紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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バクルー王は、エリザベスからゆっくりと唇を離し、抱き寄せていた腰からも手を離した。


バクルー王は、小さく両手を挙げ、

「興味がない女でも、逆に、俺のことを死ぬほど嫌って、口汚く罵る様な女でも俺は抱ける。だが、口づけをしている時、感情のない眼を開けたまま口づけをする女には…さすがに勃つものも勃てないぜ。アークフリードの側で口づけでもしたら、いくらおまえでもその張り詰めた精神が切れると踏んだんだが…。」



エリザベスは右手の甲で、唇を拭いながら、

「たかが口づけのひとつで、私が崩れると思っていらしたとは……馬鹿馬鹿しい。」



バクルー王は、ふっと笑い…

「やっぱり、本物はいいなぁ。」と言って、エリザベスの顎に手をやり持ち上げたが、 緑の瞳が揺れてもいないことに、溜め息をついてエリザベスから手を離し、「でも、つまらん」と言っ て立ち去ろうとしたバクルー王が急に振り返った。

「そうそう、言い忘れてた。アークフリードには、おまえの代わりを用意した。

本当は、もうどうでも良かったんだが…俺がおまえを娶るまで、アークフリードには邪魔されたくないから、その間、違う方向を見てもらおうと相手を用意した。 13年前の戦乱の中で可哀想に眼を失い、記憶まで失った少女を拾ったんだ。でも金色の髪が麗しい少女でなぁ。いや、アークフリードがまさかと思うが、あの王女だと勘違いしなきゃいいのだが…なぁ。俺はあくまでも13年前のマールバラ王国で拾った少女だと言って紹介するが…」


と言って、にやりと笑うと

「その前に、自分で告白するか…私がエリザベスだと…。だが、アークフリードひとりを100人、1000人が狙えという命令は…まぁおまえ次第だということだ、覚えておくことだ。」

今度は、振り向きもせず、先ほどの晩餐会の居間へと行った。




エリザベスは、崩れそうになる膝を庭の楠にもたれて耐えた。
「今夜はもう部屋に戻ろう。あの御仁といると…疲れる」と呟いた。



エリザベスが使っている客間と晩餐会が催された居間は庭を挟んでいたから、このまま晩餐会の居間を通らずに部屋に戻ることも可能だった。



エリザベスは、客間に戻ろうと足を前に出したときだ…

「今度は…、誰と会うんだ。」と冷たい声が聞こえた。

「ぁ、アークフリード様…」


アークフリードはゆっくりと、エリザベスに近づいていった。
「ミーナ、君は何を隠してる?君がパメラと会っても、バクルー王と会っていても…君が俺を、いやノーフォーク王国を裏切るとは思えない。だがなぜ?なぜ…だ。バクルー王と…口づけを…していたんだ。」



エリザベスは、真っ青になった。
ー見られていたんだ…あれを…



彼女がバクルー王とテラスにいるのが見えた時、アークフリードはすぐにテラスに行こうとしたが、コンウォールに止められた。

「ミーナにお任せください。」

そう言ったコンウォール男爵の顔にもはっきりと不安の色が浮かんでいたが、それでも、もう一度言われた。
「どうか…今は…ご辛抱を。」

でも頷くことができず、テラスへと行った、だが、彼女はバクルー王に庭に連れて行かれた後だった。





庭の中、ようやく探し当てたときだ。
楠の大木の影で、バクルー王に口づけを受ける彼女がいた。

腰を抱かれ、大きな男が被さるように彼女に口づける様子は、情熱的で官能的だった。アークフリードは、わけがわからない怒りと哀しみで、体が石のように重くなり動けなかった…それほどショックだった。


―俺は自分を見失なっている…彼女を傷つけたいと思っている。
だから、言ってしまった。

嘲笑い、憎しみに満ちた眼を見せ
「君は国の為なら、どんな男にも体を差し出しても良いと思っているんだ。」…と



エリザベスは、目の前が真っ赤になった気がした、 思わす右手があがりアークフリードの頬に…だがその手はアークフリードの手に止められた、エリザベスは反対の左手を振り上げたが、その手もアークフリードに止められ、
エリザベスの両手はアークフリードの右手に一纏めにされた。



アークフリードはエリザベスの体を楠に押し当て
「…誰でもいいのなら…」と言って、エリザベスの顔に自分の顔を近づけてきた。


唇の上で熱い吐息を感じたエリザベスは、緑色の瞳を閉じて何も考えられなくなり、アークフリードの唇を受け入れていた。



愛している人の酷い言葉に、目の前が怒りで真っ赤になったのに…。彼の唇が、自分に触れていると思うだけで、エリザベスはただ心が震えた。彼の舌が咥内を動ごめき、彼女の舌を探り当てると強く吸い上げ、口づけは深くなっていった。



だが、突然、エリザベスは引き離され…そして見てしまったのだ。


 冷たく光る青い瞳を…。


エリザベスは首を横に細かく振り、部屋へと走っていった。







どうやって、部屋に戻ってきたのかわからなかった、 気がついたら扉の前で座り込んでいた。

ほんの数分前に、バクルー王に言った言葉が頭の中で繰り返し聞こえてくる。



『たかが口づけのひとつで、私が崩れると思っていらしたとは……馬鹿馬鹿しい。』



そう、たかが口づけひとつだ。なんてことはない…なんてことはない。と言って、エリザベスは声をあげて泣いた。







アークフリードは、彼女が泣きながら去っていって、ようやく自分のしたことに愕然とした。
「アークフリード?!、ミーナ嬢は見つかったか?」



ライドが後ろから声をかけた。だが反応のできなかった。

そんなアークフリードに訝しげ、彼の顔を見ようと前にまわった…ライドはアークフリードの顔を見て言葉が出てこなかった。



アークフリードの両肩を掴み「なにがあった!!」というライドに、アークフリードは呆然とした顔で

「バクルー王に口づけされる彼女を見て…あざ笑い……無理やり、ミーナ嬢に口づけた……」
とまだ言い終わらないうちにアークフリードはライドに殴られていた。



「コンウォール家で、男爵とミーナ嬢の話を聞いたろう。なぜ信じてやらん。あの毅然とした彼女が黙ってバクルー王の口づけを受けいれていたのなら、なにかあったと、なぜそう思わないんだ!!惚れているなら、信じてやれよ!俺は言ったはずだ、ここぞというとこで、間違えるなよ…と…このバカやろう。」




傷ついた左の口元を右手の中指で血を拭い、拭った指を見つめて、また口元に…いや…唇にその指を這わせた。

―嫉妬に汚れた冷たい口づけのはずだったが、こんなにも甘くせつないとは…



そう言ってかみ締めた口元から、またあらたな血が流れていった。
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