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第一話 天落の地
エピローグ:2 幼馴染の絆1
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眠気に襲われながら教室へ入ると、朱里はすぐに幼馴染の二人を見つけた。予鈴までにはかなりの余裕を残している時刻で、室内にいる生徒は数えられる程である。
まだ閑散とした雰囲気の教室で、二人は前後の席に座って何かを話していた。朝の予鈴までに佐和が教室にいることはほとんどない。いつも部活動の朝練で、朝礼に間に合うギリギリに駆け込んでくるからだ。
朱里は級友達にラクガキをされまくった佐和の左腕の石膏を見て、緊張している自分を感じた。彼女はもう包帯で腕を吊っておらず、会話の勢いで振り上げたりもしている。
骨折をしても溌剌とした明るさは損なわれていないようだ。
陽気で活発な幼馴染。
夏美の憧れの対象。嫉妬すら覚えるほどに、夏美には彼女が輝いて見えるのだろう。
本来ならば秘められていた筈の憧憬と嫉妬。それが夏美の苦しみだけを形にした。
具現した思いが引き起こした事件を思い出して、朱里は少しだけ胸が痛くなる。さっきまでのだるさや眠気が一気に覚めてしまう。
「朱里、おはよう」
先に朱里に気がついたのは夏美だった。昨日までの出来事が嘘のように、彼女の顔色が戻っている。美少女と呼ぶに相応しい微笑みを向けて、夏美は朱里を手招きしている。
佐和も「おはよ」と言って、朱里を迎えてくれた。いつも通り屈託のない二人に、朱里は少しだけ漲っていた緊張感が緩む。
「おはよう。なんだか、二人が予鈴前に揃っているのを見るのは、変な感じ」
素直に感想を述べると、佐和が「そうかもね」と笑った。
「夏美は体の調子良くなったの? 昨日、地震で気を失ったから、心配していたんだけど」
「私は平気。気を失ってから夢を見ていたわ。最近、ずっと嫌な夢を見ていたの。でも、昨夜は久しぶりに気持ちよく眠れたし。スッキリしている位よ」
「それなら、良かったけど」
朱里はほっとして肩の力を抜く。どうやら彼方が言っていたとおり、夏美の中ではこれまでの出来事が全て悪夢ということになっているらしい。
「それよりさ、朱里」
安堵したのも束の間で、佐和の明るい声が続ける。
「夏美に聞いたけど、副担任も倒れたって?朱里の姉上が保健の先生にそう説明していたらしいけど。天宮教授が来て朱里の家まで運び込んだって話だよ。朱里も付き添ったんでしょ?副担任、どうしちゃったの?それも地震のせいで?」
「それは、その。そうなんだけど……」
朱里は咄嗟にうまく言葉が続かない。懸命に齟齬のない成り行きを模索しながら、しどろもどろと答えた。
「えーと、色々と疲れもたまっていたみたいで。昨夜はうちで休んでもらったんだ。うちの兄姉が黒沢先生のことを昔からよく知っているみたいだし。……私にもよく分からないけど、とりあえず大丈夫みたい」
「へぇ、そうなんだ。副担任ってば、見かけどおりひ弱なんだね」
佐和はそんなふうに茶化して笑っているが、彼女なりに副担任のことも心配していたようだ。夏美は朱里を見上げたまま、迷ってから口にした。
「あのね、朱里。……黒沢先生の素顔って、見たことある?」
「えっ?」
朱里はどきりと鼓動が高くなった。
「えっと、私は、残念ながら、……ないかな。昨日も麟華と麒一ちゃんが先生のこと看ていたし。私は先生の泊まった部屋には近づかなかったから」
「そう。それはそうよね」
なぜか落胆する夏美を興味深げに眺めてから、佐和が朱里を見る。
「副担任の素顔って、そういえば見たことないよね」
「う、うん」
「いわれてみれば興味あるかも。実はものすごい男前だったりしてさ」
朱里は心の中で悲鳴を上げてしまう。一人ではらはらしていると、夏美が決意したように佐和を見つめた。
「私、二人に聞いて欲しいことがあるの」
「え?どうしたの、突然」
佐和はのほほんと骨折していない腕で頬杖をついている。朱里は何を言い出すのだろうかと緊張しながらも、近くの席から椅子を引っ張ってきて座った。
夏美は副担任である遥の素顔を見たことがあるが、あれは悪夢の一部に形を変えたはずなのだ。夏美は何か覚悟を決めたように、可憐な顔を厳しくする。
「こんなこと打ち明けたら、二人は軽蔑するかもしれないけど……」
さすがに佐和も夏美の張り詰めた気持ちに気付いたらしく、頬杖をやめて上体を起こした。朱里には夏美の言おうとすることが分かったが、止める気にはなれなかった。
夏美の中にある羨望。そこから芽生える悪意。
それは秘めておいたほうがいい思いなのかもしれない。
秘めていた方が、二人は今までどおりに屈託なく過ごすことができる。
朱里にも、今ならわかる。
全てを包み隠さずに打ち明けることが、必ずしも良いとは言い切れない。幼い頃は素直に向き合うことだけが、相手に誠意を伝える方法だった。
けれど大きくなるにつれて、選択肢が増えていく。
体験した出来事が糧となって、いつの間にか相手を思いやるための方法や言葉を覚えしまうから。
貶める言葉はたしかにあって。
傷つける方法も、たしかにあって。
生きてきた時が様々な思いを刻み、いつの間にか幼い頃の無垢な心よりも、多くの思いを感じるようになって、ここに立っている。
だから、いつのまにか知っている。
本心を伝えることが、必ずしも誠意を示すことにはならない。
本心を伝えるために、誰かを傷つけてもいいことにはならない。
素直な気持ちを伝える言葉と、相手を労わる言葉は違うから。
守るために、傷つけないために。
伝える方法を考えなければならない。
だから時として、秘めることも必要になるのだ。
「……夏美」
彼女の中に在る気持ちは、秘めていたほうが良い。分かっていても、朱里は夏美の思いを遮る気持ちにはなれなかった。
吐き出して楽になりたい時があることを、知っていたからだ。
夏美は少しでも自分の中に在る暗い思いを拭いたいに違いない。
朱里は慰めるように声をかけて、彼女の告白に耳を傾けていた。
「最近、私がずっと見ていた悪夢なんだけど……」
ゆっくりとした口調が、少しだけ震えている。夏美は朱里が体験してきた出来事を、自身の視点から告白した。
佐和を羨んで、妬んでいた自分。
その暗い思いが具現化してしまう悪夢。
「ごめんなさい、佐和。……私、最悪なのよ」
全てを打ち明けてから、夏美は佐和に深く謝罪した。朱里は二人にかける言葉が見つからず、黙って見守っている。
佐和は大きく溜息をついて、しげしげと石膏で固められた自身の腕を眺めた。
「これが、夏美のせい……、っていうのは、どうかなぁ」
怒ったり、そしったりすることもなく、佐和はぽんぽんと夏美の小さな肩を叩く。
「だってさ、私の本音を語ると、部活動をさぼりたいとか思ってた自分がいたりもするから。そう考えると、その気持ちのせいかもしれないでしょ?」
「でも、私は……」
夏美は言葉を詰まらせて俯いてしまう。例え全てが悪夢であり、単なる偶然だとしても、夏美は友人の怪我を願ってしまう自分を責めているのだ。
佐和はそんな暗い気持ちに対しても、あっさりと笑う。
「体の弱い夏美が、私の運動神経を羨んだり憎んだりするのは仕方ないよ」
朱里は佐和の器の大きさに、心の底から尊敬の眼差しを向ける。佐和は二人の様子に戸惑いながらも、小さく咳払いをして姿勢を正した。
「夏美が私達の友情を信じて打ち明けてくれたので、私も打ち明けちゃいましょう」
口調は明るいが、佐和は苦い笑顔を浮かべていた。
「私も夏美のこと憎たらしいって思ったことが何回もあるもん。小三か小四の時だったかな、私が密かに好きだった子に、夏美が告白されたことがあって。あの時は正直、死んでしまえって思った。それで嫌がらせを仕掛けておいたんだけど、結果、夏美は何と救急車で運び込まれる重体になったんだ」
朱里は驚いて思わず佐和の横顔を凝視してしまった。幼いゆえの過ちだとしても、一歩間違えれば夏美は死んでいたのかもしれないのだ。夏美以上に恐ろしい告白である。
いつも陽気で強気の幼馴染から、知らない一面を見せられた気がした。
一瞬沈黙になったが、朱里は一つの思い出を取り出す。
「あっ、それ覚えてるかも。佐和と毎日のように夏美のお見舞いに行った時のこと?佐和が必死に通っていたのは、それでだったんだ」
「そうそう。今思い返しても、あれは寒くなるよ」
佐和は身震いしているが、一番寒い思いをしているのは夏美かもしれない。
「――私、あの時はもう死んでしまうんだと思ったわ」
俯いたまま夏美はそんなことを呟いた。それから腕を伸ばして、佐和をぽかぽかと殴った。
「信じられないわっ。いくら子どもでも、やっていいことと悪いことがあるでしょう」
「あれは本当にごめん。驚かすだけのつもりだったんだけど、まさかそのまま発作を起こすなんて思わなくて」
肩を竦める佐和に食って掛かりながら、夏美は瞳を潤ませている。それは彼女の瞳から零れ落ちて、夏美は慌てて拭った。
「本当に、信じられない」
呟きながらも、夏美はほっとしたように笑いながら、泣いていた。自分の中にあった嫌な思いを打ち明けて、それでも変わらず接してくれる佐和に安堵したのもしれない。
「でも、良かった」
佐和はしくしくと泣く夏美の頭を、慰めるように叩いている。
「私も長いこと隠していた過ちを打ち明けられて良かった。あの時はごめん、夏美」
夏美は「ううん」と首を振って、「ごめんなさい、ありがとう」と呟いた。
朱里は清々しい結末に、そっと心の中で二人に拍手を送る。
幼い頃から一緒にいた二人だから、きっと本心を語るだけで通じ合うことが出来る。
幼馴染の二人に強い絆を感じて、朱里は思わず羨ましくなってしまった。
「なんだかいいな、二人とも。その輪に、私もいれてくれないかな」
素直に伝えると、二人は大笑いする。朱里が「ずるい」とむくれても、二人は依然として笑い続けていた。
まだ閑散とした雰囲気の教室で、二人は前後の席に座って何かを話していた。朝の予鈴までに佐和が教室にいることはほとんどない。いつも部活動の朝練で、朝礼に間に合うギリギリに駆け込んでくるからだ。
朱里は級友達にラクガキをされまくった佐和の左腕の石膏を見て、緊張している自分を感じた。彼女はもう包帯で腕を吊っておらず、会話の勢いで振り上げたりもしている。
骨折をしても溌剌とした明るさは損なわれていないようだ。
陽気で活発な幼馴染。
夏美の憧れの対象。嫉妬すら覚えるほどに、夏美には彼女が輝いて見えるのだろう。
本来ならば秘められていた筈の憧憬と嫉妬。それが夏美の苦しみだけを形にした。
具現した思いが引き起こした事件を思い出して、朱里は少しだけ胸が痛くなる。さっきまでのだるさや眠気が一気に覚めてしまう。
「朱里、おはよう」
先に朱里に気がついたのは夏美だった。昨日までの出来事が嘘のように、彼女の顔色が戻っている。美少女と呼ぶに相応しい微笑みを向けて、夏美は朱里を手招きしている。
佐和も「おはよ」と言って、朱里を迎えてくれた。いつも通り屈託のない二人に、朱里は少しだけ漲っていた緊張感が緩む。
「おはよう。なんだか、二人が予鈴前に揃っているのを見るのは、変な感じ」
素直に感想を述べると、佐和が「そうかもね」と笑った。
「夏美は体の調子良くなったの? 昨日、地震で気を失ったから、心配していたんだけど」
「私は平気。気を失ってから夢を見ていたわ。最近、ずっと嫌な夢を見ていたの。でも、昨夜は久しぶりに気持ちよく眠れたし。スッキリしている位よ」
「それなら、良かったけど」
朱里はほっとして肩の力を抜く。どうやら彼方が言っていたとおり、夏美の中ではこれまでの出来事が全て悪夢ということになっているらしい。
「それよりさ、朱里」
安堵したのも束の間で、佐和の明るい声が続ける。
「夏美に聞いたけど、副担任も倒れたって?朱里の姉上が保健の先生にそう説明していたらしいけど。天宮教授が来て朱里の家まで運び込んだって話だよ。朱里も付き添ったんでしょ?副担任、どうしちゃったの?それも地震のせいで?」
「それは、その。そうなんだけど……」
朱里は咄嗟にうまく言葉が続かない。懸命に齟齬のない成り行きを模索しながら、しどろもどろと答えた。
「えーと、色々と疲れもたまっていたみたいで。昨夜はうちで休んでもらったんだ。うちの兄姉が黒沢先生のことを昔からよく知っているみたいだし。……私にもよく分からないけど、とりあえず大丈夫みたい」
「へぇ、そうなんだ。副担任ってば、見かけどおりひ弱なんだね」
佐和はそんなふうに茶化して笑っているが、彼女なりに副担任のことも心配していたようだ。夏美は朱里を見上げたまま、迷ってから口にした。
「あのね、朱里。……黒沢先生の素顔って、見たことある?」
「えっ?」
朱里はどきりと鼓動が高くなった。
「えっと、私は、残念ながら、……ないかな。昨日も麟華と麒一ちゃんが先生のこと看ていたし。私は先生の泊まった部屋には近づかなかったから」
「そう。それはそうよね」
なぜか落胆する夏美を興味深げに眺めてから、佐和が朱里を見る。
「副担任の素顔って、そういえば見たことないよね」
「う、うん」
「いわれてみれば興味あるかも。実はものすごい男前だったりしてさ」
朱里は心の中で悲鳴を上げてしまう。一人ではらはらしていると、夏美が決意したように佐和を見つめた。
「私、二人に聞いて欲しいことがあるの」
「え?どうしたの、突然」
佐和はのほほんと骨折していない腕で頬杖をついている。朱里は何を言い出すのだろうかと緊張しながらも、近くの席から椅子を引っ張ってきて座った。
夏美は副担任である遥の素顔を見たことがあるが、あれは悪夢の一部に形を変えたはずなのだ。夏美は何か覚悟を決めたように、可憐な顔を厳しくする。
「こんなこと打ち明けたら、二人は軽蔑するかもしれないけど……」
さすがに佐和も夏美の張り詰めた気持ちに気付いたらしく、頬杖をやめて上体を起こした。朱里には夏美の言おうとすることが分かったが、止める気にはなれなかった。
夏美の中にある羨望。そこから芽生える悪意。
それは秘めておいたほうがいい思いなのかもしれない。
秘めていた方が、二人は今までどおりに屈託なく過ごすことができる。
朱里にも、今ならわかる。
全てを包み隠さずに打ち明けることが、必ずしも良いとは言い切れない。幼い頃は素直に向き合うことだけが、相手に誠意を伝える方法だった。
けれど大きくなるにつれて、選択肢が増えていく。
体験した出来事が糧となって、いつの間にか相手を思いやるための方法や言葉を覚えしまうから。
貶める言葉はたしかにあって。
傷つける方法も、たしかにあって。
生きてきた時が様々な思いを刻み、いつの間にか幼い頃の無垢な心よりも、多くの思いを感じるようになって、ここに立っている。
だから、いつのまにか知っている。
本心を伝えることが、必ずしも誠意を示すことにはならない。
本心を伝えるために、誰かを傷つけてもいいことにはならない。
素直な気持ちを伝える言葉と、相手を労わる言葉は違うから。
守るために、傷つけないために。
伝える方法を考えなければならない。
だから時として、秘めることも必要になるのだ。
「……夏美」
彼女の中に在る気持ちは、秘めていたほうが良い。分かっていても、朱里は夏美の思いを遮る気持ちにはなれなかった。
吐き出して楽になりたい時があることを、知っていたからだ。
夏美は少しでも自分の中に在る暗い思いを拭いたいに違いない。
朱里は慰めるように声をかけて、彼女の告白に耳を傾けていた。
「最近、私がずっと見ていた悪夢なんだけど……」
ゆっくりとした口調が、少しだけ震えている。夏美は朱里が体験してきた出来事を、自身の視点から告白した。
佐和を羨んで、妬んでいた自分。
その暗い思いが具現化してしまう悪夢。
「ごめんなさい、佐和。……私、最悪なのよ」
全てを打ち明けてから、夏美は佐和に深く謝罪した。朱里は二人にかける言葉が見つからず、黙って見守っている。
佐和は大きく溜息をついて、しげしげと石膏で固められた自身の腕を眺めた。
「これが、夏美のせい……、っていうのは、どうかなぁ」
怒ったり、そしったりすることもなく、佐和はぽんぽんと夏美の小さな肩を叩く。
「だってさ、私の本音を語ると、部活動をさぼりたいとか思ってた自分がいたりもするから。そう考えると、その気持ちのせいかもしれないでしょ?」
「でも、私は……」
夏美は言葉を詰まらせて俯いてしまう。例え全てが悪夢であり、単なる偶然だとしても、夏美は友人の怪我を願ってしまう自分を責めているのだ。
佐和はそんな暗い気持ちに対しても、あっさりと笑う。
「体の弱い夏美が、私の運動神経を羨んだり憎んだりするのは仕方ないよ」
朱里は佐和の器の大きさに、心の底から尊敬の眼差しを向ける。佐和は二人の様子に戸惑いながらも、小さく咳払いをして姿勢を正した。
「夏美が私達の友情を信じて打ち明けてくれたので、私も打ち明けちゃいましょう」
口調は明るいが、佐和は苦い笑顔を浮かべていた。
「私も夏美のこと憎たらしいって思ったことが何回もあるもん。小三か小四の時だったかな、私が密かに好きだった子に、夏美が告白されたことがあって。あの時は正直、死んでしまえって思った。それで嫌がらせを仕掛けておいたんだけど、結果、夏美は何と救急車で運び込まれる重体になったんだ」
朱里は驚いて思わず佐和の横顔を凝視してしまった。幼いゆえの過ちだとしても、一歩間違えれば夏美は死んでいたのかもしれないのだ。夏美以上に恐ろしい告白である。
いつも陽気で強気の幼馴染から、知らない一面を見せられた気がした。
一瞬沈黙になったが、朱里は一つの思い出を取り出す。
「あっ、それ覚えてるかも。佐和と毎日のように夏美のお見舞いに行った時のこと?佐和が必死に通っていたのは、それでだったんだ」
「そうそう。今思い返しても、あれは寒くなるよ」
佐和は身震いしているが、一番寒い思いをしているのは夏美かもしれない。
「――私、あの時はもう死んでしまうんだと思ったわ」
俯いたまま夏美はそんなことを呟いた。それから腕を伸ばして、佐和をぽかぽかと殴った。
「信じられないわっ。いくら子どもでも、やっていいことと悪いことがあるでしょう」
「あれは本当にごめん。驚かすだけのつもりだったんだけど、まさかそのまま発作を起こすなんて思わなくて」
肩を竦める佐和に食って掛かりながら、夏美は瞳を潤ませている。それは彼女の瞳から零れ落ちて、夏美は慌てて拭った。
「本当に、信じられない」
呟きながらも、夏美はほっとしたように笑いながら、泣いていた。自分の中にあった嫌な思いを打ち明けて、それでも変わらず接してくれる佐和に安堵したのもしれない。
「でも、良かった」
佐和はしくしくと泣く夏美の頭を、慰めるように叩いている。
「私も長いこと隠していた過ちを打ち明けられて良かった。あの時はごめん、夏美」
夏美は「ううん」と首を振って、「ごめんなさい、ありがとう」と呟いた。
朱里は清々しい結末に、そっと心の中で二人に拍手を送る。
幼い頃から一緒にいた二人だから、きっと本心を語るだけで通じ合うことが出来る。
幼馴染の二人に強い絆を感じて、朱里は思わず羨ましくなってしまった。
「なんだかいいな、二人とも。その輪に、私もいれてくれないかな」
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