紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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エリザベスが姿を現したのは、マールのところだった。


ノーフォークを離れるときは、マールを逃がそうとエリザベスは考えていた、
おそらく自分がエリザベスだと公表された時点で、マールは邪魔になる、下手をすればマールの口から今回のことが漏れるやも知れない。

バクルー王は、マールを駒のひとつしか思っていない…なら、手段はひとつだ…殺すだろう。 明後日なら、一刻も早く逃がさないと…危ない。それにマールはマールバラ王国の民だったのだ。
王家の人間として国を守れなかった私ができる、せめてものつぐないでもある。




エリザベスは《王華》を纏って、マールの部屋に入った。
まだ、昼を過ぎたばかりだというのに、カーテンを引き、ベットの中でマールは震えていた。マールはアークフリードの厳しい態度に、エリザベスではないと悟られたことはわかった。はっきり自分はエリザベスと言ったわけではないが、そう思わせたのは、意識してた…。

きっと私には、厳しい罰が与えられると、部屋の中に閉じこもり怯えていた…
「だ、誰?」


べットの中から、か細い怯えた声が聞こえた。

「ごめんなさい。驚かせてしまって…」というと、エリザベスはベットに腰を下ろした。

マールは、女性の声にいささか安心して、掛け布団の中からそっと顔を出した。

その顔には包帯はなく、エリザベスの眼に、マールの顔がはっきりを見えた。


片方の瞳は焦点が合わずゆらゆらと動き、もう片方は眼は潰れ、その横に一文字に切られた剣の傷跡…。


エリザベスは痛ましそうにマールを見つめ、小さな声で(ごめんなさい)と言うと呪文を唱えた。

そのときマールは、潰れた眼に痛みを感じ…思わず手で押さえようとした……が、
「あ…あぁぁっ…、手が…手が、み、見える。」

右の手で、そして左の手で、両方の眼を隠しては、開いてを繰り返しやって、
「ど、どうなって」と言って、はっとして自分のベットの足元に座る女性を見た。

「エッ、エェ、エリザベス様?」


紫の髪に、紫の瞳の女性は、ゆっくりを頷いた。

「ヒィ~!」とマールは叫び、ベットから転げ落ちるように降りると、床に頭をつけひれ伏し、

「ど、どうかお許しを…どうか殺さないで」と泣き、もうパニックだった。

「13年前の内乱で、私の力が及ばず、辛い目に合わせてしまいごめんなさい。」

そう言って、床にひれ伏すマールを立たせようと、マールの手に触れたら

「も、申し訳ありません、ど…うかどうか、お…許し…ください。」と言って震え上がって、ますます頭を床に擦り付けた。



「私は国民の間では、冷徹だと評判だったものね…」と苦笑して、王女として言ったほうが、かえっていいのかも…とエリザベスは…王女の頃に意識して使っていた雰囲気を醸し出し…。


「マール、ここからお逃げなさい。バクルー王は刺客を放ってくると思います。」

そう言って立ち上がり…部屋を出て行った。



マールは呆然としていたが、その呆然とした目に、部屋の様子が飛び込んで来た…見えるんだ…目が見えるんだ。


はっ…お、お礼を言わなかった…と部屋を飛び出した。







エリザベスは、次はフランシスの部屋に行った。

フランシスの足が動かないのは、外傷というより、精神的なものの方が大きい。
マールのときとは違って、魔法ですべて良くなるかはわからない…。それなら、フランシスに魔法を掛けたから、歩けるようになったと思わせたほうが良いのかもしれない。

歩かなかった15年は、フランシスの足の筋肉を落としているだろう。
まずそれを回復させ、魔法で歩けるようになったと信じ込ませることだ…。


エリザベスは、フランシスの部屋をノックした。
「フランシス様、入ってもよろしいでしょうか?」

「その声は?ミーナ様?、入って!入って下さい。」

フランシスの元気な声に、エリザベスは微笑むと…部屋の扉を開けた。

フランシスが…微笑んだまま固まっていた。その様子を見て、エリザベスも緊張してしまった。

「フ、フランシス様」

「ミ、ミ、ミーナ様?その声は確かに、ミーナ様だけど、その髪は、その瞳の色は…エ、リザベス様?」



エリザベスは《王華》をその身から外すし、赤い髪と緑の瞳になって頭を下げた。

「ごめんなさい。私はミーナではなくて、マールバラのエリザベスなんです。…」と一気に話した。

そうしなけば、フランシスと築いたものが壊れそうな気がしたからだ。


「エ、エリザベス王女陛下。」フランシスはままならぬ体なのに、ベットから降りようとした。


「フランシス様、どうか!どうかそのままで…」
そう言って、ベットに近寄り、床に膝を突くとフランシスの手を握った。

「ずっと言いたかったの、ごめんなさい…私の国に起こった陰謀の為に、フランシス様やアークフリード様のお母様が亡くなり…フランシス様の足までも…ごめんなさい。私が、私がしっかりしていなかったばかりに、こんなことになってしまって…わ、わたしが…」


もう言葉にならなかった。


フランシスは…なんて言ったらいいのか、わからなかった…。
母の死は自分が庭に誘わなければ、起こらなかったことだ、自分が不幸を連れてきたものだと思っていた…だが、エリザベスは、自分の国の陰謀に巻き込まれたと言う。 

ー母が邪魔で殺そうと狙っていた人がいたの?もし…いたとしても…。


フランシスは首を振った。

ーあれは、やはり事故だ。そして、その事故を引き起こす切欠きっかけを作ったのは自分だ。
あれは間違いなく、母が足を踏み外した為に起きたことだ…どうして責められよう。



フランシスは明るい声で言った。
「エリザベス様、それは違います。エリザベス様のせいではないと思います。マールバラ王国で、お母様を邪魔だと思っていた人が、エリザベス様の言う通りいたとしても、あれは間違いなく事故です。お母様が足を踏み外した事故です。そしてこの足は、私の弱さです。歩けないことが、お母様への償いだと思っていました。
私はお母様への償いどころか、お兄様に迷惑をかけていていたことに、 この頃ようやく気がつきました。それはミーナ様が…エリザベス様が教えてくださったんです。エリザベス様…私…、ライド様と歩く練習をしてますの。」

「えっ?!ライド様とですか…」

フランシスは少し顔を赤くし、

「はい。エリザベス様が言ってくださった言葉が忘れられなくて…

(あのコスモスはもう咲いていないけど、ここでお母様と一緒に、コスモスを植えられた思い出は、ずっと残っていますよ。だからフランシス様とアークフリード様のお母様をここで私に紹介してください)って言われたことで、あのお庭に、もう一度コスモスを植えたくて… 歩く練習をライド様にお願いしていたんです。」


エリザベスは、嬉しくて涙が…、嬉しい涙は本当に温かい。
魔法で歩けるようになったと思わせたほうがいいのかもしれないだなんて、なんて失礼なことを…フランシス様は、大丈夫だ、必ず歩ける…。良かった。

「フランシス様のお母様を死に追いやった謀略は、まだ解決していません、でももうすぐです。」

とエリザベスは笑い、フランシスもにっこり笑い

「せっかくの歩く練習が無駄にならなくて良かった。」と舌を出し、二人は大きな声で笑った。エリザベスは、フランシスの手を、少し強く握り、

「そのお手伝いをさせて下さい。」と言って《王華》をもう一度身に纏った。

「15年の月日は、足の筋肉を弱らせたと思います。その回復を…」と言って呪文を唱えた。

そして、ちょっといたずらっぽい顔をして、
「あんまり魔法で治すと、ライド様との時間が減ってしまいますでしょうから…。少しだけお手伝いをさせてください」とにっこり笑った。



フランシスは、真っ赤な顔で
「エ、エリザベス様!!」と言って、恥ずかしそうにエリザベスを見た。


その時フランシスの眼に、 エリザベスの胸元に…揺れるペンダント…が映った。



エリザベスの紫の瞳と同じ…紫水晶…アメシストだ。


ーこれは、もしかして…



そして、今度はフランシスがちょっといたずらっぽい顔をして、
「そのペンダント…もしかして13年ほど前に…お兄様からのプレゼントでは?そうだわ、間違いないわ。私も欲しくてお兄様にお願いしたら、これは俺が命をかけてお守りする御方に差し上げるものだからと、触らせてももらえなかった…あのペンダントだわ。命をかけてお守りする御方って、やっぱり…エリザベス様、だったんだわ。」

「フ、フランシス様!!」


慌てるエリザベスの声と、からかうフランシスの声は、やがて一緒に、明るい笑い声となっていった。







だが扉一枚隔てた向こう側に、暗い淵に落ちていこうとするマールがいた。

扉の隙間から、ふたりの様子を見ていたマールには、そのペンダントの話しか耳に入らず、そのペンダントしか目に入らなかった。


アークフリード様が、命をかけるお方…エリザベス様に差し上げたペンダント。

私はもう、アークフリード様のそばに、いられないのに…ずるい。

エリザベス様はずるい。

エリザベス様は魅了魔法でアークフリード様を虜にして…ずっとそばにいるんだ。

ペンダントぐらいいいわよね。私が貰っても…そうよ、いいに決まってるわ。

エリザベス様はアークフリード様とこれからずっと一緒にいられるんだもの、



ペンダントぐらい私が貰っても…。

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