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しおりを挟む翌日、公爵家からの迎えを待たずに、ミーナはバッグひとつで、従者も連れずに公爵家にやって来ていた。
公爵家の前にしてしばらくミーナ動けずにいたが、大きく伸びをすると「いよいよだ!行きますか。」と気持ちを奮い立たせると、脇に置いていたバックを持ち上げ、しっかりと公爵家を見上げた。
緑色の瞳に写る公爵家に、ミーナは…何か呟くと公爵家へと歩き始めた。
ミーナの呟いた言葉は祈りのようでもあり、歌のようでもあったが、ただその言葉はノーフォーク国の言葉ではなかったのは確かだった。
公爵家の使用人達は、執事エパードにかなり躾けられていたからか、どんなハプニングが起こっても、いつも余裕の顔で働く者ばかりだったが、堅物でこのままだと奥様を迎えることはないのではと思っていた主人が突然の婚約。それだけでもパニックなのに、今日その婚約者が来るということで、いつもの余裕の顔は使用人の中にはひとりもいなかった。
そんな中…使用人が利用する裏口近くの水場に、にこにこ笑顔で「こんにちわ」と言って顔を出したミーナがいた。
水場で花を生けていた3人の侍女達は目を丸くしたが、にこにこ笑顔に彼女らはつい釣られて、微笑んでしまったが、ハッとしたようにひとりの侍女が恐る恐る訊ねた。
「えっと…侍女は今は足りてるの。ごめんね。でも、何が食べるものはあるわ、ちょっと待ってて。」
ミーナは「えっ!」と言いながら、そして今度は「あぁあ!!」と叫びながら、自分の格好を見た。
ーこの格好はないわ。確かにこれは…ね。
これは【銀の匙】でトイレ掃除をするときに着ている服の一枚。
ーはぁ~昨日から、これからの対策を考え情報を見直し、検討し、その事ばかり考えていたものだから、いつものように【銀の匙】へ仕事に行く格好で来てしまった、それも店に出るときじゃなくて…掃除用の服で。あぁいつもよりひどいかも。ま、まずい…実にこれはまずい。うっ…どうしよう。着替えに帰って出なおすのも、おかしいわよね。男爵家のみんなも、この格好だから、まさかこのまま公爵家に行くとは思ってなかったんだろうなぁ。
だからか…「お嬢様、いってらっしゃいませ」と軽く言われたんだ。
そのことを思い出し、ミーナはため息をついた。
―私ってひとつの事に囚われたら、他のことにどうして頭がまわらないんだろう。おまけにいつのも調子で、裏口から入ってきちゃったし…ここでアークフリード様の婚約者だと言ったら、彼女たち困るよね……主人の婚約者だとわかったらビビるよね。
そのときだった、なかなか戻ってこない侍女達に、執事のエパードが、(どうしたのですか)と言いながらやって来たのだった。
侍女達も困ったようにミーナを見て、何と言ったらいいのかと今度はエパードを見たが、エパードの視線はミーナを見て、口を開けて…固まったようだった。だが、他の使用人たちの驚きとは違っていた。それは、質素な服なのに、人をひきつけるなにかを持っていると感じたからだ。
―もしやこの方は…
エパードはすぐに頭を下げ、
「ミーナ様、お待ちしておりました。」
周りにいた他の使用人たちの顔が青くなるのをミーナはあちゃ…と頭を抱えたくなったが、すぐにエパードに、
「私が困っていたら、みんなが心配して集まってくださったの。本当に公爵家の使用人の方々は、よく気がつく方ばかりですね。」
と微笑み、エパードにここはこれで治めてと…笑みを深くし訴えた。
エパードは、ミーナの言いたいことを察したのだろう、青い顔の使用人たちに下がるように命じ、それを見て、やっとふっ~と長い息を吐いたミーナは、
「ありがとう、あなたがエパードね。」と言いながら、にこりと笑った。
「はい、ミーナ様」
エパードは頭を下げながら、(この方は…やはり違う。)そう思うとさらに、頭は自然と深く下がった。
「助かったわ、ここをどう治めるかと内心ブルブルだったの。」と言って片手に持ったバックを下ろした。
エバートはバックを下ろしたミーナを見て、驚いたように今度はミーナのバックを見て、ゴクンと唾を飲み込むと矢継ぎ早に
「ミーナ様、他のお荷物は…?どちらに」
「ミーナ様、お連れの従者殿は…」
―なんか、また失敗してる…のかなぁ、私は…。
「えっと、まだ、婚約者ですから、花嫁修業に少し早く来ただけですから、荷物もこれで充分です。」
と片手に持ったバックをあげて見せ、引きつる頬を無理に上げ、内心どうしようと思いつつ笑顔、取り敢えず笑顔でとにっこりと笑った。
そして、心の動揺を見せないように、
「エパードさん、作戦会議に、ドレスも宝石も…必要ないです。必要なのは…」
と言って頭と、そして胸を叩き「頭脳と度胸です。」と
一瞬固まったエパードだったが、ゆっくりと口元に弧を描くと大きな声で笑ったが、…はっとした顔で
「も、もうしわけありません」
「アークフリード様から聞いております。エパードさん、私たちは同士です。 必ず、ノーフォークを公爵家を守り、戦いましょう。」
エパードは、ミーナの気持ちが嬉しかった。そしてこの明るさが、公爵家やこの国を覆う暗雲を一気に払えなくとも、重苦しい雲の合間から光を差してくれる気がした。
だからだろうか、いつもエバートらしかぬことを思っていた。
―ミーナ様のこのユーモアには、 や.は.り…こうお答えをしなくては…と
「アーガイル伯爵様から、優しすぎて困った旦那様を一喝される凄腕の参謀でもある素敵な婚約者様だと伺っております。アークフリード様は幸せでございます。
そう一気に言ったかと思ったら、ニンマリ笑い
「オオッ!そのバックの中に、明後日のミーナ様歓迎の晩餐会のドレスも入れておいでで、整頓も凄腕でございますね。」
ーいやいや…このバックにドレスなんか入るわけないじゃん!……じゃない!晩餐会だ…忘れてた。ドレスはありません、とは言えないよね。どうしよう。とりあえず男爵家に連絡を取らないと!!
「え、えっと…」と言って言葉が詰まったように出てこなかった、それは…
忘れてた!!と顔に書いてありますよ…と言いたげにエバートのニンマリ笑った顔のせいだった。
―晩餐会を忘れていたことは、ばれていたんだ…あの笑いはそうだ。はぁ~。
ミーナは潔く頭下げると
「すみません、ドレスを持ってきてもらうように男爵家に連絡してもらっていいでしょうか。」
エバートは満面の笑みで
「はい、お任せください、ミーナ様。」
大きなエバートの声に、隠れるようにミーナの小さな声があった。
「いやいや凄腕は執事のあなたです。」
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