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第四話 闇の在処(ありか)
終章:一 透国:趨牙(すうが)と黒い鳥
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白虹はふうっと深い息をついた。自身の宮殿の最奥は静謐に守られている。白露の輪廻の儀式以降、礼神をもって結界を設け他者の立ち入りを完全に禁じた。以前は身近な世話を任せていた者の出入りでそれなりに賑やかだったが、今は何の喧騒も物音もない。
まるで世界から切り取られたように、静寂に満たされている。
白虹は寝台の天蓋から垂れ下がる沙に手をかけた。
彼女の姿を眺めて、ほっと安堵する。
白露はいまだ輪廻することなく、美しい姿のまま横たわっていた。
希望は失われていない。それだけを確かめて白虹は寝台から離れた。
黒い躯となった白露が救われてからの日々。
白虹は数え切れないほどの文献や書物を求めた。白露を蘇らせる術を求めての行動だった。
しかし、白虹の期待するような記録は見つからない。亡き先守が残したという形見を手に入れる機会もあったが、希望しているものではなかった。ただ月日だけが無意味に過ぎていく。
それでも諦めることができなかった。この世に白露が在る限り、希望を捨てることはできない。
何かに憑かれたように黙々と文献を紐解いた。白露を救い出す術は得られないが、白虹は腑に落ちないものを感じるようになった。
亡き先守が残したという形見。明らかに白虹が手に入れることのできた文献や記録とは、記述が異なっているのだ。
そのささやかな食い違いの示すこと。突き詰めてゆくと、人々が語るこの世のあり方を覆す部分が見えてくる。
はじめは、まるで小さな棘のようだった。形見が示す小さな矛盾。わずかな綻び。
断片を組み合わせるかのように、描かれてゆく何か。
白虹の脳裏で結実していく疑惑。
どこかで、何かが歪められているのではないか。
胸の中に燻り始めた思い。在りえないと思っても、目を逸らすことができない。この世の理や過去を求めるほど深く刻まれて行く矛盾。
神を愛で、鬼を恐れる。その理を利用して何かが形作られようとしているのではないのか。
そして。
それは白露が突然病に倒れた不自然さにも通じているのではないか。
自分でも莫迦莫迦しい妄想だと思いながら、一方では打ち消そうとすればするほど、強くそう感じた。なぜか切り離して考えることはできなかった。
先守の形見。矛盾が示唆すること。
書き換えられた真実。故に人々が語る世界の理に、覆い隠された真実がある。
では、この世を形作る本当の真実はどこにあるのだろう。
白虹は白露の横たわる寝台を振り返る。
求めて、その先に何があるのかはわからない。
けれど、いつかたどり着くことができれば、白露が目覚めるのではないか。
白露の目覚め。
何があろうと諦めることのできない望み。この魂魄の意味。
(白露、もしかすると君は……、君は、あの時――)
――感じていたのかもしれない。
白虹は吐息と共に考えを巡らせることを放棄した。そっと最奥の間を出る。結界を抜けると、途端に宮に出入りをする者達の気配が伝わってくる。
人々の気配を感じると、抱えている懸念が大きく膨らむ。
国の表舞台から姿を消して、もうどのくらいの月日が過ぎたのだろう。既に以前のように自分に期待している者はいない。白露を失って気が触れたという者までいる。
白虹は道理だと受けとめていた。皇子の責務を放棄して、独りよがりな希望にすがっているのだ。今は変わり者以外の何者でもない。
それでも白虹が皇子であることは変わらない。白の御門の命のもと、常に世話をする多くの者達に囲まれている。
いつまでも最奥の間だけを人の目から切り離してはいられないだろう。宮殿に出入りする者達も何らかの憶測を語っているに違いない。
白露を秘匿する状況にも限界がある。
(何か人を遠ざける良い方法はないだろうか)
考えを巡らせていると、突然宮殿の雰囲気が変化したことに気付いた。白虹が強く踏み出すと同時に、中庭の方から悲鳴が聞こえてくる。
「――――――っ!」
「!!―――…」
重なる悲鳴を聞きながら白虹はすばやく中庭へ駆けつけた。
「皇子様、これ以上は――」
近づいてはならないと示す者達の前に出て、白虹は騒ぎの元凶に目を向けた。
「あれは、……鬼?」
廊の上からでは細部まで確認できないが、中庭の中央に小さな何かが蠢いている。白虹はじっと目を凝らした。
「誰が、こんなものを」
「呪いだわ」
辺りでは遠巻きに鬼を眺めて、口々に不吉な憶測を語っている。宮殿の内が人々の恐れに占められていく様が目に見えるようだった。
白虹は周りの者を一喝するように告げた。
「宮殿内に居る者を全員すぐに避難させなさい。この場は私が預かります」
周りの者の反応は早かった。白虹が中庭へ下りて蠢く影色と対峙していると、やがて白亜が全員退去したことを告げに来た。
「白亜、おまえも避難しなさい」
「白虹様をお一人で残してゆくことはできません」
白虹はそっと白亜に視線を向けた。白亜が懸念していることがわかって、ふっと顔が綻ぶ。
「心配しなくても、いまさら白露の後を追うような真似はしない」
「ですが……」
白亜は恐れを隠すこともなく、蠢く影色を見る。まるで黒い炎を纏ったかのような不可思議な残像を残す何か。じっと眺めていると小鳥のように見える。黒い炎のような残像が揺らめいているだけで、それ自体はまったく動きだす気配がない。
白虹はじっと対峙したまま、どうすべきかを考えていた。
鬼であるならば、容易に触れることはできない。
その時、ざっと空から何かが落ちてきた。白虹は信じられない思いで、新たに現れたモノを見る。
「幻獣……?」
傍らに立ち尽くしていた白亜の呟きが聞こえる。
金色の体毛が見事な巨体。音もなく着地したのが霊獣であることは、その金色の輝きが教えてくれる。瞳は虹色を映すかのように、光の加減によって幾重にも色合いを変える。現れた幻獣――趨牙は、人の気配に動じる様子もなく、口に咥えていた何かをそっと地面に置いた。
黒い小さな塊。白虹が対峙していたものと同じ輪郭。
趨牙はゆるりと頭を上げると、虹色の瞳で白虹を見つめた。何者も恐れない静かな表情だった。
邂逅に白虹が身動き出来ずにいると、趨牙が地面に横たわる黒い塊に鼻を寄せる。何の恐れも感じさせない様子で、ぺろりと舌をのぞかせて影色を舐めた。まるで怪我を労わるかのように、ぺろぺろと舐める行為を繰り返す。
再び趨牙が白虹を見つめた。何も恐れることはないと訴えているようだった。白虹はようやく我に返り、趨牙と横たわる不可思議な小鳥に歩み寄る。
趨牙に導かれるまま、膝をついてそっと小さな影色に触れた。生き物の温もりが掌から伝わってくる。
何の禍々しさもない柔らかな熱。
白虹は黒い小鳥をすくいあげるように掌に乗せて立ち上がる。趨牙がゆるりと長い尾を振った。
「この二羽の小鳥を、介抱せよということですか」
確認すると趨牙はもう一度ゆるりと尾を動かす。白虹は吐息をついて、黒い小鳥を手に抱えたまま屋内へ戻る。
白亜も何も云わずに後をついてきた。
人々が避難した宮殿内はひっそりと静まりかえっている。白虹はふとこの一連の出来事をうまく利用すれば、自身の宮に人が寄り付かなくなるように謀れるのではないかと考えた。
これからも白露を秘匿することができる。
(これは、どういう巡りあわせなのだろう)
白虹は掌の小鳥を眺めた。みたこともない不可思議な生き物。影色に紛れて気付かなかったが、どうやら怪我を負っているようである。
中庭を振り返ると、趨牙は巨体を横たえて大きな欠伸をしていた。
まるで世界から切り取られたように、静寂に満たされている。
白虹は寝台の天蓋から垂れ下がる沙に手をかけた。
彼女の姿を眺めて、ほっと安堵する。
白露はいまだ輪廻することなく、美しい姿のまま横たわっていた。
希望は失われていない。それだけを確かめて白虹は寝台から離れた。
黒い躯となった白露が救われてからの日々。
白虹は数え切れないほどの文献や書物を求めた。白露を蘇らせる術を求めての行動だった。
しかし、白虹の期待するような記録は見つからない。亡き先守が残したという形見を手に入れる機会もあったが、希望しているものではなかった。ただ月日だけが無意味に過ぎていく。
それでも諦めることができなかった。この世に白露が在る限り、希望を捨てることはできない。
何かに憑かれたように黙々と文献を紐解いた。白露を救い出す術は得られないが、白虹は腑に落ちないものを感じるようになった。
亡き先守が残したという形見。明らかに白虹が手に入れることのできた文献や記録とは、記述が異なっているのだ。
そのささやかな食い違いの示すこと。突き詰めてゆくと、人々が語るこの世のあり方を覆す部分が見えてくる。
はじめは、まるで小さな棘のようだった。形見が示す小さな矛盾。わずかな綻び。
断片を組み合わせるかのように、描かれてゆく何か。
白虹の脳裏で結実していく疑惑。
どこかで、何かが歪められているのではないか。
胸の中に燻り始めた思い。在りえないと思っても、目を逸らすことができない。この世の理や過去を求めるほど深く刻まれて行く矛盾。
神を愛で、鬼を恐れる。その理を利用して何かが形作られようとしているのではないのか。
そして。
それは白露が突然病に倒れた不自然さにも通じているのではないか。
自分でも莫迦莫迦しい妄想だと思いながら、一方では打ち消そうとすればするほど、強くそう感じた。なぜか切り離して考えることはできなかった。
先守の形見。矛盾が示唆すること。
書き換えられた真実。故に人々が語る世界の理に、覆い隠された真実がある。
では、この世を形作る本当の真実はどこにあるのだろう。
白虹は白露の横たわる寝台を振り返る。
求めて、その先に何があるのかはわからない。
けれど、いつかたどり着くことができれば、白露が目覚めるのではないか。
白露の目覚め。
何があろうと諦めることのできない望み。この魂魄の意味。
(白露、もしかすると君は……、君は、あの時――)
――感じていたのかもしれない。
白虹は吐息と共に考えを巡らせることを放棄した。そっと最奥の間を出る。結界を抜けると、途端に宮に出入りをする者達の気配が伝わってくる。
人々の気配を感じると、抱えている懸念が大きく膨らむ。
国の表舞台から姿を消して、もうどのくらいの月日が過ぎたのだろう。既に以前のように自分に期待している者はいない。白露を失って気が触れたという者までいる。
白虹は道理だと受けとめていた。皇子の責務を放棄して、独りよがりな希望にすがっているのだ。今は変わり者以外の何者でもない。
それでも白虹が皇子であることは変わらない。白の御門の命のもと、常に世話をする多くの者達に囲まれている。
いつまでも最奥の間だけを人の目から切り離してはいられないだろう。宮殿に出入りする者達も何らかの憶測を語っているに違いない。
白露を秘匿する状況にも限界がある。
(何か人を遠ざける良い方法はないだろうか)
考えを巡らせていると、突然宮殿の雰囲気が変化したことに気付いた。白虹が強く踏み出すと同時に、中庭の方から悲鳴が聞こえてくる。
「――――――っ!」
「!!―――…」
重なる悲鳴を聞きながら白虹はすばやく中庭へ駆けつけた。
「皇子様、これ以上は――」
近づいてはならないと示す者達の前に出て、白虹は騒ぎの元凶に目を向けた。
「あれは、……鬼?」
廊の上からでは細部まで確認できないが、中庭の中央に小さな何かが蠢いている。白虹はじっと目を凝らした。
「誰が、こんなものを」
「呪いだわ」
辺りでは遠巻きに鬼を眺めて、口々に不吉な憶測を語っている。宮殿の内が人々の恐れに占められていく様が目に見えるようだった。
白虹は周りの者を一喝するように告げた。
「宮殿内に居る者を全員すぐに避難させなさい。この場は私が預かります」
周りの者の反応は早かった。白虹が中庭へ下りて蠢く影色と対峙していると、やがて白亜が全員退去したことを告げに来た。
「白亜、おまえも避難しなさい」
「白虹様をお一人で残してゆくことはできません」
白虹はそっと白亜に視線を向けた。白亜が懸念していることがわかって、ふっと顔が綻ぶ。
「心配しなくても、いまさら白露の後を追うような真似はしない」
「ですが……」
白亜は恐れを隠すこともなく、蠢く影色を見る。まるで黒い炎を纏ったかのような不可思議な残像を残す何か。じっと眺めていると小鳥のように見える。黒い炎のような残像が揺らめいているだけで、それ自体はまったく動きだす気配がない。
白虹はじっと対峙したまま、どうすべきかを考えていた。
鬼であるならば、容易に触れることはできない。
その時、ざっと空から何かが落ちてきた。白虹は信じられない思いで、新たに現れたモノを見る。
「幻獣……?」
傍らに立ち尽くしていた白亜の呟きが聞こえる。
金色の体毛が見事な巨体。音もなく着地したのが霊獣であることは、その金色の輝きが教えてくれる。瞳は虹色を映すかのように、光の加減によって幾重にも色合いを変える。現れた幻獣――趨牙は、人の気配に動じる様子もなく、口に咥えていた何かをそっと地面に置いた。
黒い小さな塊。白虹が対峙していたものと同じ輪郭。
趨牙はゆるりと頭を上げると、虹色の瞳で白虹を見つめた。何者も恐れない静かな表情だった。
邂逅に白虹が身動き出来ずにいると、趨牙が地面に横たわる黒い塊に鼻を寄せる。何の恐れも感じさせない様子で、ぺろりと舌をのぞかせて影色を舐めた。まるで怪我を労わるかのように、ぺろぺろと舐める行為を繰り返す。
再び趨牙が白虹を見つめた。何も恐れることはないと訴えているようだった。白虹はようやく我に返り、趨牙と横たわる不可思議な小鳥に歩み寄る。
趨牙に導かれるまま、膝をついてそっと小さな影色に触れた。生き物の温もりが掌から伝わってくる。
何の禍々しさもない柔らかな熱。
白虹は黒い小鳥をすくいあげるように掌に乗せて立ち上がる。趨牙がゆるりと長い尾を振った。
「この二羽の小鳥を、介抱せよということですか」
確認すると趨牙はもう一度ゆるりと尾を動かす。白虹は吐息をついて、黒い小鳥を手に抱えたまま屋内へ戻る。
白亜も何も云わずに後をついてきた。
人々が避難した宮殿内はひっそりと静まりかえっている。白虹はふとこの一連の出来事をうまく利用すれば、自身の宮に人が寄り付かなくなるように謀れるのではないかと考えた。
これからも白露を秘匿することができる。
(これは、どういう巡りあわせなのだろう)
白虹は掌の小鳥を眺めた。みたこともない不可思議な生き物。影色に紛れて気付かなかったが、どうやら怪我を負っているようである。
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