9 / 78
8
しおりを挟む
妹フランシスの足が動かなくなったのは15年前……4歳の秋、母親ローズが邸内の階段から落ちて亡くなったのが原因だった。
あの日フランシスは母と一緒に種を蒔いたコスモスが、花をつけたと侍女から聞いて、母を誘って、ふたりで2階から庭に向かっていた。
(たくさん、お部屋にコスモスを飾るの。)と、大きく手を広げるフランシスを微笑んでいたローズだったが、突然、階段の手前で足を止め、青ざめた顔で後ろを振り返った。
そう、母ローズはなぜか振り返ったのだ。
そこまではフランシスには記憶があるが、それ以上は何も思い出せない。
ただ、階段の下で倒れている母の姿と、泣き声とも悲鳴ともつかないフランシス自身の声が目と耳に15年経った今でも残っている。
だが不幸な出来事はそこで終わらなかった。
母の死を目の前で見てしまったフランシスは、自分が庭に誘わなければ、こんな事にならなかったと思いつめ、心も体も殻に閉じこまってしまい、その苦しい思いは、フランシスの足をまるで凍りつかせたかのように、動けないようにしてしまった。
*****
いつもなら、可愛い妹に会うのにためらうことなどなかったアークフリードだったが…。
偽装結婚。
―ミーナ嬢から言われたとはいえ、若い娘にそんなことをさせる俺を、フランシスは軽蔑するだろうなぁ…。
ため息をつき、妹の部屋の前でアークフリードは長いこと立っていたが、扉の前で小さな声とはいえ、長いことブツブツと言っているアークフリードに気づかないわけがない。
カチャ…とフランシスの侍女が扉を開いた。
アークフリードは慌ててフランシスの部屋に入り、まだ纏まっていない言い訳を口にしようとしたら、アークフリードの結婚に興奮気味のフランシスの声が重なった。
「お兄様!!「フ、フランシス…どうか説明させてくれ」」
キョトンと自分を見るフランシスに、一瞬固まったアークフリードの口からでてきたのは、「あ、あ、いや…」と意味不明な言葉。
それ以上、言葉がなかなか出てこないアークフリードに、動けないフランシスはベットの上で、ため息をつくと少しむっとした顔で
「なぜ、もっと早く教えてくださらなかったの?」
「そ、それは…。」
「ライド様がアツアツで横にいるのがたまらないって聞きました。」
「ア…アツアツ?…」
「それだけ、思いあっていらっしゃる方がいるのなら、早く言って欲しかったです。」
フランシスは、魂が抜けてしまったのかと思うくらい、茫然としているアークフリードの様子をおかしいとは思わず、アークフリードからの恋バナを期待するような目で見ると、矢継ぎ早に質問を口に…。
お兄様は女性に対しては奥手なのに、どうやって口説いたの?
プロポーズの言葉は?
その方のどこに惹かれたの?……etc
―ラ、ライド…おまえ、どう言ったんだ。
アークフリードは頭を抱え俯き、ますます偽装結婚だなんて言えなくなったと顔を歪ませたが…とにかく説明しないとミーナにも迷惑をかけると顔を上げれば…そこには…。
ポロポロと涙を零すフランシスの姿。
「…フランシス…」
「良かった、私のせいでお兄様まで不幸にしたのではと思っていたの。愛する方が出来たんですね、良かった。」
青い瞳から、大粒の涙が次々と溢れ出てくるのを呆然と見ていたアークフリードだったが、フランシスは涙を零してはいるが、その目元は…そして口元は笑っていることに、ようやく気がつき、アークフリードも微笑むことができた。
泣いているに幸せそうに笑う…それは奇妙だったが…見惚れるくらいのフランシスの笑顔。
―母を亡くした時、父を亡くした時、兄妹ふたりだけになってしまった時、 己の不幸を恨んだこともあったが時もあったが…この笑顔の為なら…俺は……まだ俺は頑張れる。
フランシスのベッドの上に腰を下ろし、そっとフランシスの頬に伝う涙を手で優しく拭うと、細い体を抱き寄せて、そして戸惑うことなく言葉が出て来た。
「ミーナ嬢はほんとうに素敵な女性なんだ、ぜひ会ってくれ。」
そして思うのだった、
腕の中の青い瞳を……。
そして力を貸してくれる緑の瞳を曇らせてたまるかと。
あの日フランシスは母と一緒に種を蒔いたコスモスが、花をつけたと侍女から聞いて、母を誘って、ふたりで2階から庭に向かっていた。
(たくさん、お部屋にコスモスを飾るの。)と、大きく手を広げるフランシスを微笑んでいたローズだったが、突然、階段の手前で足を止め、青ざめた顔で後ろを振り返った。
そう、母ローズはなぜか振り返ったのだ。
そこまではフランシスには記憶があるが、それ以上は何も思い出せない。
ただ、階段の下で倒れている母の姿と、泣き声とも悲鳴ともつかないフランシス自身の声が目と耳に15年経った今でも残っている。
だが不幸な出来事はそこで終わらなかった。
母の死を目の前で見てしまったフランシスは、自分が庭に誘わなければ、こんな事にならなかったと思いつめ、心も体も殻に閉じこまってしまい、その苦しい思いは、フランシスの足をまるで凍りつかせたかのように、動けないようにしてしまった。
*****
いつもなら、可愛い妹に会うのにためらうことなどなかったアークフリードだったが…。
偽装結婚。
―ミーナ嬢から言われたとはいえ、若い娘にそんなことをさせる俺を、フランシスは軽蔑するだろうなぁ…。
ため息をつき、妹の部屋の前でアークフリードは長いこと立っていたが、扉の前で小さな声とはいえ、長いことブツブツと言っているアークフリードに気づかないわけがない。
カチャ…とフランシスの侍女が扉を開いた。
アークフリードは慌ててフランシスの部屋に入り、まだ纏まっていない言い訳を口にしようとしたら、アークフリードの結婚に興奮気味のフランシスの声が重なった。
「お兄様!!「フ、フランシス…どうか説明させてくれ」」
キョトンと自分を見るフランシスに、一瞬固まったアークフリードの口からでてきたのは、「あ、あ、いや…」と意味不明な言葉。
それ以上、言葉がなかなか出てこないアークフリードに、動けないフランシスはベットの上で、ため息をつくと少しむっとした顔で
「なぜ、もっと早く教えてくださらなかったの?」
「そ、それは…。」
「ライド様がアツアツで横にいるのがたまらないって聞きました。」
「ア…アツアツ?…」
「それだけ、思いあっていらっしゃる方がいるのなら、早く言って欲しかったです。」
フランシスは、魂が抜けてしまったのかと思うくらい、茫然としているアークフリードの様子をおかしいとは思わず、アークフリードからの恋バナを期待するような目で見ると、矢継ぎ早に質問を口に…。
お兄様は女性に対しては奥手なのに、どうやって口説いたの?
プロポーズの言葉は?
その方のどこに惹かれたの?……etc
―ラ、ライド…おまえ、どう言ったんだ。
アークフリードは頭を抱え俯き、ますます偽装結婚だなんて言えなくなったと顔を歪ませたが…とにかく説明しないとミーナにも迷惑をかけると顔を上げれば…そこには…。
ポロポロと涙を零すフランシスの姿。
「…フランシス…」
「良かった、私のせいでお兄様まで不幸にしたのではと思っていたの。愛する方が出来たんですね、良かった。」
青い瞳から、大粒の涙が次々と溢れ出てくるのを呆然と見ていたアークフリードだったが、フランシスは涙を零してはいるが、その目元は…そして口元は笑っていることに、ようやく気がつき、アークフリードも微笑むことができた。
泣いているに幸せそうに笑う…それは奇妙だったが…見惚れるくらいのフランシスの笑顔。
―母を亡くした時、父を亡くした時、兄妹ふたりだけになってしまった時、 己の不幸を恨んだこともあったが時もあったが…この笑顔の為なら…俺は……まだ俺は頑張れる。
フランシスのベッドの上に腰を下ろし、そっとフランシスの頬に伝う涙を手で優しく拭うと、細い体を抱き寄せて、そして戸惑うことなく言葉が出て来た。
「ミーナ嬢はほんとうに素敵な女性なんだ、ぜひ会ってくれ。」
そして思うのだった、
腕の中の青い瞳を……。
そして力を貸してくれる緑の瞳を曇らせてたまるかと。
0
あなたにおすすめの小説
迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?
翠月 瑠々奈
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。
衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得!
だけど……?
※過去作の改稿・完全版です。
内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。
見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語
まつめ
恋愛
18歳の近衛兵士アツリュウは、恋する王女の兄の命を救ったことで、兄王子の護衛官になる。王女を遠くから見られるだけで幸せだと思っていた。けれど王女は幼い頃から館に閉じ込められ、精神を病んだ祖父の世話を押し付けられて自由に外に出れない身だと知る。彼女の優しさを知るごとに想いは募る。そんなアツリュウの王女への想いを利用して、兄王子はアツリュウに命がけの戦をさせる。勝ったら王女の婚約者にしてやろうと約束するも、兄王子はアツリュウの秘密を知っていた。彼は王女に触れることができないことを。婚約者になっても王女を自分では幸せにできない秘密を抱え、遠くから見るだけでいいと諦めるアツリュウ。自信がなく、自分には価値がないと思い込んでいる王女は、アツリュウの命を守りたい、その思いだけを胸に1人で離宮を抜け出して、アツリュウに会いに行く。
走馬灯に君はいない
優未
恋愛
リーンには前世の記憶がある。それは、愛を誓い合ったはずの恋人の真実を知り、命を落とすというもの。今世は1人で生きていくのもいいと思っていたところ、急に婚約話が浮上する。その相手は前世の恋人で―――。
君に何度でも恋をする
明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。
「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」
「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」
そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。
転生令嬢と王子の恋人
ねーさん
恋愛
ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件
って、どこのラノベのタイトルなの!?
第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。
麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?
もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?
恋は、やさしく
美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。
性描写の入る章には*マークをつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる