下からの土産だなんて言えないので俺が買った設定にした。妻と娘たちに褒められて俺も鼻が高い。
「あ、そうだ。来週なんだが休暇がほしい」
今のうちに補佐官に話しておく。
有給はたっぷりあるので休めるはずだ。
「え、休暇ですか?」
「そう、休暇。妻に薬草採りに付き合ってほしいと頼まれてな。妻は次の休みでいいって言ってくれたんだけど、それじゃあ目当ての薬草が採れなくなるかもしれないから、なるべく早く行ってやりたい」
「お優しいですね」
「俺はいつもあいつにしてもらってばかりだからな。こういう時くらい役に立ちたいだろ」
昨夜、アイリーン提案の薬草採りの話で盛り上がった。
オデットとシャロットはピクニック気分で計画を立てていたのだ。
「来週は俺しかできないような仕事なんて入ってなかっただろ?」
「そうですね、来週は視察を含めて副団長に代理をしてもらうことも可能です」
「よし、よろしく調整してくれ」
職務において、特定の人間しか出来ない仕事なんて作るべきじゃない。
さすがに騎士団長の俺の仕事は代わりを立てられないものもあるが、それでも替われる人間がつねにいることが大事だ。
来週は家族でピクニックだと思うと浮かれた気分になるが、もちろん平常心。公私混同禁止。顔面はキリッとした真面目な顔で訓練場を見る。
それだけであら不思議。
「だ、団長がやばい雰囲気になってる……」
「もっと気合いを入れろっ。昨日みたいなのはごめんだぞ!」
「やっぱ団長ってオーラが違うよな。こえ~……」
ほらな、新人騎士の士気があがって一石二鳥だろ。
ふと士官が来て補佐官に報告書を提出した。その中身を確認した補佐官が俺に報告する。
「団長、研究所より報告書が提出されました。アラクネの検死結果はやはり団長が気にされていたとおりのようです」
「どれ」
受け取った報告書に目を通す。
やはり訓練場の山に出現したアラクネは外部から大量召喚されたものだった。
しかも共食いをして巨大化するアラクネは希少種とよばれる特殊なものだ。それを召喚できるのは高い魔力の持ち主だけである。
しかし、なぜ騎士団の訓練中にアラクネが召喚されたのか……。
目的として考えられるのは……暗殺、混乱。
だが山全体に数多のアラクネを召喚して暗殺というのは考えづらい。暗殺にしてはあまりに派手すぎる。今朝の王都日報でも『希少種アラクネ発生! 山に行くときは解毒剤と解毒魔法をお忘れなく!』と一面で注意喚起されていたくらいだ。
ならば目的は混乱。ではどうして混乱を起こす必要があったのか……。なにかを隠すために混乱を起こしたというなら、それは……国王陛下暗殺!
実際、今日の王都は騎士団の演習訓練中に希少種アラクネが大量発生した話題で持ちきりだ。そのせいで陛下暗殺未遂事件で陛下の側近士官が逮捕されたことは噂にすらなっていない。
ならばアラクネ召喚を実行した犯人と、陛下暗殺を企んだ犯人は同一人物だと考えていいだろう。
「でもなあ……」
「団長、どうされました?」
「いや、なんもねぇ」
ちょっと安易すぎるんだよなあ。
犯人は同一人物かもしれないが、希少種アラクネ大量召喚をやらかすほどの高い魔力を持った奴が、はたしてこんな分かりやすい暗殺を実行するか?
「うーん……」
俺は腕を組んで考えこんだ。
険しい顔で腕を組んでいる俺に新人騎士たちのざわめきが増していき、おっとマズイ、新人騎士の前でこの顔はやりすぎだ。
俺は少しだけ表情をやわらげてみせた。
これ以上は新人騎士には不要な重圧だ。新人を思考停止にしたいわけじゃないからな。
騎士団長として仕事をしているとき、俺は表情ひとつ、口調ひとつ、まとう雰囲気にいたるまで計算する。トップの所作ひとつひとつが組織の正常な運営に繋がるからだ。
「これについても調査させてくれ」
俺はポケットから二つの小瓶をとりだす。一つめには毒蜘蛛。二つめには死んだ毒蜘蛛。そう、死んでいる毒蜘蛛はルベルト陛下の服に仕込まれていた毒蜘蛛。生きているほうはそれと同じ種類の毒蜘蛛だ。
「えっと、……昆虫学者に、ですか?」
「いや、魔獣研究者に持っていってくれ」
「魔力も感じませんし、普通の毒蜘蛛のようですが」
「まあな。でも気になることがある。あと、ここ最近で新しく城勤めを始めた者を調べてくれ」
「承知いたしました」
補佐官はそう言うとすぐに魔獣研究者のもとに毒蜘蛛をもっていった。
俺はそれを見送ってまた新人騎士の訓練を見る。
「次は新人どもで四人グループをつくれ! 連携の訓練をする! なるべく初めての者同士で組むように!」
訓練責任者がそう指示すると、新人騎士たちが四人グループをつくりだす。
俺はその光景をなんとなく見ていたが。
は!?
オデットとシャロットがぽつんと立ち尽くしている。
しかも。
「オデットさんとシャロットさんと連携なんて、とても務まらないわ」
「そうそう、お二人ともとてもレベルが高いもの。私たちと連携なんて無理じゃないかしら」
新人騎士たちは謙遜して言った。でも明らかに排除したそれ。
心臓がキュッとした。
パパ、今すぐにでも駆け寄って娘たちを慰めたい。大丈夫だからね、パパがついてるからね、と娘たちをいい子いい子したい!
でも団長という立場がそれを許さない。
それに昨夜、娘たちは俺に話さなかった。それは俺の介入を必要としていないということ。
……おい訓練責任者! なんて指示をするんだ! 四人組を作らせたかったら、あらかじめメンバーを考えておけ!
内心ハラハラしながら見守っていたが。
「そうですね。連携は少し難しいかもしれません」と淡々と言ったオデット。
「うん、もうちょっと強くなってくれないと、シャロットもちゃんと戦えないよ」ときょとんとした顔で言ったシャロット。
あああああああ、そうだった。俺の娘たちはこうだった……!
娘たちに悪気はないのだ。悪気はっ……。
でもこの娘たちの反応に嫌味を言った新人騎士の表情がみるみる変わっていく。
ピシリッ……! 娘たちと他の新人騎士に亀裂が入った音がした。
ど、どどどどうしよう。今年の新人騎士はレベルが高いが、扱いが難しいかもしれない……。
暗殺未遂事件よりも、こっちのほうが難問な気がした……。
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