シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子

文字の大きさ
79 / 233
第三話 失われた真実

第四章:3 幻獣趨牙(すうが)の関わり

しおりを挟む
「――碧宇へきう王子おうじが……」 

 話を聞き終えると、そうは沈痛な面持ちで彼方かなたを見つめた。労わりの色が見える。 

「信じられませんが、――でも、事実なのですね。あなたに謀反むほんの疑いあるという事実も、私は初耳です。いえ、天界ではそのような話はなかった筈です」 

「だけど、白虹はっこう――じゃなくて、奏がこちらへ来てから、何かが起きたのかもしれない」 

「それは、もちろんないとは言えませんが。……ですが、私はこちらへ来る前にへき玉花ぎょくかを訪れました。それが、既に碧宇へきう王子おうじが天界を離れた後の話です。妹はあなたの帰りを待ちながら、変わらずに過ごしていましたよ。王であるみどりいんも、あなたの放浪癖について手を焼いているようでしたが、それでも何かを懸念けねんしている様子はありませんでした。碧宇の王子は、黄帝の命を受けて異界へ渡られた後なので、もちろん不在でしたし」 

 奏はそこで言葉を切ると、彼方に問いかける。 

「あなたは相称そうしょうつばさについて、黄帝が明かしたことはご存知ですね」 
「あ、はい。ここに来る前、兄上が教えてくれました」 

 彼方は天界で兄が教えてくれた事実を、奏にも語って見た。奏は「玉花ぎょくかにも、その成り行きは聞いていました」と頷く。彼方は強引に自分を羽交い絞めにして頬ずりをしてくる兄を思い出して、既に回復しているはずの肩に痛みを感じたような気がした。そっと切り付けられた処に、手を当てる。 

「あの時は、まさかこんなことになるなんて、思わなかったのに」 

 ぼそりと呟くと、奏は再び労わるように眼差しを細めて、彼方を見つめる。 

「私にも、碧宇の王子に何があったのかは判りませんが。私よりも先に、黄帝の命を受けた国の後継者達が鬼門から旅立ったのは事実です。もちろん、碧宇の王子も」 
「じゃあ、こちらに渡っているのは、兄上だけではないんだ」 

「こちらで相称の翼の行方を追っているのは、各国の後継者となる者達です」 
「各国ということは、……継承権一位の後継者が、四人も?」 

「相称の翼は、今や世界にとって最優先事項です。その影には闇呪あんじゅの思惑が介しているとも考えられている。王の次に力在る者をおくるのは当然でしょうね。黄帝の指示に異論が出るはずがありません」 
「確かに、そうかもしれないけど」 

 彼方は座卓に頬杖をついて考える。 
 奏の教えてくれた天界の様子をなぞってみても、兄が自分に向けた凶行の理由は明らかにならない。とりあえず天界に在る雪が平穏に過ごしていることだけが、心から良かったと安堵できる事実だった。 

「天界で僕の濡れ衣が語られていないのだとすると、兄上はこの異界に来てから吹き込まれたのかな。だとしても、誰がそんなことを吹きこむんだろう」

「――気になりますね。よほどの理由がない限り、弟の嫌疑けんぎなど信じるに値しない筈です。聞く耳を持つはずがありません。それに、例え黄帝であっても、へきの王子を裁くには、それなりに事実を示す必要があります。碧宇の王子のやり方では、暗殺と変わりません。秘密裏に王族を手にかけるなど、考えられませんが」 

 奏の言葉に頷きながら、彼方はあらゆる推測を立ててみる。けれど、どれもがうまく噛みあわない。 
 兄である碧宇を、あれほどに豹変させる理由が思いつかないのだ。天界の様子を聞く限り、黄帝が公に彼方を罪人として取り上げた訳でもないだろう。

 彼方には、これまでにも何かが狂っているという漠然とした思いがあった。 
 見過ごしてはならない狂い。 
 どこで何が狂っているのか。それが形にならない。 

 けれど、ここに来て急激に、今まで目に見えなかった齟齬そごが少しずつ形を取り始めたような気がしていた。この異界で自分の目に映った、幾つかの真実。 
 描かれはじめた輪郭を辿っていくと、彼方は闇呪あんじゅの立場が気になった。人々に極悪非道なわざわい と語られてきた事実。それが真実ではないことを、彼方は既に悟ってしまった。 

 悪の虚像として作り上げられた立場。 
 今も誰もが疑うことなく、彼が相称の翼を奪ったと信じている。 
 彼方自身も例外ではない。 
 けれど、闇呪あんじゅの罪は、全てが非道であるという噂の延長に作り上げられた役回りなのではないのだろうか。 

 それとも、自分が既に何らかの罠にかかってしまったのだろうか。 
 世界を破滅へと導くために描かれた策略に、わざわいとなる闇呪あんじゅの仕掛けた罠に、陥っていないと言い切れるのだろうか。 
 判らない。 

「あー、駄目だ。考えるだけグルグルする。頭が破裂しそう」 

 彼方は思考のパラドックスに陥ってしまい、がしがしと髪の毛を掻き揚げる。同じように黙り込んでいた奏も、彼方と同じようなことを考えていたのかもしれない。 

「今更ですが、それでも腑に落ちないことが多すぎますね」 

 奏の目には、白刃はくじんの切っ先を思わせる理知的な光があった。彼の中にある膨大な知識によって、新たな事実が何かを導き出すのだろうか。 
 押し黙ったままの奏を見つめて、彼方はふと不安に駆られた。 

 奏は彼方以上に闇呪あんじゅに対する思い入れが強い筈なのだ。 
 彼方かなたはこちらで出会った闇呪あんじゅの印象を、かなり肯定的に奏に語ってしまった自覚がある。 
 聡明な彼の判断を狂わせないかと、少しばかり不安になった。偏った思い入れは、時として真実を見えなくしてしまう。 

「彼方。私が闇呪あんじゅきみに会うことは可能でしょうか」 

 突然の提案に、彼方はすぐに答えられない。奏は強く思いを語る。 

「彼方の話によると、闇呪あんじゅ白露はくろに関わった出来事を認めたということですが。それでも、私はこの目で白露を救った者が、彼であったのかどうかを確かめたいのです」 

 奏が現れたときから、彼方には予想できた成り行きだった。闇呪あんじゅが見境なく相手を切り捨てるような人間ではないことも、これまでの経験から明らかだった。 
 奏の希望はたやすく叶う。 

 彼方はそれが正しいことなのか、一瞬だけ判断に迷った。けれど、すぐに自分を裏鬼門まで送り届けてくれた、皓月こうげつの金色の体毛を思い出す。 
 暗がりに在っても、ぼんやりと辺りを照らす輝いた体躯たいく。 
 霊獣――趨牙すうが。天意を示すという幻獣の関わり。 

 彼方の迷いを振り切るには充分な存在だった。 
 自分も彼も歩み始めた第一歩には、幻獣である皓月の導きがあるのだ。自分達の進むべき道は、既に決められているのかもしれない。 
 いずれ、あるべき処にたどり着くように。 

 彼方は皓月の示した天意を信じて、憂慮を振り払う。今は迷わず、進むことしか出来ないのだ。 

「多分、可能だと思います。僕達の素性は完璧に整えられているので、学院に入ることを不審に思われることはないはずです。ただ、奏の容姿はこちらでは珍しいから、注目を浴びるとは思うけれど。どちらにしても、闇呪あんじゅ天籍てんせきに在る僕達を見分けるのは簡単だし、僕たちが彼を見分けるのも簡単です」 

 素直に語ると、奏はただ微笑んだ。彼方よりも大人びた容姿は美しく、手を組み合わせるだけの仕草が、優雅に見える。嫌味のない色気を漂わせた灰褐色の瞳。 
 学院で見る女子生徒は溌剌としていて、いつでもでるべきものを追いかけている。彼女達が奏を見て黄色い声をあげるのが、彼方にはたやすく想像できた。 

 頭の片隅で、冴えない教師を演じているはるか――闇呪あんじゅを思い出す。醜悪であると思い込んでいた予想を裏切り、彼は端正な素顔をしていた。綺麗な横顔を思い出すと、彼方は下手な変装もあながち無駄ではないのかもしれないと、場違いな感想を抱いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

処理中です...